秘密の日記帳に君の名前を、想いの分だけ君の名前を、書き切れないくらい君の名前を(後編)


 玉葵たまきの秘密を紐解くような。まるで、その服を一枚一枚、脱がしていくような背徳感に包まれる。ダメだって、思うのに。最低だって思うのに、指の腹がすでにページをめくっていた。


 ――かさっ。

 ページをめくる音がやけに響いて。まるで衣擦れのようだと、そんな錯覚を憶えて。


(……大丈夫、寝ている――)


 規則正しい、玉葵の寝息を聞いて、少しの安堵感。アンドそれに勝る罪悪感。蝕まれてなお、玉葵の秘密を知りたいと思ってしまう僕がいた。




■■■





◆4/22 気付けば履修する講義はほぼ一緒で。違う時間があるのは仕方がない。やぱり、学びたい科目もあるしね。友達にあわせることも、コミュニティーでは必要……そう思ったボクは甘かった。油断をすれば、春紀はるの魅力に気付いた子達が、群がってくる。これは気合いをいれなくちゃ。ねぇ、春紀はる? この瞬間も、キミはボクをボクとして見てくれるんだね? それが嬉しくて。嬉しくて。無性に、ボクはキミのことを、独占したいって思ってしまうんだ。


 玉葵?


◆4/26 フットサルチームに晴紀はるを誘ってみた。もともと、高校の時の先輩に誘われていたから、参加するつもりだったんだけれど。一緒にプレイしてみて分かったのは、晴紀はるのポテンシャルの高さ。男女の差はあるのかもしれない。でもレギュラーを取れなかったのが、ウソなくらい、晴紀は私と絶妙のコンビネーションで、ボールを蹴る。


 いや、それは玉葵が上手いからだと思うよ? 阿吽の呼吸というか。絶妙のタイミングで、ゲームに集中できたんだから。


 ――君ら、本当にこの大学で初めて会ったの? 同じチームにいたんじゃない? 結成3年以上の相棒パートナーじゃん!


◆晴紀、伴侶パートナーだって! へへへ、ニヤけちゃうね?


 あの時、玉葵がどうしてニヤけているのか分からなかったけれど、そういうこと?! 玉葵、そんなキャラだったの?


◆5/3、チームでの飲み会、楽しかった! この時のボクらは未成年だから、ジュースだけどね! 何より、二次会と称して、ボクの部屋で飲み直し。

だって、晴紀はるが悪いんだよ? チームメートにデレデレしちゃって。LINKのIDまで、交換してさ。そういう不純の動機で、フットサルに参加するのはいただけないよ。晴紀はるはボクと、もっと仲良くなる義務があるんだからね!


 あの、玉葵たまきさん……?


◆6/13、ボクの誕生日。いつものように、宅飲みと称して、夕食会。晴紀はるって、料理が美味いんだよね。一生、晴紀ハルの味噌汁飲みたいって言ったら、二つ返事だし。絶対に、意識してないんだろうなぁって思うと寂しい。


 意識してないのは、玉葵の方だと思っていた。ささやかな夢を見たい一心で、ボクは頷いたのに――。


◆まさか、プレゼントをもらえると思っていなかったんだよ。しかも、猫の抱き枕。可愛い……晴紀はる、ボクが可愛いモノが好きなの知っていたのかな?


 正直、知っていた。王子様系を意識しているクセに、その視線はファンシーなものに目がいくから。

 それなら、自分の時間くらい、素直で良いと思ってしまうから。


◆ボクが演じているキャラじゃなくて、晴紀はボクを玉葵ボクとして見てくれる。ズルいよね。そんな風に肯定されたら、ボクはどうしたら良いのさ?


 いや、どうもしなくても。玉葵は玉葵のままで――。


◆この抱き枕にね【はる】って名前をつけたの。晴紀ハルにはナイショだよ?


 は、い? なんだって?


◆ぎゅって、して良いよね? ねぇ【はる】?


