黒ひげ危機一発

黒ひげ危機一発

 吾が輩は黒ひげである。剣をさすたびハッラハラ! いつ飛び出すかドッキドキ! 株式会社タカラトミーより発売されているパーティーゲームの決定版だ。その遊び方は至極簡単である。吾が輩を樽の中に押し込み、樽を回転させ、その後は付属の剣を樽に突き刺す。順に刺してゆき、剣が仕掛けに触れ、吾が輩が飛び出したら負けとなる。恐らく、一家に一台は欲しい娯楽用品だろう。吾が輩こそ不服ではあるが、何の因果かワゴンに打ち込まれ、限定特価九八〇円のセール品として売られている。全く以て不甲斐ない。買い手が付かなければ、有無を言わさず在庫処分の運命だったところを或る男に拾われた。併し、男というのは私の主観によるところが大きく、それは女だったかも知れない。兎にも角にも、その者に拾われてからの吾が輩は、暗く、狭い、閉ざされた部屋の真ん中に、ぽつんと置かれていた。窓一つない、六畳にも満たない、壁も床も天井もコンクリートで塗り固められた重苦しい空間を裸電球が照らす。心許ないフィラメントが明滅する。孰れ、幾つかの足音が聞こえ、ふと立ち止まると、建て付けの悪い扉が開いた。扉は足を引き摺るように床を擦り、足音は蹴躓くように二三歩と進む。仄かな照明の光に映し出された影は、大きく歪んでいる。床を擦る扉の音が聞こえ、部屋は再び閉ざされた。狭い空間に、荒い呼吸音が響く。猿轡を噛まされた裸の男が、プラスチックの剣を手に取り、吾が輩が座す樽へ突き刺した。興奮と安堵とが入り混ざった息を吐く男の手首には手錠が掛けられている。暫くして、噎び泣く女の声が漏れた。女も男と同様に猿轡を噛まされ、手錠を掛けられ、一糸纏わぬ姿である。女はプラスチックの剣を手に取り、吾が輩が座す樽へ突き刺した。嗚咽に塗れ、涙か涎か分からぬ体液が頤を伝う。一本、また一本と剣が刺される。人としての尊厳を奪われた獣が交互に刺す。男が刺す、女が刺す。雄が刺す、雌が刺す。順繰り、順繰り、繰り返して、ふと吾が輩が飛んだとき、裸電球が映す大きく歪んだ影の首が飛んだ。男のものか、女のものか、それは定かでない。明滅するフィラメントが焼き切れ、惣暗と成りて、その全ては今や闇の中……

 静謐な闇である。

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黒ひげ危機一発 @Qz4649

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