第7話 書類を書くときはちゃんと点検しよう
そのカウンターには、職員と思わしき人が3人居た。
女性は2人おり、1人は身長わりと低め、ちょっとふくよかな体系で、丸い眼鏡を着用しており、瞳はプルー、髪は淡い茶色で後ろで止めている。左前髪はヘアピンで留めおでこを半分出している。そしてメイド服を着ている。
もう1人は長身で、優雅でしなやかな細身の女性である。瞳は深いエメラルドグリーン、透き通るような白い肌。金髪は軽やかに波打ち、その先には銀の髪飾りを着けている。そしてメイド服を着ている。
最後の一人は男で、俺よりも大きい。身長は190cmくらいはあるであろう大柄、体格はよく筋肉質である。顔はしゅっとした顔立ちで怖そうである。右耳から顎にかけて傷が入っており、髪は白髪でオールバック。やたら細い茶色の眼鏡を着けている。腕は自分の脚くらいはありそうである。そして、メイド服を着ている。
見なかったことにした。
「すみませーん。バグ? の報告はこちらで行えば良いんですか」
カウンターへ行き叫んだ。
よりにもよってさっきのゴツいメイド服を着た白髪オールバックの大男が少し腰を曲げ、こちらを睨み付けてきた。
「いらっしゃいませ」
それは地の底から聞こえてくるようなドスの効いた声であった。
「ひ、ひぃ」
裏返った変な声が出た。
彼は、じっと我々の方を見るなり、ゆっくり口を開いた。
「お客さん、申し訳ないが、無職ではクエスト報告できないんでスよ。というか、うちらとしてはそこの電光掲示板から任意のテスト項目を選んで報告してもう感じですかね」
そう言うなり、紙を渡してきた。
ん? なになに。ここに希望の職業を書いて提出すればいいのか?
なんだか、履歴書みたいだな……。
「こ、これに必要事項を書けば職業が確定するんですか?」
男に向かい訊くと再び口を開き
「そいつに書き込んで、あそこの端末に入れて希望が通ればその職業になる。職業は一定の熟練度にならんと変えられんから、適当に書くと痛い目見るから気をつけろよ」
そういうと、カウンターの端にあるコピー機みたいな装置を指さした。
「職業決まったら、そっちの子ん所に行きな。ある程度の初期装備と仕事を紹介してもらえるハズや」
そう言うと、奥で応対しているふくよかな女の子を親指で指さした。
「あ、ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をし、部長、高橋さん、佐藤さんを連れて、そそくさとその場を離れ、端末のそばに来た。
部長はカウンター横に来るなり困った表情で口を開いた。
「あ、あれ? こんな設定あったっけ……?」
高橋さんが驚いた表情でとっさに突っ込んだ。
「え!? これって、部長の作った設定じゃないんですか?」
部長も驚いた表情だった。
「い、いや、こんな設定にした覚えもないし、そもそもこのビルだって私が徹夜で設計したのに、今や木造住宅になってるじゃないか」
あんたの設計かよ。
高橋さんは呆れた様子で言った。
「あれよ、きっと無理な仕様にAIが拒否して自動修正されたんじゃないかな……」
そう部長に言うと、俺も用紙に職業を書きながら部長に言い放った。
「まぁとりあえず職業登録さえすれば、テストしてバグ報告できるんだから
今はそんな設定とかいいじゃないですか、っと」
さてさて。それはそうと。
せっかくこういうシチュエーションになったんだし、第一候補を《ウィザード》、第二候補はかっこよく《ナイト》に……して、と。
あとは……、経歴と趣味と目標と志望動機を書くのか……。
ああもう履歴書だよねこれ。という思いつつ。夢に期待を膨らませて各項目をさっさと書き終えた。
「とりあえず、部長からどうぞ」
そう言うと、勝手に改変されたこの設定に納得してなさそうな表情で、紙を装置に入れた。
続けて、皆も次々に投入していった。
装置と部長が白く神々しく光る――
そしてまばゆい光とともにそのコピー機らしきものから《ガコン》という音と共に銀色のプレートが出てきた。
その銀色のカードには、
ハンドルネーム:ブチョウ
職業:バイトリーダー
と刻まれていた。
「えっ。」
一同表情が凍る。
部長も固まる。
「ぶ、部長ォ! いったい何書いたんですか!
