ダアトの秘密

仲津麻子

第1話ダアトの秘密

何もない無機質な白い空間。


その何もない床から、音もなく大きな丸テーブルが隆起してきた。

続いてテーブルのまわりに、円柱をくり抜いたような椅子が十客。


椅子の上にゆらゆらと様々な色の光球が下りて来て、それが人の形になった。


遊戯ゲーム情勢はどうか」

白い光球から現れたヘイエー神は言った。


するとそれぞれの前にモニターが開き神々はそれをのそきこんだ。


「まだ魔族側の方が文明が進んでいそうですな」

灰色の光球のヨッド神が答えた。


「やはり魔族側が、すべての民に魔法を与えたのが良かったのでしょうか」

黒い光球のロヒム女神はため息をついた。


「至高のお三方に申し上げる。魔法に頼るだけではやがて限界が来ますぞ。やはり試行錯誤して得る知恵の方が強いはず」


「そうは言ってもね。青の光球エル、魔法の威力はあなどれないのよ。力の強い者が勝利を勝ち取る」


「ギボール女神よ、好戦的な赤の光球を持つだけあって、闘うことしか頭にないのか、力に頼らず知恵こそが必要なので。知恵によって生じる技術が育てば、魔法などなくとも発展する」


「なんだと、エル神。慈悲ばかりたれていても怠惰になるだけだ。試練を与えなければ進歩はない」


「おいおい、夫婦喧嘩はやめようよ。文明の発達にはやはり芸術じゃないかな。詩や音楽、演劇、想像力を豊かにすることが必要だ」

黄色の光球のロハ神は優しげな笑みを浮かべた。


「私が昔、もう2000年以上前のことになるかな。一時期だけ地球に降りたことがあったけど。彼らは思いこみの激しい生き物だった。でも、好奇心が旺盛でさ。根っこのところは素直なんだよ。可愛い奴らだった」


ロハ神は思い出すように言葉を続けた。


「だから、地球で命を落とそうとしていた子を、コメンス界へ引き寄せたり、生まれ変わらせてみたりしていたのだけれど。その結果があらわれるのはまだまだ先だろうね。あせることはないよ。やがて彼らの影響が出てくるはずさ」


「なんだ、お前が原因だったか、ロハ。地球からの次々に人間が来るようになったのは」

エル神が困ったように言った。


「そうですよ、エル神。向こうの世界で死んで消えてしまうのではもったいない。良さそうな子はこちらにいただきましたよ。彼らの持つ科学とやらはコメンス界に影響を与えるはず」


「それでなのですね。混乱も多く起こったのですよ。ここになじめる者ばかりではないもの。秩序を保つために保護所を作らなくてはなりませんでした」

ロヒム女神が言った。


「それはお手間をかけました」

ロハ神は胸に手を当てて頭を下げた。


「まあ良い。最後に我ら神族が勝てばいいのだ。時間はたっぷりある。じっくり育てようではないか。ロハが招いた人間がどのような刺激をもたらすか、楽しみではあるな」

創造神ヘイエーは両手の指を組んで、楽しそうに笑った。


「ところで、ダアトに隠された秘密を見つけられそうな者はいましたかな」

ヨッド神が長いあご髭をなでながら聞いた。


「どうでしょうね、ヨッド。彼らが大いなる知恵と究極の理解力をあわせせ持つことができれば、あるいは深淵アビスを超えて秘密を探し出す者があられましょうが。今のところ可能性は低そうですよ」


「うむ、残念なことよな、ロヒムよ。いつか大いなる知恵と究極の理解力を得た者があらわれて、ダアトの秘密を暴いてほしいものだ」


「もし、そうなったら何か変わりますか?」

ロハ神がたずねた。


「そうだな。それは世界のことわりを知ることに等しい。我ら神族のような。いや、それ以上の存在になり得るかもしれない」


「それは、ヘイエー神。我々のこの遊戯のことも知られるということではありませんか?」


「しかり。秘密が暴かれれば、我らの遊技も終わるだろう」


「それは、我らが育てたコメンス界が消えてしまうということ?」

ロハ神は戸惑ったようにつぶやいた。


「そんな。それなら秘密は、決して知られてはいけません。彼らに知恵を授けるのはやめた方が良い。理解力も奪ってしまえ」

ギボール女神が叫んだ。


「ギボールよ。我らが育てているコメンス界から、ダアトの秘密を手にする者が出たら、その時点でこの遊戯は我らの勝利だ」


「そんな、エルそれでいいの? ヘイエー神、それでいいのですか」


モニターをのぞき込んでいた神族たちがざわついた。顔をよせて何か話しこんでいるものもいた。


「みんな落ち着け。我らはこの世界を発展させるための勝負をしているのだ。かの秘密を知ることが、この世界の生き物たちとって究極の進化なのだ」

ヘイエー神がテーブルのまわりに居並ぶ神族たちを見渡した。


「我ら神族が勝っても。魔族が勝ってもコメンスの世界は消えないわよ。ただコメンス、つまり、はじまりの世界ではなくなるだけ」

ロヒム女神は、ギボール女神に慈愛に満ちた顔を向けた。


「そうだ、ギボール、そなたがこの世界を大切に思っていることは知っている。どれほど心にかけて育てているかもな。だが、この遊戯はいつかは終わる。その後は、我らの手を離れて、彼らだけで維持していくことになるだけだ。消えはしない」


「そう、それなら良いのよ」

ギボール女神は肩をすくめた。


「安心せよ、ギボール。コメンスの世界はまだまだ未熟だ。かの秘密の存在を知ることができるのは、少なくとも数千年は先になろう。まして、その中身を知ることなど、数万年先か数百万年先か。我らの永遠の命でなら気長に見守ってやれるだろうよ」


「そうだな、ヨッド神の言う通りだ。我らが直接に世界の生物を動かすことはできない。我らの与えるものをどう生かして、自分たちを向上させて行くか、彼ら自身にかかっているのだ。これは我らにとって、もどかしくも楽しみなことでもあるな」


ヘイエー神は静かに立ち上がると、その姿を白い光球に変え、ひときわ強く輝いてかき消えた。

他の神族たちも、それぞれの色の光球にもどって順に消えて行った。


やがて、隆起していたテーブルと椅子が静かに床に溶けて、後には何も無い白い空間があるだけだった。


(終)


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最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。


当小説だけをお読みになった方はわかりにくかったかもしれません。

もしよろしければ前作もお楽しみください。


『テンプレ・スタート』

https://kakuyomu.jp/works/16817330669738278421

『アラタ危機一髪!』

https://kakuyomu.jp/works/16818023211766404901


参考:

神名をお借りしました。

ストーリーにはあまり関係がありません。


生命の樹・十の光球セフィラ

1 白の光球

 ケテル(王冠) 創造 神名エヘイエー

2 灰色の光球

コクマー(知恵) 男性原理 神名ヨッド

3 黒の光球

ビナー(理解) 女性原理 神名エロヒム


4 青の光球

慈悲(ケセド) 神名エル

5 赤の光球

 峻厳(ゲブラー) 神名エロヒム・ギボール 

6 黄の光球

美(ティファレト) 神名エロハ 


7~9は省略


10 四色の混合球 レモン色・オリーブ色・赤紫・黒

王国(マルクト)物質界=地球 神名アドナイ・メルク


※ダアト(知識) 別次元にある深淵アビスに隠されたもの。

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ダアトの秘密 仲津麻子 @kukiha

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