バニシング・イエスタデイ

地崎守 晶 

バニシング・イエスタデイ


「昨日の話は、無かったことにして頂きたい」



 眩暈に見舞われ、慌ててハンドルを掴んで体を支える。何か、耳元で聞こえたような。

 いけない、今日は大事な交渉なのだ。

 車を停め、ネクタイを締め直してVQQ遊星人の宇宙船(今はこの星における大使館として機能している)を見上げる。

 宇宙の時間流に干渉出来る程の彼等の力。けして機嫌を損ねるわけにはいかない。ヘマをやらかして飛ぶのは私の首だけではないのだ。

 サイリウムを両手に持ち、いわゆるオタ芸に近い動きを行う。奇妙だがVQQ遊星文化圏における最大限の礼儀作法なのだ。何度繰り返した動きだろう。

 承認が降り転送光線を受けて使節の目の前に通される。


「さて、地球との融和政策について、昨日伝えた条件については考えてくれたかね。種族を超えた愛を」


 尖った耳と緑の肌を持つ使節は、自動翻訳で語り掛けてくる。

 彼女は私が欲しいと言う。地球と私の身柄。考えるべくもないが、私は男として、妻子を裏切れない。


「今回も、君の心は変わらないか」


 驚愕。読心能力まで?

 譲歩を引き出すべく舌を振るう隙すらない。

 そして時間さえ支配する異星人は、かぶりを振って、


「また、一日考えるといい。私は寛大だ――」


 

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バニシング・イエスタデイ 地崎守 晶  @kararu11

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