4.11.一時の時間


「ど、どうしたの……刃天……?」

「……アオ、チャリー。お前らはこいつと長く過ごしてきたのだろう? では何故知らぬ、分からぬ!」


 何のことだかさっぱり分からないアオは、ただ首を横に振るしかなかった。

 チャリーもようやくこちらを向いたが、刃天が何を言っているのか理解できていないといった様子だ。

 呆れ気味に、そして少し怒りながら指をさす。


「こやつはダネイルのギルドマスターを俺が殺したことを知っていた! 誰も見ていないはずのエディバンとの一戦も知っていた! こやつの力は、地に足つけるものすべてを監視する!」


 本人がそう言っていたのだ。

 これは紛れもない事実だろう。

 ドリーが隠していた力を知ったアオとチャリーは目を瞠った。

 それと同時に、長い間旅をしてきた理由の多くはそれに起因するのだろうということも悟った。

 刃天は続ける。


「この力があればアオの故郷を治めていた領主を救えたはずだ! 裏切り者をいち早く炙り出し、切腹させることができたはずだ! だがこやつはそれをしなかった……。ましてや手柄が欲しいなどと抜かした! 故に俺らの動きを誰にも知らせることなく、ここで待ち伏せをしていたのだ!」


 そこで刃天は首を横に振る。

 今まで確定していたはずの彼の行いが、全て嘘であったと見破ったからだ。


「だが違った……。こやつは、ドリーは俺の刀を避けなかった! 大地を掌握しているのにも拘らず! ロクの反応もなかったということは、俺の一手を阻止するつもりすらなかったということ! こやつ……いや、この者は……わざと死んだのだ……!」


 刃天は握り拳を作る。

 ぎゅう……と音が鳴りそうなほど握りしめながら、ぼそりと呟いた。


「ドリーは忠義を重んじた重臣だ……! アオ……。ドリーはエディバンと同じように、お前のために死んだのだ……!」

「……」


 手柄が欲しいなどと口にする裏切者が手を抜くはずがない。

 ドリーはあの時多くの『ダートドール』を制御していたが、自衛に回すだけの力は残していたはずである。

 その証拠にチャリーには明確な攻撃を仕掛けていた。

 であれば、背後から忍び寄る刃天にも気付いているのが当然であり、対処できる余裕はあったはずだ。


 しかし、ロクですら反応をしなかった。

 つまり反撃の意思がなかったということ。

 攻撃されることを前提で接近し、ロクの感知能力で攻撃を掻い潜りながら攻める予定だったのだ。

 だが結果はどうだろうか。

 一切反撃をする気配なく、ただ簡単に仕留められた。


 あれは、わざと死んだとしか思えない。

 だがアオは流石にそこまで理解ができないようだ。

 未だに困惑しながらドリーと刃天を見比べている。


「じ、刃天……。わかんないよ……」

「……考えて見りゃ分かることだった。俺らの位置が分かってんならいつだって攻撃することができたはずだ。なんなら、誰よりも早く手柄を上げられたはず。では何故それをしなかった? ドリーは『手柄が欲しい』と言っていたが、そりゃ違ぇ」


 刃天はアオに人差し指を向ける。


「お前を逃がすためだ」

「あっ……!」


 ドリーはここまでアオを“逃がしてくれた”のだ。

 彼は刃天と最初に会話をした時、仲間がいるということも教えてもらっていた。

 それこそ越境したすぐ先にある街に刺客は待機していたらしい。

 敵の動きを教えてくれるというのも……今後に必要な情報である。

 このようなことも敵であれば教えてはくれないだろう。


 話の内容をようやく理解したアオはドリーを見る。

 また、味方となってくれるはずだった者が居なくなった。

 彼は一度裏切り、ゼングラ領で発生している水質汚染の犯人を野放しにしたが、それには何か特別な理由があったのかもしれない。


「……ドリー……。何があったの……」


 その問いに彼は答えない。

 はずだった。


『聞きたいですかな?』

「「「!?」」」


 全員が一気に警戒態勢に入り、武器を構える。

 アオはすぐに刃天にそばまで駆け寄って周囲を警戒した。


『いやはや……。刃天殿の攻撃を一度スルーしただけでそこまで言い当てられるとは……。いやはや御見それ御見それ。しかしそれはすべてご明察……と拍手を送らねばなりますまい。まぁ今の私にそこまでの力はないのですがねぇ? はははは!』


