平和を阻む崇高な理由

後藤文彦

平和を阻む崇高な理由






  昔々、民の国では住民が刀や槍などの武器を持つことを禁じた。と言っても刃物のすべてが禁じられていたわけではなく、鍬や鋤などの農機具や包丁などの調理器具は使えた。こうした農機具や調理器具を武器として強盗をしたり、人を殺そうとする危ない人が現れた場合は、警鐘を鳴らすと取締隊が駆けつけ、危ない人を捕えてくれた。取締隊だけは刀を持つことが許され、特別な教育と訓練を受けていた。危ない人が話し合いに応じる限りは、話し合いで説得して拘束するように努め、危ない人が話し合いに応じず、住民の身に危険が及ぶのが避けられない状態になった場合に初めて、携行している刀による攻撃が認められていた。






 一方、隣の王の国では、兵力を増強して隣国を武力で制圧しながら領土を拡大していた。領土の拡大により新たに隣国となった民の国は大きな国だったが、住民は武器を持っておらず、取締隊の兵力もたかが知れているので、簡単に征服できるだろうと思われた。

民の国と王の国との境には山林が広がっていた。王の国の王は二千の兵を連れて、この山林から民の国へ侵入しようとした。二千の兵は、山林に散らばって野営を繰り返しながら山越えをしていた。しかし日が経つに連れ、どうも兵の数が減っているようなのだ。王は小隊ごとに点呼を取らせたところ、なんと二千いたはずの兵が千もいない。





 王の国の兵が山林に散らばって夜営を続けている様子は、民の国の山林取締隊にいち早く見つかっていた。山林取締隊は、散らばって夜営している兵を、就寝時に拘束していった。拘束された兵のほとんどは志願兵ではなく、王の命令に逆らうと殺されるので仕方なく王の命令に従っているだけだったから、取締隊との対話には普通に応じた。兵たちは、拘束されたら捕虜にされて処刑されるに違いないとびくびくしていたので、取締隊は、民の国では対話のできる相手をむやみに殺したりはしないと諭しながら交渉に入った。





 隣国が王の国の領土となって以来、隣国の住民が民の国に逃げ込んできていたので、王の国の領土拡大主義に住民が不満をつのらせている様子は、民の国でもよく把握してた。王の国がいずれ民の国に攻め入ってくるだろうことも予想できたので、民の国ではその対策が練られていた。隣国から民の国へ逃げ込んできた者たちの証言から、王の国では誰も本心では王を慕ってはおらず、王の命令に逆らうと処刑されるので仕方なく国民兵となり、隣接する国々へ攻め入らされているのだという実情も、民の国には既に把握されていた。





 取締隊は拘束した兵に、民の国ではたくさんの仕事があり、本人が望まなければ戦争に駆り出されることもなく、安心して暮らせると説得した。多くの兵は、取締隊の話に納得し、逆らうこともなく捕虜になった。王の国の兵は、王の国から逃げたい者ばかりだったので、拘束されると素直に取締隊に従い、まだ夜営に残っている兵の説得を買って出た。王の国の兵は、王の周りの数十人にまで減っていた。

この残った数十人も、いつ王から無謀な命令を下されるかわからないので、本心は一刻も早く逃げ出したいのだけれども、王が怖くて逃げ出せずにいた。取締隊は、王のいる最後の野営地に近づいていった。王の国の見張り兵ニ人が、槍を構えて叫んだ。


「これ以上、近づくな! 近づいたら槍で突くぞ!」


民の国の取締隊は答えた。


「我々は交渉がしたい。君たちが武器を捨て、王のもとを離れて投降するなら、君たちの命は奪わないし、今後、民の国で暮らしたければ、民の国で暮らすこともできる。」


既に民の国の捕虜になった王の国の兵たちも説得に協力した。


「そうだ。そうだ。民の国に投降してしまった方が絶対に生き延びられる。民の国では、話に応じる者を殺すことはない」


槍を持った見張り兵たちは、本心では逃げ出したいものの、迷っていた。後ろからは王が命令している。


「そんなやつの言うことは嘘に決まっている。騙されるな。我々を騙そうとするやつは容赦なく殺せ! ほらすぐに殺せ! これは王の命令だぞ!」


捕虜になった兵は説得を続けた。


「冷静になれ。ここには数百の取締隊が待機している。おまえたちは確実に絶滅する。」


王は叫んだ。


「私に逆らうやつは殺せ! 民の国の兵を一人でも多く殺すのだ。」


王の国の兵たちは動揺した。民の国の捕虜は叫んだ。


「冷静になれ! 王の命令に従ったら確実に死ぬ! 武器を捨てて投降すれば、王の命令に従う者に殺されない限りは助かる。民の国の取締隊に近いところにいる者ほど、援護しやすい。ほら、そこの連中からでいい。早く武器を捨てて、こっちに走ってこい!」


王の国の兵たちは、次々と武器を捨てては王のもとから逃げ始めた。


「逃げるやつは殺す! 戦え!」


王は刀を抜いて、逃げ出した兵たちを追いかけてきた。取締隊が逃げてきた兵を守るために進み出ると、王は立ち止まった。王は複数の取締隊の弓で狙われていた。交渉役の取締隊が王に近づいた。


「あなたは今、多数の弓で狙われている。武器を捨てて話し合いに応じるなら、命は奪わない。少しでもその刀で攻撃するそぶりを見せるなら、私の合図で一斉に矢が打たれる。まず武器を捨てろ。」


「何を言うか! ふざけるな! 私は王の国の王だぞ!」


王は刀を振りかざした。


「おいっ! それ以上 動いたら打つぞ! 刀を捨てれば殺さないと言っているのがわからないのか!」


「私は王だ! ひとの命令には従わない! うわぁぁぁ」


王は叫びながら交渉役の取締隊に向かって刀を振りかざしたまま走ってきた。それを見ていた民の国の捕虜たちは、思わず叫んだ。


「うわぁっ、あいつはただの人殺しだ!」


王は自分が刀を捨てれば殺されないことを理解できないほど愚かではなかった。しかし、この手の権力者にありがちな典型的な感情に行動を支配されていた。王としての面子を守ることが、人を殺さないことよりも自分が殺されないことよりも最優先される至上命題なのであった。話し合い不能。交渉役は王に切りつけられる直前に合図を出した。王は多数の矢に射られ、即死した。






 二〇五〇年代、ヒト型ロボットが普及し、人間の生命が危険に曝されるような現場では、どんどん人間の仕事はロボットに取って代わられていった。特にロボットがその有効性を発揮したのは、ロボット警察だ。ロボット警察は武器を携行し、基本的には以下のような行動原理に従って行動する。






――人間が危害を加えられようとしている場合、その危害を取り除くために行動する。


――危害を加えようとしているものが人間である場合、まずこの加害者を対話で説得することに務める。


――加害者が対話に応じている限り、加害者に攻撃を加えてはいけない。


――加害者が対話に応じずに、人間に危害を加え続けようとする場合、またはロボット警察に対して攻撃を加えようとする場合、正当防衛として加害者に段階的に攻撃を加えてよい。


――人間が今にも危害を加えられそうで緊急性が高い場合はこの限りでなく、即時の射殺も認められる。






 およそこのような行動原理だが、どこからが正当防衛で、どこからが緊急性が高い場合なのかといった細目については、膨大な凡例データベースで細かく規定されていた。ロボット警察は武器を携行していたが、他人を殺傷する危険性のある人物が話し合いに応じずに、あくまで他人の殺傷を続けようとする場合、または他人の殺傷を阻止しようとするロボット警察に対して攻撃を加えようとする場合、正当防衛によりこうした人物を殺すことが認められていた。





 ロボット警察の戦闘能力は極めて高く、仮に人間がどんな武器を所持していたとしても、ロボット警察に歯向かえば、殺されることが確実だった。ロボット警察の犯罪抑止効果は自明だった。特に国民に銃所持を認めている国では、全ての銃の使用状態は、最寄りのロボット警察ステーションに送信され把握されていたので、人間が銃により他人を殺すことは、ロボット警察によりほぼ事前に防がれるようになった。ただし、駆けつけたロボット警察の指示に従わずに、正当防衛により殺される者は一定数いた。こういう人は、ロボット警察に逆らわなければ殺されないということは理解しているが、死なないことよりも自分の面子を守ることの方が大事との感情に支配された人や、神のために殉教したら自分は天国に行けると信じているような確信犯なので、ロボット警察の説得はほぼ無駄だった。統計上、銃規制のない国で銃が原因となる死因の半数以上は自殺が断トツだが、自殺以外では、人間の打つ銃に殺される人の数よりも、自分の持つ銃を使用状態にしたことで、駆けつけたロボット警察に逆らって射殺される人の数の方が圧倒的に多くなった。つまり、銃規制のない国で銃で殺されたくなければ、銃を持たずにロボット警察に身を守ってもらうのが、統計上は最も安全ということだった。銃規制をしていない国でロボット警察を導入すると、自分の身を守るには銃の所持が必要だと考える人ほど、自分の銃が原因となり、自殺したり、ロボット警察に殺されやすいので、銃所持の権利を訴える勢力はまたたく間に説得力を失った。結局 一旦ロボット警察が導入された国では、銃規制が達成されるのは時間の問題となった。





 こうしたロボット警察の社会的効能への期待は高く、既に人間の兵士より圧倒的に戦闘能力の高いロボット警察を、自国防衛の目的に限り、兵士に拡張することが、早期にロボット警察を導入してその信頼性を確認している国から順次 行われていった。





 ただし、ロボット警察に関する国際的取り決めにより、ロボット警察の行動原理を改変することは認められなかった。つまり、ロボット警察は兵士に適用されたとしても、自国防衛が目的である以上は、対話に応じる相手を殺してはならず、正当防衛が成立する場合にしか、相手兵士や相手ロボットを攻撃してはいけないということだ。そうすると、ロボット警察兵を導入した国どうしで、ロボット警察兵どうしが戦うということは原理的に起き得ないことだった。ロボット警察兵はその行動原理から自衛目的での導入しかあり得ず、仮に国家元首が命令したとしても、他国に先制攻撃を加えるような命令には従わない。ロボット警察兵が戦闘行為を行う可能性があるのは、自国を攻撃してきた人間兵が説得に応じない場合、または自国を攻撃してきた人間兵により、人間が正に危害を受けそうになっている場合である。そのような場合、人間兵への説得は、人間兵が利用している通信回線をジャックすることで行われた。ロボット警察兵を導入していない国の有人兵器は一般に技術レベルが低く、ロボット警察兵が通信回線をジャックするのは容易だった。このような方法は、人間兵が戦闘機等で侵入しようとする際にも有効であった。





 人間兵は基本的に命令に従っている職業兵なので、ロボット警察兵の説得に最初から応じるということはないのだが、人間兵の兵器操作能力とロボット警察兵の兵器操作能力とには雲泥の差があり、もし攻撃を続行した場合には人間兵はほぼ確実に殺されることになるという内容を伝えることさえできれば、投降に応じる人間兵は多かった。というのも通常の職業兵にとって、自分の命より面子を守ることが大事なわけでもなければ、自分が殉教することで天国に行けると信じているわけでもないからだ。この辺は程度問題なのだが、例えば領土問題等の外交上の問題で、他国への軍事行動を命じられた人間兵にとって、自分の命を確実に投げ捨ててまで、自国の外交上の面子を死守しようと思うほど国や国家元首への忠誠を抱くことは稀だった。それでも正当防衛が発動されるまで職務を全うしようとして殺されてしまう人間兵も一定数はいたが、こうした人間兵もなるべく殺さずに投降させられるように、正当防衛率という指標を用いた検討が行われた。





 正当防衛率は、ロボット警察兵による殺害行為がどの程度 正当なものであるかを判定する指標で、対話の可能生がゼロに近い場合、極端な例として人間を捕食目的で食い殺そうとしている熊を射殺するような場合は百%に近くなり、一方、理性的な人が誰かに脅されて不本意ながら他人を殺そうとするのを阻止するための射殺等では、ゼロに近くなる。ロボット警察に関する国際会議(通称ロボ会議)では、正当防衛率五〇%以下の殺害行為をなくすことを目標に、ロボット警察の説得アルゴリズムの改良を続けた。





