夢は夢のままで、ヨシ!

草乃

夢は夢のままで、ヨシ!

ホテルに泊まらない人が入るのは禁止されているので、現実的ではないです。

――――――――



その日は運が悪かった。でも、終わりよければっていうからそれを信じることにする。


学生時代の友人の集まりで飲み会をしようということになったのは、終わった今考えると仕組まれていたのではと思わなくもない。

その席で誰かが言い出した仲間内ならあり得るゲームに酒の回ったふわふわと浮ついた頭のままで参加して、結果罰ゲームをさせられる羽目になった。

まあ、ゲームには負けたのだから仕方がない。


以前から似合いそうだという冗談話に「なに言ってんだ」と笑いながら返していたが、この日ばかりはと狙われていたらしい。

自分の顔が整っていることくらいは自覚があるし、実姉にも「アンタは化粧したら化けるのに!」と大学の文化祭に姉の服と化粧で歩かされたこともある。いやそれ以外にもショッピングなり飯なりに連れ出された。

こういう星の元に生まれたのかなー、とやりきれない気持ちでそれでも好きな人は好きで憧れるんだろうなあと化粧やひらりとした服を身に着ける度に考えはした。

見ているのは好きだ、メイクも衣装選びも姉は聞けば教えてくれた。組み合わせを考えるのも、楽しいと思う。でも、強要はいけない、と姉にも何度も抗議してはいるが気の強い姉に敵うわけもなく、大学を卒業した今も時々、姉の「一人じゃ寂しいからついてきなさい」という言葉に何度もさせられていた。


とはいえあの姉から比べれば雑なもので、茶色い紙袋から取り出されたるはロングの栗毛色のウィッグと白のブラウスに小さな花柄がちりばめられたスカート。罰ゲームとは女装だ。もう酔いなど冷めてしまった。みんな、このために来たのか? わざわざ有り難いこって。

時代錯誤だろう、といっても酔いが回った阿呆どもの蛮行は止まらない。助かったのは女装姿を見せるだけでおおかた満足して貰えたことか。

これで、うにゃむにゃ指定の入るような何かを求められていたら出るとこ出てやるしかなかった。もともとこういうノリが普段からある中での行動だったけど、それでも今こういう話題はすぐにネットに取り上げられてるだろう、と頭が痛くなった。

正直なところ、昔からもこのノリは好きじゃなかったし、自分たちのエゴだけでこんな事をしてしまえる人間なのだと改めて思い知らされて、幻滅してもいる。次はもう誘いを断るかな。


「家までそのまま帰れよ」と退店してから駅までそのまま両脇を固められた状態で改札を通ったあとようやく解放された。着替えはあの茶色い紙袋に入れてはくれていて、持って帰るようにと渡された。連絡先、消そうか、マジで。

姉は良くて友人はダメなのか、という話になりそうだけれど、所詮はこのくらいのことはしても大丈夫と思われていたということなんだなぁと、なんとなく感じてはいたもののがっかりしている。

俺一人下り線で助かった。ほっとしても、駅の公衆トイレで着替えるのもなんだか面倒くさくなり、結局半ば言いなりのまま、女性の恰好をして電車に乗る。とはいえ半端だからかホームにいた間も視線は痛かった。もっとちゃんとしてればそれなりだと自覚はあるが携帯しているかと言われたらそうではないから何も出来ない。

