供花

杜侍音

供花


『──もしもし?』



『うん、わたし。ごめんね、休みのところ起こしちゃって。子供たちは元気?』


『そう、まだ寝てるのね。よかった』


『仕事じゃないって。久々に中学の友達に会いに行ったの』


『うん、楽しかったよ。わたしばっかり喋ってたんだけどね』



『誰、って知ってるでしょ。あなた忘れたの? 由美ゆみちゃんよ。あなたは昔から本当に忘れっぽいわね』


『別にいつものことだし、そんなことくらいではもう怒らないわよ。そう、由美ちゃんにも話したんだけどさ、わたしたちが出会ったばかりのこと。あなたはちゃんと覚えてる?』


『……そうね。あなたの方からしつこく呼び出されてたわ』


『何笑ってんの? とても怖かったんだから。水泳部だったあなたによく水辺に連れて行かれたりさ』


『色々奢ってあげたって……金額としてはあなたの方が上だろうけど、回数としてはわたしの方がきっと多いわよ』


『そんなことで張り合わないでよ。別にそれで電話したくて電話したわけじゃないの。はぁ……ずっと聞きたかったんだけどさ、あなたはどうしてわたしと結婚しようと思ったの?』


『ああ、顔がタイプだったからか。この顔がそうだって知ってたけどさ。本当にそれが一番の理由なのね』


『いいんじゃない? 最初は結局見た目からなんだし。キッカケは別にそれでいいの、わたしはあなたに会えたのだから』



『……でもね。実はわたし、あなたに一つ秘密を隠していたの。それを今日は伝えようと思って』


『不倫? そんなわけないじゃない。中学の時からわたしはずっとあなたに一筋よ』


『そんな前に会ってないって……やっぱりあなたは忘れているのね。何か勘違いしてない? わたしたちが出逢ったのは会社に入ってからじゃない。中学生の時よ』


『そんなわけないって、はぁ……それもそうか。わたしだって別に名前変えたわけじゃないのにずっと気付いてもらえなかったもんね』


『え? それが秘密だって? そんなのが秘密なわけないでしょ。思い出せなかったことをわたしのせいにしないで』


『……あぁ、地獄のような日々だった……学校に行ってはあなたたちグループに。先生も助けてくれない、親は見向きもしてくれない。そんな中で唯一手を差し伸べてくれたのが──友達の由美ちゃんだった』


『あ、思い出した? そう、中学の時にいたでしょ? 授業中、学校の屋上から飛び降り自殺した子。窓側に座っていたわたしに見せつけるようにして落ちていった。多分、恨まれてたんだと思う。わたしを助けたばっかりに虐める相手が由美ちゃんに変わって……』


『何? 何か探してるみたいだけど……あぁ、卒業アルバムを引っ張り出したのね。由美ちゃんはいないわよ。だって途中で死んだんだから』


『そうじゃないって……あぁ、探してたのはわたしか。いるでしょ。わたしの名前が』


『誰だよって、それはわたしで間違いないわ。あの学年に同姓同名なんていないんだし』


『醜い豚だったけどお金の力って凄いわね。高校の時から必死にバイトで稼いで、稼いだら顔をイジって。可愛くなったらもっと時給の良いバイトして。可愛いだけでチヤホヤされるなんて、世の中ほんと不平等……』


『そう。わたし、整形していたの。これがあなたに秘密にしていたこと。どう? 驚いた?』


『整形では驚かないんだ。へー、そう。……ところで子供たちはまだ寝たままよね? ほんと可愛いわよね……きっと、わたしに似ていくのね。わたしは本当に幸せよ? あなたの子供が産めて』


『何をそんなに怒ってるの? 冗談なんて最初から言ってないわ。あら、もしかしてあなたこそあれは冗談なの? 由美ちゃんに無理やりした挙句堕ろせと言ったことが。そう……』


『助けてもらったわたしには、あの時は何の力もなかった。でも、ずっと助けたい気持ちがあった。……ううん、わたしが救われたいだけだったんだと思う。だからこそ、由美ちゃんの復讐をわたしが代わりにしてあげるの』


『今どこにいるって? ずっと近くにいるわよ。さぁ……窓の外を見て』






 ……最期に一目見ようと思った。あなたが絶望し恐怖する様を。もう二度と、この景色をでしょ?

 あぁ、痛い……由美ちゃんに供えようと思った白い花。持って帰って来て屋上から落としちゃった。

 目の前の白い花弁が私の赤と混ざって、綺麗だわ……──


 復讐を果たしたよ、由美ちゃん。

 あなたが憎むべきわたしを、あなたの代わりに殺してあげたの。

 赦して、くれるよね。

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供花 杜侍音 @nekousagi

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