第11話 答え合わせ

「巻き込んでごめんなさい」


翌日いつもの森で顔を見るなり、エルザは謝罪の言葉を口にした。


「いや、僕の方こそ話を大きくさせてしまってごめん。大丈夫だった?」


固い表情ながらも頷くエルザだったが、その目は赤く充血している。


(寝不足なのだろうか?)


懲罰として夜の見回りを命じられたのかもしれない。大丈夫そうには見えなかったが、気丈に振る舞う彼女はそれ以上の質問を拒絶しているように感じられた。


「私のほうは問題ないわ。でもラウルこそ関係ないのにエーデル上官に呼ばれたと聞いたけど、何か懲罰が?」

「注意はされたけど、問題ないよ」


そう答えるが、エルザは何故か納得せず疑わしげな視線を送る。


「……エーデル上官は、厳しい方だと聞いているわ。 何と言われたの?」

「上官の言うことを守れないなら懲罰対象だと。だけど上官との約束をまだ破っていないはずだから」

「約束?」


問い詰めるようなエルザの口調に戸惑いを感じながらも、聞かれるがままに答える。


「守るものがあると弱くなるから、他人を愛したり大切な存在を作らないことだよ。戦場で人を殺す優秀な駒であることが僕の存在理由だから」

「――っ、何てひどいことを!感情を持つことも大切な存在を得ることも個人の自由なのに、そんな約束をさせるなんて!ラウル、それはちっとも大丈夫じゃないわ」


エルザは強い口調でラウルに言い含めるように言った。真剣な表情で怒りに輝く瞳が綺麗だ。エルザが怒っているのは恐らく自分のせいなのに、そのことが何故か嬉しいと思ってしまう。


「そのせいで弱くなったとしても?」


意地悪な質問かもしれないが、エルザの答えを聞いてみたかった。


「大切な存在ゆえに、臆病になったり傷つきやすくなることもあるかもしれない。だけど守りたいという想いで強くなることだってあるわ」


きっぱりと言葉にするエルザにさらに質問を重ねた。


「エルザには大切な人がいるの?」


不意をつかれたようにエルザは目を見張り、泣きそうな顔になった。


「そうね。私は弟も仲間もバディも大切なの。守りたいのにいつも…失ってばかりだけど、敗北の女神と言われてもバディを断られても大切なものを守るために私は戦場に背を向けるつもりはないわ」


そう答えるエルザは凛として美しかった。彼女の強さは大切な存在のためなのだろう。


自分はただ与えられた任務をこなすだけだ。勝利を収めるために最善の方法を選び行動してきたが、仲間を守ることを優先して考えたことはなかった。サポートのような任務の一環として、擁護することはあったが、それ以外は何の疑問も持たずに自己責任だとしか思っていなかった。


エルザの言葉から過去の記憶や経験を思い浮かべる。

どうしてリッツやエルザが怒っていたのか。責めるような言葉、仲間の視線を思い出せば、皆同じことに憤っていたような気がした。


「ラウル?」


気遣うようなエルザの声が聞こえたが、今は考えることが大切な気がして頭に浮かぶ記憶と思考を辿っていく。

最終的にたどり着いた答えに納得して、息を吐きだすと同時に周囲の景色と音が戻ってきた。


答え合わせの時間だ。


「みんな大切な守りたい誰かがいるのに、僕はそれに気づくこともなく尊重しなかった。エルザ、以前君のバディについて何も知らないのに彼らを、君の大切な存在を軽んじるような発言をしたから君を怒らせたんだね?」


心配そうなエルザの顔が驚きに変わる。彼女が頷くのを見て胸の奥が締め付けられるような感覚があった。


「ごめん。今更だけど君や仲間の感情を理解した。君に嫌われても仕方ないことをしたのに教えてくれてありがとう」


優しいエルザは自分のような欠陥品を見ていられなかったのだろう。嫌いな自分の傍にいてくれたことだけでも感謝こそすれ、これ以上望んではいけない。そう思ったのに言葉が勝手に滑り出た。


「もう君に近づかないから、どうか嫌わないでほしい」

「嫌ってなんかないわ。ラウルも大切な仲間だもの」


その言葉に心が温かい何かに満たされていくのを感じた。図々しい望みだと思っていたのに、エルザは簡単に聞き入れてくれた。それがとても嬉しい。


「―――っ、ラウルその顔……ううん、何でもないわ。………危うく勘違いするところだった…」


何かを言いかけた後、小声で独り言を呟くエルザに小首をかしげながらも、ラウルは胸に灯る温かさを噛みしめていた。

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