第2話 不安な実験と始まり

 午前5時、目が覚めると、目元が少し濡れていた。最近眠りが浅いのか良く友達の夢を見る気がする。

 まだ覚醒しきれていない眠い目をこすりながら、風呂に湯を張ると、湯船にゆっくりと浸かった。


「はぁ……。一応、テストしているとはいえ、装置に繋がれるのかぁ……」

 そんなことを湯船で呟きながらも少しワクワクしている自分がいた。



 なにせ、昔は無理であったであろう完全VRが社会的にようやく体感できるか否かという時代であり、現在は脳死者や全身・半身不随といった方達をメインとした臨床実験のみであったりするのだ。


 午前7時、颯爽と荷物をまとめると、いつものコンビニに寄って例のエナジードリンクと、梅のおにぎりを買う。


 会計を済ませると、急いで車を走らせた。


 信号待ちで、停車しているとき、リクルートスーツを着た学生たちの姿が目に入った。


 そういえば、夢に出ていた友人も俺と同じような会社に勤めていたな……。


 その企業は、うちと似たような企業であったが、中身は全くの別物。かなりのブラック企業で、社員に対し過剰な転勤や労働を強いていた。

 裏では、社会的に出てはならない人間などを使った異常な臨床実験をしていたらしい。

 それらは、勇気ある数人の告発者により判明したのだが、その後告発者は社会に姿を見せることなく行方不明になっていたこと。

 そういったことが明るみに出てきたのだ。そして社会からは非難やバッシング、株価も暴落したが、その技術が世界的にも称賛され、奇跡的にも潰れること自体は免れた。

 なにより大きな技術革新にも繋がった神経系直結型VR分野で成功を収めたのだ。数々の犠牲者を伴って。

 そして現在では、みなその技術を用いて、VR系ソフトの開発を行っている。

 もちろんウチの会社もである。


 彼とは小さい頃から遊んでいた。就職後は連絡が疎かになっており、連絡する回数も遊ぶ回数も徐々に減っていった。

 それから数年したとき自殺したと連絡があり、葬儀に行ったことがあった。

 結婚を予定していた彼の彼女が、遺体そばで泣きじゃくる様子と、その彼のすべてから解放されたであろう安らかな顔は今でも脳裏に焼き付いている。

 彼自身、几帳面で真面目だったし、そうそう逃げるに逃げられない状態であったのだろうな。

 こうなる前に連絡とって、少しでも遊んでいればあいつの人生も変わったのかな……。などと、やるせない気持ちがこみ上げてきた。


 運転しながら、そんな昔のことを思い出しつつ。やるせない気持ちのまま会社についた。


 車から降り、入口に向かった角のところで一足先に出社していた部長が挨拶をしてきた。

「おはよう! 藤井。昨日はよく眠れたか」


「おはようございます。お陰様でよく眠れましたよ。そういや例の装置は本当に、大丈夫なんですよね?」

 過去の事例もあってか、念を押すように部長に訊いた。


「大丈夫だろ。体は首ごと固定されるし、電極はインスリンの針より細いし、念のため点滴も付けてるし、心拍もとってる。他にも何人か居るし。大丈夫大丈夫。多分な」

 部長は他人事だと思って、適当に喋っている。


 でも確かに、テスト機材はフルフェイスの電極付きヘッドギアと、胸部全体と首筋を覆うプロテクターがセットになっているし、装着後には首と体は2段階の工程を経て完全固定される。万が一にも、体は動くことはない、電極はヘッドギアとプロテクターが固定されているときは、外れないようになっているらしく、外部から無理矢理首を曲げようと思っても、動かないようには設計されている。

 緊急時は外部から手動でロックを外す事もできるが、その場合は1段階目のロック外した時点で、強制的にログアウトされ、2段階目のロックを外すこと電極が引っ込むように設計されている、ということである。

 また、通信が切断されたり電源が落ちた場合にはバックアップ電源を介して、自動的にログアウトできるようになっている。と、機材開発者は豪語している。


 ちなみに、過去に猿で実験した0号機では、脳波計が振り切り、煙と共になんとも言えない肉の臭いが香ってきたことがあった。

 12号機で試したときは、被験体の体が凄い勢いで《びくんびくん》としていたときもあったし、正直怖い。

 26号機のALS患者に試したときは、外界を断絶した限定的な空間ではあったが、その仮想空間上で正常にモニターでき、自由に動けて喜んでいる様子を観察した。

 その後26号機を体験した方はALSが進行し、程なくして心不全で亡くなってしまったので、代わりに自分らが、という訳である。


 そうして完成した例の試作機、フルダイブ型VR機器[汎用型仮想空間体感装置 中村なかむら27号]である。


 通称、[VR中村くん]と呼ばれており、社長の顔写真と直筆サインが描かれている。

 ちなみに、中村は社長の名前である。自己顕示欲が強い。まぁ社長が謙虚であっても困るが。


「部長。俺、危なくなったらすぐにでもログアウトしますよ」

そう言い放ち、自身のデスクに向かって、例の色とりどりの薬をいくつも開封すると、いつものようにエナジードリンクで一気に流し込んみ、急いで例の機材部屋へと向かった。


 そして、午前9時。

 いつもとは違う形の朝礼が始まる。


 壇上に上がった開発部長が口を開く

「えー。という訳で君らにはデバッガーとしてα版をテストしていただきたい。あらゆる行動を試して、バグを報告していってほしい」

「まぁ、ただ単純にお題に従って各人バグの調査報告をするのは非常に楽しくないので、各街にバグ管理システム調査報告所、通称『冒険者ギルド』を設定したので、基本的にここから依頼を受けるか、即時報告して欲しい。そうすることで、数分~数日中にAIが自動修正してくれるので、変なのがあったらなんでねもいいから報告して欲しい。報告することで、世界が正常化していくので頑張ってくれ」


 そう言うと部長は檀上から降り挨拶が終わった。


 いよいよか……。と腰をさすりながら例の装置に[VR中村くん]に座る。

 座ると社長の写真が嫌でも目の前に来る。それが全台装着されているのである。嫌がらせとしか思えない。

 そうして、無骨な装置を装着し横たわる。


 むこうの方でも、装置を着けている、着けようしている社員が何人も見える。

 その中には、別部署の同僚や後輩たちも居た。


 全員が装置を装着したことを確認すると、研究員の一人が声を上げた。

「メインフレーム電源入りました! いつでも起動できます!」


 離れたところにいる別の研究員が、それを聞くとモニタを見ながらチェックをしていった。

「機器、チェックします。各人Aから・B・C・……Sまでバイタル正常。部長! 準備できました」


 そういうと部長はメインパネル下にある、黄色と黒の縞模様の中心にある透明のプラスチックのフタを開け、中心にある赤いボタンに指を掛けた。


「αテスト開始!」

 部長はその赤いボタンを押しながら声を挙げた。



 急性アルコール中毒になったような錯覚だろうか、瞼を開いているにも関わらず、上から黒い幕が下りてくるのが分かった。そしてその黒幕は、ゆっくりと視界の下まで降りると、徐々に意識が薄れていった。


 そんな中、部長の声と物が落ちる音が聞こえた。


 ――ガタッ


「あっ。しまっ……」


 そんな薄れゆく意識の中、誕生から今までのあらゆる、記憶のハイライトが薄暗く走馬灯の如く駆け抜けていった。

 そして最後にはブラウン管テレビの電源が消えるかようにプツッと消え、そして真っ暗になった。


 ――

 ―

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