月(ウォル)

山川タロー

第1話

 ジョバンニは宇宙の中にいた。宇宙は粒子と波動でできている。粒子と波動はエネルギーであり物質でもある。時間は存在しない。肉体としての人間は植物から作られた。

 138億年前宇宙がビッグバンにより誕生し46億年前地球が誕生した。44億年前最初の海が誕生し、40億年前その海の中で最初の生命が誕生した。

 大気中の成分が合成された非生物的な有機物がいくつか集まり、海中で「液滴」と呼ばれる形態となった。膜はないものの袋状の構造を持つ「液滴」はその後分裂を繰り返し細胞になっていった。

 光と二酸化炭素と水があればエネルギーが作り出せる。光合成だ。最初の光合成のしくみを作った生物がシアノバクテリアだ。光合成は独立栄養で生きていける素晴らしいしくみだ。この光合成のしくみを丸ごと細胞内に取り組んだ現象を「一次共生」という。真核生物がシアノバクテリアごと細胞内に取り込んで自分の一部として共生させてしまった。この共生したシアノバクテリアこそ真核生物の光合成器官の「葉緑体」となった。一次共生は21億年前に起こった。光合成の代謝系を作ることは難しい。

 あれから50年が過ぎていた。ジョバンニは116歳になっていた。人類は気候変動を克服し自然界と調和した生き方を取り戻した。肉食に替わり健康的な代替肉が普及し植物中心の食生活が主流となった。化石燃料が全廃され、替わって太陽光、風力、地熱、バイオマスといった再生可能エネルギーが採用された。

 日本の平均寿命は男女ともに百歳を越え最高齢は百五十歳の日本人男性であった。科学は加速度的に発達し人間は脳に埋め込まれたチップによってテレパシーを実現していた。

 地球外生命体との接触が始まった。地球外生命体は人類より数億年科学が進んでいた。地球外生命体は人間のような肉体を持たず宇宙と一体となっていた。地球外生命体と接触できる人間は限られていた。その人間に共通して言えることは精神が高度に発達していることだ。ジョバンニも地球外生命体と接触することができた。

 ジョバンニは今日も朝七時に起き洗濯機に洗濯物とボールドを入れスイッチを入れた。そしてお湯を沸かし女房にコーンスープを作ってやった。冷蔵庫からパンを出して女房に渡す。女房はパンを食べ終わると余ったスープをジョバンニに渡す。ジョバンニはそれをすすりながらチンした食パンをかじる。ジョバンニはそうして朝食を食べ終わると雨の日は執筆活動を行う。晴れの日は運動公園までジョギングをして公園で鉄棒をする。帰ってから家の駐車場でフラフープをする。これがジョバンニの日課だ。

 ジョバンニは五十年前会社を定年退職し年金生活に入った。年金生活は貧乏生活だ。ジョバンニは趣味のライブ活動を止めテニススクールを退会した。床屋での散髪、コンビニの買い物、自動販売機の利用、外食を止めた。毎日スーパーと自宅の往復が日課となった。食事は自炊となった。少しの代替肉と野菜の炒め物だ。執筆活動をしていると横で女房が口を挟んで来る。「もう少し優しくたたきなさいよ」ほっとけ。

 地球外生命体と接触できる高い精神性とは何か。それは一言で言えば「思いやり」だ。他人を思いやる心だ。地球外生命体は人類より数億年科学が進んでいた。それだけ長い間宇宙に存在し続けていた。だから宇宙のすべてを理解していた。宇宙はなぜ存在するのか。宇宙の構造はどうなっているのか。宇宙は今後どうなっていくのか。

 宇宙は進化してきた。そしてこれからも進化していかなければならない。そのために人間は役割を果たさなければならないという。その役割とは宇宙の進化を促進することだ。宇宙の進化とは何か。

 宇宙は粒子と波動でできている。粒子と波動はエネルギーであり物質である。宇宙は情報で溢れている。情報はすべての出来事を記憶している。そして宇宙は進化しなければならない。情報は意識であり精神だ。精神の高揚こそ宇宙の存在する目的だという。人類はその役割を果たさなければならない。

 1908年ロシアのツングースカに直径60メートルの隕石が飛来した。このまま地球に衝突したら人類の生存に甚大な影響がでるところであった。その隕石は大気圏に突入した直後原因不明の大爆発を起こした。地球外生命体によって破壊されたのだ。2013年にも同じような現象が起きた。こちらもロシアのチェラビンスクに直径17メートルの隕石が飛来しやはり大気圏突入後地球外生命体によって破壊された。人類の被害は最小限に抑えられた。

 ジョバンニは朝走るときその瞬間を大切にしようと努めていた。吸う息が肺に入る感覚、顔に当たる風の感覚、足が地面に当たる時の感覚、それらをその瞬間に感じるようにしている。そして晴れた日の青い空、上る太陽、沈み行く月、それらを体で感じすべてに感謝をする。公園に着くと樹木に触りその感触を感じる。そして話かけるのである。今日もありがとう。植物は話かけると喜ぶ。宇宙のすべてにつながっていることを体で感じすべてに感謝するのである。すべての樹木、すべての人々、自分自身、すべての存在に感謝する。

 何もない真空ではごく短い時間にエネルギーが生まれては消えている。ごく短い時間とは、一秒の一兆分の一の、さらに一億分の一という短い時間である。この短い時間に物質が生まれては消滅を繰り返している。ビッグバンもこの短い時間に起こっていた。

 物質は観測されて初めて存在が確定する。観測されない限り存在は共有される。すなわち無限数に存在する。つまりパラレルワールドだ。この宇宙は無限数に存在する。そしてその目的は進化である。

 今から五十年前人類は気候変動に喘いでいた。人口が百年前から急増しその食糧を確保するために森林を破壊し農地に変えていた。それにより生物の多様性が喪失し空気中の二酸化炭素が増加、温暖化が進行した。しばらくは海が二酸化炭素を吸収し温暖化が抑制されたがそれも臨界点を越えいよいよ気候が激しさを増し始めた。熱波、豪雨、洪水、干ばつが頻発し、山火事が温暖化を加速した。極地の氷が解け海面が上昇した。赤道付近の国家は人が住めなくなり消滅した。人々は住める土地を目指し高緯度の国家へ移住を始めた。食糧不足が深刻となり多くの人が飢餓状態となり亡くなった。人類はようやく自然との調和がいかに大切かに気づき始めた。

 ジョバンニは毎日運動公園までジョギングをする。ジョギングは脳を活性化する。宇宙の進化とは精神の高揚だ。精神の高揚とは相手を思いやる心だ。相手を思いやるとは自己中の反対だ。人間はそもそも自己中の塊である。集合写真でまず見るのは自分の姿である。自分の姿を見つけるとおもむろに周りを見渡す。産業革命以来資本主義によって人間は物質的に発展してきた。つまり精神的にも資本主義が浸透してしまった。その結果格差社会が形成され人類の一パーセントが人類全体の半分の富を支配するようになった。その一パーセントの人間が排出する二酸化炭素が人類を破滅に追いやろうとしていた。そうした頃地球外生命体は人類に接触を試みてきた。人類に宇宙の進化のための役割を果たさせるために。

 その試みは人間の何人かを選別しその人間に精神的な高揚を促すというものであった。ジョバンニもその選別された人間の一人であった。

 地球外生命体はひとりの人間に今からおよそ六百年前ある手稿を作成させた。それは今や「ヴォイニッチ手稿」と呼ばれそれに関連した書籍やユーチューブまで出ている。それは未解読の文字で書かれており今も解読することはできていない。その手稿はすべてのページに女性、植物といった様々な絵が色とりどりで描かれている。ジョバンニは地球外生命体と意識を共有することができたがジョバンニでさえそれを解読することはできなかった。つまりまだ精神の高揚が足りないということだ。精神の進化の到達点は遥か彼方にあった。日々精進を重ねて行かなければならない。いつの日かこの手稿を理解する日が来るだろう。

 宇宙は数学で満ち溢れている。数学で貴金属比というのがある。一対二分のn+ルートn二乗+4で表される比のことである。n=1の第一貴金属比を黄金比という。図形などもっとも美しく見える比率であり、古代ギリシアの数学者エウドクソスが発見し、古代ギリシアの彫刻家ペイデイアスが実際に黄金比を使いパルテノン神殿を建てた。この黄金比は古代ギリシアより遥か昔、エジプトのピラミッドでも使われている。宇宙は数学で満ち溢れている。

 1996年計画が始動し2021年打ち上げられたジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡によって、宇宙の始まりから数億年後に大きな銀河が発見された。これはビッグバン理論に反する。宇宙は常に変化している。最近はプラズマ宇宙論が主流となっている。宇宙はプラズマの状態で存在し電磁場とプラズマの相互作用が宇宙の大規模構造を形成するという。宇宙に始まりはなく永遠に存在するという理論だ。宇宙も常に変化している。常に新しい事実が発見されその都度事実が検証され新しい理論に置き換わっていく。プラズマ理論はビッグバンからおよそ38万年後に放出されたという宇宙背景放射を説明できていない。宇宙背景放射は宇宙全体に均等に存在している。いずれ宇宙の始まりと共に宇宙の大規模構造が解明されるだろう。

