あなたとわたしの秘密の約束~王命により婚約を破棄された恋人たちが、再び幸せになるまで~

石河 翠

第1話

「長年の勤め、ご苦労であった。我が父母も天の国より、そなたを労っているであろう」

「……国王陛下。もったいなきお言葉、痛み入ります」

「そなたのこれまでの働きを評し、を与える。気に入らぬ場合には、遠慮なく言うがよい。こちらで引き取ろう」

「……承知いたしました」


 長年王国を支えた騎士団の男が、とある戦で負傷し、故郷に戻ることになった。男を知るものたちは、したり顔で頷く。忠誠を誓っていたが亡くなったことで、気が抜けてしまったのだろうと。それほどまでに、男はかつての覇気を失っているように見えた。


 騎士団を辞める男に与えられたのは、好色で知られた前王の愛妾である。新たに国王に即位したかつての王太子は父親が所有していた後宮を引き継ぐことを良しとせず、家臣たちに下賜することによって後宮の解体を図ることにしたらしい。それは同時に、土地や金を褒章として分け与えるよりもずっと簡単で国庫の負担を抑えることさえできる。女たちの気持ちを抜きにすれば、非常に上手いやり方であった。


「いやはや、羨ましい」

「我らもそのような栄誉にあずかりたいものよ」


 残り物を押し付けられたと揶揄するものもあれば、野蛮な騎士ごときが美姫を賜るとはと悋気をあらわにするものもいるが、勝手気ままな反応は宮廷内ならばいつものこと。


 周囲の喧騒など男にとっては気にもならないらしい。立ち姿からして美女であろうと思われる女を前にしても、男は普段と変わらずの仏頂面だ。実際男にしてみれば、亡くなった前王妃以外大切なものなどなかったのだから。


「口数は少ないが、良い女だ。お前が気に入ると良いが」

「ありがたき幸せ」


 形式通りの一礼の後、男は与えられた女を連れてひっそりと生まれ故郷に帰っていった。



 ******



 勇猛果敢と称えられたロイドの朝は早い。負傷し、かつてほど素早い動きはできなくなったとはいえ、実戦で鍛えた筋肉は今もなお美しい。庭の片隅では、女――ガーデニア――が男を飽きもせずに熱心に見つめていた。


 女の名は、便宜的なものである。詳細については本人に聞くように国王陛下に言われたものの、結局ようとして知れなかった。そもそも本人は話すことができないのだから、聞きようがない。


 下げ渡されたあの日、名前を尋ねた男に女は庭の「梔子くちなし」を差し出してきた。梔子くちなし――口が無いから話せない――、そう主張してきた女に困り、男は彼女を「ガーデニアくちなし」と呼ぶことに決めたのだ。


 その一連のやり取りで、相手の女にも事情があるのだとロイドは理解した。だからこそ、政治に疎い自分に女が与えられたのだろうということも。


「ガーデニア、ここにいても暑い上につまらぬだろう。家の中に入っているがいい」


 男の問いに、ヴェールで顔を隠した女が小さく首を振る。男が起きると同時に起き、男が休むまで寝ようとはしない。自分に構う必要はないと言ったが、女は頑なにそれを拒み、男のそばにあることを望んだ。生まれたばかりの雛鳥が、初めて見たものを親と思い込みは無条件で付き従うように。


「そんなに心配せずとも、俺は逃げんよ」


 ロイドの言葉に、女は小さく笑ったようだ。それすらも空気がわずかに震える程度。口数が少ないどころの話ではない。女は男の妻になって以来、ただの一度も口をきくことがなかった。嗜虐的な王に逆らったあげく喉を焼かれたのかもしれない。否定できない可能性に思い至り、男は小さくため息をついた。


 声だけでなく、女の顔もまた男は知らない。立ち振舞いから、少なくとも後宮に召し上げられた時点ではとびきり美しかったのだろうと男は考えている。若い男ならば盛りのついた犬のように女を押し倒したかもしれないが、ロイドにそのような欲はなかった。


「ならば、食事にするとしよう。水浴びをしてくる」


 男の言葉に、女は事前に準備していたのであろう籠を取り出した。着替えが一揃い入っている。


「お前は下働きではない。そこまでする必要はないのだ」

「……」

「わかった。お前がやりたくてやっていることはわかっている。だからそう圧をかけるな」


 ずいっと目の前に突き出された籠を受け取り、慌てて男は逃げ出した。


 女と前国王とがどのような関係であったかは正直なところわからない。高貴なものに望まれれば、嫌とは言えぬのが身分社会。それを身に染みて理解しているからこそ、ロイドは女とゆっくりと時間をかけて、「家族」あるいは「友人」になれればと思っていた。


 加えてそれは、生涯妻を娶ることはないと誓いを立てていた男にとって必要な時間でもあった。


 本当ならば、彼女が望む場所へ逃がしてやることさえやぶさかではなかったが、国王直々に与えられた「褒美」を、一見すると「捨てた」ように見える行為は慎まねばならない。男には悩むほどの選択肢がなかったのだ。


「フィオナ。約束を守らない俺を、君は怒っているだろうか」


 水浴び場に向かいながらこぼれ落ちたロイドの呟きは、乾いた風にさらわれてすぐに消えていった。

 


***



 ガーデニアとの生活は、存外心地いいものだった。違和感なく馴染み過ぎていることに気がついて、愕然としてしまうほどに。


 今日も彼女は、当然のようにロイドの好物を作る。王都では食べられなかったこの地方の郷土料理。特別な材料など使わない。地味で素朴な家庭の味はレストランのメニューには上がらず、それゆえにロイドに恋しく思わせた。


 まったく不思議なものだ。ロイドは一度だって、これが自分の好物だと告げたことはない。なんなら、ガーデニアの好物を用意してやりたいと話しかけていたくらいだ。


「これは俺の好物なんだが。どうして知っているんだ?」


 何をおかしなことを聞いているのかとでも言うように、ガーデニアが男の皿を指差した。ロイドの皿は、すでに空っぽだ。どうやら好物の料理が出た場合、ロイドは自分でも気がつかぬうちに皿を綺麗にしてしまっているらしかった。子どもと同じである。


「ああ、フィオナ。君を守れなかった俺は、幸せになってはいけないのに」


 美味しい料理に温かい部屋。喜びを分かち合うことのできる家族ガーデニア。その幸福を噛み締めながら、ロイドは首をくくりたくなった。



 ***



「ロイド。どうぞ、私のことは忘れてちょうだい。お願い、幸せになって」


 陽だまりのように優しい柔らかな声は、だからこそ男の胸を夜毎に貫き、苦しめる。


 ロイドと前王妃フィオナは、もともと婚約者同士であった。政治的な策略などではない、純粋な互いの好意によって成立した婚約である。そんなフィオナに夜会で目をつけたのが、すでに幾人もの側室を抱えた前王だった。


「何の不自由もさせない。そなたの願いはすべて叶えよう。我が妃となれ」

「……なんとももったいなく、恐れ多いことでございます」

「我が誘いを断るとは、面白い。いやつめ」


 フィオナは側室となることを拒んだ。夫のある身の上で公妾となることはもっと嫌だと訴えたが、それは悪手であった。


 決して自分に振り向かない娘をいたく気に入った前王により、空いていた王妃の座に座らせられたのである。前王は、気分によって王妃をすげ替えることでも有名であった。


 劇的に女にだらしないが、政治的手腕もあり、戦をする才能もあった前王の要望は絶対である。下位貴族の意見など黙殺された。


 さらに前王は、力無き人間が悪あがきする様をよほどお気に召したらしい。ロイドを危険な戦に率先して送り、武勲を立てるたびに王宮に呼び寄せた。


 ロイドには確かに剣の才能があった。けれど彼が鬼気迫る勢いで武勲を立てるのはなぜなのか、事情を少しでも知るものならば簡単に想像がついたはずだ。無理矢理に召し上げられた想いびとの無事を確認するためだけに、彼は王宮内に足を踏み入れているのだと。


