第30話 闇から来る得意先

 ――――

 ――


 暗い表情で、ミーナが穴の底のブチョウに向かって言っている。

「えー。という訳で、『第1回 ペンダント回収&ついでにブチョウ救出作戦』をしようかと思います。

 ちなみに、直接穴を降りられなかった理由として幾つかあったので、読み上げます。


 1.胸部がつかえる

 2.腹部がつかえる

 3.臀部がつかえる

 4.衣服が破れる

 5.スカートがめくれる

 6.パンツが見える

 7.ブチョウが見上げている


 以上に理由から、ここから直接降りることは否決されました」


「ちょ、おぉぉぉぉィイ(ォォォィ)!!」

 ブチョウの叫び声がこだまする。


 ブチョウはこともあろうに、落ちた拍子ですぐ後ろにあるスポーン地点を踏んでしまったらしく、死に戻りはできない状態となっていた。


「という訳で残念ではございますが、武器と呪われた盾投げるんで、暫くそこで頑張っててください。いきますよー!」

 そう言うと、盾を投げた。


 ――バァン!

[レッドパインシールドは壊れた]


「あっ、おい! 砕けたぞ呪われた盾が!!」

 もうすでに呪われた盾として扱われているその盾は、悲痛な破裂音と共にバラバラになった。


「ちゃんとキャッチしないからですよ。全く……呪われますよ。次は武器行きますよー!」


「『まったく……』じゃ、ねーよ! こんな暗闇の中、11m上空から7~8㎏の物体をキャッチするなんて危なくて出来るわけねーだろ!! って、ちょ! っと、おっとっと!」

 なんとかバットだけは奇跡的にキャッチできたブチョウ。


「ほらー。なんとかキャッチできましたよ。気合が足りないんですよ気合が」


「いやそういう問題じゃないだろ。まぁ、武器だけは無事に取れたから良いけど、どうするんだよこれから」


「とりあえずそのバラバラになった盾を使えば、染み込ませた布とバラバラになった木々を組み合わせて、ユウの投げた火球か、フリントを使って小型の松明くらいは作れるんで、それをもって壁際に移動して、待機しててくださいね」


「いや、ちょっとまて。なんか無駄に広いんだが……壁があるとも思えないくらい広いんだが……、明かりとか地面しか見えないよ……?」

 そう言って、あたりを見回しているブチョウ。


「それじゃ、なるべく動かないようにして、松明を高めに固定して待っていてくださいね。いまそっちに向かいますんで」


「こちとら真っ暗で心細いんだから、早くしてくれよ」


 そういって、地底湖のキャンプを後にした。

 戻るのは容易い、敵と思われるものはあらかじめ倒してきたし、念のため目印もつけてきたので、それほど時間もかからず、例の階段まで来た。


 ――コツーン、コツーン(コツーン、コツーン……)


 階段を下る音だけがなんだか妙に鳴り響く。

 松明は薪を先端だけ割ってその中に松脂を染み込ませた布を中に押し込めた簡易的なものである。ユウのファイアで火を付けてもらい。下の階層まで来たのだが、困った状況に陥った。


 実はこの空間、壁が一切ないのである。いや、無いというのは不自然なのであるが、見渡す限り壁が見当たらないというべきか、実際には遥か遠くに外壁だけは存在している、というある意味『手抜きフロア』である。


「あのさ……。いま見る限りこのフロア、階段と床しかないんだけど……」


「ほんとね……、松明は付けてるけど、床しか見えない……。これはかなりきついダンジョンだわ……」

 ミーナの言う通り、真っ暗な空間で、床しか見えないとなると自分がどっちを向いているのかすら全く見当もつかない。まだ、『コピペで適当につなぎ合わせたマップ』や『絵柄の無い真っ白なジグソーパズル』を解いている方がマシとさえ思えた。富士の樹海でさえ景色がある以上、迷わずに帰ることもできよう。だが、こうも漆黒で床しか見えない状況というのは恐怖でしかない。