 人間兵は家族を養っていくための様々な利害関係の中にあり、自分が死んででも攻撃を続けて国家に忠誠を尽くしたように演じた方が残された家族の生活が保証されるとの考えから、正当防衛が発動されるまで攻撃を続行してしまう者もいた。こうしたケースでは正当防衛率は一〇%以下まで下がるため、このような場合でも投降率を高くするように説得方法はどんどん改良されていった。それは自国の他の兵士には、撃墜等で殉職したようにしか見えない方法で脱出させるとか、投降兵の保護方法の改良と連動していた。このようなロボット警察兵の説得手法の進歩により、正当防衛率八十%以下で兵士を殺害しなければならないような状況はほぼ起きなくなっていた。





 つまり人間兵を配備する国が、外交上の緊張程度の動機でロボット警察兵を保有する国に攻撃を仕掛けた場合、自国の人間兵の多くがロボット警察兵の巧みな説得により投降してしまい、自国の兵器も同時に奪われていくことを意味した。こうして隣国との外交上の緊張等から人間兵を保有していた国々も、次第に人間兵を放棄しロボット警察兵を導入していった。そして二〇七〇年には、人間兵を保持する国は独裁国家のA国と宗教国家のB国のみとなった。






 まずA国の場合。数十年前から経済が停滞しているにもかかわらず、国家予算の二割以上が軍事費に充てられ、国民は貧困に喘いでいた。かつてA国の人間兵は、一定の収入が得られるものの、他国への無謀な攻撃命令により死ぬ確率も高く、必ずしも人気の職業ではなかった。しかし今では、他国に攻撃させてもらった方が他国のロボット警察兵に安全に保護されて国を脱出できるので、人間兵は人気の職業となった。





 A国元首は、毎日 専属の料理人に作らせた極上のご馳走を食べ、金のかかる各種の娯楽に興じ、噂では数十人の性奴隷を侍らせているらしかった。しかし国の経済状態はどんどん悪化し、A国元首自身の贅沢な食事や娯楽を存続することも難しくなってきた。これまでA国元首は近隣国に軍事圧力をかけ、その軍事圧力を解く見返りに経済援助を受けてきた。ところが、最近は近隣国との国境周辺に人間兵を侵攻させて軍事圧力をかけようとすると、人間兵が簡単に投降するようになってしまった。そこでA国元首は、ミサイル等の無人兵器を近隣諸国領空に飛ばすなどの軍事圧力を好むようになっていた。





 A国の国民を飢餓から救うため、人道的理由から経済援助をしたとしても、それは結局、A国の軍備とA国元首の享楽の足しにしかならなかった。ロボ会議は、A国の国民を飢餓から救うための介入方法を思案していた。





 A国元首は、今の自分の立場と生活を死守したかった。具体的には、自分が国民から元首として尊敬されつつ、影では自分の本能的欲求を存分に満足させる享楽に浸れる状態を、どんなに国民が貧困に喘いでいたとしても絶対に死守したかった。もう少し厳密に言うなら、国民は元首の悪口を言うと逮捕されるので、恐怖から元首を尊敬しているように振舞っているだけで、本心では元首を尊敬などしていないことはA国元首自身、自覚していた。つまりA国元首が本当に死守したいのは、自分の本能的欲求を存分に満足させる享楽に浸れる状態であって、恐怖で国民に自分を崇拝しているように演じさせることは、むしろその目的を実現するための手段なのであった。そうすると、二〇六〇年に既に実用化し、富裕層が利用している仮想現実夢体験装置いわゆるドリームマシンが、正にA国元首の本音の要求を満たしつつ、A国国民をA国元首から解放する切り札になると思えた。





 A国元首と交渉するためにロボ会議が派遣したロボット警察兵のA国への侵入は、それほど難しくはなかった。A国の国境警備兵は、もともと隣国のロボット警察兵に保護される機会を窺っているぐらいだから、A国元首と交渉したいというロボット警察兵の申し出を快諾した。国内要所の警備兵も似たようなもので、ロボット警察兵は難なくA国元首官邸にまで侵入した。執務室のドアのロックを破ることもロボット警察兵には簡単だったが、ロボット警察兵を見た警備兵がパスワードを入力して開けてくれた。





