第30話 為すべきこと
アンバー国の末の王女がチャーコル国の側妃として嫁ぐ。
手元の書簡に書かれた情報に再度目を走らせたギルバートは、思考を巡らせる。
王族でありながら戦場入りした王女に側妃が務まるのか。
王族の血は外交上有効だが、平民の血が流れているという噂のある王女は恐らく側近に下賜されるだろう。
もともと側妃を複数名抱えていて、新たに必要ではない状況での輿入れは普通に考えれば服従を示すための人質、献上品だ。
「それにしても思い切ったことをする」
こちらにまで流れてきた情報をチャーコル国が掴んでいないはずがない。
戦場で戦える力を有する姫を束の間とはいえチャーコル国のカール・ウェリントン陛下の元へ送れば、反意ありと捉えられてもおかしくないだろう。
他にも姫がいたはずなのに、わざわざ末の王女を差し出す理由。ドールの言葉が頭をよぎり、断片的な情報が繋がると、おぼろげながら輪郭が見えてきた。
(戦場で王女を狙わせたこと、ドールの主人の決断、そして王女の輿入れ)
ドールの主人が国王であればおおよその説明はつく。戦場で簡単に死ぬようならそれまでのこと、生き残るのであればチャーコル国に嫁がせる。
流石に暗殺までは目論んでいないだろうが、目的を達するためには、それぐらいの強さが必要なのだろう。姫の婚姻が戦況にどういう影響を与えるのか、そして国王がケイトを知っていたことについては分からない。
恐らくまだ何かあるに違いないが、現状でギルバートが推察できるのはそれぐらいだ。
胸元のネックレスを無意識に弄んでいることに気づいて苦笑した。
この戦争に終わりが来たとしても、彼女の命は戻らない。彼女と同じ戦場で死にたくてもがいていたあの日々から遠のいていた。
ただ淡々と言われた任務をこなし、死地に向かう部下を見送るだけの日常は少しずつ何かが失われているようだった。
訓練場に足を向けたのは、ただの気まぐれだ。
「お前っ、ずいぶん卑怯な手を使うように、なったな!」
「実戦のつもりでと言ったのはリッツだ」
実戦同様というのならそんな無駄口を叩くべきではない。二人に気づかれないよう様子を窺えば体勢を崩したリッツにラウルが容赦なく木刀を振り下ろしていた。
「このやろう!」
純粋な力比べではリッツに軍配が上がる。辛うじて受け止めた刀は徐々に押し上げているとラウルは力を抜いて、脇に避けた。
「はっ?!」
力の行き場の失った木刀が宙を掻き、ラウルの木刀がリッツの首筋に付きつけられる瞬間――ギルバートは思い切り手を叩いた。
鋭い音にびくりと身を震わせ、警戒したラウルは後ろに下がりこちらに目を向けた。ラウルがそういう行動を取ることは想像できたのだ。そしてリッツはその隙に木刀を握り直して、下からラウルの腹に木刀を叩きつけた。
「咄嗟の判断力がまだまだ甘いな」
激しく咳き込んでいるものの、声は届いているだろう。
「リッツ、お前の攻撃もまっすぐ過ぎるから読まれるんだ。駆け引きのない攻撃は相手に好機を与えるだけだ」
地面に座り込んでいるリッツは、悔しそうな顔をしたが素直に返事をした。
「上官、ご指導願えないでしょうか」
未だに荒い呼吸を吐きながら、ラウルが顔を上げてこちらを見ていた。真剣な瞳から強い意思が伝わってくる。もっと強くなりたいという意思が。
それは仲間の命だけでなく自分自身が生き延びるために必要な生命力が感じさせた。
『救える命を救うために為すべきことをしなさい』
『仲間を守るのも任務のうちよ』
ドールの主人の言葉とケイトの言葉が重なった。戦場で守れなくても鍛えることで守れる命があるのなら、それは自分の任務だ。
いつか彼女に会ったら怒られるだろうが、今からでも少しは挽回できるだろうか。
自分の持っている技術や知識を伝えれば、彼らが生き延びる可能性を少しでも高くなるだろう。
(ケイト、こいつらを守りたいんだ。だからもう少しだけ待っててくれよ)
愛しい恋人に心の中で囁くと、空虚な心が少しだけ満たされた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます