暗証番号

愛須どらい

 私のお母さんは、いわゆるシングルマザーだった。


 少し貧乏びんぼうではあったかもしれないが、

お母さんは女手一つで私を不自由なく育ててくれていた。


 そんなお母さんが、私が高校3年生になったある日、

突然とつぜんたおれた。


「余命1ヶ月…!?」


 お医者さんの宣告に私は言葉を失った。


 何とか泣かないよう、

お母さんにそのことをさとられないように、

平静を装って病室に入った私に、

ベッドに横になっていたお母さんは


「もう長くないんだね…?」

と弱々しい声で言った。


「そんなこと…!」


 私はそれ以上言葉を続けられなかった。


 なみだが勝手にあふれてきてしまったから。


 泣きじゃくりながらきついた私に、

お母さんは


「私のタンスの一番上に、

 お前の名義の通帳とカードが入ってる…。

 暗証番号は、2865…。

 好きに使っていいからね…?」

と言った。




「(お金なんていらない…!

  そんなものより、お母さんを…!

  私は不幸になってもいいから、お母さんを助けてよ…!)」


 お母さんが亡くなるその日まで、

私は毎日のようにそう神様にお願いしたが、

それがかなうことはなかった。




 今日、私は

生まれてきた我が子の母になった。


「(この子の将来のために、

  私に何ができるだろう…?)」


 そう考えた時、自然と答えに思い至った。


 私が大学に進学できたのも、

就職ができたのも、

今の夫と出会えたのも、

お母さんが遺してくれたお金のおかげだった。


「ねえ、この子の口座を作って、

 将来のために貯金をしたいんだけど…?」


 私は、生まれたばかりの我が子をく夫に提案する。


「なるほど!

 いいアイディアだと思う!」


 同意してくれた夫に、さらに私は


「暗証番号はこの4けたにしてね?」

と、母子手帳のページを示した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暗証番号 愛須どらい @cck230da

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