 ジョバンニは今日も朝、西の空を見上げていた。月を眺めるのである。月は不思議な物体である。地球に一番近い天体だ。地球に対して常に同じ面しか見せていない。月を眺めるこの瞬間をジョバンニは大切にしている。深呼吸をすると冷たい空気が肺に入って来る。この感覚だ。すると横で女房が話しかけてくる。女房も百歳を越えていた。たわいもない日常会話だ。ジョバンニには娘がいた。五十年たった現在三人とも健在だ。娘は暖房に弱い。だから我が家は七十年このかた冬でも暖房をつけたことがない。冬はこたつで暖を取る。ジョバンニはスマホで撮った月を見ながら部屋で深呼吸をする。冷たい空気が肺に染み渡る。手がかじかむ。足はこたつにつっこんでいるので暖かい。女房は横で韓国ドラマを見ている。娘はまだふとんの中だ。

 宇宙人が墜落しその宇宙人をインタビューしたという人が現れた。その宇宙人は肉体を持っていたという。その人はそのインタビューを本にして出版した。それをひとりのユーチューバーが公開した。それによると人類はもともと神のような存在でありこの宇宙を作った存在だという。そしてその中の一部が地球に肉体を持って幽閉されたという。この話が示唆しているのは、人間は神のような存在だということだ。もともと人間はそういう存在だったのかもしれない。

 ジョバンニは年金生活に入り毎日接触する人間はほぼ女房と娘の二人だけだ。朝起きたら洗濯物を洗濯機に入れ洗剤をを入れスイッチを押す。女房にお湯を沸かしてスープを作ってやる。パンを冷蔵庫から出してやる。すると女房はそれを食べる。余ったスープをジョバンニにくれる。ジョバンニはそれをすすりながらチンした食パンをかじる。そして執筆活動をする。この生活をもう五十年続けてきた。できた著書は保存したり、時には出版社のコンテストに応募したりした。五十年このかたコンテストで入賞したことがない。常に選外だ。著書は数百に及ぶ。

 ジョバンニはしだいにジョバンニの宇宙に入り込んでいった。宇宙は人それぞれ持っている。人類の数だけ宇宙があるのだ。ジョバンニの宇宙は地球外生命体と宇宙を共有し始めた。地球外生命体の存在を感じ始めることにより地球外生命体が姿を現した。姿を現したと言っても視覚的にではなく無意識的に姿を現したのである。地球外生命体の意識がジョバンニの意識と共鳴し始めたのである。宇宙は粒子と波動でできている。地球外生命体も粒子と波動の性質を持っていた。そしてジョバンニも粒子と波動でできていた。ジョバンニは無意識を地球外生命体の波長に合わせることによって地球外生命体の波長と共鳴することができた。

 宇宙は粒子と波動でできていた。つまり宇宙は情報で溢れていた。そして宇宙はすべての出来事を記憶していた。

 ジョバンニはすべての人間関係を断ち切っていた。家族だけがジョバンニの宇宙のすべてであった。女房と娘、それがすべてであった。そして今日もジョバンニは朝からジョギングを行い家の駐車場でフラフープをした。そして家に入り驚いた。かごに入った洗濯物が目に飛び込んできたのである。まだ洗濯をしてなかったのか。女房の暴言が飛ぶ。「洗濯忘れてんのか、ぼけ、かす」かすは余分だ。ジョバンニは黙って洗濯物を洗濯機に入れスイッチを押した。洗剤がもうすぐなくなりそうだ。「ママ、洗剤なくなりそうだよ。頼むね」洗剤を買うのはママの担当だ。洗剤の他シャンプー、ボディソープ、食器洗剤を買うのはママの担当だ。女房の暴言は日常茶飯事だ。いちいち気にしていられない。家族がジョバンニの宇宙なんだから。ひとそれぞれが宇宙を持っている。ジョバンニの宇宙は家族を中心に回っている。

 この時期、朝月が見える。三日月だ。月齢24.1。もうすぐ新月だ。明日も明後日も天気は晴れだ。毎朝月を見続ける。新月はさすがに見えないだろう。ジョバンニは月が気になってしょうがない。地球外生命体が月を作ったのではないかとさえ考えている。この五十年で地球外生命体の痕跡は至る所で見つかっている。つい最近では火星にピラミッドが見つかっている。世界各地で未確認飛行物体による飛行機のフライトが遅延する事態が起こっていた。

