3.9.助言
鳥のさえずりを聞いて目を覚ます。
やはり木々に囲まれたこういう空間は良い……。
気配を正確に辿ることができるし、何より慣れた空間なのでとても心地が良いのだ。
朝まで眠ることができたということは大した危険はなかったという事。
普段であれば何かが近づいて来ただけで目を覚ますのだ。
ここまでゆっくり眠ることができたのは、ダネイル王国で使ったべっどという物で寝た時以来である。
焚火の準備でもするか、と起き上がったところ、既に準備が整っていた。
アオが早起きして準備をしたのだろうか。
そう思って目線を移すが、アオは未だにすやすやと眠っている。
「シュイ」
「……お前かよ……」
木の枝を咥えてやって来た偽兎。
せっせと焚火に枝をくべ、火をつければ燃える様に準備を整えてくれていた。
しかし、奇妙な生き物だ。
人の言葉を理解し、焚火という物を理解し、枝のくべ方も知っている。
このような奇妙な生物は見たことが無い。
それともこの世の生物はこれくらいの知識があって当然なのだろうか。
もしかすれば、本当に人の言葉を介する存在が現れてもおかしくないのかもしれない。
「まっこと、不思議な事ばかりよの」
「シュイー……」
「それは一体何なんだ」
頭をペコーと下げながら木の枝を献上する。
とりあえず受け取って焚火に追加しておく。
あとはアオが起きてから火をつけてもらって、朝食を適当に作るだけだ。
「はぁ、味噌汁が飲みてぇ……」
「シュイ」
「なんで頷くんだよ。分かんねぇだろお前」
「シュイ」
「適当に頷いてるだろ」
あくまで頷き続ける偽兎を鼻で笑い、栂松御神を手に取った。
親指で鍔を押し上げ濃い口を斬ってみると、いつもより抵抗がない。
「……湿気がねぇ」
スン、と匂いを嗅いでみると乾いた空気の匂いがした。
今日は暑いわけでもないし、特別風が強いというわけでもない。
なんだか妙な空気だなと思いながら立ち上がった瞬間だった。
二つの気配。
チャリーが向かった方角から歩いてきている様だ。
恐らくダネイル王国から向かってきた者だろう。
それにしても、真っすぐ迷いなくこちらに向かってきている。
と、いうことはチャリーが仲間を一人見つけて帰ってきたのだろうか。
それであれば心強い反面、不安でもあった。
やはり今も尚尾を引くのは地伝の助言だ。
(……分からねぇ)
見極める必要がある、と刃天は真剣に思った。
周囲を見渡して登れそうな木に近づき、するすると木の上へと登って行く。
何かあってもすぐに対処できるように待機するのはアオの近くだ。
「シュイ」
「こっち見んなよ。バレるからな」
「シュイ」
偽兎にそう言い残し、背の低い木から高い木へと移動していく。
あとは近づいて来ている気配二つを待つだけだ。
しばらくすれば、二つの気配を目視することができた。
一人はチャリーで、もう一人は老人。
どうやら無事に仲間を発見してここまで連れてくることに成功したらしい。
「やっぱりこんなに早くなくても良かったですって」
「何を言う! エルテナ様の無事を確認するのだ。本来なら昨晩の内に行くべきだ」
「まぁそれはそうなんですが」
「で、エルテナ様はどこだ? まだ見えないのか? それと異人がいると言っていたな」
「もうすぐですよ。どちらにもすぐに会えますって」
二人はアオのいる場所へと近づいていく。
偽兎がアオに頭突きをして起こしてくれた。
その判断はとても良く、思わず偽兎を褒めたくなった。
アオがもそもそと起き上がる。
二人が近づいて来ている足音を聞いて、寝ぼけながらそちらへと視線を向けた。
それに気付いた老人が顔をぱぁっと明るくさせ、大きく手を上げる。
「エルテナ様!」
「……え? え! わぁ! わぁー!! エディバン!!」
久しぶりに見た人物に、アオも声を上げた。
すぐに立ち上がって近づこうとしたが、それは小さな獣に阻止される。
「シュイッ!!」
偽兎がアオの服を噛んで強引に引っ張る。
意外に力が強かったようで、立ち上がったと同時に走り出そうとしたアオを完全に止めた。
予想外の力に引っ張られ、アオはバランスを崩す。
だがなんとか立て直して服を引っ張った偽兎を見た。
「おっ……とと……! ……? どうしたの……?」
「シュイー……!」
偽兎はアオの前に立った。
小さな体ではあるが眼を鋭くさせ、鼻に皺を寄せて威嚇している。
それは確かに……老人の方を見ていた。
違和感。
アオはようやくそれに気付いた。
久しぶりに再会したことでその違和感に気付くのが一拍遅れてしまったのだ。
