【秘密】離島は普通では理解できないことが普通に起きるんです

金峯蓮華

秘密

 朝起きてテレビをつけると離島の特集をしていた。


「離島は普通では理解できないことが普通に起きるんです」とレポーターが言う。本当にそうかもしれないし、そうでないのかもしれない。


◆◆ ◇


 朝礼の後、課長から今日の予定が伝えられた。


「今日は、朝の高速船で東京のイベント会社の人が4人の来るので、秋山さんは運転をお願いします。私も同乗してご案内します」


 夫のたっての希望でこの離島に移住することになり、運良く役場の観光課の臨時職員になって3年になる。

 この島の出身で誰よりも島を知り、島を愛する課長には島の事を色々教えてもらい、家族ぐるみでとてもお世話になっている。


「案内する場所は予定通りで大丈夫ですか?」


 私は課長に予定表を見ながら尋ねと課長は怪訝な顔をした。


「それが、今朝、連絡があって、今夜はコテージ村で宿泊することになった。最後はそちらに案内します」


 急に予定が変わり、困っているようだ。


「あのコテージ村ですか? 泊めても大丈夫なんですか?」

「はい。朝から掃除に入ってもらっているので大丈夫ですよ」


 驚く私に課長はしれっと言う。そんな事を聞いているんじゃないんだけど。


 島の西側にあるコテージ村は設備の整った立派なコテージが立ち並ぶ夕日のスポットだか、2時間ドラマに出てくるような断崖絶壁でビーチまで遠く、集落からも離れている。携帯電話の電波も入り難く、近くに商店は無い。

 観光客の少ない冬はもちろんのこと、夏でも利用者が少なくここ何年も閉鎖している。


「着いた途端にまた変更したいなんて言わないですかね?」


 私は心配になった。私ならあそこで泊まるのはちょっとなぁ。課長は資料を並べながら私の方に顔を向けた。


「コテージ村を貸し切ってファンクラブ限定のライブを開催したいらしい。下見がてらの宿泊なのでもう変更はしないと思う」


 課長は楽観的に思っているようだが、大丈夫だろうか。


「そうですか。しかし食事はどうするんですか? 」


 近くに飲食店などないし、急に食材を用意するのは難しい。


「宿泊予定していたホテルに夜はバーベキュー、朝はケータリングを用意してもらうことにした。きっと大丈夫だろう」


 課長は苦笑した。さすがに仕事が早い。


◇◇ ◆


 高速船が到着する時間の港は休日だと迎えの人や車が沢山集まるが、平日は静かなものだ。今日も来ているのは私達だけだった。


 船から島民に混じり数人の観光客らしき人が降りてくる。きっと海に潜りにきたダイバー達だろう。この島は海目当てのダイバーが沢山訪れる。私の夫もこの島の海に魅せられたダイバーでこの島で暮らしたいと移住を決めたのだ。


 最後に派手な服を着たいかにも芸能関係者みたいな感じの人達が降りてきた。


「思ったより寂れた港だね。この港の広場で100人位を集めてイベントをしたいけど大丈夫かな? 島民より多くなるんじゃない?」


 船から降りてきた東京のイベント会社の人達は私達の姿を見つけると挨拶をするより先に笑いながら島を小馬鹿にしたような声をあげた。

 その様子に課長は怒っているようだ。こめかみがぴくりと動いた。


「高速船の定員は200名です。ご要望があれば臨時船も出せますのでご安心下さい。足りなければフェリーもあります。また港のイベント会場は600人を収容できる規模ですので、100人程度なら問題ありません。コテージ村も100人以上の収容が可能です」


 冷静に対応しているが口調が冷たい。島を馬鹿にされたので絶対怒っている。私は明るい雰囲気に変えようとにこやかに微笑んた。


「みなさん、お疲れ様でした。今から島内をご案内させていただきます。こちらに車にお乗り下さい」

「えっ? この車に? タクシーは無いの?」

「申し訳ございません。この島はタクシーは営業しておりません。ただバスがございますのでイベントなどの時はバスで島内を回ってもらえます」

「バスか……」


 イベント会社の人のチッという舌打ちの音が聞こえた。課長の顔を見るのが怖い。


 私はイベント会社の人達を、役場のワンボックスカーに乗せ、島内の案内に向かった。


「この島はこんなしょぼい店しかないの? つまらないなぁ」

「本当に店が少ないよ。コンビニはないの?」


 口々に文句を言う。予定通りに案内したが、イベント会社の人達は景色やビーチ以外の飲食店や土産物店は気にいらなかったようだった。


 夕方になり、コテージ村に到着した。もちろんイベント会社の人達4人だけの貸切。夕日を見ながらバーベキューをする準備は整っていた。


「それでは.私達はこれで失礼致します。明日9時にお迎えに参ります。今夜はバーベキューと満天の星で、楽しい時間をお過ごし下さい」


 課長が挨拶をし、私達は4人を残して役場に戻った。


「4人だけで大丈夫ですかね? 夜は真っ暗だし。まぁ星は綺麗ですけどね」

「島の夜を楽しんでくれるんじゃないかな。コテージには電気もついているし、通路の脇にはぼや〜っとしたライトが埋め込まれているしな。それに今夜は満月だ。暗くはないないだろう。食べ物も酒も置いてある。閉鎖しているコテージ村をわざわざ開けたんだから楽しんでもらわなくちゃな。ここに人が泊まるのは久しぶりだなぁ〜」


 課長は意味深な笑いを浮かべていた。



◆◇ ◇


 次の朝、コテージ村に迎えに行くと4人は酷い二日酔いのようだった。


「おはようございます。昨夜はいかがでしたか?」


 にこやかに話しかけると、昨日はあれほどつまらなそうだった4人が大満足した様子で言葉を返した。


「最高の夜だったよ。星は綺麗だし、美しい女性達がご馳走や酒を沢山持ってきてくれた。その上あんなに濃厚な接待をしてもらって、この島は最高だね。朝には誰もいなかったけど、みんな車で帰ったの?」


 女性達? ご馳走や酒? 濃厚な接待? 何それ? 課長を見るとしてやったというような顔で笑っている。


 ああ、なるほどそう言うことか。


 あの人たちはいったい誰に、何を食べさせてられて、何を飲まされたのだろう?


 怖いから考えないことにしよう。


◇ ◆◆


「せっかく、色々ご配慮いただいたのに申し訳ありません。また何か機会があればよろしくお願いします」


 東京のイベント会社の人から島の役場に電話が入った。あの話は立ち消えになったようだ。


 どうやらあのあと、下見に来た担当者達が体調を崩したり、仕事を辞めたりして、企画が進まなくなったらしい。


「有名な歌手が来なくなったのは残念だが、まぁ仕方ないな」


 課長は鼻歌を歌いながら書類を片付け始めた。


 この離島は普通では理解できないことが普通に起きる。


 コテージ村が閉鎖されている本当の理由は島民だけが知る秘密。


                   了

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