第9話 声は、抑えないとダメだよ?



 屋上から出た俺は、自分のクラスへの帰り道……左希さきに引っ張られ、空き教室へと連れ込まれた。


「ど、どうしたんだいきなり? ていうか、友達に呼ばれたんじゃ?」


「んー? あー、あれ? ごめん、あれうそ」


 俺の疑問に、左希は笑って答えた。

 左希は、先ほど友達に呼ばれたから先に、戻ったはずだ。しかし、それは嘘だと言う。


 なぜ、そんな嘘をついたのか。俺には、わからない。


「なんで……」


「それより先輩、よかったね。お姉ちゃんと手を繋げて」


 俺がなにを聞くより先に、左希が口を開いた。それは、先に屋上から出た左希にはわからないはずのこと。

 つまり……


「! 見てたのか?」


 左希は、屋上から帰ったと見せかけて、扉の外から覗いていたのか?


「すごく、初々しくてさ。見てるこっちが、ドキドキしちゃった」


 左希はゆっくりと、俺との距離を詰める。

 一歩進むごとに、俺の足は一歩下がった。


「でも、ひどいよね。彼氏がいるのに、他の男のとこに行っちゃうなんて」


「! それは……ラブレターの告白を、断るために……」


「うん、無視しちゃえばいいのにさ。そうしないのが、お姉ちゃんらしいよね。

 でも、本当に納得できてる? せっかく手を繋げたのに、それより他の男を、優先したんだよ?」


「……っ」


 とん、と、背中が扉にぶつかるのがわかった。目の前には、左希の顔がある。

 左希は背伸びをし、自身の女の部分を、俺の胸元に押し付けてきた。


 その際……ガチャ、と音が、聞こえた。

 これは、扉の鍵の音だ。


「! おい、さ……」


「アタシだったら……」


「え?」


 左希は、俺に身体をくっつけつつ、手を伸ばして扉の鍵を閉めた。

 その真意を聞こうとしたが、左希が何事か呟く。パニックだった俺には、その言葉の意味がよくわからなくて。


 そして、左希はゆっくりと、俺に顔を近づけてくる。


「……! お、おい! キスは、右希うきのためにやらないって……!」


 その先になにが起こるのか……俺は顔をそらしながら、叫ぶように口を開いた。

 すると、左希の顔の動きが、止まる。唇は、触れていない……


 だが、口から漏れる吐息が、俺の口に触れた。


「あれぇ? 別にアタシ、キスするつもりなんてなかったんだけど……

 期待、しちゃったんだ?」


「……っ!」


 にやりと笑う左希の表情に、台詞に、俺は顔から火が出そうなほどに恥ずかしくなる。

 左希の手が、動く。


 俺の、腹へ。そして、その下へと。


「な、なんなんだよっ。からかうなっ」


「いやぁ、もしかして先輩、またシたくなったのかなぁって。だって、ほらここ……」


「っ……俺はもう、あんなことは、しない……!」


 もしもここ俺が顔を動かせば、俺の口が左希の口に触れてしまうかもしれない。だから、下手に顔を動かせない。

 それを知ってか知らずか、左希は笑みを深めた。そして、顔を退けた。


 ……かと思いきや。左希の顔は少し下がっただけで、俺から離れようとしない。

 それどころか、首筋にぞわぞわした感覚が、あった。


 なにかが、首を這っているような……それでいて、なんだかぬるっとした……

 ちゅ、と軽く音が聞こえた。……まさか……!?


「左希っ……?」


「ふふっ、安心してよ。痕は付けないから。

 それに、言ったでしょ先輩。アタシは、練習相手だって。これは、お姉ちゃんのときのための、予行演習とでも思いなよ」


「っ、だめに、決まって……!」


「お姉ちゃんだって、"他の男と会ってる"んだよ? 先輩がそんなに、我慢する必要……ある?」


 左希の瞳が、俺を見上げる。

 彼女は、小悪魔のような笑みを浮かべて……舌を出し、自分の唇を色っぽく、舐めていた。


「さ、左希っ……?」


 屋上から、自分の教室に戻るだけの、はずだった。

 なのに俺は今、左希に空き教室に連れ込まれている。扉には鍵を閉められ、逃げ道を封じられた。


 正直、力で振り払おうと思えば、ここからは簡単に逃げ出せるだろう……けど……


「先輩、アタシを振り払わないんだ。怪我させないように、気を遣ってくれてるのかな、やさしー♪」


「!」


 まるで俺の心を読んだかのように、左希が笑った。

 そして、今度は俺の耳元に、自分の顔を近づけて……


「それとも……ホントは、この状況に流されちゃっていい、と思ってる?」


「なっ……」


 まるで、俺の心の奥底を覗き込もうとするような、その瞳が……俺の、眼前に突きつけられた。

 お互いの吐息が、お互いの顔にかかる。


 それから左希は、少しだけ顔を離す。


「いいよ、流されちゃって。先輩はただ、立ってるだけでいいから」


「っ……こ、ここ、学校だぞっ。それに、もう昼休みも終わるし……」


「誰かに見つからないために、空き教室に来たんでしょ? 大丈夫、すぐに終わる……ってのも、先輩的には複雑かな?」


 俺の視界に映る左希は、まさに"あの日"と同じ表情をしていて……

 魅力的で、官能的で、小悪魔的で……その表情から、目が離せない。


 が、左希が自ら動くことで、俺の視界から消える。屈んだことで、下へと移ったのだ。

 遅れて、俺が首を動かす頃には……左希は、俺のズボンのベルトに、手をかけていた。


「お、おい! それは、マジで……」


「言ったでしょー、立ってるだけでいいから。暴れないで。

 ……っ……ま、こっちの方は暴れちゃってるみたいだけど♪」


「いや、待っ…………!?」


「ただ、空き教室だからって言っても……声は、抑えないとダメだよ?」


 左希は俺の体の一部を見て、にんまりと笑みを深めた。

 そして、俺の制止も聞かずに、ゆっくりと口を大きく開けて…………

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る