 さらに十年が過ぎた。ジョバンニは百二十六歳になっていた。ジョバンニの肉体は衰えを知らないようだ。今日もジョバンニは運動公園までジョギングをして鉄棒をする。運動は脳を活性化する。脳が健康だと肉体も健康を維持できる。そもそも人間は老化しないように設計されているのだ。それがストレスや酒、たばこなど肉体に害を及ぼす要因によって老化するのだ。老化の原因は活性酸素だ。ストレスや酒、たばこなどによってからだは活性酸素を作り出しからだを保護しようとする。それが逆に健康な細胞を痛めつける。白血球の細菌を攻撃するしくみはこの活性酸素を使っている。

 ジョバンニは時間について考えていた。時間とはなにか。朝太陽が昇り月は西の空に沈んでいく。そうして人間は時間を感じる。もし宇宙に変化がなければ人間は時間を感じることはない。時間は意識に依存している。時間は人間の意識によってつくられた幻影なのだ。そう考えるとあれから十年経ったという時間もジョバンニの幻影に過ぎない。ただジョバンニの肉体は素粒子でできているので時間の制約を受ける。一方ジョバンニの意識は素粒子であり波動でもあるので時間の制約を受けない。さらにジョバンニの意識はタキオンと同期始めていた。タキオンは光の速度を越える物質だ。タキオンは光の速度を下回ることはできない。常に光の速度を越えて存在する。タキオンは数学で言えば虚数だ。

 人類の科学の進歩には目を見張るものがある。1903年ライト兄弟が飛行機で空を飛んだのはつい最近のことだ。今やジェット機が数百人の乗客を乗せて地球を飛び回っている。さらにインターネットやスマホが出現し我々の生活は一変した。戦前の日本を思い浮かべればいい。パソコンもインターネットもスマホもない世界だった。この百五十年にどれほど科学が発展したのか。宇宙の年齢は138億年だという。地球が誕生したのが46億年前だ。人類の祖先が誕生したのは七百万年前だ。宇宙に無数の銀河がありそれぞれが無数の恒星を持ちその周りには多くの惑星が回っている。そしてその宇宙は無数にある。無数の惑星のうちいくつかの惑星には高度な文明を持った生命体が存在する。そしてそのいくつかの生命体が人類に接触してきた。彼らは人類より数億年進化し続けもはや肉体というものを持たなくなっていた。意識だけの存在だ。光と同じと言ってもいい。粒子と波動でできている。粒子と波動はエネルギーであり物質であるから基本人間と変わらない。彼らは肉体を持っていないだけである。ジョバンニが地球外生命体と一体となって得た知識はこんなところだ。

 ジョバンニは今日も朝走った。今日は月が見えなかった。月齢27.1。太陽の明るさに負けた。もうすぐ新月だ。月が見えないとなんとなく寂しい。

 ジョバンニは時間について考えながら走っていた。時間は存在しない。時間が存在しないのだから現在もない。同時という概念もない。すると量子力学でいう存在の共有も理解できる。ミクロの粒子は同時に無数に存在するという。時間がないのだから過去も現在も未来もないということだ。私が存在する、それだけだ。

 今日もジョバンニは走った。月は見えない。月齢28.1だから見えるはずがない。日の出が六時五十一分、月の出が五時四十五分、しばらく月は見えないだろう。太陽の光に隠れてしまう。しかし日の出の時間の変化はゆっくりだが、月の出の時間はダイナミックだ。早晩月は見え始めるだろう。これから月は満月に向かっていく。明け方と夕方の月がスマホで撮影しやすいし、月の模様がはっきり見える。ジョバンニはこの時期の月が好きだ。月は地球に一番近い天体だ。いつも地球に同じ方向を向いている。月を見ているとなぜか懐かしい感じがする。遥か昔月にいたことがあったのか。ジョバンニの意識は月に向かっていた。月に人工的な立方体の物質を感じた。縦横高さとも黄金比でできていた。かなり大きい。ジョバンニの家の近くのパルコの建物と同じくらいの大きさだ。太陽の光を浴びて七色に輝いていた。ガラスのような物質でできているようだ。ジョバンニは地球外生命体と意識を共鳴させた。その建築物は人間の進化を促進するものらしい。いつか人間はその建築物を発見するだろう。その時人間は飛躍的に進化する。

 今日もジョバンニは走った。今日はくもりだ。月は見えない。太陽が雲を通してその姿を現した。スマホで写真を撮る。雲の向こうに見えるので拡大してもくっきり見える。太陽は光を放つ。光は光子と波動でできている不思議な物質だ。秒速30万キロというとてつもない速さで飛んでいる。一秒間に地球を七周半回る。その速さで太陽から地球まで八分かかる。太陽はとてつもなく遠くにある。その太陽と月を地球から見るとほとんど同じ大きさに見える。不思議だ。宇宙は不思議で溢れている。