あと、ハンドルネーム適当すぎでしょ!(人のことは言えないが)」
部長は慌てふためきながらも
「い、いや。俺はちゃんと書いたよ! 第一を『会長』、第二を『社長』、第三に『魔王』って」
(いきなり世界終わらせたいのかよ部長は……。)
「とりあえず、ステータス確認しましょう、部長!」
と声をかけた。
ブチョウは首をかしげてこういった。
「お? ……あれ? なんかステータスの画面出ないんだけど」
しきりに変な動きを試しているブチョウ。
そんなブチョウをよそに、再び装置と高橋さんと佐藤さんが光り始め、銀色のプレートが排出された。
――ガコン
――ガコン
二人はいそいそと装置に近づき、それを手に取り、小さくジャンプして小躍りして喜んだ。
高橋さんのカードには、
ハンドルネーム:ユウ
職業:ヒーラー
佐藤さんのカードには、
ハンドルネーム:ミーナ
職業:ウイッチ
と書かれていた。二人は子どものようにキャッキャとはしゃいでいる。
意外と仲いいんだなこの二人……。
一方ブチョウはというと、先ほどのカウンターでしきりに抗議していた。
何故だからわからないが、時折体が消滅したり、外のスポーン地点で出現したりを繰り返している。
なんだか大変そう……だな。そんなブチョウとを遠めに眺めつつ、俺の体も光り始めた。
よしよし。これで、俺もファンタジー世界の住人に……
そういって高まる期待に胸を膨らませた。
装置も光り輝き、同じように銀色のプレートが排出される――
――ガコン
いそいそと装置に近づき、カードを見てみると――
ハンドルネーム:シン
職業:デバッガー
あ。あれ? なんか俺も変な感じになってるんだが……。
首をかしげつつも、仕様を聞きにとうろうろと歩きながらブチョウを探した。
その建物の内部構造は、左手奥にカウンターとその手前には待合場所、右奥には、食事用のカウンターがあり、食事ができそうであろう席とテーブルが並んでおり、入口付近は休憩場所らしく、お年寄りや冒険者らしき軽鎧を装着した若者たちが椅子に座り、歓談している。
そしてその一角に放心状態のブチョウを発見した。
「どうしたんですか、大丈夫ですかブチョウ」
声を掛けた。
「藤井か……。私の作り上げた仕様も殆どがAIに却下されてしまったみたいだ。職業ももう決定してしまった以上、熟練度というものを稼がないと、転職できないようなのだ。ただ、これに関しては、たぶんだが記入する欄を間違えたのかも知れない……」
ブチョウは頭を抱えながら言ってきた。
そういえばさっきカウンターの怖そうなおっさんも言ってたな……。
そして、俺もハッとした表情になって思い出した。
たぶんあれだ。
履歴の所の欄と、候補欄を間違えたのかも知れない……。
「くっ。なぜ俺までもが……こんな凡ミスを……」
野郎二人して椅子に座って、テーブルで頭を抱えている、高橋さん佐藤さんが我々を見つけたのか訪ねてきた。
「どうしたの? 二人とも暗い顔して……?」
俺は、二人の前に銀色のプレートをスッと差し出し説明した。
「うちらはどうやら用紙に記入する欄を間違ったらしい……、それと仕様ですらAIが勝手に改変し、もうほとんど意味が無いらしい……」
高橋さんこと、『ユウ』はこう言った。
「装置の上に大きく『なれる職業一覧』掲示してあったよ。ちゃんと確認しないからそういうことになるのよ……。まぁ、とりあえずは暫く我慢するしかないね」
むしろ欄に無い職業になれていること自体驚きである。
そして佐藤さんこと『ミーナ』は銀色のカードを手に取り、
「ハンドルネームは『シン』に『ブチョウ』か……、随分適当に付けたわね。まぁ私たちも適当に下の名前で適当に付けたんだけどね」
そう言うと
「ブチョウもシンもこれからは私たちのこと『ユウ』と『ミーナ』って呼ばなきゃだめよ」
そう言うとポーズを取ってきた。こんな状況なのにこいつらノリノリである。
と、そこへ黒田と日野が入ってきた。
「でかい矢印消えちゃったから探しちゃったよ藤井くん!」
黒田が言いながら入ってきた。もちろん日野も。
「まったく、建物の裏の裏が見えたりひどい目にあったぞ」
そう言うと、安堵の表情でこちらを見てきた。
……?