電車内は空いていた。というより、乗った車両はたまたま乗客が俺一人だった。

楽しい気分になりたくて飲みに参加したというのに、やっていられない。けれど帰って一人で飲みなおす気にもなれない。

駅について、モヤモヤとした気分が晴れずに近所の公園に寄ることにした。

自販機もあるから何か温かい飲み物でも買ってちょっと気分を入れ替えよう。今日の俺は何もやる気がないから明日の俺がどうにかすればいい。

自販機の前に行くとすぐ傍のベンチにスーツの男が倒れているように見えた。

ぎょっとして駆け寄るもどうやら呼吸はあるらしく、酔ってここで力尽きたということだろうか。

人騒がせな、と毒づきながら自販機に戻りペットボトルのホットココアを買ってベンチに戻る。

このままにして置くのもどうだろうか、と悩んで声を掛ける。一応、近くにビジネスホテルはあるから家までは無理でもそこまでなら運んでやれる。


「おい、おまえ大丈夫か?」

「だいじょうぶ……」


全然大丈夫そうじゃないと、このまま朝までここで横になっていそうな男を起こしてホテルまで連れて行ってやる事を選んだ。もちろん、ウィッグも服装もそのままで。

ちょっとドキドキヒヤヒヤするな。そんな事を考えているとちょっと気は紛れた、気がする。


フラフラの足取りは彼の口から出た言葉のように弱々しくて、それがなんだか少し前の自分を見ているような気持にさせられた。

ホテルについたはいいもののどう説明するか、という点においては「酔ってしまった彼をこのまま連れて帰る訳にもいかないから、一泊シングルを」と伝えた。怪訝な顔をしていたけれど「任せるのも悪いからあとで出る時に声を掛けるから確認してほしい」と二人では泊らないことだけ重々承知いただいた。


カードを翳して開けるタイプのドアは初めてだった。

まあ、今の自分からしてホテルに泊まろうなど旅行に行く時くらいしか考えないからホテルの進化についていけていなくても仕方がない。

ここまで大人しかったその男は、ベッドにごろんと横になるとめそめそ泣きだしてしまった。

しめっぽい空気に気がつまりそうなる。

ホント、俺が悪い奴ならホテルなんて連れて来ねえし財布抜いて装飾品ふんだくって逃げてるんだからな……と少し恨みごとをぼやきそうになって思い留まる。

こいつはどうだか知らないが、少し前に、俺もこんなになったことがあった。

まあ、単純に思いを寄せていた人に好意を伝えたら好きな人がいるとはっきり断られてしまっただけなのだが。

俺って結構イケるんじゃね、と自意識過剰になってたみたいだなと思い直す機会をくれた彼女には感謝しているけれど。


「嫌なことでもあったのかよ」


どうせ酔ってるし寝ぼけているだろう、話したってどうにもならないけれど誰かに話せば心が軽くなることもある。ベッドの縁にドサッと腰かける。あ、今スカートだったわとひらりとした生地と足元を通る空気のおかげで気付いた。

さっき買ったココアが紙袋の中で冷め始めている。せっかくホットを買っても意味がない。やるせない気持ちで取り出してふたを開ける。少し冷めたけれど丁度いいくらいだ、甘さが染みる。

ひとくち口をつけたところで、背後で大きく動く気配があった。見ると、転がっていた男はどうやらうつ伏せからこちらを向いた状態になったようだった。


「ないよ、そんなものはない。ぜーんぜんない! 女の子なんて世の中にたくさんいるし、最初に言い寄ってきたのはあっちなんだから」

「そっか……」


ないといいつつ、どうやらフラれたらしい様子に苦笑を零す。

自分の予想が当たり笑いを零したけれど、めそめそした男――メソ男はそうは受け取らなかった。何笑ってるの、とぷうっと成人男性らしくもなく頬を膨らます姿はどこか子どものようで、愛らしかった。

よく見たらこいつ、イケメンの部類では?

なんだか撫でてやりたくなって伸ばしかけた手を咄嗟にもう片方の手で押さえこみながら、笑ったのは酔い加減が酷いことに対してだと言えば、酔ってないのにい、とまた意地を張る。けれど今度はすぐにそれが解かれた。


「ところで君は誰? すごく親切にしてくれるけれど、知り合いに居たっけ? 俺一人で歩いてたと思うんだけど」


意識がはっきりとしている状態ではないと解っていても、長い瞬きのあとじっと見つめられると心臓が跳ねる。

まだ重たい様子の瞼を半分ほど開いて、セットが崩れた髪の合間から目を向けられる。一瞬詰まりながら辛うじて答える。


「知り合いじゃない」

「オレは、かえせるもの、なんにもないよ。まあ、期待できないか、こんなへべれけの男に……手持ちもそんなにないし」


ぽそりと呟いて視線をどこへともなく投げる。ぼんやりとしているからもうしばらくすれば寝るだろう。早く出ないと疑われるんじゃないだろうか。

いろんな不安が波のように押し寄せたり引いたりしている。これなら任せたほうが良かったのか? とはいえホテルマンとてこういうのは仕事ではないだろう、連れてきたのは俺だし。

