冒険者とダンジョン探索の一場面

hibih

危機一髪! とあるダンジョンにて

 薄暗い迷宮を進む二人の足取りは重かった。ここまでの探索の結果は芳しくない。

「ハズレだな、今回は。さんざ駆けずり回ってしょぼくれた剣一本じゃ割に合わねえよ。呪われてなきゃお前が使うといいさ」

 松明の炎を揺らしながら先頭を歩くロッツはぼやく。背負い袋にくくりつけた一振りの小剣が今のところの唯一の収穫だ。魔物の巣に紛れ込んでいたものから見つけだしたものだった。抜き身のまま、華美な装飾もない無骨な振る舞いの小剣だ。

「そうだな、俺のやつもそろそろガタが来ているしな。しかし魔法の剣ではなさそうだが、そいつはアダマンタイトじゃないのか? 折れず曲がらず擦り減らずの逸品だぜ。街に戻れば買い手はいるだろう」

 油断なく背後を警戒しながらフーバーは言う。腰に下げられた大小の剣はずいぶんくたびれている。

 目印を残しながらさらに奥へと進む二人の目の前に、重そうな石の扉があらわれた。さっそくロッツがへばりついて物音に耳をすませ、様子をうかがう。

「大丈夫だ、中は何もない。扉にも罠はなし」

「押して開けりゃいいんだな? まかせろ」

「そういや、以前、ゴーレム兵が待ち構えていたこともあったっけな。あの時も何もなし、と思ったんだがな」

「今思い出すなよ、冷や汗が出る。ま、他に道はなさそうだし、先に進むには行くしかない」

 扉を押し開けると、そこは殺風景な部屋だった。ロッツの言う通り、何もなかった。奥の向かい側にもうひとつの扉があるだけで、財宝どころか調度品なども何もなかった。細密に組み上げられた石造りの部屋のようだった。

「ただの通り道のようだな。先へ行こうか」

 もうひとつの扉も同じようにロッツが聞き耳を立てる。

「何もなし……だが、本当に何もなさそうだ」

「ここ以上に何もない部屋があるかね? とりあえず開けてみりゃわかるさ」

 フーバーが扉を押し開こうと、力を込めたときだった。

 カチッ

 扉から何かが外れるような音が聞こえた。それと同時に部屋全体が不気味な振動音に包まれた。フーバーは扉を開けようとするが、押せども引けどもびくともしない。

「ニセ扉か!? ロッツ、戻ろう」

 声をかけながら振り向いたフーバーは仰天した。部屋が狭くなっていた。いや、狭くなり続けていたのだ。片面の壁が見てわかるほど速度で押し寄せてくる。あわてて入り口まで逃げ戻った二人の頭に、しかし絶望の文字がよぎった。念の為に開けておいたはずの扉が閉ざされていて、どうやっても開こうとしないのだ。フーバーが体当たりで押し破ろうとするが、鎧のぶつかる音が響くだけで扉はびくともしない。壁はもう手を伸ばせば届きそうなくらいまで迫っていた。二人はなんとか壁の前進を阻もうと両手足を突っ張ってみるが無駄なあがきのようだった。

「フーバー! こいつを使え! 一定の負荷が掛かれば引き戻すようにできてるかもしれん!」

 手に入れたばかりの小剣をつっかえ棒にしようという目論見だ。見立て通り、アダマンタイトの剣であれば助かるかもしれない。もはや部屋の空間は残り少なかった。ついに小剣が壁に突き立てられはじめていた。

「おお、壁の動きが鈍ってきたぞ。やはりアダマンタイトか、さすがだな。決して折れず、曲がらず、だ。こりゃいい、ははは」

 フーバーはもう笑うしかなかった。小剣はたしかに折れることも曲がることもなく壁の前身を食い止めようとはしていたが、剣の切先から壁に吸い込まれるようにどんどん突き刺さっていっていた。切れ味も抜群のようだ。武器としては優秀かもしれないのだが。

「ここまでか」とフーバーがついに壁を支えるのをあきらめ、死を覚悟したとき、ロッツの声が聞こえた。

「フーバー、こっちだ。早く来い!」

 振り返ると、迫り来るのとは反対側の壁に空いた穴から半身を出して手招きをしている相棒の姿があった。フーバーと小剣が壁と押し合っている隙に抜け道を見つけ出していたのだ。鎧を壁に擦らせながら、フーバーは急いで体を潜り込ませる。どこに通じているのかはわからなかったが、穴に逃げ込んだその直後に、壁がぶつかり合う音が響きわたった。そして静寂がおとずれた。

「剣は惜しいことをしたな。次に来たときはどうやって引き抜くか考えておこう」

「いや、俺はもうあの部屋に戻るのはごめんだ」

 狭いトンネルを這うように進みながら、二人は安堵のため息をついた。冒険はまだ続く。

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