4 詐欺師と鳥かご

「ただいまあ!」

終了時間、ログオフしてバーチャルヘルメットをはずす。いつも通りのリビングが姿を現す。

「あらランちゃんおかえり、なんかおいしそうなものが届いてるわよ」

今日は家でリモートワークだったはずの母がケーキの箱を持ち、紅茶の用意をしてこっちにやってくる。そうもちろんビッグバンスターシード氏からのミルフィーユと紅茶のセットだ。

「やったー、今話題のオーロラのケーキ、同じクラスのアンジェラの店のケーキなの。ああれ、ちゃんと2つ入ってるわ、ママもいかが」

そう言ってママも食べることになった。

「へえー、これって今話題じゃないの?健康になるためのケーキね。ご馳走になるわ」

甘さ控えめのケーキではあるが、十分甘くておしゃれな味だった。

ママはというと、ミルフィーユを食べながら、おしゃれで読みやすい説明書にずーっと目を通していた。ビタミンミネラルがたくさんとれて、特に葉酸が多いのに感心していた。

「へえ、この紅茶もポリフェノールや乳酸菌がたっぷり入っていて健康志向なのね。でもとっても深い味、しみるわ」

それからモリーとママは、しばらくリビングのテレビを見ていた。

モリーたちの学校の先輩である北村セツナが人気レポーターとして出ているのだ。

今日は銚子港の魚市場からのレポートだ、セツナは独自のファッションとコメントで気になるレポーターと評判だ。

「みなさん、こんにちは。気になるレポーター、キタムラセツナでーす。さてもうお気づきの方もいるとは思いますが、今日の私は、全身銀色のサンマファッションです」

何ということ、全身細身の銀色の彼女はそう言われてみると頭にもシュールな3画の銀色帽子をかぶっていて、時々、生きのいいさんまの映像が重なって見える。

本物の彼女はバーチャルヘルメット姿でスタジオにいて、現場の魚市場に行っているのはカメラマンとバーチャルカメラだけだ。でも彼女の目には周囲すべてが魚市場に見えている、実際に現地の人にインタビューしたり、リアクションを取ったりするのだ。

彼女は魚市場をあちこち見て回り、捕りたての魚をいろいろ紹介したりして、そして最後にサンマの売り場にやってくる。

そしてサンマの水揚げ激減で値段が以前の数十倍に吊り上がっていることに驚く。

「ギョエヒー、高い、高すぎる」

悲鳴を上げたとたん、銀色のドレス姿の彼女が、完全なさんまの姿に代わってピョンコピョンコとあたりを跳ね回る。CGだからやり放題だ。

「近年、秋の風物詩であるサンマやサケの水揚げが激減しています。その原因を帝都大学の秋山教授に聞いてみましょう」

生中継だけれど、サンマ姿のセツナレポーターは、帝都大学のキャンパスへとそのままテレポート、さっそく教授にインタビューする。

「すいません、サンマの値段がとても高くて驚いたんですけど、水揚げ激減の理由は何ですか」

教授は、日本食のブームでたくさんの外国の人がサンマを食べるようになったとか、中国や台湾の大型船がやってきて、沖の方で大量にサンマを取ってしまうなど、いくつかの原因を挙げた。

