私の夫には〇〇の霊が憑いている

青樹空良

私の夫には〇〇の霊が憑いている

「川の様子を見てくる!」


 そう言って私の夫は家を飛び出していった。


「待ってー! 行っちゃダメーーー!」


 私の叫びなんか全く聞かずに。

 なにしろ外は大雨で、風もかなり強い。

 つまり、私たちの住む地域に台風が近付いてきている。

 そんなときに外に出るなんてちょっとおかしい。それもすごく重要な用事があるとかではない。むしろ『川の様子を見てくる』なんて、絶対にやめろとニュースでも注意されていて、ネットでは冗談交じりに言われているやつだ。

 それなのに夫はものすごく真面目な様子で行ってしまったのだ。

 そして、


「めちゃくちゃ荒れてた!」


 びっしょびしょになって帰ってきた。


「なんで危ないところにわざわざ行くの」


 私が言うと、


「でも、俺が行かなきゃいけないって思ったんだよ。実は同じように様子を見に来てる人がいてさ。その人が川に落ちかけてたから、危機一髪で助けてきたんだ。いやー、よかったよかった。俺も流されるかと思ったー」

「なにそれ! あなたが流されてたらどうしてたの!?」

「で、でも、俺がいなきゃあの人がどうなってたかわからないし……」


 そんな風に子犬みたいにぷるぷるされても困る。

 夫のそういうところに弱いから。


「全く……」


 それ以上はなにも言う気にもならなくて、私はため息を吐く。

 確かに人助けはいいことだ。

 だけど、限度はあると思う。

 夫には実はいつも困っている。この人、危険なところにいつも飛び込んでいってしまう癖がある。いつも心配を掛けられっぱなしで、いつか心臓がもたなくなってしまうのではないかと思う。

 それでも、


『大丈夫ですか!?』


 私を助けてくれた夫の声を今でも忘れない。

 海で沖に流されて誰も助けに来てくれなくて、もうダメかと思っていた私を救ってくれたのが夫だった。

 自分も流されてしまう危険を冒して助けに来てくれたのだと、後から人に聞いた。レスキューの人でもないし、ものすごく泳ぎが得意なわけでもないのに。

 それが、私たちの出会いだ。

 そんなことがあるせいか、夫がそうやって危険の中に飛び込んでいくことを、強く止められない。

 夫は誰かのために危ないところにすぐに飛び込んで行ってしまう。

 性格だからしかたない。

 そういう優しい人だから。

 でも、心配だ。




 ◇ ◇ ◇




「職場でちょっと危ない匂いの定食が出たから、俺が最初に食ってみたんだけど、そしたら腹下しちゃってさ」

「やめとめばよかったのに」

「だけど、他の人が食うよりマシだろ?」


 いや、全然マシじゃない。




 ◇ ◇ ◇




「あの子は、昔から危ないところに飛び込んでいく子でね。心配だったんだけど、あなたみたいなしっかりしたお嫁さんが来てくれたからよかったわ」

「そ、そうなんですか。私がいても不安なんですが……。お義母さんも苦労したんですね……」

「いい子なんだけど、危なっかしくてね」


 なるほど、子どもの頃からあんな感じだったらしい。




 ◇ ◇ ◇




「駅のホームで落ちた人がいたから、慌てて俺も降りて押し上げたんだけど、その間にも電車が近付いてきて怖かった怖かった。俺の方が逃げ遅れて轢かれるところだったよ-」

「だよー! じゃない! 確かに人助けは大事だけど自分の命も大事にしてよ!」


 さすがに人助けの度が過ぎないか?




 ◇ ◇ ◇




 そんなわけで、


「は? なんで占い師?」

「ちょっとね」


 ネットでがんばって調べた。かなりよく視える人らしい。

 ずっと思っていた。性格、というのもあるだろうけど夫には何か変なものが憑いているんじゃないかと。それが夫をどこかに引きずり込もうとしているんじゃないか、と。

 もしそんなことがあったら大変だ。

 お祓いとか、してもらった方がいい。だから、まずはなにが憑いているのか確かめたい。


「俺、占いとか信じてないんだけど」

「いいから!」


 夫が前に座ると、占い師はすごく難しい顔をした。


「こ、これは!」


 占い師が夫の背後にめちゃくちゃ目をこらしている。

 私はそれを緊張しながら見守った。

 この反応。ものすごく恐ろしいものが憑いている、のか!?

 そんなすごい霊(?)を祓えるのだろうか!?

 が、次の一言で私は目を丸くした。


「あなたにはファーストペンギンの霊がついています」

「「はい?」」


 思わず夫と声が被った。


「ファーストペンギン。それは、集団で行動するペンギンの群れの中から、天敵がいるかもしれない海へ、魚を求めて最初に飛び込む果敢なペンギンのことです! 勇気のある行動ではあるのですが、もし海の中に天敵がいた場合、食べられてしまいます……」


 占い師が熱弁した後、がくりと肩を落としている。食べられてしまうと言うのが本当に辛そうだ。


「あの、占い師さん?」

「は、はい! すみません! 私、ペンギンが大好きでして! こんな可愛い霊が憑いている方を初めて見たので!」

「な、なるほど」

「それで、あなたには飛び込んで食べられてしまったファーストペンギンの霊が憑いているようです」

「そうなの?」


 夫がなんともいえない顔をしている。

 ペンギンの霊が憑いているとか、急に言われても納得できないのはわかる。


「それ、祓ってもらえますか?」

「祓うんですか!? こんなに可愛いのに……」

「いや、可愛いとか可愛くないとかじゃんなくて。夫はいつも危険なところに飛び込んでいって危ない目に遭うので、憑いたままだと危ないのかな、と」

「でも、危ない目に遭っても危機一髪のところでいつも助かるのではないですか?」

「そうなんです! しかも、人助けにはなっているのであまりやめてほしいとも言えずに困ってます」

「それはですね」


 占い師が厳かに言う。


「ファーストペンギンが今度こそ死んでたまるかという強い意志で守ってくれているのです。守護霊みたいなものでもあります! ですから、危険の中に飛び込んでいっても無事でいられるというわけです。すごいですね、ファーストペンギン。勇気があって私は好きです」


 確かに、私も人を見捨てておけない夫が好きではあるのだけど……。


「悪い霊じゃないですから!」

「俺、ペンギンなの?」

「このままにしていいもの、なの、かな?」


 などと悩んでいるうちに、


「あっ! 向こうから暴走トラックが!」


 窓の外を見て、夫はまた飛び出していってしまったのだった。

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