日野が驚いた表情で、言った。
「あれ? 部長じゃないですか? どうしたんですかここで」
続けて黒田もかぶせるように言った。
「あれ? 本当だ。なんで部長がいるんだろ」
そんな意気消沈している部長に代わり、俺がいままでのいきさつを詳しく説明していく。
日野は、落胆するどころかこの状況をちっょと楽しんでいるような様子で、
「よっしゃア! ちょっと職業書いてくる!」
と言うと、黒田も続けて
「日野くんまってよー」
と言い、カウンターに紙をもらいに行った。
戻ってくるなり、神々しく光る装置と出力される銀色のプレート。
――ガコン
――ガコン
そして、小走りで颯爽と戻るとプレートを我々に見せびらかしてきた。
黒田のプレートには、
ハンドルネーム:クロウ
職業:アルケミスト
日野のプレートには、
ハンドルネーム:カツヨシ
職業:ファイター
と書いてあった。
「ちっ。うちらと違い、随分まともじゃないか」
思わずぼやいた。
せっかくいろいろできたかも知れないのに、何故うちらだけこんな職業に……。
黒田ことクロウは、はしゃいでいた。
「ほらほらこれこれ、これでいろんなもの作って試せるよー」
日野ことカツヨシは指を鳴らしている。
「やっぱ。こういう世界はファイターだろ。敵と戦いまくってストレス発散だぜ」
「はぁ……、とりあえず職も決まって落ち着いたことだし、これからどうするか……」
テーブル付きの椅子でふんぞり返りながらだらりと手を伸ばし、大きくため息を漏らした。
「俺、初期装備貰ったらストレス発散のためクエスト受けて街の外で暴れてくるわ」
カツヨシはそう言うと、ギルドカウンターへと向かった。
「ぼくもいろいろ試したいから、日野……じゃなかった。カツヨシといっしょに暴れてくるよ!」
クロウはカツヨシを追って、ギルドカウンターへと向かったのち、颯爽と外へと姿を消した。
「ほら、シンもブチョウもうなだれてないで、何か適当なテストしてこよ、ね?」
ユウが提案してくれている。
やはりこういうのは同じこと繰り返し試行して熟練度上げをするんだろうなぁと。ちっ、面倒くさいな……。と、思いつつも、俺も部長も糞みたいな職業だし何をどうしたらいいやら……と考えていた。
しかも、まともに敵と戦えそうなのは女性陣、しかもミーナだけか……。
掲示されているテスト情報『クエスト』にちらりと目を向けると、うちらでもやれそうなのが幾つかあった。
そういやさっきのカウンターのところに戻れって言ってたよな。
顔を上げ両手で勢いよくテーブルに手をつくと、立ち上がった。
「しかたねぇ、やってみるか」
ようやく重い腰を上げた。
とりあえず、試してみないことには始まらないしな。
そして、ブチョウの肩を軽く叩き励ました。
「ブチョウもその職業のままだといろいろ面倒だから、頑張って熟練度を上げてとっとと転職しましょう!」
塞ぎ込むブチョウもそれに応えるように立ち上がった。
「そう……、そうだな! とりあえずこうしていてもしょうが無いし、バグ直していつでも帰れるようにしていこうか!」
「それじゃあ、ちょっとさっきのカウンターに行ってみるか!」
そういってギルドカウンターへと向かった。
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