「しかし1番の原因は地球温暖化だと言われている」

そして教授はサンマの生息水域の海水温の変化をグラフで魅せてくれた。

「本当だ、水温がかなり上がってきていますね」

「だからサンマだけでなく、サケやスルメイカなど、北の海から南下してくる海産物が軒並み減少しているのだ」

「本当にサンマが高くて困っちゃうわ」

横にいるママがポツリと言う。

ここからセツナレポーターは、銀色のファッショナブルなドレスを決めたまま、世界各国の現状を報告する。

カナダやヨーロッパ、アマゾンで洪水、アフリカで旱魃、カリフォルニアで住宅をも巻き込む山火事、フィリピンで今年も超大型台風発生。

「日本でも集中豪雨とか、最近はけっこう怖いしね」

次の画面では、住む場所を失った人々がたくさん歩いている。

ここは東南アジアの山岳地帯、異常気象が原因の凶作とそれがおこす政治不安と頻発するテロ事件、軍事クーデター、その結果の、大量難民だ。

モリーはその難民の中に、この間遭ったマヤに似た顔を見たような気がしてならなかった。

難民は次の映像にもたくさん映っていた。ここは北風吹き抜ける東ヨーロッパの平原だ。

領土を狙って侵攻して来た社会主義の帝国、その猛攻にミサイルで吹き飛ばされ、戦車に追われ、街から逃げてきた数えきれない子供や女性を含む一般市民たちだ。

そして次は異常気象が作り出す生物の問題だ。

まずは相次ぐ山火事でコアラがかなり犠牲になっているという。画面では、地上に降りて煙の中逃げてゆくコアラの姿が映っていた。

次は北の海。北極の氷が解け、氷の海のはずが今年は普通の海になっている。

氷の海でアザラシ狩りをする白熊は、氷がなくて狩りができない。

小さな子熊を連れた母熊が、腹を空かせて海岸を歩き回っている。

「あら、狩ができないって、あのかわいい子熊はどうなっちゃうのかしらね」

母の問いにモリーはうまく答えられない。

白熊の親子が悲しそうに吠える。

でも、…私には、子熊を助けることも、世界を変えることも、何1つできないわ…。

そして最後にキャスターのセツナが問いかける。

「あなたが今、この世界のためにできることは何ですか?気になるレポーター、北村セツナがお届けしました」

そう聞かれ、モリーはこう答える。

「考えてもよくわからない、…せめて環境保護団体と難民のためにお小遣いをネットで国連に寄付します」

それを難しい顔で聞いていたままだったが、

「…そうね、それも1つの有効な手段ね」

と、モリーの考えを認めてくれた。

その次の日、モリーは朝からあの妙なカフェ、ポーラースターへと出かけた。

今日はマダムも、ウェイトレスもいる、厨房からおいしそうな音も聞こえてきて、きちんと店も動いている。

すらっと背の高いマダムは、今日もあやしい占い師のように、黒いベールデ顔を隠している。でも唯一見える大きな瞳が、とても澄んでいて美しい。

こんにちは!まだむ。今日、大通りでパレードがあるって聞いたんですけど。

「ええ、夕方からね、まだまだ何時間もあるわよ、どうする?」

「ほかに調べたいこともあるし、しばらくここで待っていてもいいですか」

「ああ、あなたのことはスターシードさんから聞いてるわ。どうぞご自由に」

さっそく1人のウェイトレスに、手がかり2について聞いてみる。

「すいません、前にこの店に来た人がプラチナテーブルって言ってたそうなんですけど、なんのことかわかりますか」

するとウェイトレスはちょっと困った顔になって、自分より経験が長そうな落ち着いたウェイトレスを呼んできた。

「はいチーフのマックスウェルです。はあ、私も詳しくないんですが、常連客の特別会員だけが使用することのできる秘密の部屋みたいです。実はこの店にあるのは間違いないんですが、出入り口も違う場所で、私も行ったことも見たこともないんですよ」

「出入り口も違うって、どういうこと?」

どうもマダムクリステル以外はよくわからないらしい。マダムに問うてみると、まじめな顔で、

「そうねえ最低何か月かこの店に通ってもらって、常連客となれば、わたくしからお話させていただくわ」

そう言って笑うばかりであった。

しかしこのプラチナテーブルは、全く別のことから姿を現すのであった。

その時、店の電話が鳴った。

「もしもしポーラースターです。え、モリーラプラスというお客がいないかって?」

モリーが手を上げるとウェイトレスが古めかしい受話器を運んできた。

「はい、私がモリーラプラスですが…」

「わしだ、ビッグバンスターシードだ」

「あ、スターシードさん」

「モリーラプラス君、君は昨日フリントピットマーベラスと一緒に、ポーラースターの時間停止事件を、ウイルスを退治して解決したそうだね」

あ、はい、補正プログラムでウイルスの小人をたたいて退治したんです。

「今、君のしてくれた仕事の確認ができたんだが、うちのウイルス管理局のエンジニアがたいそう喜んでね、あのウイルスは駆除が難しいタイプで本体を退治しても破片を1つ1つ消去していかないといけないんだそうだ。それがすっかり駆除されていてね。ささやかだが、お礼を出そうということになったんだ」

