魔法少女あぐり、頑張る
見切り発車P
本文
中学2年生、草壁あぐりには秘密があった。
それも2つあった。
一つは、実は地球には『外来種』と呼ばれる脅威が、たくさん襲来しているということ。
そしてもう一つは、その外来種の天敵となる『魔法少女』が、草壁あぐりのもう一つの姿だということだ。
一つ目の秘密である『外来種』の存在は、世間に知れ渡るとパニックを引き起こしかねないので、秘密にせざるを得ない。
だが2つめの秘密である『魔法少女あぐり』の存在は、別に秘密にしなくても良い。パニックにはならないだろう。
それでもあぐり的には、秘密にしておきたかった。
なぜなら、火神フレイアが、魔法少女よりも戦隊モノ派だったからだ。
*
文芸部室。
あぐりがドアを開けると、フレイアはもう席についていた。
フレイアはあぐりに気づくと、小さく笑みを浮かべた。それからすぐにパソコンの画面に向かい直した。
あぐりはフレイアに気づかれないように、その横顔を凝視した。
――美しい。
彫りの深い顔立ちが、横顔になると、より一層分かりやすくなる。秀でた額の下で、大きな目が、時折細かく震える。瞬きのおりに、長いまつげが折りたたまれ、そしてまた開くさまは、蝶の羽化を見ているかのようだ。見たこと無いけど。
フレイアには外国の血筋が流れている。詳しくは知らないが、フィンランドとかノルウェーとか、そのあたりらしいとの噂だ。ただ日本の血も流れているので、純粋な日本人・ヨーロッパ人とは違い、どこかエキゾチックだ。
その外国の血筋が、今回は裏目に出た。あぐりの敵である『外来種』は、その土地で何らかの意味で孤立している生物を狙う。今回はフレイアがターゲットになったらしいと、魔法少女あぐりのパートナーである魔法生物『シロにゃん』が言っていた。
「座らないの?」
フレイアがあぐりに声をかけた。
「は、はい! 座らせていただきます!」
あぐりはなぜか敬語になって、慌てて座った。
フレイアは、あぐりの慌てた様子を見て、また小さく笑った。そして、パソコンの画面を指して、
「ここのところだけど、『推し』と『担』、どっちの表現が良いかな」
日本好きが高じてか、フレイアはけっこう腐女子である。ここ最近も何やらオタクっぽい文章を書いていた。
「『担』はまだ一般的じゃないんじゃないかな……?」
あぐりは、フレイアのパソコンの画面を見た。最近の戦隊モノ特撮ドラマである『名状しがたき ク・リトル・リトル』についてファンブログを書いているようだ。
あぐりは心のなかでため息をついた。フレイアは、やはり戦隊モノ派である。自分の正体が魔法少女だとバレたら、フレイアはどう思うだろうか。
しかも今回は、フレイアが『外来種』のターゲットになってしまった。何らかのタイミングで、魔法少女の力を開放せざるを得ない。フレイアにバレないようにだ。
なかなか難問だな。あぐりはそう考えながら、自分もパソコンを開いて、文芸部の仕事を始めた。
パソコンの隅で、通知がポンと飛び出た。サウンドからすると、シロにゃんからのメッセージだ。
「も〜、学校ではメッセージ送らないでよ」
「すまない。だが緊急だ。『外来種』の襲撃が迫っている。分かっているだろうが、ターゲットに選ばれてしまったフレイアが、外来種に寄生されたときには、魔法少女の力を持ってしても、フレイアを救うことはできない。寄生される前に、フレイアを守る必要がある」
ベッドで丸まっているアイコンをしたシロにゃんが、シリアスな口調でメッセージを送ってきた。
「もし寄生されちゃったら、フレイアごと倒さなきゃいけない。それは絶対に駄目」
「分かっている。だから、注意しろ。フレイアの周囲を見張り、外来種が近づいたら、変身しろ」
「変身したらバレちゃうんだって」
「工夫しろ」
シロにゃんからのメッセージは終わった。外来種の襲撃が近づいている? しかし、どのような形で襲ってくるだろうか?
あぐりはフレイアの動静に気を配りながら、能力開放の『練習』をした。
片腕だけ魔法少女化!
