愚か者のステージ

はじめアキラ

愚か者のステージ

 夏が来ると、私も友達もみんな色めき立つ。

 神様の世界での一大行事、“星屑のステージ”に今年は誰が選ばれるのか。人間も神様も楽しませられるこの華やかな舞台を目指し、日々訓練を続けている天使は少なくなかった。私もその一人である。


「セレティーヌ!」


 天使たちが暮らす大草原。必死でダンスの練習をしていた私のところに駆け寄ってきたのは、親友の天使であるクレールである。彼女は白い羽根をぴょこぴょこと動かしながら“いよいよ明日ね”と笑った。


「神様の前で、リハーサル!その様子を見て、神様が今年のステージに立つ天使を選ぶのよね。……去年はわたし達、全然駄目だったから……今年は選ばれるといいのだけど」

「きっと大丈夫よ、クレール。そのために今年は趣向を変えて、私とクレールの二人でコンビを組むことに決めたじゃない。個人でやるよりずっと華やかな演出ができるわ。あんなにたくさん練習したんだもの、神様はきっと見ていてくださるわ」

「そう……そうよね!いっぱい練習したんだもの!」


 この世には、二つの世界がある。人間たちが住む世界と、彼等の世界よりもさらに高い場所にある神様の世界。人間たちの世界を作り、管理するのが神様の世界の住人の仕事だ。私達天使は神様の世界に住み、日々神様のお仕事のお手伝いをしているのである。といっても、天使の仕事は精々、神様の家を掃除するとか事務仕事を手伝うとか、そういった地味なものばかりであったが。

 そんな私達天使は、八月一日の夜に最も輝くことができるのだった。その夜、毎年の恒例行事である“星屑のステージ”が行われる。選ばれた天使、もしくは天使たちがステージの上で、空に輝く星たちを使ってダンスを披露するのだ。踊りながら流れ星を操り、その美しさで神様も人間達も楽しませる。地味な仕事の多い私達天使にとって、唯一無二の晴れ舞台と言っても過言ではない。


「今日も、最後の調整頑張りましょうね!」


 私はクレールの手を握って言った。


「昼はダンス、夜は流れ星の操作の練習。二人の連携が肝心よ!」

「ええ、本当に、セレティーヌ。最高の演技をしましょうね!」


 私達は手を握って頷きあった。太陽の光の下、お互いの金色の髪がキラキラと輝いている。まるで、祝福してくれているかのように。




 ***





 天使の仕事には、いくつかルールがある。

 例えば、基本的に地味な事務仕事や庶務雑務、掃除程度の仕事が関の山である天使だが。何年も立派に勤め上げ、能力を認められると神様へ昇格できるとのだ。また、神様に階級はあるので最初は最下級神からのスタートだが、神様になれば直接人間界に関わる仕事ができるようになる。人間達に必要に応じて知恵や知識を与えたり、あるいは間違った行いをした人間達を諌めたり。必要に応じて海や川、陸を作ったり天候を操作したりということも全て神様の仕事なのである。

 星屑のステージは天使たちにとって晴れ舞台であるが、もう一つ大きな意味がある。それは、このステージで最高の演技を魅せた天使は、神様に昇格できる可能性出てくるということ。実際、去年昇格を言い渡されたのは、一昨年のステージでダンスを披露した天使だった。


――人間の世界って、どんなところかしら。


 書類のチェックをしながら、私はわくわくと下界に想いを馳せる。


――神様になったら、多くの禁が解かれる。場合によっては、人間界に降りることも許されるのだわ。本当に楽しみ!


 天使は下界に降りられないばかりか、望遠鏡で下界の様子を見ることさえ禁止されている。天界の仕事に集中しなさい、ということなのだろう。それが、天使たちが自分達の仕事を退屈と思う理由の一つでもあったのだが。

 私は早く、クレールと一緒に神様になりたかった。そうすれば、もっとモチベーションの上がる仕事をたくさんさせて貰えるようになるのだから。


「セレティーヌ、急いで終わらせて!リハーサルの時間まで残り少ないわよ!」

「わ、わかってる!待ってて!」


 クレールが荷物を運びながら言う。私は慌てて、サインを書く手を早めた。

 夏は星屑のステージがある時期であると同時に、仕事が忙しくなる時期でもある。勘弁してくれ、と私はいつも困っているのだった。


――もう、人間達ってばなんて空気を読んでくれないの!どうして七月くらいになると、そんなに自殺したがるようになるのかしら!


 環境が変わる春先でもなく、心が落ちこむ秋冬でもない。夏に自殺が増えて私達の仕事が増える理由が、私にはどうしてもわからずにいた。そのせいで、最後の練習の時間が減って迷惑しているというのに。




 ***




 去年は個人で出場し、優勝候補相手にまったく歯が立たなかった私とクレール。今年はコンビで、連携を武器にしたダンスと流れ星で勝負しようと決めて練習を重ねてきたのだった。二人で一緒に神様に昇格しようね、と誓い合って十年以上。個人個人で演技をしていて星屑のステージに選ばれたことは、ただの一度もなかったからである。

 ゆえに、今年。


「それでは、発表します。今年の星屑のステージは、セレティーヌとクレールのコンビに決定しました」

「!!」


 リハーサル後。名前を呼ばれた時の喜びは、まさにひとしおだったのである。私とクレールは、手を取り合って喜びあった。


「やった、やった、やった!セレティーヌ、わたし達選ばれたのよ!」

「ええ、本当に!一緒に最後まで頑張りましょうね、クレール!」


 神様になれるチャンス、というだけではない。人間界を覗くことも許されない私達にとって、数少ない“人間達に私達のパフォーマンスを見せられる”チャンスでもある。人間達は私達のダンスを見ることはできないが、美しい流れ星や星屑が躍り舞う様を見せてあげることはできるのだ。地上にいる彼等がどれほど喜んでくれるか、想像するだけで嬉しくなるというものである。