「え、本当ですか、お役に立ててよかったです」

「まず、スターシードランド専用の多機能端末SCPを君に送る」

すると手元が光、スマホの画面のような少し大きめの画面が手元の空間に浮かんでいる。

この画面は手元だけでなく、自分の好きな場所に好きな大きさで出すことができるようだ。

「マニュアル画面も、チュートリアルプログラムもあるし、君が使っているスマホとほぼ同じにたぶん問題なく使えるだろう。従来通りのメールやSNSもそのまま使えるし、電話もできる。そしてスターシードランド内で使える暗号通貨の口座が君の名前で用意されていて君のサインさえあれば、実際に開設され、自由に出し入れができる。開設が確認されれば、今回のささやかなお礼が即座に振り込まれるだろう」

「ありがとうございます」

実際に操作してみる。なるほど、よくできていて、初めてでもストレスなく使える。

「ええっと、サインっていうのは…、あ、これね」

指先で空間のモニター画面にサインすればそれでオーケー。同時に顔認証やいろんなデータの称号が行われ暗号通貨の口座が開設されたのだった。

「うわー、さっそく入金だわ。ええ、ささやかだって言ってたけど、けっこう振り込まれたわね。これでスターシードランドでの活動資金はばっちりね」

モリーが喜んでいると、突然その多機能端末SCPから呼び出し音が鳴りだす。

「なんだろう、電話かしら?」

「もしもし、モリーラプラスさんですね」

中年の男の声だった。その電話は優しい言葉ながら、こちらの言い返す間も与えず、切れ目なくしゃべり続けた。

「おめでとうございます。先日のネットくじで2頭300万円当選です。直接日本橋の本店に受け取りに来てくださるか、1%の手数料をお支払いいただけばそちらの口座にすぐ振り込みます…」

…これってよくある電話サギの手口だよね…。

モリーはクールに考えて、こう答えた。

「すべて拒否します」

そして一方的に電話を切った。それで終わったかに見えた。だが、すぐに電話が鳴る。

「あなたのお母さまが買い物中に交通事故に遭って市民病院に運ばれました。今すぐ保険証と現金を持って市民病院に来てください。もしも来れない場合は…」

事務員的な女性の声だった。これもサギ電話だと思って、すぐに。

「母は、今同じ家にいて、一緒にテレビを見て居ます、いい加減なこと言わないでください」

そう言って電話を切った。しかし、またすぐに。

「もしもし、私は君の父親の会社の上司なんだが、今会社で事件があってね、30万円の現金がなければ…」

高齢の偉そうな男性の声だった。

「父は会社員ではありません。さよなら」

一体どういうことなのだろう。今の様子をそれとなく聞いていたマダムクリステルに言ってみた。

「大変だったわね。あなたがスターシードさんからお金をもらったのを何かで知った人が、あなたの暗号通貨を狙って電話して来たんじゃない?ほら、そこの通路に身を隠してさっきから電話している変な人たちがいるしね」

ウェイトレスの1人が、さっと通路のドアを開けると、派手なメガネをかけたチャラい男と、かわいらしい感じの狸顔のバカップルがこそこそと出てきて店の出口へと歩き出した。マダムが止まるように声がけをしたが…。

「失礼します」

と事務員風の女の声で言いかけて、すぐにやめ、

「すまないが急いでいるのでね」

と男が言い直して、最後は走って出ていった。

「顔を見られないようにしているみたいだし、声質も何種類か使い分けてるようね。すぐに本部の犯罪取り締まり部に連絡するけど、たぶん詐欺の常習犯ね」

モリーは、しばらくは電話に気を付けようと思ったのだった。

「ところでマダム、今夜のパレードですけど、ただ見るだけじゃなくて、何でもいいんですけど、参加することは出来ないでしょうかね」

「そうねえ、なくはないけど、あなた、何か楽器かなんかできない」

「少年少女合唱団にいたので歌は得意なんですけど、楽器はピアノが少しくらいですかね」

「合唱団ね、それじゃあちょうどいいアイテムがあるわ」

そう言ってマダムが裏から持ってきたのは、50cmほどの美しい鳥かごであった。よく見ると、この間の小瓶と同じように、すみの金属のプレートに金色のライオンの紋章が入っている。この間のガラスの小瓶と言いこの人の持っているアイテムはなにか怪しい雰囲気がある。

「これでどうするのですか」

「決まってるでしょ、あなたが鳥になってこの中で歌を歌うのよ、大うけ間違いなしね。夕方パレード開始直前に採集オーディションがあるから、午前中に少しレベルを上げておけば、パレードに間に合うかもね」

