サラミとソーセージ

百入百敷

サラミとソーセージ

同じとこから同じ日に生まれ同じ遺伝子を持つ僕ら。いつも同じ、ずっとそうだった。これからも、そう思っていた。

でも僕らは全く同じではなかった。


僕らは一卵性双生児。

あいつはサラミで、僕はソーセージ。

名前からしてサラミはスマートな感じがするけど、ソーセージはどうしたって伸ばし棒の間延び感が否めない。言ってしまうならマヌケっぽい。地味でパッとしなくて、ありふれていて特別感がまるでない。

存在がまるごとささやかすぎる。歩道の植え込みに咲いてる白くて小さいラッパみたいな形をした、なんて名前かも分からない冴えない花と同じくらいに。




昼休みを告げるチャイムを合図に、男子生徒の何人かが教室を飛び出して行くのが見えた。

「……出遅れちゃったな」

完全に購買の渋滞に巻き込まれることが確定してしまった。

急ぐ気持ちも半分くらい無くなった僕は机の上を片付けながら、いつもなら教室に迎えに来るはずのかいの姿を探す。

双子の弟の海、隣のクラスで昼休みには決まって僕の教室へやって来て購買への道を急かすのだ。それがまだ姿を現さない。あの食いしん坊モンスターが来ないなんて、と内心独りごちながら教室の入口をぼんやり眺める。


時間にするとほんの2,3分だったと思う。だがその時間が耐え難い虚空のように感じられて、何度もスマホの画面をつけては時間を確認して、海からの連絡が来てないかと無駄にメッセージアプリを開いて閉じてを繰り返した。

そうだ。いっそのこと、こちらから迎えに行ってしまえばいい。いつも海がやるみたいに「そんなんじゃサラミパンがなくなっちゃうぜ」なんてからかい口調で言ってやる。

ポケットにスマホをつっ込み、財布だけつかんで教室を出る。教室の後ろの方のドアから中の様子を覗き見る。「えぇと、海の席は……」と視線を漂わせる。ある一点で、それがビタリと止まった。


海がいた。

女の子と一緒に。

女の子は席に座っていて、海が机を挟んで立っていた。つまりは海が自分からその女の子に会いに行ったということだ。

そういや海のやつ、彼女ができたって言ってたような。そうか、そっか……そうだよな。僕らずっと同じじゃあるまいし。

心が少しざりざりになる気持ちがして、それを直視してはいけないと解った。すぐに踵を返して一人、購買へ向かった。


僕らはずっと同じだった。

同じとこで生まれて、同じものを食べて、同じとこで育って、同じものを好きになって、同じように――同じように育っていくものだと、どこかで信じていた。世の中に二人として同じ人間がいないことくらい知っている。そんなことがありえないことくらい知っている。それでも、海だけはずっと一緒なんだとずっと思っていた――のに。

いや、ずっと知らないふりをしていただけだったのだ。歳を重ねるにつれて、ちょっとした違いがどんどんどんどんとずれていって、多分もう取り返しのつかないところまで違ってきてしまった。

海はサッカー部に入っていて、運動神経が良くて、誰にでも優しくて、笑顔が明るくて、いつも周りに人がいる。顔はそんなに違わないけど、僕から見てもかっこいいのだ、サラミみたいに。僕の自慢の海だ。

僕はというと、お世辞にも花形とは言えない地味部活の中でも地味な文芸部で、そんなに明るくもなくて、海以外で一緒にいる人もいなくて、おまけにメガネだ。名前だって、陸よりも海の方がかっこいい。爽やかで明るいイメージがある。これじゃどう頑張ったって同じじゃないし、勝てもしない。中学まではそんなに違わなかったはずなのに。きっとこのメガネのせいだ、本の読みすぎで視力が落ちたせいだ。コンタクトに変えればきっと海と同じくらいかっこいいはずなのだ。だって顔は同じなんだから。

そこまで考えていつも虚しくなるのだ。コンタクトに変えたところで海みたいにかっこよくはなれない。もう同じじゃなくなったのだから。


陸と海。

僕らは一卵性双生児。

海はサラミで、僕はソーセージ。

似ているようでどこか違う。

サラミは訳もなくかっこいいけど、ソーセージは子供っぽくて野暮ったい。


目の前に並ぶサラミパンとソーセージパンをじっと見つめる。何がどう違ってこんなに変わるんだろう。似たような見た目してるくせにと、20円高いサラミパンを少し恨めしく睨みつける。

「あ、俺サラミパン!ラスイチじゃん、ラッキー!」

明るい声でサラミパンをかっさらって行ったのは、海だった。ぽつんと残されたソーセージパンはいつもよりしなびて見えた。……まあこれも美味しいから別に良いんだけど。

「来るの遅かったね。全然来ないから、先行っちゃった」

「ごめんごめん、クラスの子に話しかけられちゃってさ〜」

「あぁそう」

そんなことないくせに。

「どこで食う?陸の教室行っていい?」

「え、あ……いいけど。彼女できたんでしょ?そっち行かなくていいの?」

我ながら嫌なやつだと思う。自分から傷つきに行く選択をしながら、相手がその選択をした時には「全然いいよ」なんて親切な風を装って申し訳なさを植え付けるんだ。こんなことしたい訳じゃないのにな。

