ヒロトと秘密だらけのノート

にゃべ♪

神様と秘密の約束

 今から少し昔の何処かの港町、そこにはかつて神様が降り立った場所だと語り継がれている遺跡があった。この街に住む26歳の平凡な青年のヒロト・シューは、ある日、不思議な気配を感じ、好奇心に任せてその場所に向かう。着いた場所は町外れにある遺跡。かつて神様が降りたと言う伝説の残る神聖な場所だ。町でも有数の観光名所でもある。

 今日の遺跡は奇跡的に誰もいない。それは不自然なほどだった。ヒロトは周囲を警戒して物陰に隠れる。


「思わず来てしまったけど、何だか見てはいけない気もするんだよな……」


 彼の直感は警戒警報を発令していた。好奇心と嫌な予感とが喧嘩をする。こう言う時、必ず好奇心が勝ってしまうのだ。ヒロトは、恐る恐る遺跡の方に顔を向ける。彼は霊感がある方ではなかったものの、この時、ハッキリと目撃してしまったのだ。


 遺跡に神様が降臨しているのを!


 全体的に光り輝き、白いダボダボの衣装を着ているその存在は、神様と形容する以外に正しく表現する言葉を持たなかった。信仰心が薄い薄いはずのヒロトですら、その場で祈りを捧げてしまう。そうせざるを得ない迫力があった。

 しかし、その祈りで神様は自分に向けられた意識を感じ取る。ヒロトの存在を認めた神様は、自分の側に彼を転移させた。


「見ておったのか?」

「えっあっごめんなさい。今来たばかりです」

「うぬぬ……。人に気付かれぬようにしていたはずなのじゃが……」

「あの……神様はここで何を?」


 恐れ多くも、ヒロトは神様に質問をしてしまう。この世界では神様に質問をする事はタブー中のタブー。当然のように、穏やかだった神様の表情は一変する。


「貴様ああ! 我に質問をするとは恐れを知らぬ奴め! 我はただここで儀式をしていただけじゃああ!」

「儀式と言うと、豊穣の……でもアレは2日前に終わってますし、違いますよね」

「ううう……違うのじゃあ。ちょっと日付を間違えただけなのじゃあ」


 神様は突然顔を真赤にしてヒロトに背を向けた。この反応から何となく察した彼は、背中を震わす神様に優しく声をかける。


「私は何も言いませんから。秘密は守ります。ではこれで」

「待てい!」


 こっそり帰ろうとしたヒロトは、神様の一喝で足が動かなくなる。


「この事は他言無用じゃ」

「それは、はい……」

「秘密を守るなら加護を与えようぞ。我がお主を不運とは無縁にしてやろう」

「え?」


 神様からの突然の申し出に、ヒロトは目が点になる。しかし神様の言葉に逆らう事は許されない。なので、彼は反射的にペコリと頭を下げた。


「分かりました。絶対秘密にします」

「約束であるからな」


 こうして、ヒロトは神様の失敗を秘密にするように誓約させられる。この時からヒロトは神様に守れられた青年となった。それまではただ平凡に暮らしていたものが、何に挑戦しても一切失敗をしなくなる。

 神様の加護を実感したヒロトは、その後も何か幸運を実感する度に遺跡に感謝の祈りを捧げに向かった。


 最初の邂逅で霊感の感度も上がっていた彼は、たまに降臨する神様とよく話をするようになった。神様はヒロトが約束を守った褒美に神界の秘密などを話していく。

 その知識を活かして、彼は少しずつ豊かになっていった。


 そんなある日、ヒロトは街のチンピラに因縁をつけられる。


「おいヒロト、最近調子がいいみたいじゃねえか」

「え? お陰様で」

「秘密を教えろよ? 別にいいだろ? ああ?」

「えっと、それは……」


 加護を得たとは言え、ヒロトは割と貧弱だ。チンピラに殴られたら一発でダウンするだろう。恐怖に駆られた彼は、喉まで秘密がせり上がってくる。


「早く話せよ? 俺は気が短いんだ」

「その、えっと……」


 目の前の恐怖から逃れようと、ヒロトはついに秘密を喋ろうとする。しかし、その瞬間、死神の鎌が自分の首にかかっているイメージが思い浮かんだ。

 そう、秘密を守れば加護があると言う事は、裏を返せばバラせば不運が襲うと言う事。最悪の結果は当然『死』と言う事になるだろう。


「あんだぁ? 早く言えやコラァ!」

「ご、ごめんなさあーい!」


 ヒロトは口を両手で抑えてこの場から一目散に逃げ出した。すぐに追いかけてきたチンピラは、走り出した途端に盛大にコケる。それで何とか危機を脱する事が出来た。加護が発動したのだ。