 ぎゅうって、しないで! ちょっと、俺は【はる】じゃなくて、晴紀はるだから! ちょっと、落ち着いて――。

 いや、自分で何を居て散るのか、よく分からない。

 抱きしめられながら、玉葵の日記を読むって、どんな羞恥プレイだよ?!


◆春紀って、大きいよね。


 はい?


◆ふふふ。春紀は気づいていないかもしれないけどね。ボク、こっそりギュッってしていたんだよ?


 玉葵さん、なんですって?


◆やっぱり、男の子だよね。背が小さいのを気にしていたけれど、筋肉のつきかたとかさ、本当に男子なんだなぁって思うし。こういうこと書くと、エッチな女の子って思われそうで、イヤだけど。朝一番、立っている姿とか――。


 ちょっと待って?! それ単純に、立ち上がっている僕の姿だよね? 下半身的なスタンドアップじゃないよね?!


◆これまで、色々な春紀を見たけれど。


 見たけれど――?

 この後にどんな文面が続くのか。思わず、目で追ってしまう。その瞬間、抱きしめられてた力が、脱力する。それだけで、突き放されたような虚無感を感じてしまって――。



◆好きだよ、春紀。


 目を疑う。その好きが、どんな意味の好きなのか。思わず考えを巡らしてしまって――。



◆好き、好きだよ。春紀のことが好きなの。好きなんだ。ちゃんとボクのことを見てくれる春紀が。まっすぐ目を見て話す春紀が。上目遣いで、私を見上げながら、臆さずに。気後れせずに、しっかり話す春紀が。好きなの。好き。誰よりも好き。だから、他の子に笑わないで。ちゃんとボクだけ見て。それが、叶わない夢だって、分かっているけど。好きだよ、春紀。こんなこと、キミを前にして、絶対に言えないから。だから、この日記のなかでだけなら、良いよね?


 玉葵たまき――。


◆好きなの、春紀。好き、本当に好き。好きって言葉じゃ言い表せないくらいに、春紀はるき、キミのことが好きだよ。好き、好き。感情が膨れ上がって、最近、どうして良いのか、よく分からないの。春紀はる、お願い。どうしたら良いのか教えて? 好きすぎて。キミが好きすぎて、もうどうして良いか、本当に分からないよ――。



 カタン、と。音がした。



日記帳それ……読んじゃったの……?」


 ギュッと、背中越し。ボクの服を掴む手。僕はゆっくり腰を捻って、玉葵の方へ視線を向けた。






■■■







 手を引いて、玉葵を立たせる。

 なんて、不安そうな顔してるのさ


 デパートで、迷子になった子どもみたいで。

 でも、僕は知っている。


 玉葵たまきは、なんでもできるスーパーマンでもないし、王子様でもない。


 僕は多分……誰よりも、良く知っているから。


 だって、玉葵の秘密を知ってしまったから。

 今度は、僕の秘密を知ってもらわないと、これじゃ不公平だ。


玉葵たまき?)


 包み隠さず、僕の秘密を伝えるから、しっかり聞いて?

 



 身長180㎝の玉葵。

 身長160㎝の僕。


 その差、20センチ。

 でもね。これくらいの差、背伸びしたら。玉葵がちょっと屈んでくれたらね。すぐに届いちゃうんだよ?


 だから、ね。

 次は、僕の番だ――。


「玉葵」


 僕は背伸びをして。

 玉葵を少しだけ、強引に引き寄せて。


 言葉にして。

 声に出し。

 それから、啄んで――。




 今、玉葵がどんな顔をして。

 どんな声で。

 感情を震わせて。

 僕にしか見せない顔を見せているか。


 甘い蜜を舐めとるように。


 その感情の全てを受け止めて。

 この感情で、その全てを貫いて。


 このお姫様が、どんなかおをしているのか。



 

 僕の秘密だから。

 誰にも教えてあげない――。






【END】

  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秘密の日記帳に君の名前を、想いの分だけ君の名前を、書き切れないくらい君の名前を【短編賞創作フェス】 尾岡れき@猫部 @okazakireo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画