第33話 ドール

最初は自分と同じようにどこか壊れているのだろうと思った。


侍女として仕えることになった幼い王女に、毒を混ぜたお茶を注ぐ。そこに罪悪感はなくドールはただ命じられた仕事をこなすだけだったのだが、思いもかけない言葉が返ってきた。


「これはどういう効果があるの?」


毒の効果を聞かれたのかと一瞬勘違いしそうになったが、恐らく飲み慣れない紅茶のことを指しているのだろうと思った。


「特にはございません」


紅茶自体はただの嗜好品である。多少のリラックス効果などはあるが、言及する必要もない。


「うーん、怒らないから何を入れたのか教えてほしいの。ほんのり苦いけど、ドクニンジンとも違うよね?」


考えてまた一口毒入りの紅茶を含む王女は、真剣ながらも楽しそうな瞳をしていた。

毒が入っていることを知りつつためらいなく口にして、毒を入れた侍女を咎める気配がない。だが王女の行動が異質であろうと毒を盛ったことがバレてしまったのだから、ドールは遠からず処分されるだろう。


(……ああ、やっと終わる)


ずっと前から終わりを望んでいた。予想していない結末だったが、ようやくその時がくるのだと思うと心が凪いでいく。

乱暴に扉を開く音がして、目を向けると冷ややかな表情を浮かべた王女の騎士、テオの姿があった。


「エレナ、姫」


王女からカップを奪い取って一口飲むと、舌打ちをした。


「毒見させずに口にするなと言っているだろう」


静かな口調だが苛立ちと怒りを抑えていることが分かる。気づいているはずの王女は少し困ったような笑みを浮かべるだけだ。


「テオは何の毒か分かる?」


テオの苛立ちが一気に高まり、冷ややかな表情が一転して怒りに染まる。そしてそれはすぐさまドールに向けられた。


「誰に命じられた、言え」


首元に突き付けられた短剣は、ドールの言葉次第でやすやすと首を切り裂くことができる。


「テオ」


毒を盛ったドールではなく、護衛騎士に対して咎めるような物言いをしたことが、少し可笑しかった。


「ドールを殺してもまた別の人が来るだけだよ。だったらドールがいい」


その言葉でドールは悟った。王女は壊れているのではなく、恐ろしいまでの冷静さで状況を受け入れていたことを。

ドールがエレナに興味を抱いたのはこの瞬間からだ。

大切な者を自分で壊してしまった時から他人にも環境にも心が揺れることはなかったのに。


侍女の真似事を命じられたのは、利用価値を高めるためで平民の王女はその練習台として選ばれたのだ。いずれどこかの高位貴族の元に送られるための一時的な措置のはずだったが、ドールの予測は大きく外れて、八年という長い歳月を王女の侍女として過ごすこととなった。


目の前で楽しそうに外の風景を眺めているエレナは、心から楽しんでいるようで余計なことを口走ってしまった。王族でありながらその恩恵をほとんど受けることがなかったエレナは、自国のために無謀な提案をすべくチャーコル国に向かっている。

それは決して虐げられたエレナの義務ではない。


けれどドールはそれ以上言える立場でもないし、何よりエレナが約束を果たしてくれるという。誰も叶えてくれなかったドールの願いを彼女が聞いてくれるのなら、歪な主従関係であってもドールはエレナの命に従うのだ。


(願わくば彼女の未来が少しでも幸多からんことを)


初めて他人のために祈った言葉はドールの内面を少しだけ波立たせた。

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