この男は、おそらくぼんやりとしながらも俺のことを女だと思いっているだろうに、誰彼かまわず声を掛けたり手を出したりするわけじゃないんだなと、そんなところには少しばかり安心しながら言葉を返す。


「別にいらない。何かが欲しくて、介抱してるわけじゃないから。ここなら公園のベンチよりは犯罪に巻き込まれる確率も低いだろうし」

「……ふうん」

「なに」

「なんにも……」

「そう」


それからうとうとし出したメソ男に、いつまでもこうはしていられない、しばらくしたら行くからと伝えた。早く寝て欲しい。部屋に押し込んだだけだと悪いかと思って少しだけ会話に付き合っただけだ。それが終わるならもう帰っていいだろう。

そもそもこんな恰好で男とホテルに入ったなんて、何がなくても周囲の目がどういう方向に向くかなんてわかりきっている。フロントでも怪訝に見られていた。メソ男がかわいそうな目に合わないことだけを祈る。振られた上に女装のヤローにホテル連れ込まれるとか災難でしか無い。

一応周囲を見渡して、知人が居ないことは確認したつもりではあったのだけれど。


「行っちゃうの」


ぽつりと弱々しい声が零れて、勘違いされてんだろうなと苦々しく思いながら、どうせ酔っているのだからすぐに忘れるだろうと、女のフリでそのまま通した。このくらい酔っているなら中途半端でも大丈夫だろう。

えいっ、とぼんやりしていた隙を付いて腿に頭を預けてきた。

驚いて目を見開く。いきなりそんな事をされるとは思ってもみなかった。

真横に座っていればよかった物を、どうして斜めに座っていたのだろう。ああ、こいつが動いた気配がしたからだ。


「わ、ちょ」

「あんまりやわらかくない」


すこしむくれた言い方をするからカチンときて、乗せられた頭を無理矢理おろそうと手で押した。

こんな些細な事で、女装していることもばれたくはないし、何より赤の他人なのだから、このまま何事もなく終わりたい。

そもそもおまえ、これはセクハラだ! 腰に手を回してくるんじゃない!!


「けっこう、がっしりめ……運動好き?」

「文句言うなら早くおりて」


言うも、メソ男の手が腿に触れる。ぞわぞわっと背筋が寒くなる。

やめろ、男だからいいものの……いや、よくねェ、出るとこ出るぞ。

ウィッグと女物の服を着た男にホテルに連れ込まれたとかなんとか言われたら、俺の方がどうにかなるんじゃないだろうか。

人助けしたのに?

なんだか急にドキドキしてきた。あれ、これもしかして俺がヤバいのでは?


「……いいでしょー、どうせこれ夢なんだし、もう少しだけ、甘えさせてください……」


言うなりメソ男はすーすーと寝始めてしまう。目尻から零れたものがじんわりとスカートを濡らす。

寝たのか? 取り敢えずバレずには済んでる、か?

いつまでもこうしていられっかよ、と思いながらも、太腿に感じる重さとアルコールのせいだろう温もりを少しの間だけ許した。

ほんの少しの間で、すぐに引っ剥がしてベッドの真ん中に転がしてやった。俺は、悪くない。


その後もちろんフロントに寄った。すぐに出てくるつもりが三十分ほどいたようだった。

説明もかえって怪しくなったようで、とりあえず支払いは今部屋にいるヤツにおねがいします、と言い逃げした。

飲みかけのココア、置き忘れて来たけど。

あぁー! ここわりと近所だから顔バレてやしねぇかな!? もうここ通るのやだなぁ、引っ越すか!? いや、しないな、金ないもん。



なにはともあれ、メソ男にとってはあの公園で一晩過ごすよりはいいだろうと、ちょっと晴れた心地でその場を後にした。

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