 最近ジョバンニは過去の出来事を思い出すことが多い。そう言えば母親が年老いて認知症になった頃よく昔のことを話していた。それも結婚する前の大昔の話だ。ジョバンニの兄弟はそれがだれのことなのかさっぱり分からなかった。歳をとると昔のことをよく思い出すようになるのだろう。ジョバンニも最近よく昔のことを思い出す。

 ジョバンニは今日も朝ジョギングをした。運動公園に着くと真っ先にすることはそこの樹木に手を当て気を樹木に集中するのだ。樹木との一体感を感じる。樹木だけじゃない。樹木を通じて地球や太陽やその他宇宙との一体感を感じる。植物は宇宙との窓口だ。植物は純粋だ。不平不満を言わずひたすら沈黙を守りただただ自然と調和している。無の境地だ。ジョバンニの目指す精神は植物だ。ひたすら沈黙を守り自然と調和する。宇宙と一体になる。その精神を目指し今日もジョバンニは朝走り続ける。走りながら瞑想する。吸う息、吐く息使いを感じながら宇宙とのつながりをひたすら感じる。すると隣で女房が突然「時間だよ。時間、時間」と騒ぐ。さあ今日も一日が始まる。

 いよいよジョバンニは地球外生命体の精神に近づいてきた。するとジョバンニは不思議な気持ちになってきた。ジョバンニの意識は本物だろうか。宇宙は不思議なことが多すぎる。

 ジョバンニは宇宙について考えた。宇宙は数学で満ちている。黄金比がいたるところで使われていることは前述の通りだ。ジョバンニはフィボナッチ数列についてあらためて考察してみた。フィボナッチ数列は一から始まり、前の二つの数字を足していく数列のことだ。1,1,2,3,5,8,・・・という具合だ。その一般項を計算してみて驚いた。なんと二分の一+ルート五という黄金比で使われる数式が出現してきたのだ。そしてフィボナッチ数列は自然界のあらゆる事象現象に出現する。松ぼっくり、サボテンの螺旋構造の数、植物の花びらの枚数、オウム貝の螺旋構造、台風の渦巻き構造、果ては遠くの銀河の渦巻き構造にもフィボナッチ数列が出現するのである。このことはなにを意味するのか。まるで進化した文明が数学を使ってこの世を作っているようだ。

 ジョバンニは今日も朝ランニングをした。運動公園で樹木に手を当て精神を統一した。樹木を感じその根を感じその地面を感じ地球を感じ宇宙全体を感じた。深呼吸をする。冷たい空気が肺に流れからだ全体に空気の流れを感じる。樹木はなにも言わない。樹木は究極の精神を持つ。怒らない。僻まない。妬まない。凛としてその場に佇んでいる。ジョバンニは樹木の暖かさを感じていた。ジョバンニの目指す精神は樹木の精神だ。自然との調和、これがジョバンニの目指す精神だ。

 宇宙の本質は情報だ。宇宙は粒子であり波動である。宇宙の物質はエネルギーでもある。それは永遠不滅である。人間も粒子であり波動でもある。人間も分子や原子でできておりそれはもっと小さい素粒子でできている。人間は死ぬと化学的に分解が始まるが分子や原子の形が変わるだけで素粒子は変わらない。また宇宙はすべての情報を記憶している。

 ジョバンニの祖先は源三位頼政だという。ジョバンニは父親から生前聞いていた。父親はその時嬉しそうに話していた。それが父親にとって誇りだったのだろう。頼政は平安末期の武将で清和源氏として初めて従三位に叙せられた。平清盛から信頼され晩年武将としては破格の位に上りつめたのである。しかし以仁王と結んで挙兵し平家の追討を受け戦いに敗れ自害した。その時頼政の養子兼綱も戦死したがその子顕綱が愛知県大河内郷へ落ち生き延びた。その子孫が全国各地へ散らばりそのうちの一派が福島県玉井へ生き延びた。玉泉寺を開基した大河内日向守光盛がその人である。その後玉井氏は伊達勢の攻撃により滅亡する。その一派が戦火を生き延び下野し明治になり大河内家が再興した。歴史に再び出てきたのはジョバンニの高祖父観策、曾祖父勝衛、祖父三郎、父寛と続く。

 宇宙は情報で満たされており宇宙はすべてを記憶している。ジョバンニの目指す精神は遥か彼方にありジョバンニは今日もそこを目指し樹木に話しかけるのであった。

 

 

 

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月(ウォル) 山川タロー @okochiyuko

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