「レベルを上げる?どういうことですか」

「今私の娘を呼んだから、ファンタリアから聞いてね。うまくすればあなた、パレードにばっちり出れるわよ」

やがて少しするとバリバリのキャリアウーマン風の若い美人画やって来た。

この人が娘さん?でもマダムはベールをしていて顔がわからないし、まあいいか。

「まま、来たわよ。あら、この子?少年少女合唱団の経験があるっていう子は。うん、素直そうだし悪くないわ、ごめんね、もう今日はギリギリだから時間がないのよ。じゃ、行くわよ、覚悟はいいわね」

覚悟?なんだろう、悪い予感しかしない、ファンタリアのお姉さんは何か呪文を唱えて指先を軽く振った。

「あー、今度は何なの?また体が縮んでいく」

モリーは身長30cmほどに小さくなり、体のあちこちがフワフワして来た。

気が付くと両手が鳥の翼のように羽毛が生え、洋服と羽毛が一体となった、美しい不思議な服に変っている。どうやらきれいな尾羽も生え、嘴もついているようだ。モリーはあっという間に、オウムほどの大きさの鳥人間になってしまったのだった。

「さあかわいい鳥さん、おとなしく鳥かごに入るのよ」

モリーは言われるままに鳥かごに入り、止まり木にちょこんと止まった。

「さあ、あなたの知っている何か、そうだ春がいいわ、春の歌を歌ってみて。

モリーは、合唱団でいつも歌っていた春風という歌を歌った…つもりだった。

でも口から出てきたのは、メロディが少し似ているようではあったが、完全な鳥のさえずりであった。

「うわあ、上手、上手。これならきっと拍手がもらえるわ」

なんと人を喜ばせたり、拍手をもらったりすると、少しずつレベルが上がり、オーディションにも合格するというのだ。

「でも、人前で何十回も歌わないと駄目ね。そうだわ、お城巡りをすればいい経験になる。さあ、行くわよ」

ファンタリアのお姉さんは呪文を唱えて鳥かごを持ったまま手を振った。モリーたちは光に包まれて手レポートしていった、行った先は、穏やかな波が城壁に打ち寄せる石造りの海の古城だった。

「ああ、これは特急の窓から見た、島のように海に浮かんでいた軍艦のような石造りのお城だわ、屋上に海鳥が住んでいて、窓から釣りもできそう」

するとファンタリアが説明してくれた。

「ここはね、サーフィンや水上スキー、スキューバダイビングなど、海のアミューズメントの基地になってるの、なん十種類もの遊びができて、上の方はホテルやレストランにもなっているから海を眺めながら創作活動をするアーティストたちにも大人気、さあ、3分で美しい歌声を聞かせる鳥人間モリー嬢の歌謡ショーの紹介、各部屋に一斉に流すわよ」

するとファンタリアの目の前の画面に少しずつ反応が返ってくる。目新しいプログラムに、さっそく予約が入ったのだ。

「さあ、初舞台よ、当たって砕けろね」

扉を通って部屋に直行、最初のお客は、ダイビングしに来た若い恋人同士らしい。

「ではこの穏やかな海にふさわしい、春風の歌をどうぞ!」

モリーは緊張しながら、さっきうたった春風の曲を見事にさえずった。

「すごい、ブラボー、美しい声だ」「へえ、鈴がころがるようなきれいな声だわ」

やった初舞台は大成功、少しレベルが上がったのか、尾羽がすらりと伸びたようだった。

大物狙いの海釣り仲間の部屋では勇壮な歌曲、おれたち海賊を披露して意外な喝采を受け、窓を大きく開いて海や奇岩などを描いていた、画家の部屋ではのどかな曲、海峡を渡る翼という渡り鳥の歌を歌って感動され、だんだんレパートリーも増えてきた。

低い歌声や、長く伸ばす歌声はさらに抒情的に、高い歌声や続くさえずりはよりリズミカルにメリハリを付けて歌うようにテクニックも身に着けた。

それから4、5件ほど海のお城を回ったが、最後に言った部屋は凄かった。

そこは1階の波がぶつかって砕けているあたりのすぐ裏、洞窟の奥の水上神殿のような部屋だった。なかに水路が入り込んでいて昔は船着き場になっていた場所で、今は、レジャーの時に海からそのままで入りのできる部屋になっていた。

