秘密の物語

御影イズミ

終わりの始まり

「ああ、もう! どうして貴方はいつもそうなの!」

「だから言ったでしょう、あんな子供と付き合うなと!」

「今日はもう、部屋の外へ出ることは禁止します。しっかりと座学を進めておきなさい!」


 そんな怒号が今日も贅沢な豪邸に響き渡る。


 学業専門都市『ヴィル・アルミュール』に住まう少年、フェルゼン・ガグ・ヴェレット。

 彼は母であるザビーネに何度も何度も叱られて、部屋に戻ってきた。少々涙を浮かべるような表情ではあったが、我慢している様子も見受けられる。


 本来ならばこの時間はフェルゼンは学校に行く時間。けれど、彼はいつも双子の弟キーゼルと共に部屋に閉じこもり、独学で勉強を進めている。

 ……というのも、ザビーネは極度にフェルゼンとキーゼルを外に出したくないようで、父親が高位研究員であることを利用して自宅での学習を行わせていた。


「おかえり、フェル。怒られた?」

「……いっぱい怒られた」


 勉強机に向かって読書をしていたキーゼル。戻ってきたフェルゼンに向けて、泣くなよ、と声をかけてからハンカチを渡し、兄の頭をゆっくり撫でる。

 フェルゼン自身、怒られた理由はわかっている。隣の家の友達と庭で色んな話をして、勉強をサボってしまったからだ。

 けれど母の怒号が怖かったのもあって涙がポロポロと止まることがなく、貰ったハンカチを目に抑えて、声を殺して泣き始めてしまった。


 ――怖い。つらい。もう嫌だ。

 そんな単語がぐるぐる、ぐるぐるとフェルゼンの頭の中を駆け巡った。




「……う」


 そうして、どれだけ時間が経っただろう。

 ハンカチで目を抑えようとして頭を伏せていたら、いつの間にか眠ってしまったようだ。目元も涙でバリバリに固まっていて、ハンカチから離そうとすると少し痛む。

 汚れを拭き取るようにゴシゴシと目を擦って、今、どんな状況かを確認するフェルゼン。既に夜になってしまっているようだが、キーゼルの姿は見当たらない。


「キーゼル……?」


 声を上げても弟が隠れている様子はなく、しんと静まり返っている。

 何かメモが残ってないだろうかと電気をつけてみると、自分の勉強机にメモ書きがされていた。


「えっと……『ご飯買ってくるね』。そっか、昨日食品加工機材が壊れちゃったから……」


 ヴェレット家での食事は全て、食品加工機材と呼ばれる機械によって作り出される。自動的に家庭の食事バランスをAIが算出し、その日に適した食事を提供してくれる優れた機械だ。

 だが逆を返せば、この機械が壊れると一家は調理も何も出来ない。機械に頼りすぎた弊害はこうして食事を購入しに行かねばならず、現在ザビーネとキーゼル、そして妹のマリアネラが不在となっているようだ。


 そうなるとフェルゼンはどうしようかと悩む。隣の家の友達に謝りに行こうと思っても、外はもう真っ暗で外出も危ない。かと言って部屋にいるのもなんだか怖くて、少しだけソワソワしている。


