テレビを消せ、ペンを取れ

真花

テレビを消せ、ペンを取れ

 夜、僕はベッドの上に一人で座っている。一人暮らしを始めて三年が経つ。テレビなんてつけない。インスタントなお祭り騒ぎや刃のない物語を流したなら、確かに誤魔化されるだろう。それを利用していた時期もあった。だが今はしたくない。空間にサンドペーパ―をかけたら、僕がいなくなってしまう。僕は、ここに在りたい。

 僕は座っているが、まるでうずくまっている。しんとした部屋で感じるのは、僕の胸が震えていることだ。つんと鳴っている。何かに怯えている訳じゃない。だが少し、怖いのかも知れない。それは、僕がこのまま消えてしまう未来を予見しているのかも知れない。誰かに愛されようとか、愛そうとか、大金を稼ぐとか、有名になるとか、そう言うものを求めている訳じゃない。なのに、このまま消えることが嫌だ。何かを遺したいのだろうか。

 生きた証と言うほどの燦然たるものじゃなくて、世界の隅っこにでも爪痕を残せたらと、思っているのだろうか。

 ただ生きて、仕事をして、子孫を残して、あとはレジャーなんて、つまらな過ぎる。そう言う生き方を拒否する。

 胸が震える。何を求めているのだ。それが分からない。真面目に働いてみても、パチスロをやってみても、風俗に通ってみても、美味しい食事をしても、電子ピアノを弾いても、何か違う。いや、決定的に違う。これらを続けるのはつまらない。

 つまらないと言って、削ぐと、生活はシンプルになる。

 こうやって平日の夜に、何もすることがなくなる。ベッドの上にいることになる。

 そして、自分の胸の震えに気付く。

 それはまるで夜風に揺らぐ風鈴のようで、冬眠で巣穴に籠る熊のようで。

 誤魔化すんじゃなくて、いっそ震えをもっと強くしてくれるものがあればいいのに。

 大打撃を加えてくれるものがあればいいのに。

 きっとそれはとても稀有な何かだ。

 好きなものがたくさんあるのは楽な人生だ。僕はそうじゃないから、猛毒の何かと出会わなければ震えを打つことは出来ないだろう。好きが少ないことがいいように働く場合もあるのだろうか。分からない。だが、探さないことには見付からない。待っているだけではいつ見付かるか分かりゃしない。探しても同じだが。

 胸は震えている。震え続けている。仕事の間は気にならない。誤魔化せば誤魔化せる。だが僕は直視しようと思った。そこに僕の真実があると感じたから。


 毎日同じ夜が繰り返された。色々なものを探した。映画、マンガ、小説、音楽、ジム、買い物。やはり、誤魔化しでしかないものばかりだった。

 その中で唯一、ある小説を読んで震えが打たれた。夢中になって、僕に響いて、読み終えたくなくて、でも読みたくて、読んだ。読んだ後に世界が柔らかく歪んだ。だが、二度と同じような体験を出来る小説には出会わない。……僕は、世界に爪痕を残したかったのではなかったか?

 ないなら、作ればいい。

 書いたことなんて一度もなかった。だが、確信してしまった。震えを打つことが出来るものをきっと作れる。

 僕はペンを取った。

 夜は小説を書く時間になった。書いている間は震えはあるのだが、指向性を持つ感じで、嫌ではない。震えは、このために存在していたのだ。

 書けば、誰かに見てもらいたくなる。ネット小説にアップすることにした。もしそこで誰か一人でも読んでくれたなら、僕の爪痕は成立したことになる。仲間が欲しいとか、連帯したいとかではない。ただ、読んで欲しい。僕の震えが生む作品を。


(了)

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