第12話 余計なこと ~エルザ~

今日のバディは初めて組む相手だった。

一週間前に入った仲間だから信頼関係が築けていないのも仕方がない。だけど演習とはいえ単独で動かれるとバディの意味がない。実戦の前に相性を確認するために組んでいるのだ。


苦言を呈しても無視されるのは自分の呼び名のせいだろうと思う。

人は変わっても同じなのは入隊する前から知られているということだ。


それでもこれほどあからさまに嫌悪感を示されたことはない。合図を送っても無視されるため、周囲を確認して小声で呼び掛けた。


「ニック」


渋々といった様子でこちらを向くニックだったが、呼び掛けに反応してくれたことに少し安堵した。


「演習とはいえ実戦と同じように行動しないと意味がないわ」


いくら自分が気に入らないかと言って貴重な演習を無駄にしたくないはずだ。けれど舌打ちをしてまた一人で進んでいくニックを見て、エルザは小さくため息をついた。


結局演習が終わるまでニックの態度は変わらなかった。幸か不幸かお互い撃たれることなく終了したため、上官からは連携が取れていないようには見なされなかっただろう。


「ちょっと話があんだけど」


銃の手入れを終えたところで、ニックから声を掛けられた。あまり良い話ではないことは彼の表情からうかがえたものの、無視すればさらに関係性が悪化すると考えてニックに付いて行く。


人気のない銃器庫の裏へ連れて行かれてエルザは少し警戒を強めた。相手がどんなに嫌っていようと一応異性である。護身用のナイフの存在を確認して、注意深く相手の様子を窺いながらも切り出した。


「それで用件は?」

「単刀直入に言うけど、あんたとバディを解消したい」


バディを決めるのは上官でエルザやニックがどうこうできるものではない。それはニックも承知のはずだ。


「何故それを私に言うの?」


エルザが静かな口調で問うと、ニックは苛立ったように荒い口調になった。


「敗北の女神と呼ばれてる癖にいい加減分かれよ。俺はまだ死にたくない。あんたが出なきゃいいだけの話だろ!」


ニックの言い分は理解できるが、それでも答えは同じだ。


「私は任務を遂行する。不服であればクラッセン上官に上申すればいいわ」


これ以上話しても平行線のままだろう。切り上げてこの場を立ち去ろうとするが、ニックの言葉に愕然とした。


「アンバー国のスパイって噂、本当なんだろ?あんたがいるといつも負けるし、バディだって本当はあんたが――」


ぱん、鈍い音と手の平にはひりつくような痛みが広がる。それ以上聞きたくないと反射的に手が出てしまった。自分の行動に呆然としつつも、ニックの勝ち誇ったような表情に自分の軽率な行動を悔やんだ。


「……はっ、暴力行為は禁じられている。これじゃあ外されても仕方ないよな」


最初からそれが目的だったのだと気づいても遅い。

唇を噛んで耐えていると、人の気配を感じた。顔を上げるとそこにいたのはラウルだった。


「その程度の暴力行為で外されるほど、彼女の能力は低くない。むしろ軽はずみな言動で煽り和を乱そうとした君のほうが、協調性なしと見なされて外される可能性が高いだろう」


ラウルがこんなに長く言葉を口にすることは珍しい。庇ってくれているのだと思うと、無性に落ち着かない気分になる。

一方ニックは急に現れ正論を口にするラウルを憎々し気に睨んでいた。


「っ、お前には関係ないだろう!」


ラウルを乱暴に押し退けようとしたニックはいとも簡単にいなされる。だがすぐに一触即発の雰囲気に変わり、流石にまずいと思い止めようとしたところ、通りがかった教官によって中断された。


これ以上大事にならずに済んだが、互いの上官に報告される羽目になった。自分が叱られるのは良いが、喧嘩の原因がエルザだとエーデル上官が知ったらどう思うか。

不安な思いがせりあがってきたが、今のエルザには何もできなかった。



翌朝、逸る気持ちを押さえつつ森に向かった。ラウルのことが気になってあまり眠れなかったのだ。


エルザとニックは上官から厳重注意されたものの懲罰対象にはならなかった。ニックも上官の前では大人しく、考え方の相違で口論になったとだけ伝えた。


ラウルについても気が昂っていて喧嘩を売るような言動を取ったと、自分の非を認めていたためエルザもそれ以上何も言わなかった。評価は下がったものの結果的に上官はバディを再考することになるだろう。

