一応の解決

 纐纈は眼鏡を輝かせながら興味深そうに何度も頷き、

「プライベートすぎて校内新聞の記事には到底できそうもないけど、面白い話だね。差出人も宛名も不明の名無しのラブレターか」

「今時ラブレターなんて実在するんですね」

 陣内の方はさして興味ないようで、淡々とした口調で呟いた。

「最近の若者はSNSで告白するらしいからねぇ。風情の欠片もありゃしない」

「あんたも最近の若者でしょうが。それで、何かわからないの? 誰が誰に矢印向けていたとか」

「うーん……。東山君、阿久津さん、赤柴君のデンジャラス三角関係くらいしか知らないかな。みんなそれほど目立つ生徒じゃないし。役に立ちそうもないや……ごめんね?」

「絶妙に使えないわよね、あんた。生徒全員の昼休み過ぎの動向を全て把握しているとか、そういう活躍を見せなさいよ」

「そんなフィクションじみた情報屋が一生徒にいたら怖いってば。というかそんなの探偵要らずだよね。……やっぱり二人とは殺人事件の情報提供以外で関わるもんじゃないね」

 纐纈は殺人事件についてはジャーナリストの夢のために積極的に関わってくるが、普段はこんな風にギスることが多々ある。大体あたしのせいだが。

「あのー、私は何もしてないので二人で括るのはやめてください」

 アスマが不服そうに言った。纐纈はそれにやや苦笑いを浮かべるが、すぐに不思議そうに腕を組んで、

「夏目さんって確か転校してきた子でしょ? 私としては彼女がどうしてこの学校にきたのかも気になるところ。殺人事件が何度も起こってあんなに騒ぎになった学校なのに。怖くなかったのかな」

 転校……? あたしは思わず柘植に尋ねる。

「夏目は転校生だったの?」

「ああ。香薇は四月に転校してきたんだ。だから去年の体育祭にはいなかった。……両親が離婚して、母方の実家にやってきたって話らしいですよ。四ツ高を選んだのは近いからと言ってました。それなりに怖くはあったみたいですけど」

「一番近かった……。じゃあ私と同じですね」

 陣内が淡々とした口調で呟いた。この学校、家が近いからで選ばれがちね。まあ高校なんてそんなものだろう。

 ……しかしこれは、どういうことだろうか。

 人知れず困惑していると、纐纈が壁掛け時計に目をやった。既に五時半が近い。

「ここに私たちが使えるようなネタはないっぽいね。また出直すとしますか。いこ、美織ちゃん」

「はい。失礼しました」

 陣内がぺこりと頭を下げると、新聞部の二人は颯爽と部室をあとにしていった。

 これでまた三人になったわけだが、直後にアスマが扉に視線を向けたまま口を開く。

「下駄箱の並び順って、あいうえお順だったよね」

「五十音順と言いなさい。正確には学籍番号順だったはずよ。その学籍番号が五十音順なのだけど」

 そのためアスマの下駄箱は端にあり、あたしの下駄箱はその少し先にある。

「薫子、何かわかったのか?」

「うん。……ずっと不思議だったのはさ、、ということなんだよね」

「そりゃあ、うっかりしてたんだろ」

 アホなことを言う柘植。アスマは呆れたようにため息を吐き、

「そういうことじゃなくてさ……。うっかりした上でどうして間違えたのかってこと。下駄箱には学籍番号付きのマグネットが貼られてるだけで、名前は書かれていない。他人の学籍番号なんて知らないから間違うことはあるかもしれないけど、でもラブレターを渡すためには当然相手の下駄箱は事前に確認しておくよね。にも関わらず間違えちゃったということは、本来渡すはずだった相手と夏目さんの下駄箱がってこと」

「あ、そういうことか……」

「夏目さんと極端に下駄箱の位置が近そうな人はいなかったから黙ってたけど、あの子が転校生となれば話は別。学籍番号が五十音順に割り振られていたとしても、転校生ならその法則から弾かれるよね。五十音順の途中にねじ込んだら後ろの人たちも修正しなきゃいけないから。普通に考えたら一番後ろに割り振られるはず。応援団の中にいるよね? 五十音順なら間違いなく最後尾だろうなって人が」

「蕨野さんか……。『わ』からの『ら』だもんな。香薇の下駄箱の位置を知ってた俺が真っ先に気づかなきゃいけないことだったのか……」

 柘植は感心したような、それでいて悔しそうな声音で呟いた。

「狛人くんが納得したなら、夏目さんは去年使い主が亡くなって空きになってる下駄箱に割り振られたわけじゃないんだね。なら差出人さんは蕨野さんと夏目さんの下駄箱が近くて間違えちゃったと、こういうことです」

 ふぅ、とアスマが疲れたように息を吐いた。

 柘植が意気揚々とスマホを取り出す。

「おっしゃ。そんじゃ香薇に連絡だな」


       ◇◆◇


 しばらくして生物部に舞い戻ってきた夏目に柘植が事情を説明した。最初は胡散臭そうにしていた彼女も、やがて得心いったように頷いていた。

「なるほど。確かにありそうなことかも……。私の上の下駄箱、綺麗な子が使ってるのは何回か見たけど、あれが蕨野さんだったのね。というか狛人もこの応援団だったんだ?」

「まあな」

 柘植は照れくさそうに頭を掻いた。そしてラブレターを手に取ると、

「じゃあおっちょこちょいの差出人に代わって、俺たちで出しておいてやるか」

 柘植の提案で、あたしたちは生物部を出た。流れで帰るつもりのため荷物を持って。アスマがほっとした表情を浮かべている。

 四人でぞろぞろと昇降口へ向かうと、渡り廊下を抜けた先の曲がり角で先頭にいた柘植が立ち止まった。隠れるようにさっと壁に身を寄せている。

 女子三人で覗き込むと、ちょうど蕨野が下駄箱の端で立ち止まったところだった。彼女は下駄箱の扉を開けて淀みなく淡々と靴を履き替えていく。

「夏目の下駄箱はどこ?」

「あの一つ下だよ。やっぱり彼女が蕨野さんなんだ……。すっごい美人……」

 靴を履き終えた蕨野が下駄箱の前から姿を消す。あたしたちは遅々と夏目と蕨野が使っている下駄箱の前に立つ。

「できれば帰る前に入れたかったね」

 夏目が残念そうに呟いた。すると思い出したように、

「今さらだけど私たちがここでラブレターを入れても、差出人の名前がないから蕨野さんも困るんじゃない?」

「そこは下駄箱を間違えた方が悪いでしょ」

 アスマがどうでもよさそうに切り捨てる。柘植もそれに頷くと、蕨野の下駄箱を開けてラブレターを見やすい下の段に突っ込んだ。

「うしっ。薫子も桂川さんも、今日はサンキューな」

 下駄箱を閉じた柘植から快活な笑みを向けられる。

 そこで視線を感じたあたしは、柘植の労いの言葉を受け取ることなく昇降口をちらりと見た。外にいた女子生徒とガラス扉越しに目が合い、彼女は慌てた様子で建物の死角へと移動した。

 今のは……。

 推理が捗りかけたそのとき、階段の方から足音がして今度はそちらに目をやる。逃げるように階段を駆け上がっていく女子生徒の背中が見えた。他の三人は特に気づいていないようだ。

 あいつは……。

 あたしは蕨野の下駄箱を見つめる。……この一時。短い時間だったけれど、もともと推測していただけあってすぐに考えはまとまった。やっぱり、そういうことなのね。

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