秘密基地の跡

ちのあきら

第1話

秘密基地の跡


 そこは小さな場所だった。

 私の家と近所の小学校の間にある、ほとんど林といっていい公園の中。

 校舎裏の細道から直接繋がっているこの公園に、小学生たちが大切にしていたひとつの場所がある。


 林の中を抜けたところにそれはある。敷地内の山寄りの境目に位置しており、拙いながらも人の手が入れられていたことがわかる。

 屋根と壁替わりに束ねられた草木に、入口らしき穴を設けられたソレは、今も誰かが訪れるのを待っているかのようだ。


 秘密基地。


 つい先日に卒業した小学生たち数人が、長くに渡ってここで集まっては手を入れていた。

 彼らが草木を運んだり、拠点にして遊んでいたりするのを、私はいつも家から遠目に見守るのが日課だった。


 彼らの行いは、子供ながらもなんとも私の胸に高揚感をもたらした。

 秘密基地。なんとも言えない良い響きだ。


 私にも覚えがある。

 子供の頃は特別な場所に憧れていた。

 日常とは異なる、他の誰にも知られていない、自分だけの場所。

 秘密基地と言えば、格好良さとワクワク感を与えてくれるものだった。

 大人になった今でもそれは変わらず、私の心を満たしてくれるようだ。


 手を当てると、乾燥した草木の独特な匂いがする。祖母の家の畳のような、どこか懐かしさと安心感を感じさせる。


 今はここを作った子らは卒業し、誰もいない。けれども、それで良かった。


 人は誰しも成長する中で、その在り方を変えていく。

 私がそれに文句を言うのは、全くもって筋違いだ。

 私自身もそうしてきたし、それを妨げるのは大人のすることではない。

 仕方ないと嘆くことですらなく、本来は喜ぶべきことなのだ。


 けれども、この人のいなくなった秘密基地は、私に寂寥感を与えるのも事実だった。


 私は思い出す——かつて私自身が作ってみんなと過ごした秘密基地を。

 もう世界のどこにも存在しない、私の思い出の中の場所。私にとって大切だったあの場所は、今は面影もなく巨大モールが聳え立っている。


 私はしばらく逡巡していたが、意を決した。

 意図的に覗かないようにしていた、秘密基地の正面に立つ。そして、中に潜り込むと、置いてあった缶を手に取った。

 しっかりと蓋を閉められた缶だ。

 四角形でコピー用紙ほどの大きさの物だった。

 

 軽く振ってみると、少し重めの手応えが返ってくる。バサバサと中で音が鳴り、紙束のような感触だった。


 私はゆっくりと缶の蓋に指をかけ、力を込める。

 固めの蓋がぱこりと音を立てて外れると、私は息を呑んで缶の中身を確認した。


 中に入っていたのは、二冊の雑誌だった。

 コンビニで買えるようなグラビア袋とじ付きの漫画雑誌に、全裸の女性がセクシーにポーズを決めている表紙の本——いわゆるエロ本だ。


 そういえば、ここに来ていたのはみんな男子小学生だったな、と今更ながら思った。


 私は声を抑えられずに笑う。

 公園に大人の男の笑い声が響いていく。冷静な頭に不審者扱いの可能性がよぎるが止まらなかった。


 まったく、男というやつはどんな時代も変わらないものだ。

 変わりゆくものにノスタルジーを感じるのは当然ある。けれども、根っこの部分は今も昔も、大人も子供も大して違いはないものだなと感心してしまった。


 私は漫画雑誌とエロ本を元通り缶に収めると、再度蓋を閉めた。

 慎重に秘密基地の中に戻す。先ほどよりもちょっと見えづらい位置に隠すように置いておいたのは、私なりのいたずらといったところか。


 私は人生でも指折りの清々しさを満喫しながら、その場所を離れた。

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秘密基地の跡 ちのあきら @stsh0624

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