「一発屋のキキ」危機一髪

なつきコイン

第1話 「一発屋のキキ」危機一髪

「トト、トラペジウムまでにはあとどのくらいだ?」

「キャプテン。キャプテンは、本当にトラペジウムに行方不明の貨物船があると思っているのですか?」


 トラペジウムは、新しく星が生み出される四重星とガス物質が渦巻いている航行の難所である。普通、宇宙船が近づくことはないのだが。

「当たり前だろ。この前、親切な露天商から手に入れた古文書によると、昔、ベテルキウスが大災害に見舞われた時に、リゲルから大量の救援物資が送られたんだ。それを運んでいた貨物船の一つがトラペジウムで消息を絶って、その後、発見された記録はない」

「親切な露天商? 怪しい詐欺師の間違いですね」


 キャプテンであるあたしの質問に答えず、無駄口を叩いてくるトトは、この宇宙船「コメット三号」に搭載されたアシスタントAIである。

 律儀に相手をしてやる必要もないのだが、二人きりの船内だ、トトに拗ねられると話し相手が居なくなってしまう。仕方なしにあたしは返事を返す。


「何言ってんだ、その露天商が救援物資は大量の金塊だったと教えてくれたんだぞ。しかも、たった一万Gで、親切にもほどがあるだろう」

「仮に行方不明の貨物船がトラペジウムにあったとしても、救援物資を積んだ船ですよ。その積荷が金塊だとは思えません。その情報に一万Gも出すなんてキャプテンは本当におめでたいですね」