「二人とも、あまり浮かれないように。本番はこれからなんですからね?きっちりとプログラム通り、最高の演技をするように」

「はい!」


 審判を務めてくれた神様に、私達は揃っておじぎをしたのだった。

 そして、来る八月一日の夜。

 星を操る専用のステッキを持って、私達は特設された青いステージに乗ったのである。リハーサル用の仮設ステージではなく、本番のステージ。自分達がここに来ることを、一体どれほど長い時間夢に見ていたことか。

 星屑のステージは、リハーサルとはくらべものにならないくらいたくさんの神様が見てくださっている。観客席には、普段私達のような使いっぱしりが見ることも叶わないような位の神様が揃っていた。最高神のギャエル様や、その妻であり副神であるリゼット様までいらっしゃる。これで、緊張するなというのが無理な話だった。


「う、うまくできるかしら」


 が。私よりずっと緊張でガチガチになっているのがクレールである。その様子を見ていたら、私がしっかりしなくちゃ!という気にもなろうというものだ。私は彼女の肩をポンと叩いて、しっかりするのよ!と激励した。


「大丈夫よ、クレール、貴女は一人じゃないわ。私が一緒なんだから!今までの練習と、同じことをすればいいのよ」

「え、ええ、ええそうよねセレティーヌ。わたし達、あんなに頑張ったんだものね。できるわよね」

「そうよ、その意気!」


 そして、私達は高らかな笛の根を合図に、星屑のステージを踊り始めたのである。軽やかなステップを踏み、くるくるとシンクロしたように回転する。そして、空高く杖を掲げた。


「“アレイヤ”!」


 専用の呪文を唱えると、空で瞬いていた星たちが蠢き始める。くるくると渦を巻くように動き、やがてその端からキラキラと流れ星を散らし始めるのだ。


「“カムト・サレド・ラムゥ!”」

「“ソロ・ソロ・クワットリア!”」


 歌うように、奏でるように。メロディーに合わせて杖を振り、時に互いの杖をぶつけて軽やかな音を立てる。

 夜空もまた、私達と共に踊ってくれている。青く光る星が一列に並んだかと思えば、その端から次々と落下してキラキラと落ちていく。さらに、踊るように円を書いては、真っ赤に瞬いて破裂し、小さな花火を作った。おお!と観客席から歓声が上がる。


――人間達の中で、どれほどの人がこの夜空のダンスを見ていてくれているかしら。


 私は気分を高揚させながら、思ったのである。


――ああ、知りたいわ。毎年八月一日にやってるんだもの、人間達だってたくさんの人が見てくれているはず。どれくらい喜んでくれているのか、気になるわ!


 それが、知ってはならないパンドラの箱を開ける結果になるとはつゆ知らず。




 ***




 何故。

 星屑のステージが終わってからしばらく、全ての天使たちが休暇と称して事務仕事を外されるのか。

 何故。

 天使たちは、下界へ降りることができないばかりか、望遠鏡で地上を覗くことさえ許されないのか。

 そして、何故。

 七月頃になると、下界で人間達の自殺が増えるのか。

 少し考えれば、おかしなところはいくらでもあった。いくらでもあったはずだというのに、私は。


――どういうこと。


 どうして、休暇中に書類をのぞき見してしまったのだろう。どうして、それを見てこっそり望遠鏡を持ち出して、下界を見てしまったのだろう。

 どうして、どうして、どうして、どうして。


――神様、ねえ神様!人間達は……人間達も楽しませられるステージだって言ってたじゃない!みんな喜んでくれてるって、だから、私は、私達は!!


『人間達の数が増えています。このままでは今ある土地では住みきれず、天界まで住処を求めて進出してくるかもしれません』


『科学技術も進歩しすぎていますね。特に、天界に飛ばせるような船があっては厄介です、潰しましょう』


『では、今年の星屑のステージはそれで。おおよそ、百万人ほど殺せるプログラムを組んできた天使を採用するということで』


『意義なし!』


 議会の記録。

 私達が降らせた流れ星がどこに堕ちて、どれほどの被害を齎したかの報告。

 そして、星屑のステージが本当は、毎年必要以上に増えていく人間達を流れ星によって減らすために行われていたという現実。

 八月一日が、人間達にとっては――毎年起きるおぞましい災厄の日として覚えられていたという、真実。

 ゆえに、彼等は七月になると絶望して、多くの者達が自ら命を絶ってしまうのだ。ああ、私は何故思い至らなかったのだろう。あの綺麗な流れ星が、一体どこに行くのかという簡単なことに!


――神様とは。……人間達を管理するための、職業。幸せにするのが仕事では、ない。


 青空の下。星屑のステージがあった草原で、私はただ茫然と空を見上げるしかない。

 開いてしまったパンドラの箱の中には、希望などひと欠片も残ってはいなかった。少なくとも、私にとっては。


「セレティーヌ、聞いて!」


 何も知らないクレールが、嬉しそうな顔で駆け寄ってくる。


「さっき、連絡があったの。わたし達神様になれるかもしれないって!」


 その声を。

 私は絶望的な気持ちで、聞くしかなかったのである。

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