 追いかけてこないのを確認して、ようやく彼は足を止める。


「ああ怖かった」


 黙っていれば守られるけれど、話せば不運が襲う。それは呪いのようなものだ。ヒロトは神様とした約束に改めて戦慄を覚える。

 こうして、彼は絶対にバラせない秘密を抱えて生きていかねばならない事を自覚したのだった。



 最初の内は彼も普通に過ごす事が出来ていた。しかし何度も神様から秘密の話を聞いている内に、誰かにこの事を話したくてたまらなくなってくる。こんな事を知っているんだぞと自慢したくなるし、そのやり方は違うぞとも言いたくなる。

 神様からの話は多岐に及んでおり、彼1人で抱え込むには重くなりすぎてしまったのだ。


「ああっ、喋りたい。自分の知った話を広めたい!」


 当時は新しい宗教がどんどん立ち上がっていた時期でもあり、神様からの啓示を受けたと言う触れ込みの人々があちこちで組織を拡大して信者を増やしていた。

 彼ら教祖の話をよく聞くと、正しいものも多かったけれど、必ず欲にまみれた集金要素が顔を覗かせている。その事がヒロトには腹立たしかった。


「神様の教えを歪めて金儲けの道具にするなんて!」


 正義感もあって、ヒロトは新興宗教の聖職者達に抗議する事もあった。ただ、神様に聞いた話と違うとは明言出来ず、当然門前払いになる。

 彼は、自分の不甲斐なさに段々と精神を病んでいった。


「間違った教えが広がるこの世の中は間違っている」

「じゃが、それは民が望むから広がっておるのじゃ。それでいいと言う者が多いのじゃよ」

「じゃあ私はどうしたらいいのです。あなたの話を広めてはいけないのですか」

「我はその役目にない。秩序は乱せんのじゃ。我が語れたのは、お主が話さないと誓ったからじゃ。つまり、我とお主は本来は会ってはいない事になっておる」


 神様いわく、人類には、自分の欲を優先して堕落して苦しんで、その中から自分達で間違いに気付くと言うプロセスが必要らしい。コンコンと説得されて、ヒロトは自分の無力さに打ちのめされる。


「分かりました。話せないならもう会いません。今まで有難うございました」


 彼は自ら神様に絶縁を宣言し、部屋にこもるようになった。部屋の中で過ごす孤独な時間。ヒロトは机の引き出しを開けると、今まで神様に教えてもらった事をノートに書き始めた。


「今は無理でも、いつかこの内容が世に広まる日が来るはずだ……」


 黙々と一心不乱に書き記しながら、彼はふと自分の字を見て愕然とする。何と、その文字は自分の知っているそれと違っていたのだ。自分で書きながら理解が出来ない。紙面に量産されていく暗号のような何か。

 それはまるで、読まれる事を許さない神様の意志が具現化されたよう。


「秘密は、分かるように書き残す事も許されないのか……」


 ヒロトは絶望しながらも、自分の記憶している全てをノートに吐き出した。神様からの言葉が記されたノートは聖書と同義になる。ノート自体が力を持ち始めたのだ。

 場の空気は浄化されるし、ノートを置いてる部屋では食べ物が美味しくなったり腐らなくなったりした。病気も好転するし、怪我の治りも早かった。最終的には医者がさじを投げた病気ですら回復するようになり、彼は恐怖を覚える。


「こんなものがここにあってはいけない。いつか必ず悪用される」


 ヒロトは外に出て歩き回り、ノートを誰も来ない場所に封印した。そこから出た瞬間に、彼はノートの内容をすっぱり忘れる。家に戻った途端、ノートの隠し場所すらも記憶からすっかり消えていた。


「あれ? 私は今日何をしていたんだ?」


 記憶が消えたのは街の住民も同様で、昨日までノートに救いを求めていた人々もまた、ノートの事を綺麗さっぱり忘れ去ってしまっていた。こうして、ヒロトに神様と出会う前の穏やかな生活が戻ってくる。

 その後、彼は平凡ながらも不運に見舞われる事のない幸せな一生を送ったのだった。



 ヒロトの死後、誓約の効力が薄まったのか、ノートの話が都市伝説的に語られるようになる。神様の秘密が綴られたと言う内容がマニアの間で人気になり、ノートを探す人がたくさん現れた。

 けれど、誰一人としてノートを見つける事は出来ず、さらに伝説は独り歩きしていく。手に入れられれば世界を支配する事が出来るとまで言われていった。


 ノートが世界から完全に隠されたまま時は流れ、ノートの伝説を知る人もほんの一握りになった頃、1人の少年が偶然そのノートを手に入れる。奇しくも啓示を受けた青年と同じ名前を持つ彼は、手に入れたそれをめくって衝撃を受ける。


「これ、すごいお宝だ。隠さなきゃ」


 何故か文字を理解出来た少年は、急いでノートを持ち帰る。そうして、自分の机の鍵付きの引き出しにしまって鍵をかけ、その鍵を窓から投げ捨てたのだった。



(おしまい)

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ヒロトと秘密だらけのノート にゃべ♪ @nyabech2016

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