 A国元首は、性奴隷に嫌悪を強いる行為の最中だった。ロボット警察兵の姿を認めたA国元首は、とっさに机の前まで移動し、隠し引き出しのボタン類を操作し始めた。時代遅れな機器に見えるが、要は隣国へ向けた核ミサイルの発射装置を、あとボタンのひと押しで発射できるところまで準備したのだ。A国元首の人差し指がボタンを押そうとする筋肉の動きを感知したら瞬時に射殺できる準備をし、ロボット警察兵はA国元首との交渉を始めた。


「わたしどもの提案は、あなたが現在 享受している生活を、経済的な心配をする必要なく、今後、何十年も安定してあなたに提供させてほしいということです。その代わり、あなたにはA国元首をやめてもらい、A国には現在の国際社会で標準となっている民主政府を樹立します。」


「な、なにをふざけたことを言っている。私はこの国の元首だ」


「はい、その通りです。国民のみなさんには、あなたがロボット警察兵との格闘の末、殉職した英雄として、あなたの伝説を残します。でも実際には、あなたは保護されて、S国の特別収容所に収容され、そこで、最新のドリームマシーンにより、あなたが望む限りの享楽の世界を享受することができるのです。それは、現在あなたがリアルの世界で体験できる享楽を遥かに凌ぐ素晴らしい世界のはずです。」


「な、なにを言っているか。この国の繁栄のために身を捧げるのが私の使命だ。享楽などに興味はない。」


「あなたが執務室に性奴隷を常駐させていることなど、国民にはばらしません。もちろん、あなたは今後も国民の英雄なのです。今後あなたは誰も苦しめることなく、財源確保のために隣国にぎりぎりの軍事圧力をかける必要もなく、あなたが恐怖で支配している人間兵に暗殺されることに怯える必要もなく、安心してドリームマシーンの中で存分に享楽に浸ることができるのです。悪くない交渉だと思いますが」


「うるさい、私はこの国のことを第一に考えているこの国の元首だ」


A国元首の筋肉の動きから、核ミサイルの発射ボタンを押す決断が検知された。正当防衛が発動され、ロボット警察兵はA国元首を瞬時に射殺した。正当防衛率は八〇%と判定された。A国元首は、本心ではドリームマシンでの余生を魅力的に思っていたはずだが、国家元首としての面子が許さなかったようだ。ロボット警察兵には意識はないので、ロボット警察兵に恥を感じる必要はないのだが、ドリームマシンの魅力に負けて国家元首を放棄した事実が他国民に知れることを恥に感じたのだろうか。このような独裁者の心理に関して、ロボット警察の説得アルゴリズムはまだ改善の余地があった。






 次にB国の場合。B国の宗教指導者は、人間が殉職せずに済むロボット警察兵は卑怯な兵器であり、ロボット警察に治安を任せて堕落した文化を享受している他国の人々は神を冒涜する存在なので、他国の人々を無差別に少しでも多く殺すことこそ神の意志に叶うと説いた。そして、この目的のために殉教した者は(例によって)天国に行き、永遠の享楽を享受できると説いた。そのためB国は隣国に対して度々 テロ攻撃を仕掛けるようになっていた。





 B国の人間兵は二つのタイプにはっきりと分かれた。一つはそうした教義など実際には信じていないが、逆らうと殺されるので信じているように振舞っているだけのタイプである。このタイプの人間兵は隣国へのテロ攻撃を命じられると、隣国のロボット警察兵に簡単に投降した。ただし、そのような報道がB国に伝わるとB国に残された投降兵の家族が処刑されるため、報道内容は常にテロ攻撃に失敗してロボット警察兵に射殺されたものとされた。

