第13話 アタシのに興味、ない?



 学校からの帰宅中、左希さきとは夏休みの話で盛り上がった。


「夏休みかぁ。去年と同じで、また三人で夏祭り行こうね!

 あ、それにプールとか海とか……それからそれから。ふふ、楽しみぃ」


 あれもしたいこれもしたいと、左希は一つ一つを頭に思い浮かべているようだ。

 こうして見ると、やっぱりただのかわいい妹なんだけどなぁ。


 学校から自宅までは、歩いて約二十分といったところだ。これくらいなら、自転車じゃなくて歩きでもいいかと思う。


「先輩、楽しみでしょ。浴衣や水着!」


 左希が俺の顔を見て、にやりと笑った。

 それは、なにかしらいたずらを考えているときのような、表情だった。


「べ、別に……去年も、見てるわけだし」


「ふぅん……はぁあ、じゃあお姉ちゃんがっかりするだろうなぁ。だいぶ前から、先輩の好きそうな浴衣や水着選んでたのに」


「!」


 浴衣や水着は、去年だって見たことがある。だから、別に特別楽しみというわけではない。

 そう、強がりにも似た返答をしたのだが……左希は、あからさまなため息を漏らす。


 そして、右希うきが楽しみにしていた……とわざとらしいほどに大きな声で、俺に話した。


「あ、いや、その……そういう、意味じゃなくてさ」


 俺は、返答を誤ったことを遅れながらに理解する。

 考えてみれば、そうだ。あの右希だ。彼氏ができたとなれば、彼氏の喜ぶ水着にと気合いが入るに違いない。


 ただ、言い訳でしかないが俺はてっきり、左希自身の話をしているのかと……


「それともぉ……もしかして、アタシの浴衣や水着が楽しみだったの、否定したかったのかな?」


「っ……」


 そんな俺の気持ちも、なぜだかバレていた。


「あはは、先輩わかりやすすぎ。お姉ちゃんのは楽しみだもんねー、愛しの彼女だもんね?」


「く……っ」


「でもさ……本当に、アタシのに興味、ない?」


 ……なんで、そんな不安そうな顔で俺を見てくるんだ。

 ……なんで、そんな泣きそうな目で、俺を見てくるんだ。


「……ないことは、ない。さっきのはその……強がった、だけというか」


「! ……そっか」


 くるっ、と体を回して、左希は俺の前を歩く。そのため、表情は見えない。

 けれど、その声はどこか、嬉しそうに弾んでいる気がした。


 ここで、もっとわかりやすく左希を拒絶するべきだったか?

 ……拒絶するのは、左希との関係であって。左希本人を、拒絶するのはまた違う。


 これも、言い訳だろうか。


「あ、もうついちゃった」


 足を止めると、視線の先には俺たちの家がある。

 左希の家は、両親が海外出張で右希が委員会……この時間帯は、左希一人だ。


 そして俺もまた、両親が共働きなためこの時間帯は一人になる。


「はぁー、楽しい時間はあっという間に過ぎちゃうよね。先輩とお話するのは、楽しいから」


「……そっか」


 今は帰っても、お互いの家に一人ずつ。右希か母さんか……どちらか帰ってくるまで、もう数時間はかかるだろう。

 そう考えた瞬間……左希が、俺に振り向いた。


「じゃ、アタシ帰るね。ご飯は、また食べに来るから」


「へ……」


 自分の家を指さし、帰ると告げる左希に……俺は、間の抜けた声が漏れ出てしまった。

 自分でも、気づかないうちに。


 それを聞いて、左希がにやりと笑う。


「あれー? なにかなその反応……?」


「! いや、これはなんにも……」


「もしかして……私と、二人になりたかった?」


 左希が、俺との距離を詰める。そして、首を動かし、俺の顔を見上げた。


「そっかそっかぁ、そうなんだぁ?」


「いや、そんなことは……ないぞ」


「声に力がないなぁ。でも、別に変なことじゃないもんね。今までだって、お姉ちゃんかおばさんが返ってくるまでは、家で二人きりで過ごしてたわけだし」


 そう、左希の言う通り……これまでだって、どちらかの家で二人で過ごす機会は、あった。

 どちらも一人ならば、右希か母さんが帰ってくるまで一緒にいたほうが退屈じゃないから。


 ただ……それは、ここ三カ月の話。

 つまり……左希と関係を持ってしまってからは初めての、二人だけの放課後。


「ね……どうする?」


 左希は、俺がなにを考えているのか、わかっているのだろう。わかった上で、こんなことを聞いてくる。

 ここで俺が慌てたりするのを、楽しんでいるってわけか。


「……なぁんて。別に、変なことはしないよ」


「……本当か?」


「噓ついてどうするのさ。そんな、二人きりになる度しないって。

 ……ま、先輩がシたいって言うなら、話は別だけど?」


「! そ、そんなわけないだろ!」


 今の俺は、すっかり左希の手のひらの上だ。

 ケラケラと笑う左希に、俺の気持ちはかきまわされて知っている。


 それから、左希は俺の家に向かう。


「今日の宿題、わからないとこあってさ。教えてもらいたいなって」


「……俺にわかるか、わかんねえぞ?」


「一年生の問題だよ? 楽勝だって」


 にひひ、と笑いながら、左希は俺に振り向いた。

 どうにも、この笑顔に弱い。右希とはまた違った、無邪気なその笑顔……かわいらしいと思う。


 俺は軽くため息を漏らして、家の扉の鍵を開けた。

 ちなみに、右希も左希も、この家の合鍵は持っている。なんでも頼ってくれていい、家族と思ってくれていいと、両親が二人に合鍵を渡したのだ。


「おっじゃましまーす!」


「まず手を洗えよ、うがいも」


「わかってるよー。過保護かっ」


 玄関で靴を脱ぎ、左希は洗面所へ向かう。

 それを見届けて、俺は気をしっかり持つことを、心に決めた。ああは言っていたが、また左希が迫ってくるかもしれない。


 今度こそは、流されないように。しっかりしなければ。

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