そう念じると、あぐりの左手に、カラフルなミサンガが出現した。これは魔法少女のコスチュームの、左手部分である。
「あれ、今日ミサンガつけてたっけ?」
フレイアが目ざとく気づいた。
「い、いやだなあ、ずっとつけてたよ、最近」
あぐりは嘘をついた。
「そうか……、気のせいかな。やっぱり目が悪くなってきたのかも」
そういうと、フレイアはカバンから四角いケースを取り出した。
「じゃーん、眼鏡をつくってもらったんだ。かけてみるね」
フレイアはそういうと、細いフレームの眼鏡をかけた。
――美しい。
あぐりはそう思いながらも、口先ではなんていうことも無いかのように、
「うん、似合う似合う」
と言った。
そのとき、眼鏡の端に、何かが映った。あぐりは位置関係から推測して、その何かのほうを振り返った。
泡が、宙を舞っていた。
「なんだろう、シャボン玉にしては……」
「フレイア、ちょっと離れて」
あぐりはそう言うと、魔法少女である左手で、その泡をつかんだ。
すると、泡は破裂した。しかしそれで終わりではなく、泡の中から黄色い粉が飛び出て、あたりに充満した。
あぐりは右腕も『魔法少女』にした。右腕を魔法少女にすると、コスチュームも魔法少女化する。つまり、『カルチュアステッキ』が出現するのだ。
あぐりはカルチュアステッキを振り回し、黄色い粉を払った。
「あぐり、そんなの持ってた?」
「良いから、あとで説明――」
背中に痛みが走った。体勢を立て直し、振り返ると、そこには『外来種』、通称『セイタカアワダチソウ』がいた。
背の高い怪人で、頭には黄色い花が咲いている。その花の一つ一つが、さっきの泡のようだ。つまり、遠距離タイプ。
「フレイア、不審者だから逃げて!」
あぐりはそう言って、フレイアをドアから締め出した。そしてふっと息をついた。
「これで全身を『魔法少女化』できる……」
あぐりはそう言うと、脳裏に浮かんだ、シロにゃんの言葉を思い出した。
「『カルチャライズ! 魔法少女あぐり、出陣します!』」
あぐりが叫ぶと、カルチュアステッキが光り、あぐりの体が光に包まれた。
一瞬の後に、あぐりは魔法少女の姿になっていた。
背中を除いて。
「グフフ……、魔法少女よ、仲間に気を取られるとはまだまだだな」
セイタカアワダチソウは低い声で言った。背中に、小さなセイタカアワダチソウのようなものがくっついている(ようだ)。
「ターゲットに限らず、我が攻撃を受けたものにはそれがつく。そしてお前の力を減ずる」
セイタカアワダチソウはそう言うと、あぐりに向かって、頭の泡を高速度で飛ばした。
あぐりはカルチュアステッキを振った。しかし、前のように泡を破壊できない。力が弱まっているのだ。
「あぐり、危ない!」
フレイアがその場に立ちふさがった。バレた……、いや、それどころではない。
「フレイア、逃げてったら!」
あぐりが叫んだ。しかしフレイアは動かない。そしてセイタカアワダチソウが、再び泡を飛ばした。
フレイアは右手で泡を掴んだ。泡は破裂した。
「えっ」
あぐりは息を飲んだ。
あぐりは最初に、魔法少女の左手で泡を破裂させた。次に、カルチュアステッキで泡を破壊しようとしたが、できなかった。力が弱まっているという説明だった。そして、フレイアが簡単に泡を破壊してみせた。つまり?
「フレイア、あなた、まさか――?」
フレイアは小さくうなずくと、「秘密だったんだけどね」と呟いた。
「『ソーラーパワー、充填完了! 魔法少女フレイア、いつでも行けます!』」
フレイアが魔法少女のコスチュームに変身した。
――美しい。
フレイアはギラギラと輝く火球を呼び出すと、怪人に向かって放った。
「残念だけど、相性が悪かったね、私は『火』だし」
「グワー」
セイタカアワダチソウは間抜けな悲鳴を上げて散った。
あとに残ったのは、二人の魔法少女。
*
フレイアいわく、『外来種』の脅威に対抗するために人類は魔法少女を生み出した。その魔法少女は一人ではない。たくさんいるとのことだった。
「まあ、魔法少女にして同時に外来種のターゲットになっちゃうのは、珍しいけどね」
そういうとフレイアは変身を解いた。
「安心だよ〜。私は魔法少女に変身したら、フレイアに嫌われちゃうんじゃないかって」
あぐりはそう言うと、フレイアの手を握った。
「どうして、私があぐりを嫌うの?」
「だって、フレイアは戦隊モノ派だから」
「そんなこと言ったら、」
フレイアは笑った。
「あぐりだって某サッカー漫画の強火オタじゃない」
「その件は隠しておいてください」
あぐりは顔を赤らめた。
魔法少女あぐり、頑張る 見切り発車P @mi_ki_ri
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