第2話 出逢い

大陸の片隅にアイリス国とアンバー国という同じぐらいの規模の小国があった。

比較されることも多いが、隣国同士ということでそれなりの交流があり、良好な関係を築いていたはずなのにどこで歯車が狂ってしまったのか。


国境沿いの禁猟区への密猟という些細な諍いはやがて戦争に発展することになる。それだけであれば、まだ救いはあったのだろう。


『ただの戦争など不合理だろう。互いに犠牲を最小限にしながら勝敗をつける良い方法があるのだけど、いかがだろうか?』


中立国として干渉したチャーコル国の王太子からの提案、それは厳選した兵士十名を戦わせるというものだった。

チャーコル国は豊かな土壌に恵まれた大国で、敵対すれば簡単に滅ぼされる。そんな国の提案を断れば角が立つかもしれない、両国ともそう判断したのも無理がなかった。

だがたった十人に国の未来を託すことに躊躇いがあり、それがさらなる悲劇につながった。


『一度の勝敗で一国の未来を決めるのはいささか早計というものだろう』


そこで加えられたルールはシンプルなものだった。三日間で生き残った兵士の数で勝敗が確定する。戦勝国は一ヶ月分の税収を敗戦国から受け取る。


『払えなくなった時点で戦争は終わりだよ。平和的解決ではないかな?』


そんな提案をすることでチャーコル国にとってどんなメリットがあるのか当時は誰にも分からなかった。

戦争で恩恵を受ける武器や衛生用品といった需要がある商品を扱う商会はチャーコル国にも勿論存在していたが、それでも国として関わるほどの大金が動くわけでもなく、中立の立場として何か便宜を要求されるわけでもない。


戸惑いながらも提案を受け入れた結果、終わりの見えない戦争が始まることになるとは両国の王たちは予測していなかった。そしてチャーコル国が介入した理由を知った時には、どちらも引けない状態になっていたのだ。


時を戻すことはできないし、始まったことを終わらせるのは難しい。






ラウルの次の任務は別部隊のフォロー、<サポート>だった。


<サポート>が導入されて以来、戦い方が変わりつつあった。いわば伏兵ともいうべき<サポート>は一日のみ戦場への立ち入りを許されている。<サポート>を追加の戦力として使ってもよし、傷ついた兵士を生かす救護班として使ってもよし、何の制限もない。


上官の判断によって使い方は色々だ。生存者にカウントされないが、純粋に人が2人増えるのだ。有利ではあるが、新兵は<サポート>として使いづらい。判断力がある戦場を知っている兵士でなければ務まらないのだ。


今回負けがほぼ確定した戦場にわざわざ行くのは、これ以上の兵士を無駄にしないため。多少傷ついてもまだ戦える兵士を無駄死にさせないため、こちらの陣地まで連れて帰ることも<サポート>の仕事である。



基本的にラウルが所属する部隊は、バディ制のため二人一組で行動する。


基地を出てから無言で隣を歩くリッツにラウルは疑問を抱いた。彼とは以前も組んだことがあるが、もう少しお喋りな奴だったと記憶している。

何か言いたげな表情で睨んでくるが、話すのも話さないのも彼の自由だろうと放っておいた。だがもうすぐ戦場に入ってしまうのだから、わだかまりは解いておいたほうがやりやすい。


「何か話があるなら聞くよ」


足を止めて呼びかけると、ますますリッツの眉間の皺が深くなった。


(余計なことを言ったかな?もしくは掛ける言葉が適切ではなかった?)


「……何で、そんなに平然としてるんだよ!」


答えを探していると、リッツは激高した様子で詰め寄ってきた。

だが余計に意味が分からない。いつもと変わらないことに何の不都合があるのだろう。


「お前は本当に、自分のバディを――エリックを見殺しにしたのかよ!?」


その言葉で何の話をしているのか理解できた。


「どうなんだよ!」

「見殺しにしたわけじゃない。ただ助からないのは明白だったから、敵と心中してもらっただけだよ」


トラップを仕掛け終える終盤で、敵に見つかったのは不運としか言いようがない。幸い相討ち状態になってくれたから準備は完了したものの、気づかれるのは時間の問題。


重傷者を抱えて敵に囲まれた戦場から抜け出すなんて芸当は、奇跡が何十回必要か分からない。

状況と経緯をできるだけ丁寧に説明するが、リッツの表情はむしろ徐々に険しくなっている気がする。


「――もういい!お前がそういう奴だってことは分かっていたさ!…だけどあいつは俺の親友だったんだ。だから……」


リッツは言葉を切ると、何かに耐えるかのように唇を噛みしめる。


「任務は任務だ。……切り替える」


リッツも精鋭部隊の一員。任務を優先できず、私的なこだわりを切り離すこともできないような人間をギルバートは配下に置かない。というかそういう人間はすぐに死ぬ。


(――だから、何だったんだろう?)