「なんだと!」

「一攫千金を夢みるのもいいですが、いい加減地に足を付けた仕事をしてください」


「それは無理だな。何せあたしは宇宙船乗りだから」


 あたしは、個人所有の宇宙船「コメット三号」を駆使して、お金を稼ぐ美少女個人事業主の「キキ」。

 周りからは「一発屋のキキ」なんて呼ばれているが、そんなのは気にしていない。

 今日もお宝を探しに搭載型アシスタントAI「トト」と辺境宇宙を旅している。今回こそターゲットの「トラペジウムの難破船」を見つけてお宝ゲットで一攫千金だ。


「地上なんてまっぴらごめんだね。だいいち、トトを一人にできないだろ……」

「そういうことを言ったのではないのですが。まあ、いいでしょう。あと四日です」


「え? 何が四日」

「トラペジウムまでワープ4であと四日です。ただし、途中の中継ステーションで魔力の補給を行う必要があります」


 あ、あーそうだった。元々はそれを質問したんだっけ。

「そうか、それじゃあ中継ステーションに急いでくれ」

「了解です」


 二日後、宇宙船の燃料である魔力の補充のため、あたしたちは中継ステーションに立ち寄った。

 魔力の補充には時間がかかり、今回は三時間ほど待ち時間がある。あたしは情報収集も兼ねてステーションのレストランで食事を取ることにした。

 今回頼んだのは、サンドイッチと山盛りフライドポテトだ。

 ポテトにケチャップをつけ、チビチビ食べながら、何食わぬ顔で周りの会話に聞き耳を立てる。


「フルド」「謎の船」「目撃」


 聞こえてきた話を総合すると、フルド方面で謎の宇宙船が目撃されているらしい。あたしはこの情報でピンときた。

「これは、先を越される前に急がないと」

 あたしは残っていたポテトとサンドイッチを口に押し込み、慌ててコメット三号に戻った。


「トト。目的地変更。フルド方面にすぐに発進」

「急にどうしたのですかキャプテン?」


「レストランで情報を手に入れた。目的のお宝はフルドにありだ」

「フルドですか。トラペジウムとは随分と離れていますが」


「貨物船が行方不明になった原因がワープ機関の暴走ならありえる話だろう」

「それはないわけではありませんが、可能性はかなり低いですよ」


「あたしの勘がこれは当たりだといっている」

「キャプテンの勘ですか。まったくあてになりませんね」


「そんなの行ってみればわかるだろう急ごう」

「そう言われましても、魔力の補充が終わるまであと二時間は発進できません」


「そうだった……」

 あたしは二時間後にコメット三号を発進させたのだった。


「トト、フルドへの進路だが、直接フルドに向かわずに銀河外縁から迂回するルートを取ろう」

「かまいませんが、急いでいるなら直接向かった方が良いのではないですか」


「リゲルは連邦、フルドは皇国、二つの星の間には国境が存在するだろう。直接向かえば国境警備隊に停められる可能性が高い。手続きに時間がかかるだろう。それなら、警備隊がいない銀河外縁に迂回した方が早く着ける。なんといったかな。そう『急がば回れ』だ」

「そうですか。『藪蛇』にならなければいいですがね」

 トトの危惧が的中することを知ったのは、それから三日後のことだった。


「トト、シールドはあとどのくらい持つ」

「そうですね。あと五分といったところでしょうか」

「どうにか逃げられないか」

「この陣形で取り囲まれてしまっては、ほぼ逃げるのは不可能です」

 通常ルートから外れ、銀河外縁からの迂回ルートを進むこと三日、あたしたちは四隻の宇宙海賊船に囲まれ攻撃を受けていた。

 障害物が多い宙域で衝突に警戒はしていたが、まさかその中に海賊船が潜んでいたとは、迂闊だった。気が付いた時には待ち伏せしていた海賊船に完全に包囲されていたのだ。

 海賊船はだんだんとあたしたちの包囲網を狭めてきている。このままではシールドが消失するのも時間の問題だ。


「ほぼ、ということは、何か方法があるのか?」

「何か相手に隙ができれば、それを突いて逃げられるかもしれません」


「隙をつくのか。どうすれば隙を作れる」

「それは……」


「それは……」

「それは……、分かりません」

「おい!」

 あたしは思わずトトが入っているだろうコンソールを叩いた。


「シールド消失まであと三分」

「何かないのか? まさに絶体絶命か!」

 あたしは頭を抱えて必死に考えた。


「キャプテン、大変です」

「どうした?」


「なぜか相手のビーム砲のレーザーが、こちらまで届かなくなりました」

「相手の魔力切れか?」

 危機一髪助かったのか?


「いえ、そうではないようです。あれを見てください」

「あれ?」

 あたしはスクリーンを凝視する。海賊船以外に見えないが。


「あれです。あの緑色の点々です」

「緑色の点々?」

 そう言われてみれば、緑色のものが湧いてきているように見える。


「スクリーンのノイズではないの。あれは何?」

「宇宙バッタです」


「バッタ? 宇宙にバッタがいるの」

「ご存じありませんか。毎年この時期になると、この宙域では銀河の外から大量のバッタが押し寄せてくるのです」


「そうなの。そのバッタが邪魔になってビーム砲が効かなくなったのね」

「そのようです。そもそもこのバッタは宇宙空間で生きられるほど皮膚が硬く、ビーム銃程度では傷つけることもできず……」


「トト、そんな蘊蓄はいいから、この隙に逃げるわよ」

「そうでした。全力で逃走します」


 その後、なんとか海賊船を振り切ったあたしたちは、バッタ討伐に来ていた傭兵団に助けを求め命拾いをしたのだった。


「キャプテン、結局今回も無駄足でしたね」

「一足遅かっただけよ。あそこで海賊に絡まれていなければ……」

「一歩どころか万歩も億歩も遅いでしょ」

「クッーー」

 噂どおりに難破船は見つかっていた。そう、噂を聞いた時点で既に見つかっていたのだ。

 しかも、積み荷の救助物資は金塊でなく食料だった。


「だが負けない、今度こそ一攫千金を当ててやる」

「今回みたいに『飛んで火に入る夏の虫』になるのだけは勘弁して欲しいですね」



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