 ユウは怯えながらわずかに震えていた。

「こ、これ大丈夫なんだよね……。ちゃんと帰れるんだよね……」


「い、一応、ゴライに貰った『帰り玉』があるから、大丈夫といえば大丈夫なんだけど、なんとかしてブチョウを見つけないと、さすがに化けて出ますよ。あの人」

 帰り玉を取り出して、一応確認するシン。

 それを訊くなり、ミーナはユウに質問をした。

「それはそれで嫌ね……、とりあえず、ユウの持つゴルフボール+ファイアを目印にしてみようと思うんだけど、その玉ってどれくらい持つ?」


「そうね……、気合入れれば大体60分程度は持つんじゃないかな……。いままでの経験上」

 そういって、ユウは、過去の経験から大体の時間を割り出した。


「60分か……、とりあえずここの階段に1つ設置して、歩き出して階段の火が辛うじて見える位置まで来たら、そこでまた火を設置して……を繰り返していくしかないな。」


 ミーナも不安そうである。

「ゴルフボールは2ダース貰って、4回ほど使ったからあと20個か……、それまでにブチョウが見つかるといいんだけど……。」



「とりあえず、行きますか……」

 そういって、シン達は階段にまず光源を1つ設置した。一方向にまっすぐ進む、そうして、光源が見えなくなりそう……というところで再び設置する……次を設置して……を延々繰り返していく。


 最後の玉を設置したところで周囲に散らばりブチョウの篝火がないかを確認していく。


 一方向の探索が終わると、1つだけ玉を回収して、1つ戻る。そこで90度方向を変えて、1つ進む。

 発見できなければ1つ戻って、逆方向に1つ進む。発見できなければ、1つ戻り90度方向を変えて、今度は2つ進む……といった具合で、最終的に階段まで戻ると、概ね『ひとつの方向』に対しては探索が終わることになる。

 これを階段までの2回施行するだけで、階段を中心に全域が探索できるのである。


 とはいえ、ユウのMPが尽きるのが先かブチョウが見つかるのが先かと言うレベルであるが……。


 ――そうして、暗闇を探索し続ける一行。一方向は完全に探索した。次はもう一方向である。


「いい加減暗闇の中ばかり歩き続けるのは飽きたわね……。恐怖と以前に、ストレスが勝ってきたわ……、ブチョウさえ落ちなければ、こんなことにはならなかったのに……」

 ミーナはこの状況にウンザリしている様子で言ってきた。


「まぁまぁ、ブチョウのせいで一応こうしてペンダントも見つかったんですから、ブチョウ様様ですよ。とはいえ、肝心のブチョウが発見できなければどうにもならないんですけどね……」


「いい加減ブチョウの一人や二人くらい見つかってもいいのに」

 ユウはぽつりと言った。


「一人は良いけど、二人はちょっとな……。歯ぎしり二倍、放屁も二倍になるし鬱陶しいとしか思えん……」


 そんな中、人の話し声がかすかに聞こえた……。


「あっ、なんか人の声が聞こえるよ……!」

 ユウはそのかすかにこだまする声に気付いた。


 近づくにつれて、その声は段々と大きく、まるで誰かと会話をしているようにさえ思えてきた。


「ブチョウの独り言にしては、なんだか賑やかなんだけど……、まさか二人に分裂してないわよね……」

 ミーナは歩きながら不安そうに言った。


「いやいや、そんな事あるわけないだろ……」


 声の方向に歩いて行くと、我々が設置した光源とは全く別の小さな明りがうっすら見えた。そして、ブチョウともいえる独特の声が聞こえてきた。

 急いで近づくシン。


「ブチョウ! ブチョウ!! 見つけましたよ!! 大丈夫でしたか……って、うわああああぁぁぁ!!!」


 グレーター・デーモンが居た。

 深紅のように真っ赤な肌、こめかみと額の上部からは禍々しい角、筋骨隆々なボディに、ランニングとボクサーパンツという異様な装いで彼はそこに居たのだ。


「ぶぶぶぶぶぶ、ブチョウ!! こっ、こちらの方は一体!!」


「お? おおっ、シン!! やっと見つけてくれたか!! こちらの方は、道に迷ったグレーター・デーモンで……」


「そこから先は、私が説明しますよ、私は『グレイゴール・ライオネルス・トゥメイタ』と言います。通称『グレオ』です。以後お見知りおきを……」

 ブチョウより丁寧な言葉であいさつしている、グレーター・デーモンことグレオ。


「そ、そのグレオさん……?」

 おそるおそる、グレオに訊いてみた。


「あぁ、グレオでいいですよ」

 座っていたグレオはフランクな感じで言葉を返した。


「そ、そうですか、グレオは一体どうして、うちのブチョウなんかと話してたんです?」


「それは……」

 そういって、彼は説明し始めた。

 彼は、現世でとある会社の営業本部長であったそうだ。例の実験機(中村くん)とは関係がないはないが、自宅のAR機器で会社とリモートワークをしていた際、突然シャットダウンされ、コンセントに針金をぶっ挿したかのようなビリっとした激痛が走ったかとおもったら、この世界居たんだそうだ。