だが確かに本人だ。
なのに……なにか大きな違和感があった。
アオは周囲を見渡す。
昨日と森の様子がまったく違ったのだ。
これは特別な水魔法を持っているアオだからこそ理解できた。
「……水分が……少ない……?」
いつもより乾燥している。
昨日と今日でここまで湿気が座れるということがあるのだろうか。
何が原因でこうなってしまったのか気になり、少し水の気配を辿ってみた。
すると……それはエディバンに集中していた。
この現象を、アオはよく覚えていた。
「なんで……?」
「エル様! エディバン様を見つけてきましたよ! ていうかその動物なんですか?」
「……チャリー逃げて!!」
「……え?」
その瞬間、エディバンが舌を打った。
手の中に小さな水の塊を集約させ、それを真隣にいたチャリーへと撃ち込む。
完全な奇襲となってしまったその攻撃を回避することはできず、チャリーの腹部に水の塊が直撃した。
「ゴッ!?」
「やはり鋭い。さすがエルテナ様だ」
少しばかり濡れた手の水を払いながら歩きだす。
アオの足元にいる偽兎のことは一切目に止めず、アオだけを見て杖に巻いている布を取っ払った。
多くの装飾を施されている特別な杖。
いくつもの元素を集めることができるあの杖は水魔法のサポートだけではなく、他の魔法すらも使うことができるという代物。
水魔法だけしか使えなくても、少しであれば他の魔法も使うことができる。
それを、彼は今かつて仕えていた人物の息子に向けていた。
アオもすぐに戦闘態勢に入る。
魔法の質では明らかにアオの方が数倍上手ではあるが、魔力操作と戦闘経験値で言えば圧倒的にエディバンの方が上手だ。
それでも、刃天が戻って来る時間くらいは……と覚悟を決めて問いを投げかける。
「エディバン! どうして……!」
「簡単な話。寝返ったのだ。私は貴方を仕留めてくるようにという仕事を引き受けてね。まぁ、私が適任だろう」
「なんで!」
「なんでだと思う。そのよく働く頭で考えてみてはどうだ」
エディバンが手を振るうと、幾つもの水の塊が出現した。
それに対してアオは分厚い水の壁を作ってそれを防ぐ。
先ほどチャリーを吹き飛ばした魔法だ。
威力は充分に知っているので、それを防ぐことができるだけの水で対処する。
「それでは前が見えないだろう?」
杖から雷が走った。
大きく振りかぶって横に薙ぎ、雷を飛ばす。
黄色い電撃が走ってアオの作り出した壁を伝って感電する予定だったが……杖は急に重さを失い、エディバンが手に持っているのは切断された杖の一部だけだった。
「なに……!?」
「やっぱし黒だったか。もうちょい詳しく教えやがれ……地伝さんよぉ!」
木の上から落下して杖を斬り飛ばしたあと、切り上げてエディバンの背中を斬る。
だが相手が回避したため背中を斬りつけることはできなかった。
しかし単純な回避で刃天の攻撃を避けられるわけがない。
刃天は相手が避ける動きをした瞬間から背中を斬るのを諦め、こちらに最も近づくであろう部位を選んで標的を切り替えた。
そして斬り飛ばされた杖を握っている右手を両断する。
「ぐ……!」
「ほぉ、痛みにゃ慣れてるっぽいなジジイ」
このまま追撃しても良かったが、未知の魔法を使うので迂闊に接近することは辞めた。
体をエディバンに向けたままアオに近づく。
すると、エディバンに動きがあった。
水魔法で斬られた腕を回収し、それをくっつけた。
しばらくそのままにしていると指が動き出し、動作の確認をして満足げに笑う。
最後に治癒を施して完治させたようだ。
「うお、なんとなんと。斬られた腕を繋げるか」
「お、おかしい……。エディバンはあんな魔法持ってなかった……!」
「頭を斬り飛ばしゃいいってことでいいな?」
「……ごめん、刃天。話を聞きたいんだ……」
「無茶言うぜ全く。んま、面白そうだ。やってやろう。その代わり、背中は任せるぜ?」
「うん……!」
刃天は栂松御神を構えて口角を上げた。
その後ろに控えているアオはサポートに重点を置くため多くの水を操って作り出す。
足元にいる偽兎は相変わらず威嚇を続けていた。
回復を完全に済ませたエディバンが魔法袋に手を突っ込んだ。
そして取り出したのは小さな杖。
アオはあの杖こそエディバンが昔から所持している者だということを知っていた。
つまり、次から本気の水魔法が飛んでくる。
「いざ、参る」
刃天が一歩踏み出した瞬間、エディバンが杖を向けた。
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