「こたびの働きも見事なものであった。王妃もそなたの勇姿に感動しておるようだ。その顔を見せてやるがいい」

「もったいないお言葉でございます」

「妃よ、なんとも残念じゃのう。この男は、そなたに見せる顔など持ち合わせてはおらぬようだ」

「申し訳ございません」


 前王はロイドを取り立てた。もちろんそれは、婚約者を奪った罪滅ぼしにはまるで見えなかった。むしろ、決して目を会わせようとはしない王妃と元婚約者の目線が交わることを期待するような底意地の悪い笑みを浮かべているのだ。


 まるで歌劇のような悲恋。そんな彼らの別れは、婚約を無理矢理に解消させられたときよりも唐突なものだった。


 夜伽の最中に王が急死したのである。


 事件性はなく、好色がたたってのことであろうと判断された。何せ、後宮には渡りきれないほど大勢の女たちがいる。彼女たちの元へ赴く際に、せっせとそれ専用の妙薬を服用していたらしい。そのために心臓に負荷がかかったのだということだった。


 ところがフィオナの不幸はこれで終わらなかった。彼女は、夫である王のために殉死することを求められたのである。愛する夫を追って、妻が死ぬことは美談にもなろう。だが、フィオナと前王との結婚には愛などなかった。それは誰もが知るところではあったが、彼らは王家の威信のためにフィオナに毒杯を与え、殉葬させた。生き埋めにしないだけ温情をかけられていたらしいが、それはロイドの心を打ち砕くには十分なものだった。


「なぜ! なぜ彼女ばかりが……!」

「口を慎め。わたしは不問にするが、耳ざとい人間は宮中にたくさんいる。足元をすくわれるぞ」

「……王太子殿下、しかし、もう自分には守るものなど……」

を失ったとて、そなたの力は我が国に必要だ。五体満足な体であるかぎり、任を解いてやることは叶わぬ」

「……なるほど、さようでございますか」


 暇乞いとまごいをしたところで、有能な人間は王宮を去ることを許されない。それがわかっていたロイドは他国との小競り合いにて落馬し、軍人としての命を自ら絶ったのだった。



***



 ロイドとガーデニアの日々は穏やかに過ぎていった。その生活にかげりが見えたのは、突然だった。


 ここしばらく物思いにふけっていたガーデニアが、意を決したかのように夕食の準備を始めた。


「ガーデニア。今日の夕食もとても美味しそうだ。いつもありがとう。感謝している」


 かたかたと小さく震える指先。ガーデニアが、何かを食事に仕込んだのは明白だった。


 毒だろうか。そう考えて、すぐに違うだろうと思った。ガーデニアが自分を殺す必要性がない。彼女は、鈍い自分にもわかるくらい好意を自分に向けてきている。ちまたでは、愛されないならば共に死にたいなどという過激な戯曲が人気を博しているらしいが、さすがにガーデニアはそこまで情熱的なタイプには見えなかった。


 ならば仕込まれたものは、媚薬の類いだろう。結婚してもうすぐ3ヶ月。いまだロイドはガーデニアと閨を共にしていない。ガーデニアには申し訳ないが、これからも共にするつもりはなかった。


 それは自身の妻を、フィオナただひとりと定めていたから。フィオナからは自分を忘れて幸せになるようにと言われ、確かに指切りを交わしたが、その約束を守るつもりなど毛頭なかった。女に媚薬を盛られたところで、多少ならば耐えてみせる。理性がはち切れそうになったら、下半身を切り落とすだけだ。それくらいの気概を持っていたはずなのに。


「ガーデニア! どうして、そんなものを口にするなんて!」


 薬とはいえ、使い方によっては毒となるそれをガーデニア自身が摂取するとは想像もしていなかった。


 ヴェールをかぶったままだから、彼女の顔はわからない。けれど荒い息、そして指先まで桃色に染まった肌が、彼女の置かれた切羽詰まった状況を明確に伝えている。


「解毒剤はどこだ?」


 ガーデニアを抱え、彼女の部屋に飛び込んだが、肝心の薬が見つからない。しかも、彼女は苦しさに耐えかねてかロイドにしがみついてきている。


 甘い匂いに、服越しに伝わる熱と柔らかさ。それがぐずぐずにロイドの理性を飛ばしそうになり、彼は思わずガーデニアから距離をとった。はっきりとした拒絶に、ヴェール越しにガーデニアの嗚咽がもれた。


