3.10.刀と魔法
ウィスカーネ家のご子息の命を狙う。
これ程に苦しいことがあるだろうか。
私はウィスカーネ家の繁栄のために尽力を尽くしてきたつもりでいる。
領内から反旗を翻された時もその場にいたし、主と共に数時間戦い続けていたのも記憶に新しい。
私は、今もウィスカーネ家を守りたい。
そう思っているが現実はそう上手くいかないようにできているらしい。
ただ……私は主より、身内の方が大切だったらしい。
それに気付いた時の私の無力さときたら……。
あることないことでっち上げて饒舌に語る今の私を許して欲しいとは思わない。
突き放すような喋り方など似合わないが、今はそれで良かった。
どの様に思われても構わない。
だが可能ならとことん恨んでほしいと思っている。
そしてその怒りを力に変えて……私を“殺してくれ”。
大きく足を踏み込んで向かってきている男。
これがチャリーの言っていたダネイル王国の冒険者ギルドマスターを殺した男なのだろう。
変わった風貌、だがしかし明確な敵意と有無を言わさぬ実力を誇示し続けている気配。
ただ者ではないことくらい年老いた私でもよく分かる。
この男にエルテナ様を任せることになるのだ。
今その実力を身をもって知っておくのは良い機会である。
刃天は素早く足を動かして真正面から突っ込んできた。
エディバンは目を細める。
「単純」
「そうかな?」
駆けだした二秒後、刃天は足で掴んだ小石を蹴って飛ばした。
相手が遠距離攻撃主体で戦うことは分かり切っていた事なので、少しでも気を逸らせる必要があったのだが、それを小石で対処する。
飛んできた小石に驚き、思わず大袈裟に避けてしまった。
「これでも単純か?」
「奇行だな!」
「そりゃ褒め言葉だ」
肉薄した刃天は素早く腕を斬り飛ばそうとする。
だが二度目はさすがに簡単に切らせてくれなかった。
刃天の腕付近に水が出現し、それに思いっきり腕をぶつけてしまったので振り上げる勢いが落ちてしまう。
大した攻撃ではないが、動きを遅らせることの関しては一級品の魔法だった。
舌を打って水から抜け出し、再び攻撃を仕掛けようとしたが今度は足を取られる。
水がくるぶしほどの高さで停滞していた。
不思議なことにその水は足を掴んでいるような感触があり、例えるなら沼に足を取られているような感覚だ。
抜け出せないことはないが……簡単には動けない。
「アオ!」
「水……こっちおいで!」
アオが手を向けて空を握り、引っ張ると刃天の足に纏わりついていた水が一気に引いた。
魔法の主導権をアオが奪取したのだ。
さすがに発動直後の魔法の主導権を奪うことはできないが、水魔法であれば比較的速やかにアオが主導権を握ることができる。
これも特別な水魔法のお陰だ。
作り出した水の制御が奪われたことに気付いたエディバンは、この間に距離を取る。
いくつもの水の塊を出現させ、それを鋭利にさせた。
水のナイフに形を整えたそれは切っ先を刃天へと一斉に向け、飛び掛かる。
「ありゃ無理か!?」
「動きが速いから難しい!」
「相分かった」
栂松御神をクルリと回転させて逆手持ちに切り替える。
地面を蹴り飛ばして加速し、まず手始めに水のナイフと一つ斬り伏せた。
斬り付けられると水が弾けて効果を失う様だ。
エディバンを見やれば、どうやらこれらを操るためにその場から動けないらしい。
これだけの数を一斉に操るのは流石に集中しなければならないようだ。
とはいえ、数が数だ。
これを身一つ刀一本だけで捌くことはさすがに難しい。
「とでも思ったか」
走りながら飛んできたすべての水のナイフを斬り飛ばし、時には回避して手刀で潰し、柄頭で殴り飛ばす。
自由自在に飛び回るこれらは確かに厄介だが、速度は刃天の知っている弓矢と比べれば雲泥の差があった。
あの大弓から放たれる矢は大鎧をも簡単に貫通させてしまう。
距離が近ければ置き盾など使い物にならないことの方が多かった。
それに、切ったり殴ったりした時の抵抗がほとんどない。
これらを始末するのに余分な体力は不要そうだった。
最後の一つを斬り伏せ、仁丹は栂松御神を正手持ちに切り替える。
その切先は常にエディバンへと向いていた。
