猟豹

蘭桐生

魍魎館殺人事件

 魍魎もうりょう館はテーマパークジャパンランドの大人気アトラクションである。

 おどろおどろしい館内には魑魅魍魎ちみもうりょうが跋扈し、入場者を恐怖に陥れるお化け屋敷だ。


 冬休みを利用してジャパンランドに遊びに来ていた高校生探偵の謎時千糸なぞときちいとは幼馴染の増田遊ますたゆうに誘われて魍魎館に入っていた。


「きゃああ! 人魂! ホントに燃えてるよ!」

「いやいや、プロジェクションマッピングだろ。良く出来てるなぁ」


 自分で入りたいと誘っておきながらギミックの一つ一つに恐怖し、その度に叫び声をあげて千糸に抱き着く遊。

 抱き着かれるたびにドキドキこそするものの、怖がり過ぎる遊に千糸は多少呆れながら楽しんでいた。


 館内を経路に沿って進んで行くと、拘束の間と書かれた部屋に入る。

 中には数人の入場者と3人の骸骨に扮したスタッフがおり、入場者に蛍光塗料で光っている3つの穴が空いた板枷を手渡していた。

 板枷は端の錠を外すと片側が開く仕組みになっており、入場者たちが3つの穴に両手と首を通すと骸骨のスタッフが錠をして、両手と首が不自由な所謂ギロチン拘束がされた状態で次の処置の間までトロッコで運ばれるというものだ。


「怖いね......」

「雰囲気を出す演出としては上々じゃないか」


 身動きが不自由になり遊が不安を漏らす。

 1台に前後で2人ずつ乗れるトロッコの左右には安全帯があり、板枷の両端と繋がれる。

 骸骨のスタッフたちが全員を繋げるとトロッコはゆっくりと動き出した。


 ジェットコースターのような速度は出ないものの、移動中は医師のような姿の悪霊や毒々しい花を持った不気味な人形、ナース服の骸骨などが現れたり、ただの水滴が落ちてきたりして入場者を驚かせる。