あれだけ言われればエルザとしてもニックとわだかまりなく組めるとは思わない。


ラウルが森に姿を現したことに安堵のため息が漏れた。いつもと変わらぬ様子だが、表情に出ないのだからまだ分からない。


すぐに謝罪をするがラウルは気にする様子もなく、むしろエルザを気遣ってくれた。そのことに罪悪感を覚えたが、同時に本当に何もなかったのかと疑念が湧いた。


ラウルは問題ないとしか言わないが、釘を差されたエルザとしては納得できなかった。


「上官の言うことを守れないなら懲罰代償だと。だけど上官との約束をまだ破っていないはずだから」


その言い方に引っかかりを覚え、約束について訊ねた。


「守るものがあると弱くなるから、他人を愛したり大切な存在を作らないことだよ。 戦場で人を殺す優秀な駒であることが僕の存在理由だから」


淡々と説明するラウルの言葉にエルザは愕然とした。

上官からの約束は命令と同義だ。反射的に言葉を返したが、本当に正しいことなのかと冷静な自分の声がした。


エーデル上官の言葉に憤慨したが、ラウルが優秀な兵士として活躍していたのは事実だ。反射的に否定しながらも、ラウルにとって本当にそれが有益なことなのかと心が揺れる。


「そのせいで弱くなったとしても?」


今のエルザには答えにくいラウルの問いだったが、エルザは自分の信念を思い出しながら告げる。


「大切な存在ゆえに、臆病になったり傷つきやすくなることもあるかもしれない。だけど守りたいという想いで強くなることだってあるわ」


守りたいという思いで強くなることもある。人は一人では生きていけない。

だからこそ守りたかったのだ。


失ってばかりの大切な仲間。家族から嫌われても戦場で足掻こうと思ったのは、仲間を守ることができれば報われると信じているからだ。


「エルザには大切な人がいるの?」


ラウルの他意の無い質問に胸が痛む。


「そうね。私は弟も仲間もバディも大切なの。守りたいのにいつも…失ってばかりだけど、敗北の女神と言われてもバディを断られても大切なものを守るために私は戦場に背を向けるつもりはないわ」


誰にも伝えないつもりだった自分の決意を告げたのは、ラウルには知って欲しかったのかもしれない。

相槌が返ってくるのを予想していたのに、ラウルは真剣な表情で何かを考え込んでいるようだった。

その様子に少し不安を覚えた。


(何か余計なことを言ってしまったのかしら……)


不安を覚えていると、ラウルがどこか納得したように一つ頷き、まっすぐな瞳でエルザを見ながら言った。


「みんな大切な守りたい誰かがいるのに、僕はそれに気づくこともなく尊重しなかった。エルザ、以前君のバディについて何も知らないのに彼らを、君の大切な存在を軽んじるような発言をしたから君を怒らせたんだね?」


ラウルの言葉に頭を強く殴られたような衝撃を受けた。ラウルが感情を理解したのだと悟ったからだ。


「ごめん。今更だけど君や仲間の感情を理解した。君に嫌われても仕方ないことをしたのに教えてくれてありがとう」


何か取り返しのつかないことをしたような、不安が襲った。


『余計なことを教えられても邪魔なんだ』


エーデル上官の言葉がよぎる。余計なことが意味するのは感情を持つことだった。感情を知ることとそれは同じではないだろうか。


「もう君に近づかないから、どうか嫌わないでほしい」

「嫌ってなんかないわ。ラウルも大切な仲間だもの」


不安で震えそうなぐらいなのに、ラウルの言葉は優しい。純粋で優しい彼を傷付けたくはないと思って返答すると、ラウルが微笑んだ。

それはまるで愛しい恋人に向けるようなに慈愛に満ちた表情だ。


「―――っ、ラウルその顔……ううん、何でもないわ。………危うく勘違いするところだった…」


まるで刷り込みのようにラウルは自分に懐いているだけだ。

そう思うのに顔が熱くなっていくのを感じてエルザはすっかり動揺してしまった。

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