 三人はその声をよく知っている。

 いつもよりテンションが高いのが気にかかるが、まぎれもなくドリーの声であり、それが近くで発せられていた。

 だが死体を見ても口を動かしている様子はなく、生き返っている様子もない事から骸が喋っているわけではなさそうだ。


 刃天の気配感知に引っ掛からず、ロクの魔力感知にも引っ掛からない。

 どこにいる、と目をギョロつかせながら探していると、彼から声がかかった。


『ここじゃここ。足下をご覧なせぇ』


 三人と一匹はすぐさま地面を見る。

 すると、土で作られた手が出てきていた。


「んぬ!?」

「「わあああ!?」」

「シュ……?」


 その手は地面に手をつき、体をグイっと持ち上げる。

 すると土で作られたドリーが姿を現した。


 飛び掛かりかけた刃天に気付いたドリーは、すぐに両手を突き出して彼を制止する。


『ああ、刃天殿。斬らんでくだされ。今私は魂を土魔法で大地に一時的に定着させているだけで戦闘能力は皆無なので……』

「お、お……! あ、アオ、チャリー……! こりゃどうなってるんだ……!」

「僕も、は、初めて見た……」

「本当に……ドリーさんなんですか……?」


 その問いは最もだ、と彼は頷く。


『んん、では少し死体を調べてくれるかのぉ。チャリー、私の右手の甲に契約魔法が施されている。見てはくれぬか』

「契約魔法……?」


 チャリーは彼の言う通り、死体の手の甲を確認する。

 すると確かに目玉を模した刻印が刻まれていた。

 彼女はこれを知っており、ドリーの言う通りこれが契約魔法であるということも分かった。


「ドリーさん……! 貴方……」

『お察しの通りじゃよ。強大な索敵魔法。これを使ってエルテナ様を殺して来いと命じられた。そして契約魔法で監視を付けられておってな……。故に……刃天殿の力を晒したまま放置するわけにはいかなかった。エルテナ様とチャリーと対峙しないわけにはいかなかった。……許してくれ』

「ハッハーン。だから俺を殺したのか。ダネイルの国で俺が死なねぇってのは分かってて殺したな?」

『いやはや、御明察です』


 彼はニコリと笑みを作る。


「んで? その契約魔法ってなんだ?」


 また初めて聞く単語。

 これにはチャリーが答えてくれた。


「約束事を確実に遂行させるための契約です……。ドリーさんの場合は……視野を通じて監視されてますよね」

『その通り。私が任務を遂行しなければ……残されている使用人たちの命が危うかった』

「エディバン様の手紙にも同じようなことが書かれていました。彼は家族を……」

『ああ、さすがエディバンだな。死ぬ間際に情報を残すか。とはいえ、最後に会話できぬならばそれしかないしなぁ』


 そう言ってくつくつ笑う。

 彼とエディバンは仲が良かったのだと、会話の内容から把握できた。


 すると、笑っているエディバンの前にアオがやって来る。

 彼の真剣な様子を見て笑いをすぐに引っ込めた。

 視線を合わせるようにしゃがみ込み、話を聞ける姿勢を作る。


『エルテナ様』

「……なにがあったの?」

『すべて答えましょう』


 ドリーは一拍置いて、ぽつぽつと語りだす。

 過去に旅を続けていたのは、強すぎる土魔法からなる索敵魔法が原因だったこと。

 この魔法は誰にも教えていないこと。

 ある時ウィスカーネ家に拾われたこと。

 そして……。


『……ヴェラルド・マドローラは何故か私の索敵魔法を知っておったのです。これを弱みに握られた。この力が露見すれば、土地から出ていかなければならなかったのです。それこそ、ウィスカーネ家にご迷惑が掛かるから』

「迷惑だなんて思わないよ。皆……皆がドリーを守るよ……」

『この力が露見したとき、真っ先に動くのはダネイル王国です。国王の命令を断れますかな?』

「ぅ……」

『うん、うん。その歳でこの問いに悩めるのであれば、貴方はやはり良い領主となる。フフ、私はね……ゼングラ領が故郷となったのです。離れたくはなかった。だから……ヴェラルドに従うしかなかった。その結果この様ですが……これは私の為の罰でしょうな』


 そう言ってから、自傷気味に笑う。

 すべてを吐露したせいなのか、体の一部がぼろりと崩れる。

 それを見て『ああ、もうそろそろか』と彼はつぶやいた。


「……ドリー?」

『実はこの魔法は“一時的”に魂を大地に定着させる魔法でして……。もう、時間切れの様です』

「えっ……」

「……あ、お前この為に俺の攻撃を避けなかったのか!!」

『ハハ、流石刃天殿だ』


 ゆっくりと体が崩れていく中、ドリーはチャリーを手招きした。

 彼女がすぐに駆け寄ると、頭の上にポンと手を置かれる。


「……ドリーさん……?」

『エルテナ様を任せたぞ。チャリー』

「……お任せを!」


 返事に満足げな様子を浮かべたあと、今度は再びアオへと向きなおる。

 彼の手を取り頭を下げた。


『一時的とはいえ、敵対してしまったことを謝罪します』

「ううん、許すよ」

『ありがとう。……満足な説明はできませんが、貴方は大きな人になる。必ず。……時間がない、刃天殿』

「あん?」

『この言葉を忘れないようにしていただきたい』

「言ってみろ」


 何故己なのか、という疑問は飲み込んで彼の言葉を待った。

 片目がぼろりと崩れ落ちた時、土の口がようやく動く。


『全ては、ゼングラ領から』

「は? おいおい待て待て! どういうことだ!!」

「ドリー!? どういうこと!?」


 彼は更に何かを伝えようとしたが、ついに顔全体が崩れてしまって言葉を発せなかった。

 頭部が崩れるとすぐに全てが崩れ去ってしまい、ただの土塊になる。


 ロクが身震いをして空を見上げた。

 巨大で膨大な魔力が大地から一気に抜けていくのが分かったのだ。

 だが他三人は今も小さな山になっている土塊を見ている。


 彼の最後に残した言葉は、この場に居る三人にとって衝撃的な物だった。

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