「ガーデニア、すまない。俺には、君を抱く資格がないんだ」


 そんなロイドの言葉を否定するかのように、彼女はいやいやと首を振るばかりだ。


 ――ロイド、愛しているわ――


 甘く愛しいの声。空耳が聞こえた。



 ***



 正直なところ、ロイドは焦っていた。彼にとってガーデニアは不快な人物ではなかった。むしろフィオナのことがなければ、ガーデニアを妻とする未来だってあったのかもしれなかった。


 隣にたたずむガーデニアのことを考えれば、たまらなく胸が苦しくなる。けれどその想いが、彼女自身を愛おしく思っているのか、それともフィオナと重ねているだけなのか、ロイドには分からなかった。


「聞いてくれるだろうか。俺には、かつて結婚を約束した女性がいた。彼女と添い遂げることはできなかったが、俺は彼女に生涯を捧げると決めた。けれど彼女は俺より早く亡くなり、子どもすら残さなかった」


 あれほどフィオナに執着した前王だが、彼女を夜伽に呼ぶことはなかったらしい。前王の胸のうちは、ロイドには想像もつかなかった。


「俺はかつての婚約者にすべてを捧げると誓ったのに、君を見て心を揺らがせてしまう。けれど、それが君自身を愛してしまったのか、彼女の面影を重ねてしまっているのか、わからないんだ。だからすまない。俺は君の夫にはふさわしくない。家族にしかなれないんだ。どうか、こんな情けない卑怯な俺を許してくれ」


 苦しいのはガーデニアだというのに、ロイドはひたすらにベッドに頭をこすりつけて詫びた。


 ゆっくりとロイドはガーデニアに抱き締められる。まるで幼子のように、とんとんと背中を優しく叩かれた。


 なんと懐かしい感覚だろう。少年の頃は泣き虫だった彼は、よくこんな風にフィオナに慰めてもらったものだった。


「フィオナ?」


 馬鹿馬鹿しいとわかってはいた。死んだはずの彼女が、ここにいるはずがない。国葬だって済ませたのだ。けれど、男には目の前のガーデニアがフィオナに見えて仕方がなかった。


 ともすれば、死んだ女の名を呼ぶ最低な男。けれど、奇跡は起きる。


「ロイド。あなたが卑怯者だというのなら、私こそ最低最悪のろくでなしです。あなたに『私を忘れて。幸せになって』、そう告げて指切りを交わしながら、私のことを忘れてほしくなどありませんでした。ずっと、ずっと、私のために生きてほしかった」

「……!」

「あなたが、かつてのフィオナとの約束と、目の前のガーデニアとの間で揺れ動くたびに、ほの暗い幸せを覚えました。あなたは、私のためにその心を痛めてくれる。それを嬉しく思う私を、あなたは軽蔑しますか?」


 ずっと口を閉ざしていたがために少しかすれたその声は、間違いなく愛しいフィオナのものだった。



***



 彼女がかぶるヴェールをそっと外す。そこにあったのは、かつてより少しだけ年を取った愛しいひとの姿だった。


「なぜ、こんな真似を?」

「現国王陛下との約束だったのです。決して、顔を見せてはならぬと。自ら名乗り出てはならぬと。その誓いを立てたからこそ、わたくしは先王陛下の墓に葬られることなく城を出られたのです」


 女は語った。本来王が崩御すれば、王妃は生きたまま墓に葬られるのだと。ロイドもまたそうだと思っていた。彼女の殉死を、彼は止めることが出来なかったのだから。


「君を逃がしてくれたのは……」

「現国王陛下です。無理矢理召し上げられた挙句、生き埋めではあまりに気の毒だと」

「特例として毒杯を賜ったと聞いたが、そこにしかけが?」

「はい。仮死状態に限りなく近づける薬です」


 彼女が殉死したと聞いたあのときの胸の痛みを思い出し、男は眉をしかめた。


「それは本当に死んでしまう可能性があったのではないか」

「ですが、飲まなければどうせ死んでしまうのです。あなたにもう一度会うためなら、薬を飲むのもちっとも怖くありませんでした」


 穏やかに微笑む女には、気負った様子はどこにも見られない。けれど、どれだけ恐ろしかったことだろう。失敗すれば、そのまま息絶えてしまうのだから。女を抱き締める腕に、ますます力がこもる。