「あ〜〜いいのいいの!向こうも女友達と食べるみたいだし、俺らは俺らで」

そう言ってくれた海に安堵する僕がいる。まだ海は僕のところにいてくれるんだって。


僕の机の向かいに座った海がサラミパンにかぶりつく。やっぱり海はサラミの方が似合う。ソーセージパンの先っちょをかじりながら、そんなことを思った。

「なぁ陸……学期末のテスト、勉強してる?」

「まぁ一応」

「だよなぁ〜〜いや、俺全然でさぁ……だいぶヤバい」

「なぁに、教えてほしいの?」

こういう時はお決まりのパターンだ。テストが近づくと海はいつも僕にお願いしてくる。そんなになるなら普段から勉強しておきなよ、と思うのだが海が頼ってくれるのなら悪い気はしない。というかこれくらいでしか海に敵うものなんてないから、ここぞとばかりに優位を取ろうとする。

「……その通りでございます、陸さまどうか勉強をお教えくださいませ!!」

と、綺麗に歯型のついたサラミパンを少し掲げるようにして頭を深々と下げて見せる。大仰な海の姿に思わず笑みがこぼれる。

「あはは、いいよ。全然。その代わりにいい点取らないと許さないからね」

なんて本気で思ってもないことを冗談混じりに言って見せる。再び大袈裟に感謝を述べる海をもうちょっとからかってやろうかとも思ったけど、意地の悪い僕がまろび出てしまうんじゃないかと恐ろしくなって止めた。


「じゃあ今日の晩から、勉強会だね」

当たり障りのない言葉を返すに留めた。




帰り道、昼間のことが頭にこびりついて足取りは枷の嵌った罪人のように重かった。嫉妬と僻みと羨望で自分が手のつけようのない化け物になった気分だった。海はずっと僕に優しくしてくれるのに、僕はなんで海にこんな気持ちを抱いてばかりいるんだろう。

己の卑しさに恥ずかしくなって俯く。このままコンクリートのひび割れの隙間にでも入って消えてしまいたいくらいだ。ちょうどあの小さい白い花が落ちてるみたいに。よく見る花だ。街路の植え込みによく生えている地味でちっぽけでか弱そうな花。子供の頃はよく、その花を摘んで鼻の頭に乗せてサイの角だと言ってけらけら笑っていたことを思い出す。

「なんて名前なんだろ……」

ふと気になってスマホを取り出した。指先だけは軽やかにフリックを正確に打ち込んでいく。答えは簡単に出た。


「この花、アベリアって言うんだ」


突然、裏切られた気がした。

ヘビイチゴとかオオイヌフグリとかもっとそういう野にまみれたような名前だと思っていた。なんだよ、違うのかよ。アベリア、なんて綺麗な名前をしているんだよ。お前はもっとマヌケっぽそうな名前をしてるんじゃないのか。

最悪だ。

ありふれた花だからありふれた名前だとばかり思い込んで、見た目が地味だからそういう風なんだろうと思い込んで、てっきり僕と同じなんだと思い込んで、そうじゃなかったからって勝手に絶望した。最悪で、最低だ。僕というやつは、こんなに性格の悪い人間だったろうか。生まれてくる時に良いところを全部、海の所に置いて来てしまったんだろうか。

言われてみればこのこじんまりとはしているけれど、その姿によく似合っていると思う。この花はこの花でちゃんと立派に生きている。その美しさ、強さををちゃんと見てやれなかった僕の弱さだだけがそこに残った。

諦めをつけるべきだった。もっと早いうちに。僕はソーセージで、どうしたってサラミにはなれなくて。ソーセージならソーセージなりに、上手く活きる道を選ぶべきだったんだ。あのケチャップとマスタードをお供に連れているソーセージパンみたいに。


海は運動部だから帰りは僕より遅い。いつも汗と土とが混じった姿で帰ってきて、それがどうしようもなく眩しく見えた。絵に描いたような青春である。きっと僕には永遠に手に入らないだろう代物だ。やっぱり羨ましく思うけど、僕だから出来ることだってある。夏休みの内に小説を書き溜めておかなきゃ。文化祭で冊子にして配るやつ。地味と言えばそうなのだけど、自分の創り出した文章がちゃんとした小説っぽくなって本になっているなんて、普通じゃ体験できないことだ。頭の中にしかなかったものが、きちんと形を伴って手に取れるようになる。その時の心が跳ね上がるように踊った感覚が、視界が一度に全て開けたような輝きが、忘れられないのだ。

多分きっとこれは海にはないものだろう。考えれば考えるほど、僕らはますます違う人間だ。当たり前のことに。

それをちゃんと肝に銘じておかないといけない。そうじゃないと僕は己の醜さで、海を駄目にする。


「陸、ただいま!」

バタバタと大きな音を立てて部屋に入ってくる。荷物をベッドの上に投げ込んで、代わりに散らばった部屋着を引っ掴んで「おかえり」と返す間もなく出ていってしまう。そんな慌てて風呂に行かなくてもいいのに、と思うと同時にそれに一所懸命になる海がおかしくってつい笑ってしまう。