「小手先だけでは仕留められんか」
「次はどうする。さぁ俺にもっと魔法を見せろ」
ずぶ濡れになった刃天は髪をかき上げる。
ニカッと笑って余裕ぶっている様にも見えたが、どうやらはったりではないらしい。
エディバンは眉を顰めて水を生成した。
大量の水を使うと主導権を握られてしまう。
なので使う水量が少ない魔法しか使うことができないのが難点だが、暗殺や狭い空間で戦うための魔法ももちろん覚えている。
ヒュッと杖を振って水を作った。
指の爪ほどの小さな水の弾だ。
杖の先端をそれに触れてやれば、一瞬で消え去って地面が抉れる。
「ぬ……!?」
「魔力で水を硬質化させ、杖の先から魔力を放出させることで見えない弾丸となる」
立て続けに二つ発射させる。
それは的確に刃天を狙っていたが、強い気配を感じたところから飛び退くことでなんとか回避した。
目に見えない攻撃。
これを何度も回避し続けることは刃天とて厳しいし、なにより格好が悪い。
転げまわりながら何とか避けている状態だ。
あれはさすがに卑怯ではあるが、戦いの場においてその言葉はご法度。
むしろこれをどう攻略してやろうかと口元を緩めた。
幸いにも木々が近くにある。
射線を切りながら接近することも可能だろうが、見えない攻撃を繰り出してくる相手に迂闊に接近することはできなかった。
なにか打開策はないか。
そんなことを考えながら周囲を見渡すと、ふとアオの姿が目に入った。
アオも攻撃から逃れるため木の陰に隠れているようだが、何やら集中している様だ。
(……妙案があるんだろうな……? であらば、時を稼ぐとしよう)
時を稼ぐならば飛び出さなければならない。
刃天は上着を脱いで放ると、木の陰から出た瞬間に撃ち抜かれてしまった。
その時を見計らって上着を投げた方と反対側へ走る。
二発、三発と連続して水の弾丸が撃ち込まれたが、木の枝を掴んで進行方向を変えたり、前転したりして事なきを得た。
とはいえ流石に恐ろしいものだ。
逃げ切って木の陰に隠れて一息つけば、心臓が跳ねまわっていることに気付く。
未知の攻撃というのは肝を冷やす。
しかし逃げ回っているのは味気なさすぎる。
なにか少しでも攻撃を繰り出したいところだったが、使えそうなものは持っていなかった。
魔法袋を置いて来てしまったことが悔やまれる。
弓などを取り出せば遠くから狙えたというのに。
ないものねだりをしても仕方がないので、足元にあった小石を拾い上げる。
二度も同じでは通用しないということを前提として策を巡らせた。
すると四度、刃天が隠れている木に水の弾丸が直撃して木が爆ぜる。
「うおっ!?」
「降参か?」
「抜かせジジイ! 今からとびっきりなの用意してやんよ!」
と、口では何とでも言えるが大した策は思いついていない。
さてどうするかと悩んでいると、アオが手を振っている姿が視界の中に入った。
すぐさま顔をそちらへ向けてみれば何かを伝えたいようで、手を動かしている。
しかし何も分からない。
作り出した水を指出し、腕で大きなバツを作っているだけだ。
水に……触れるな、ということだろうか?
(すでにずぶ濡れなんだが)
ダダダン、と再び木に弾丸が飛んできた。
威力が増しているような気がするが、このままでは隠れている木の方が持たないだろう。
バッと飛び出して次の木へと移る。
その時も二度ほど弾丸が飛んできたが、当たることはなかった。
「刃天!」
「なんだぁ!」
そこでアオが大きな声を出して呼び掛けてきた。
反射的に返事をする。
「もう大丈夫!」
「ああ!? どういうことだ!?」
「こういうこと!」
アオは隠れていた木の陰から堂々と姿を現した。
それを見逃す程エディバンは耄碌していない。
すぐさま狙いを定めて水の弾丸を発射させたが……それはアオに届く前に勢いを失ってしまう。
「……? なに……?」
「エディバン! 水魔法はもう使えないよ!」
「なんだと……!?」
「……そういうことなら遠慮はいらねぇなぁ!!」
「ッ!?」
ぬらりと姿を現して急速に接近した刃天は、エディバンに栂松御神を振り上げた。
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