何かを言いかけたリッツの言葉が少し気になったが、ラウルはその疑問を口にしなかった。きっと任務には関係ないことだから。




銃撃音が止まらない。前日の時点で生存者の人数が公表されて勢いづいているだろう。

戦略は多数あるけれど、大抵の場合は「殺せるだけ殺す」が鉄則だ。優秀な兵士は一人でも消しておけば次の戦いが楽になる。実戦を知っている兵士とそうでない兵士との差は大きい。


(この分だと合流地点が変わった可能性があるな)


<サポート>が必要になる場合に備えて合流地点はあらかじめ決められているが、戦況により変更を余儀なくされることは珍しいことではない。

戦況的に今回は勝利に持って行くのは難しいから、回収に徹底するよう言われている。


(だけど、ちょっとやりづらいな)


斜め前で景気よく銃を乱射するリッツを見て、そっとため息をつく。

今日の彼は好戦的だ。回収役は目立ってはいけない。

銃の種類が違うから銃声で味方に伝わるが、同時に敵にも伝わる。


(リッツは囮役になってもらおう)


そう決めればあとは早かった。

近くにあった民家――既に廃墟になって久しいが――の屋根の上で待機する。リッツのフォローができ、敵に見つかりにくい最適な位置だ。


(――当たったけど致命傷ではない。……位置がバレる)


二人目までは狙い通り上手くいっていたけど、一つの方法に固執することは生存率を下げてしまう。

通常は引くところだけど、味方がいそうな場所はもう少し奥。敵国の銃撃に阻まれて移動ができない、といったところだろう。もう少しこちらから攻めないと、生存者の回収が難しい。


リッツに合図を送ると、了承の合図が返ってきた。ここからは一旦バディ解消、個々で動くことになる。

声や足音、銃声の音で敵の位置を確認する。接近戦だと不利だと言われる自分の体型は小回りがきくし、身体を隠しやすいからわりと便利だ。狙撃手も小柄なほうが向いているらしい。


そのため戦場にいるのは男ばかりではない。分かっていたことだし、実際に敵でも味方でも会ったことはある。

だからそれが理由ではない。


いつものように任務を遂行すべく傷ついた味方の兵士を見つけて、すべきことを頭の中で組み立てる。遠くて怪我の状態が分からないけど、とどめを刺される寸前のようで一応回収しようと決めた。

引き金を引く直前、ぱん、という短い破裂音に敵兵が崩れ落ちる。


(……味方か。なら動くと誤射される可能性がある。タイミングを見て――)


そこで時が止まった。

戦いが終わった後のあの儚い瞬間のように。


流れるような黒髪の女性が味方の元に駆け寄る姿にラウルの目は釘付けになった。


(――綺麗だ)


「っ!」


思わず声が漏れた。ほんの一瞬の出来事だが、戦場で任務と別のことに気を取られたのだ。普段の自分にはありえないミスに背筋が凍った。

喧騒が戻ってきたと同時に身体が動く。


(――今は何も考えない!任務に集中しろ!)


自分を叱咤しながら味方を逃がすべく、後方支援に入ると黒髪の彼女が即座に反応する。怪我人が自力で動けることを確認するや否や敵に向かって銃を乱射する。少しずつ彼女と距離を詰めながら、互いのフォローができる位置につく。


「一旦引くわよ」

「はい」


それは正しい選択だった。盛大に銃声音が響かせたのだから、まもなく他の兵士が駆けつける。人数で攻められればゲームオーバーだ。少しずつ退避しながらラウルと彼女は銃を撃ち続けた。


結局生き残ったのは四人。負けたものの悪くない数字だ。<サポート>が入らなければ、この半分以下、最悪全滅も起こりえたのだから上官たちの判断は正しかったのだろう。


「ねえ、ちょっと。サポートの貴方」


報告を終えて部屋に戻る途中でラウルに声を掛けたのは、黒髪の彼女だった。反応が一瞬遅れる。声を掛けられたのは分かっていたが、身体が何かを拒否している。


「……はい」


それでも無視するわけにはいかず、彼女に向き合う。


翡翠色のまっすぐな瞳はこちらの動揺を見透かしているようで、視線を逸らしたくなる。疲労困憊のはずなのに背筋を伸ばし凛とした姿で、立ち振る舞いだけを見れば上級職でも通用する。


「私の名はエルザ。今回は助かったわ。ありがとう」


それだけ一方的に告げると彼女は踵を返し去っていった。

彼女の姿が見えなくなって、ようやく体の強張りが解けた。だが頭の中で響く警告音は鳴りやまない。


(味方の人間に何故これほど反応するんだ?)


あの時、最初に彼女を見たときから、何かおかしい。


「疲れているのかな」


あえて口に出してみたものの、そうではないことは自分が一番よく分かっていた。

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