「俺があなたに気がつかなければ、どうするつもりだったのか」

「3ヶ月経っても白い結婚のままであれば、陛下の所有なさる離宮で暮らしてはどうかとおっしゃっていただいておりました。母子というよりも姉弟のような年の差でしたから、家族のように心を砕いてくださったのかもしれませんね」


 いいや、それは違うだろう。言葉に出さないまま、ロイドは小さくかぶりを振った。現王の彼女を見る目は、確かに家族以上の熱を孕んでいた。もし一度でもロイドが彼女を手放してしまえば、二度と外に出さずに囲い込むつもりだったに違いない。そうでなければ、わずか3ヶ月という短い期間で区切りとさせるものか。


 そもそもこれほどまでの複雑な誓約は、現国王の嫌がらせなのだろう。白い結婚のまま、自分の手元に戻ってくることこそを願っていたに違いないのだ。


「もう離さない」

「私だって、あなたを離しません」


 かつて王命によって引き裂かれた恋人たちは、静かに唇を重ねた。影は混じり合い、ゆっくりと溶けていく。



 ***



「よろしかったのですか、陛下」

「何のことだ」


 王宮の執務室。幼い頃からの友人でもある側近が、気遣わしげな顔で国王に声をかけた。王はと言えば、見当もつかぬと言わんばかりの冷たい反応。もちろん書類から目も離さない。


「大切なお方だったのでしょう?」

「愚問だな」


 それでも側近は当然のように話を進める。そうされれば、王と言えども無視することなどできなかった。正直なところ、王自身も誰かに心の内を聞いてほしかったのかもしれない。先程まで食い入るように見つめていた書類を、ぞんざいに投げ捨てた。


「わたしは、次はどんな毒婦が来るのかと楽しみにしていたのだ。父はあんな男ではあったが、栄華を求めてすり寄ってくる女は枚挙にいとまがなかったからな」


 それが蓋を開けてみれば、連れて来られたのは自分とたった2歳しか変わらぬいとけない少女。しかも王に見初められたがゆえに、相思相愛の婚約者との仲を引き裂かれてしまったのだという。


 下位貴族であることを揶揄され、必死に王妃として働きながら、自分の前で声も出さずに密やかに涙をこぼす美しい少女と、彼は約束を交わしたのだった。いつか、自分があなたを外に逃がしてみせると。


「ではなぜあのような意地の悪い制約を?」

「何がだ」

「ロイド殿がかつての婚約者……無理矢理に召し上げられた王妃さまに誓いを立てていたことは周知の事実です。決して誰も妻に娶ることはないと、彼自身公言していました」

「そうだな」

「その上で王妃殿下には声を出すこと、顔を見せること、つまりは自身の正体を明かすことを禁止していたではありませんか。しかも、白い結婚が3ヶ月続いたならば、問答無用で結婚を無効とする予定だったなど……。王妃さまを殉死させないという、とんでもない前例を作ったのです。そこまでしたならば、素直にお二人を祝福して差し上げれば良いではありませんか」


 さっぱり理解できないと言いたげな側近の姿に、現王は少しばかり渋い顔をした。


「そもそも、殉死という野蛮な文化はわたしの代で廃止する予定だった。それにだ、どうせあの二人は運命に打ち勝ち、想いを遂げるのだ。少しばかり意地悪をしたところで、何の問題があろうか」


 王は拗ねたように、唇をわずかばかり尖らせた。それは実の父親を切り捨てた非情な国王の顔ではなく、ままならぬ初恋を捨てられないごくごく普通の青年の姿だ。


「まったく、思春期を拗らせた男子は面倒くさいですね」

「何か言ったか」

「いいえ、何も。それでは良い機会です。お妃さま選びも始めましょうか」

「勘弁してくれ」

「感傷に浸る暇などございませんよ」


 頭を抱える国王の隣で、側近がとうとう笑い声を上げていた。

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あなたとわたしの秘密の約束~王命により婚約を破棄された恋人たちが、再び幸せになるまで~ 石河 翠 @ishikawamidori

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