死機一発

味噌わさび

第1話

 人類の技術は発展し続け、高度な科学は魔術と見分けがつかない程になった時代。


 発展に比例して、人類の感情は冷淡なものとなっていき、人の死というものに関してもひどくドライなものとなっていった。


 結果として、人の死は凡て運命が決めるもの……あらかじめ、人が死ぬ機会は決まっているという考えが生まれた。


 もし、その機会でなければ、どんな危険な目にあっても人は死ぬはずがないのだ、と。


 それは死刑にも適用されることになる。


「死刑囚、前に出ろ」


 刑吏である俺は、暗い部屋で死刑囚に命令する。死刑囚は悲しそうな顔で前に出る。


 死刑囚の前には、一丁の拳銃がある。


 旧い時代の拳銃で、リボルバー式というものらしい。回転する弾倉の中に、一発だけ弾丸が入っているらしい。


 旧時代では「ロシアンルーレット」なる賭け事であったらしいが、死を運命に委ねるようになったこの時代では立派な処刑方法となっていた。


「拳銃を持て」


 死刑囚はそう言って拳銃を持った。ガタガタと震えているのが少し離れていてもわかる。


「こめかみに銃口を当てて、引き金を引け」


 言われた通りにすると、死刑囚は引き金に指をかけた。しかし、中々引き金を引こうとしない。


「引け」


 俺がそう言っても死刑囚は引き金を引かない。俺は腰元から治安維持用の拳銃を取り出す。


「引け。さもなければ撃つぞ」


 死刑囚は泣きそうだった。引き金を引けば助かる……かもしれない。かといって、それは確実ではない。


「最期にもう一度だけ言う。撃つぞ」


 死刑囚は意を決したようだった。そして……次の瞬間には引き金を、引いた。


 カチリ、という無機質な音がした。発砲音は……しなかった。


「……刑を終了する」


 ……残念ながら、この死刑囚はまだ「機会」ではなかったようである。


 どんなに凶悪な罪を犯してもその機会でなければ、死ぬことはない……狂った処刑制度だった。


 しかし、そのおかげで、今日は弾が出るか出ないか、なんて賭け事を刑吏仲間ですることができる。


 俺は今回弾は出ない方に賭けた。こいつのおかげで儲けることができたようだ。


 死刑囚は立ち尽くしたままだった。


「おい。刑は終了だと言っているだろう」


 俺が不審に思い近づくと、死刑囚は硬直していた。まさかと思い、脈を確認する。


「……なんだコイツ。死んでいるじゃないか」


 どうやら、あまりの恐怖で死亡したらしい。弾は出なかったが、コイツの「機会」は来ていたようだ。


 いずれにせよ、弾は出なかった。賭けは俺の勝ちであることに代わりはない。


「動くな」


 と、いきなり声がした。俺は声のした方に顔を向ける。そこには治安維持部隊の制服を来た男が立っていた。


「無駄な抵抗はやめろ。貴様を逮捕する」


「……は? 一体何の罪で?」


「賭博罪だ。貴様、死刑囚をネタに賭け事をしていただろう? 賭博罪は死刑に該当する重罪だ」


 そう言われて俺は思わず嗤ってしまう。男は怪訝そうな顔をする。


「なんだ? なぜ嗤う?」


 俺は嗤いを押し殺しながら、男の方を見る。


「いや……、俺にも『機会』が来たんだな、ってね」

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