 トロッコが次の間に到着するとこちらにも骸骨のスタッフがおり、トロッコと繋がっている安全帯を外していく。

 その最中、前の方で一際大きな女性の叫び声が聞こえた。


「いやあああああああああ!!!! アナタぁあああああ!!」


 骸骨のスタッフが無線で本部に連絡を取り、他の入場者たちが悲鳴やざわざわとし始めた所で千糸も事件が起きたのだと悟った。


 魍魎館は一時的に閉鎖され、トロッコに乗っていなかった他の入場者が外へと出される。

 拘束を解かれた千糸の目には倒れている男性の姿が映った。

 骸骨面を外して必死にAEDや人工呼吸をするスタッフと先ほどの叫びから妻であろう傍らで泣き崩れている厚着の女性。


 しかし懸命の処置も虚しく、警察と救急隊が駆け付けた頃には死亡が確認され

 た。


「どうも。遠山署の岡引です。おそらく事故だと思われますが、皆さんには念のため当時の状況を聞かせて頂きますね」


 巡査部長である岡引がスタッフや被害者と同じ時間のトロッコに乗り合わせた千糸たちに声を掛ける。

 トロッコに乗っていたのは6人だ。

 千糸の番になったところで彼は確信をもって語る。


「岡引巡査部長。今回の件は事故ではなく殺人です」

「急になんだね? 君は?」

「高校生探偵の謎時千糸と申します」

「謎時......? あぁ! あの事件を最短最速で解決する猟豹チーター!」


 千糸の綽名あだなはそれなりに有名の為、名探偵が居ると知った周囲がザワついた。

 そのまま被害者の妻まで歩み寄るととんでもない一言を告げる。


「奥さん。貴女が犯人だ」

「な、なによアンタ! 突然ヒドイじゃない! アタシは愛する夫を失ったばかりなのよ!?」

「ちょ、ちょっと謎時くん! いきなりそんなこと言うもんじゃないよ!」


 唐突に犯人だと指摘された被害者の妻は驚嘆しつつもヒステリック気味に激昂する。

 岡引がそれを宥めつつ、千糸も嗜める。


「証拠でもあるっていうの!? 言い掛かりなら名誉棄損で訴えてやるわ!」

「証拠はありますよ。全員が板枷をしていたのに貴女の腕と首に塗料が残っていないのは不自然じゃないですか? 他の入場者には全員付着していますよ」

「それがなんだっていうの!?」


 千糸が自分と遊の首と手首を見せると、枷によってわざと残るようになっている蛍光塗料が付着していた。

 岡引が見回すと、他の入場者の手首や袖にも塗料が付着して光っていることが分かる。

 しかし女性のコートの袖とマフラーに塗料が付いていたことでその指摘は間違いだと笑った。


「謎時くん、よく見るんだ。彼女のコートの袖にもちゃんと付いているじゃないか。それに首はマフラーを巻いていたんだろう」

「いや、それがおかしいんですよ。さっき彼女が泣いている時に見たのですが、腕をあげた袖の長さでは枷に届いたとしてもそんなに深い位置には付着しないはずです。それにあの枷をするのにマフラーを外さないなんて息苦しいだけですよ」

「む? それはいったいどういう......」


 岡引が千糸の言葉の意味を考えていると、スタッフの1人が体調不良を訴えて病院に搬送される。


「岡引巡査部長! すぐに被害者の胃の解剖と毒物検査を! 今のスタッフは被害者と人工呼吸を行っていました!」

「なんだと!?」


 慌てる岡引をよそに、千糸は改めて被害者の妻に声を掛けた。


「貴女はコートの中に通した長いマフラーの先を手袋に詰めて、さも両手が塞がれているように見せかけたんだ。そのせいで普通に腕を入れた時では付かない位置に塗料が付着した。そしてコートで隠した自由な両手を使いトロッコ上で身動きの取れない旦那さんの口の中に毒を飲ませた」

「い、言い掛かりよ!」


 全てを見透かしたかのような物言いをされ、蒼褪めながらもシラを切る女。

 そんな彼女に対して千糸は激情した。


「貴女の勝手な行いで罪もない人が巻き添えを食ったんだ! 必死に助けようとしただけのスタッフさんも殺したいのか!?」

「うっ、ふぐぅ、あの男が悪いのよ! 他の人までまぎごむづもりは無かったの゛ぉお!」


 女が泣き崩れ、涙声で自供し始めた。

 曰く、旦那の不倫が原因だったこと。自分を捨てて別の女に乗り換えるつもりだったったこと。

 自分に非が無く分かれるために別れさせ屋を雇って男を嗾けて来たこと。


「酷い......」

「ああ。だからといって殺していい理由にはならないけどな」


 遊が同情の眼差しで被害者の妻を見る。

 千糸は頷きつつも殺人を批難した。


 妻の自白から使用されたのはトリカブトのカプセルだと分かり、病院に搬送されたスタッフは胃洗浄を行ったことで一命を取り留めた。

 そして岡引により犯人は逮捕され、事件は解決をみせた。


「いやー。流石猟豹ですな! あっと言う間の早業で解決とは! ご協力感謝します!」

「いえ、いつものことですので......」


 魍魎館から解放されると、千糸は気まずそうにその場を後にした。


(巻き戻し1回で解決出来る事件でよかった......)


 謎時千糸、彼には誰にも言えない秘密の能力がある。

 それは関わった事件の死者の数だけ時を戻れる能力だ。

 今回の事件も別の時間軸で一度経験して、長い捜査と推理の果てに解決に至っていた。

 そのため犯行手段が分かっていたのだ。


 無敵の能力のようだがいくつか制約もある。

 その一つに、もし被害者の死の運命を変えた場合、別の誰かを失う事件になるのだ。

 まるで神か悪魔に遊ばれているような特殊能力チート

 彼はそれを使い今日もまた事件を最短最速で解決へと導く。

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猟豹 蘭桐生 @ran_ki_ryu

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