 いつから居たのかは分からないが、この洞穴のさらに奥から日の光を見ようと脱出を試みて出てきたのは良いが、現在進行形でこの真っ暗の空間に出てしまい、右往左往して彷徨い続けたのだそう。なんとも可愛そうな彼である。

 なんだか奇声をあげたり、人のいびき声が聞こえてきたので、その音のなる方へと向かったらブチョウが居たってことらしい。で、ブチョウを交えいろいろと話を訊いていると……なんだか聞いたことのあるシチュエーションを言っていた……。


「あれ……。ちょっとまって下さい……。もしかしてあなたは……」


「カタムキ貿易の冨田本部長ですか!?」


「え゛!? ほほほほ、本部長!! と、とと、冨田本部長ですか!!」

 凄い勢いで後ずさりをしながら土下座するブチョウ。

「うちの者どもがいつもお世話になっております……! ほら! お前もちゃんと地面に頭こすりつけて土下座しろ!」

 そういって、シンに土下座を強要しようとしている。

「ちちち、ちょっとブチョウ、痛いですよ…… なんでこの話の筋から気付かないんですか……」


「いや、おま……、我々の作ったシステムなのに、取引先の本部長が転生してるとか、普通思わないだろ……。ただのNPCか何かかと思ったわ……」


「あぁ、大丈夫だよ山田やまだ 風来末ふうらいまつ 部長(ブチョウの本名)、彼とは藤井とは長い付き合いなんでね。いつ気付くかなぁとは思っていたけど、姿形すがたかたちが違うと、なかなか気付かないもんだなぁと思いながら会話してたよ。あはははは!」

 グレオこと冨田本部長は腹を抱えて笑っていた。


「い、いやぁ……御見それしました……」

 ブチョウは深々と頭を下げた。


 ふと、疑問が沸いてきたので、冨田本部長に訊いてみた。

「しかし、冨田本部長はなんでグレーター・デーモンなんです?」


「いやぁ、普通さ。異世界転生っていうと、チートスキルでウハウハハーレムというのが定番らしいじゃないか。それが何故か転生先が、グレーター・デーモンの住処だったんだよなぁ……。ほらさ、普通死んだときに、キレイな女神様でてくるだろ? でもさ、俺から見た女神様ってのが、どう見ても悪魔だったんだよなぁ……。でも、でもだよ……、声は……声だけはすっごく可愛かったよ。そりゃあもうなんというか、透き通るようでいて、鼻にかかるような甘い声でさ、声だけでもう満足しちゃったわけよ」


「で、転生先したら転生したで、モテモテですよ……? グレーター・デーモンに。なんかこうこのアホつのってのがイカスらしいじゃないか、俺はそうは思わんのだがな。スキルもチート級まではいかないけど幾つか貰ったけどさ、なんかこう……、極々普通の人間達と出逢いたいんだよ……、もうグレーター・デーモン見たくないんだよ……。どれも同じで区別がつきづらいし……」

 そういって、肩を落とす冨田本部長。


「苦労してるんですね……。とはいえ、我々もよくわからない実験機のテスト中に巻き込まれて、こんな中途半端な世界に来ましてね、転生しているんだか、転送されたんだか、よく分からない状況です……」


「それなら、お前たちについて行ってもいいか。こんな可愛い2人も連れて一緒に旅ができるなんて幸せじゃないか」


「か、可愛いだなんて……、もう……。」

 二人とも照れている。


「でも、うちのブチョウ、極度のバカですよ、本当に大丈夫ですか? 夜眠れなくても知りませんよ」


「あぁ、大丈夫だよ。山田の扱いは慣れているからな。それとこっちでのお前らの名前聞いてなかったな」


「俺は、藤井……でしたが、今はシンと呼んでください職業はデバッガ―です。こちらのヒーラーはユウ、そしてウィッチのミーナ。それと……」


 下を向き、一瞬暗い表情になるシン。


「バイトリーダーのブチョウです……」

 ――そう言うとブチョウから視線をそらした。


「い、イヤアァァァァア!!」

 ブチョウの声が洞窟に響き渡った。


 ――――

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