「……星、見ていいかな……」


 小さく呟いたその先に見えるのは、ベランダの窓。今日は雲ひとつなく、晴れた夜空が広がっているのが見えており、もっと近くで見てみたいと思っていたようだ。

 寒さ対策に上着を羽織り、手袋を着用したフェルゼン。準備万端と言った様子でベランダの鍵に手をかけたその時だった。


「フェルゼン、キーゼル」


 廊下から2人を呼ぶ男の声。コンコンと扉をノックしており、部屋の中にいる2人に出てきてほしいことを告げている。

 何事だろうと思ったフェルゼンは一旦ベランダを離れ、廊下への扉を開いた。


「父様、どうしましたか」

「ああ、いたか。……キーゼルは?」


 キョロキョロと室内を見渡す男――もとい、父のスヴェン。どうやらつい先程仕事から帰ってきたようで、ザビーネ達が買い出し中であることは知らなかったようだ。

 そのことを伝えると、スヴェンは不機嫌そうな表情のままにため息をついて、まあいいと呟く。これから言う事のほうが大事だから、所在については些事だと。


「今日はもう、外出をするな。ベランダに出る事も許さない」

「えっ……で、でも……」


 どうしても、星が見たい。

 それを伝えたフェルゼンだったが、スヴェンは断固として却下。理由を問うてもスヴェンは答えることはなく、そのまま兄弟の部屋を去った。


 それから静まり返った兄弟の部屋。

 まだキーゼルも帰ってきておらず、ただ、時計の音がカチコチと響くだけ。

 ザビーネも一体何処まで買い出しに出向いたのだろうか。食事時なのにまだ帰ってこなくて、空腹が収まらない。


「……むぅ……」


 自力では解決できない事柄だらけになってしまって、小さく唸るフェルゼン。

 これまでに積もりに積もった不満がやがて彼の中で山となり、小さな火種――星を見たいという欲望から発火する。

 羽織った上着のジッパーを首元までしっかりと締めて、肌の露出を少なくするためにマフラーの代わりにハンドタオルを首元に詰めて防寒対策を済ませた。


「……よし……」


 これは、自分を檻へ閉じ込める両親に対しての反乱であり、抵抗だ。

 そう頭の中で呟いたら、あとはベランダの窓を開けるだけ。


 冷たい風がフェルゼンの身体を通り抜けていく。チクチクと刺さるような冷たさに思わず両手で頬を覆ってしまったが、十数秒もすればその冷たさには慣れた。

 寒さに慣れればあとは空を見上げるだけ。いつも使っている足台を持ってきて、少しだけベランダを乗り越える形で空を見上げれば……煌めく星々が空を埋め尽くしている光景が広がった。


「わぁ……」


 今日は雲ひとつ無い夜空。多少街の明かりによって見えづらいが、それでも散りばめられる星々は人の手で作られた灯火に負けないほどの明るさで輝いていた。

 そんな星の並びで作られる星座を見つけては、どんな逸話があるのかを調べるのが楽しみのフェルゼン。今日は特に、流れ星も見えるため見逃さないように空を見上げていた。


 流れ星が流れる度に、目を見開いて他に流れてこないかを探していたフェルゼン。

 自分が怒られたことさえも、父からの提言も、全て忘れてしまうほどに空にのめり込んでいく。

 そうして、夜空を見上げて、目を開いていたら








 ――気がついたら、キーゼルが自分を呼んでいた。

 何が起こったのかよくわからない。けれど、弟のキーゼルが焦ったような表情でフェルゼンを覗き込んでいる。


「フェル、大丈夫!?」

「……う……」


 どうやらフェルゼンは気を失っていたようで、星を眺めて以降の記憶がない。

 何があって倒れているのか、その理由さえもわからないままだ。

 だが倒れた時に支えがなかったせいで全身を打ってしまったようで、痛みがじわじわとフェルゼンに襲いかかる。頭の中もぼーっとしたままだ。

 流石にこの状態で動かすのは危険だと判断したキーゼルは部屋からコートや布団を持ってきて身体を温めてあげると、父を呼んでくると部屋を出ていった。


「今、父様呼んでくるから……少しだけ待ってて」

「……」


 何も言えなくて、ただ視線をゆっくりと動かすだけしか出来なかったフェルゼン。

 再び彼は意識を失って――。













 look at the past ...... stop.

 system.commandant ...... withdrawal.



『やはり、この過去はここで途切れてしまうのか』


 1人の男が暗闇の中で小さく呟く。

 紡がれた物語をもう一度読み直して、見えていなかった何かを探ろうとしている様子が伺える。


『オレはあの時、何を間違えた?』

『オレはあの時、何故止められなかった?』

『オレはあの子を……』

『あの子に何か秘密があるのかと思っていたが、どう見てもわからない』

『あの子は何故、侵略者インベーダーとなったのか……』


 いくつもの後悔を口にして、いくつもの謝罪を述べて、いくつもの推理を立てていく男――スヴェン・ロウ・ヴェレット……の、脳を持った機械の身体。

 生前に事情があって脳を分離され、機械の体を手に入れた彼は息子であるフェルゼンが侵略者インベーダーとして豹変してしまった理由を探るため、息子の秘密を根掘り葉掘り探っていた。


 フェルゼン・ガグ・ヴェレット。

 先の少年は、数十年も経てば大人となって……自らが住まう世界を侵略しようとしている。

 彼の目的は現在は不明。重瞳となった右目から異質な力を使い、ひたすらに世界に住まう人々を苦しめ続けていた。


 世界を統治する組織『セクレト機関』が総出となってフェルゼンの凶行を食い止めているが、それは根本的な解決にはならない。

 彼がこうまで変わってしまった理由。彼が持つ力の秘密。それらを突き止めて、根本から解決していく他無いのだ。


『考えろ……考えろ、オレ』

『あの子の過去を見ることが出来るのは、オレだけだ』


 最終的にはフェルゼンが幼い頃の過去が鍵となっていることは掴めたが、そこから彼の秘密を探ろうにもぶつ切りされる形で見ることが出来ない。故にスヴェンはあの空になにかがあるに違いないと踏んでいた。

 だから、スヴェンはもう一度同じ過去を見ることをに提案する。何度も何度も過去を見て、何がおかしいのかを確認したいと。


『オレならば、あの子の見た過去から秘密を探れるはずだ』

『それが家族というものだろう?』


 拳を握りしめて、再びフェルゼンの秘密を覗き見るスヴェン。

 世界が侵略されてしまう前に、彼の秘密を暴かなければ。



 ……だが、スヴェンは終わりの始まりシークレット・テイルが既に表に出ていることは気づいていない。

 逆に気づいていないからこそ、この秘密にも気づくことは出来ないのだろう。


 秘密の物語は、今も終わりを知らぬままに紡がれている。

 何度も、何度も、何度も、何度も。



 『シークレット・テイル』或いは『アルムの小さな冒険記』に続く……。

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