隣国にロボット警察兵が導入されて以来、テロ攻撃が成功するということはもはやあり得なかった。それはB国の人間兵も理解していた。それでも正当防衛が発動され自身が射殺されるまでテロ攻撃を続行する人間兵もいた。これがもう一つのタイプで、隣国のロボット警察兵に射殺されれば、神のために殉教した自分は天国に行って永久の享楽を享受できると本気で信じていた。つまり、テロ攻撃を続行すれば自分は確実に射殺されることは理解しているけれども、正にそのように射殺してもらうことこそ、このタイプの人間兵の目的なのだった。これにはロボ会議も頭を悩ませた。こうした人間兵の精神状態は極めて冷静で、ただ信じている内容が間違っているだけなので、テロ攻撃防止のために射殺してしまうと、正当防衛率は非常に低く判定された。宗教的信念を信じ込んでいる人の説得アルゴリズムも相当に改良が重ねられたが、そもそも自分の信じていることだけが絶対に正しくて、それ故にそれを疑う必要はなく、疑うことは悪いことだと考えている人に、自分の信じている内容の再考を促すのは極めて困難だった。残念ながら教義を完全に信じているタイプの人間兵は、隣国にテロ攻撃を仕掛けては射殺されていった。





 こうしてB国の人間兵はどちらのタイプも投降するか射殺されるかによって数を減らし、B国の兵力は弱体化していった。すると宗教指導者は子供たちを洗脳し、子供たちにもテロ攻撃をさせるようになった。一刻も早く介入すべき時が来ていた。宗教指導者の潜伏場所は、容易に推定できた。内戦により荒廃した国土の中で、工業地帯でもないのに、平均的生活区画とは違うレベルでエネルギーの消費密度が異常に濃くなっている区画があった。この手の宗教指導者にあり勝ちなことから推測するに、信者たちには厳しい戒律を課しているのに、自らは教義で禁じられている食物(例えばある種の動物の肉とか酒とか)を調理させて食し、自らが堕落した文化として禁じている他国の文化(例えばゲームや映画や音楽)に興じ、これまたお決まりだが、戒律で禁じられた行為に耽るための性奴隷たちを監禁したり、そのような一般庶民とは異なる生活様式に耽っている人物が暮らす区画が特定された。





 そこで、殉教すれば天国に行けると信じている子供を殺さないように、現地人に偽装したロボット警察兵を侵入させ、なんとか宗教指導者が潜伏していると思われる区画に到達した。この区画を警備している人間兵は、本気で教義を信じている大人たちで、宗教指導者が潜伏する部屋に達するまでには、残念ながら数人の人間兵を射殺しなければならなかった。ロボット警察兵が遂に宗教指導者が潜伏する部屋に入った時、これまた例によって、宗教指導者は戒律で禁じられた行為に及ぶため性奴隷に嫌悪を強いている最中だった。


「わたしどもの提案は、あなたを射殺したことにして、あなたを永遠の英雄とすることです。でも実際には、あなたは保護されてS国の特別収容所に収容され、そこで最新のドリームマシーンによりあなたが望む限りの享楽の世界を享受することができるのです。それは、現在あなたがリアルの世界で体験できる享楽を遥かに凌ぐ素晴らしい世界のはずです。」


「おお。これは神の意志だ。ドリームマシンは、神のために戦った者に与えられる永遠の享楽なのだ。私は宗教指導者として、神を冒涜する他国の者たちを大勢 殺すために尽力した。その働きを神はお認めになり、私に永遠の享楽をお与え下さるのだ。恐らく今後 数十年の技術の進歩で、私の意識は生物脳から計算機空間にコピーされ、私は不死となるであろう。私は、正に聖典に書かれている通り天国に迎えられるのだ。」


拍子抜けするほどあっさりと、宗教指導者は投降に応じた。あれほど多くの国民に教義を信じ込ませ、厳しい戒律に従わせていた宗教指導者本人は、結局 教義なんてまるで信じておらず、自身は科学技術に頼って永久の享楽を得ようとしている。もし本当に教義を信じているなら、ここでロボット警察兵に射殺されて殉教した方が確実に天国へ行けると考えるはずだ。そのファンタジーを信じたせいで殉教した子供を含む多くの国民は、この指導者が自分の王国を維持するための虚構づくりに利用されただけだったのだ。






 こうして世界平和は達成された。民の国が取締隊と正当防衛の考えを導入してから、実に千年以上の時を要した。













        了









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