数分と経たないうちに、濡れた犬みたいな格好の海が帰ってくる。

「ちゃんと拭かないと風邪ひくよ」

「あいあい、だいじょーぶ」

「急いで来なくて良かったのに」

「いやぁ、待たせるの悪いじゃん。陸の時間取っちゃうわけだし」

「そんなの気にしないのに」

「そーゆうとこだよ、陸は優しいから」


「え?」


思わぬ海の言葉に目を見開いた。

「いつも嫌な顔せずに勉強付き合ってくれるし、俺のこと考えて気ぃ遣ってくれるじゃん。今日だって、ほら彼女と飯いいのかって聞いてくれたじゃん。そーゆーとこ」

別にあれはそんな大層なことを思って言ったわけじゃないし、優しくなんてこれっぽちもないのに。今日の自分の決まりの悪さに、返答に言葉が詰まる。

「……そう、かな」

「なに?照れてる?」

「っ!そんなことない!さ、勉強するよ!!」

こんなあからさまな態度じゃバレバレだ。嬉しいんだな、海にそんな風に思ってもらえてるなんて思わなかったから。今日の僕はすごく嫌なやつだったのに。

もはや取り繕えなくなった自分をそのままに、教科書をペラペラとめくる。

「で、どこが分かんない感じ?」

と教科書から顔を上げて海を見やる。

海はこちらをじっと見つめたまま動かない。気が抜けてるのか話を聞いてないのかお腹が空いたのか、一体どれだ。いや、これはどこが分からないのかが分からない感じかな。だったら、出題範囲を最初から辿った方がいいななどと頭の中で方針を組み立てる。ふぅむ、今回も大変になりそうだななんて、ため息と共に人差し指でメガネをくいと押し上げる。


「……俺もメガネ掛けたら、陸みたいに賢くなれっかな?」

「ん?」

「あ、いや。陸がメガネかけてるの、すごいカッコイイからさ。賢そうっていうか、陸は事実頭いいんだけどさ」

……そっか。そういうことか。

ソーセージはサラミにはなれないし、サラミはソーセージになれない。

ぼくと海はひとつじゃないし、同じ存在じゃない。

「ぷはっ、メガネ掛けたって賢くなんてなんないよ」

「あは、やっぱり?いけると思ったんだけどなぁ〜」

「勉強すればメガネになれるんじゃない?なってもいいことないけどさ」

「ですよねぇ……なんで?メガネいいじゃん」

「ダサいよ、メガネなんて。かっこ悪い」

ポロリと本音が漏れる。駄目だ、こんなこと言ったら……また卑屈で嫌な僕が出てきてしまう。かっこいいと海が言ってくれたのに。そう留めようと思っても、一度生まれた感情が言うことを聞いてくれなくて。せり上って来た言葉が、喉奥を圧迫する。口を開けば音が飛び出でるくらいまで昂って、そして溢れ出た。

「ソーセージじゃサラミと比べて、かっこつかないじゃん」

「なにそれ!?サラミ?ソーセージって?」

「サラミの方がかっこいいよ!」

言ってしまった。僕は最悪な嫌なやつになってしまう。半ばもうやけくそに言い放った言葉は取り返しがつかなかった。


「えぇー俺、ソーセージの方が好きだけどなぁ!」

海の声がやけに響いた。

「購買の、あれ。ソーセージパン、美味いじゃん」

「は……」

「陸も好きでしょ?いつも端っこからちびちび食ってるじゃん。すごい味わってんなぁっていつも思ってた」

「そう、だっけか」

知らなかった自分の一面を突き出されて、戸惑いと恥ずかしさが混じる。

「美味そうに食うから好きだよ、あれ」

何故か得意な顔をして海が笑う。その顔にほんのちょっとだけむっとして、それから緩んだ。拍子抜けだった。なんだ、大したことなんて何もなかったんだ。気難しくなっていた僕がゆるりと解けていった。

ふと思い出した。


「そうだ……海、あの花の名前知ってる?通学路の途中にある植え込みの小さくて白いやつ」

「あーあれね。サイの角のやつ!」

「そう、それ!」

「わかんねぇ、気にしたこともないや」

少し考えるような素振りをして、頭をわしゃわしゃとかき混ぜて降参のポーズを取って見せた。


「あの花、アベリアって言うんだって」

「なにそれ、なんかもっと地味な名前だと思ってた。ヘビイチゴとか」

「……ぷはっ!だよね、あれそんな風に見えないよね」

表情を崩して僕が笑った。いきなり笑い出した僕に目を丸くした海だったが、すぐにつられて笑い出した。

サラミとソーセージは違う。でも、サラミとソーセージはすごくよく似ている。


サラミは乾燥させたソーセージである。

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サラミとソーセージ 百入百敷 @momoshiki

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