第2話社畜、勇者と出会う。
「なにここ……」
真っ暗の空間。空気は冷たくどこに何があるかわからない。
もう一度転移をしようか――
「くっそ…松明だけじゃ暗いな……」
爽やかな青年の声。ぼんやりとした灯りがこちらに近づいてくる。
こんな場所に一般人が来るとは思えない。間違いなく勇者だ。
今更隠れることはできないし、というか隠れる必要もない。
近づいてくる灯り。勇者の姿が見えてきた。
「ん?誰かいるのか?」
「うぁ……う……」
マズイ…腰が抜けて…緊張して声が……
「人……だよな?えっと…光源石を…」
ゴソゴソと音がし、小さく金属音が響いた。
辺りが一気に明るくなり、
「ヨドンナッ…!?」
背中から抜いた剣を構えこちらを敵意で満ちた目で見る勇者。
「う…敵意はありません!」
「そんなわけッ……!」
剣をこちらに向けて本格的に戦闘態勢に入る勇者。
元は一般人。刃物を向けられれば恐怖心が湧く。動けないし声も上手く出せない。
「私はッ……本当に……」
「――本当か?」
勇者は剣を下ろし数秒こちらを見下ろすと、こちらに近づいてきた。
半信半疑…そんな目で私を見る勇者。
「立てるか?」
私が首を横に振ると勇者は腰を下ろし私の隣に座った。どうやら私が立てるようになるまで待とうとしているらしい。
「お前…いつもとなんか違うけど、なんかあったのか?」
俯く私を見て勇者が訊く。少しの沈黙のあと私は口を開いた。
「まぁ…色々…」
――としか言えない。
「今の私は、以前の私とは別人…です」
言葉選びに必死で、一言ずつ間が開いてしまう。
「記憶喪失…的な?」
「そんな感じです」
とりあえずそういうことにしておこう。
「目が覚めたら何も覚えてなくて…自分が誰なのか、どんな身分なのか、全く分かりませんでした。魔王に私が本当のヨドンナではないことがバレて…必死に逃げて『転移』を使ったら、ここに飛んで……」
今の説明で大丈夫だろうか。勇者の目を見ると、どうやら疑ってはないようだった。
「なるほどな…いったんここを出て…あ~…見つかったらマズイか」
私は魔王の側近。一般人に見つかれば逃げられ攻撃され、不都合だらけだ。
どうしようかと唸っていると、不意に勇者が立ち上がった。
「そろそろ立てるだろうし、一旦俺についてきてくれ」
「わかりました」
勇者の言う通り、立ち上がることができた。
――私はこれからどう生きればいいんだろう。
ある日突然RPGゲームの世界に転生して、洞窟で勇者と出会う。
そんな現実離れした現実にどうしてもついていけない。
生前社畜として生きた私は、今魔王の側近。
ううん。今はまだ、魔王の側近。
勇者の側近になったら、楽しく暮らしたいな。
モンスターを倒して、町の人と出会って…お酒もたくさん飲みたい。
この世界は私の桃源郷。そう思うと少し楽しみになってきた。
「ん?どうした?急に笑顔になって」
「いえ、なんでもありません」
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