その部屋にファンタリアが鳥かごを持って入ったとき、中にはモリーと同い年くらいの澄んだ青い瞳の少年がすわっていた。透き通るようなプラチナブロンドであった。だが武器になのはその横に置かれた、古い年代物の金属や分厚いゴムでできた潜水具であった。それは椅子に座るように置かれ、丸い金属製の頭部に着いた分厚いガラス窓の仲は真っ暗だった。かなり古いものらしかったが、つやつやと金色に光っていて、まるで神殿に置かれた心臓か、警備のための甲冑のようでもあった。

「さあ、この神殿のような清らかな部屋にふさわしい歌声をお届けしましよ」

ファンタリアの声に合わせ、モリーはその少年のイメージに合うように、強大な敵に1人で挑む勇者の歌、銀の聖剣という勇壮な歌を歌ってみた。

「おお、勇気が沸き上がるような歌だ、ありがとう鳥の少女よ」

しかも少年が喜んだだけではなく、あの黒い甲冑が一瞬かすかに動き、拍手をしたように見えたのだ、そしてそれと同時に中がぼおっと光ったように思えた。少年が感謝して次のようにお礼の言葉を言ってくれた。

「ほう、なるほど。勇壮な歌がこの鎧にも伝わり、心亡きもののはずが心を揺り動かされたらしい」

アバターばかりのこのスターシードランドで、この鎧の怪物は、心があるような無いような化け物はいったいどういう存在なんだ?

モリーの歌がすっかり終わると、鎧のような潜水具怪物もまた、すっかり動かなくなってしまった。

しかも別れ際に、少年はモリーに金色のペンダントをくれたのだ。

「君の歌は素晴らしかった。お礼にこれを受け取ってくれ。難破船から発見された、インカ時代の黄金のペンダントだ。ぼくの名前はレオンバーゼル、博物館のアレックスライオンハート教授の弟子だ。トゥルーグラスで見ると、モリーさんはぼくと同じ、高校生みたいだね。また会えるといいねモリーさん」

モリーはちょっと頬を赤くした。経験を積んだモリーは尾羽が何本も増え、頭の上にきれいな飾り羽もできていた。

そして首に金色のペンダントが光っていた。

「よし、じゃあ、この海のお城での仕事は終わり、すぐに森と渓流のお城に急ぐわよ」

その時、ポケットの絵本、あの波乱万丈姫の人生がまた光り出したのだった。

絵本を出してみると、第2章鳥かごの歌姫のページが開いていた。ガラス瓶の罠からやっと逃げ延びて元の暮らしに戻った王女だったが、15歳の時、また魔女の母親に鳥に姿を変えられて売られてしまうのだが、その美しい歌声で、飼い主から次の飼い主にどんどん高い値段で売られてゆき、最後に王宮に戻って魔法から抜け出したのだった。

そしてファンタリアが、呪文を唱えながら手を振ると、また光に包まれテレポート、今度は深い森に包まれ、大きな滝を背負った青いお城がそびえていた。城のわきを渓流が流れ、滝の音が響く中、カヌーやゴムボートが喊声を上げながら流れていく。

「川遊びや渓流のスポーツだけでなく、この深い森の中には、ツリーハウスや大掛かりなアスレチックコースもできている。その他にも、森林浴トレッキングコースや、ネイチャーゲーム広場、自然観察コーナー、たくさんの森の中のせせらぎでは、フライフィッシングなどもできる。各種キャンプ場やグランピング場も整備されている。仮想世界ではあるが、昆虫採集や野鳥観察、そして、各種の釣りも本物そっくりの体験ができると評判で、火をおこしたり、焚火の体験なども実によくできている。いろいろなキャンプの技術が学べるので、本物のキャンプの前にはここに来る人が最近多いそうだ。

「ここのお城でも部屋は回るけど、最後は森の中にある小さな舞台で歌声を披露するわよ」

ファンタリアに連れられて、まずはモリーのお城で部屋を回る。鳥人間モリー嬢の3分間劇場のお知らせが、メールで各部屋に流れる。またファンタリアに次々と予約が入り、緊張が高まる。最初に行った部屋は、なんと鳥の専門家、野鳥観察のグループの部屋だった。

「ほう、これは興味深い。夏に南国から渡ってくるサンコウチョウのオスによく似ていて、それを派手にしたような鳥、鳥人間だな。どんな声で鳴くのかな」

モリーは、夏の思い出と木漏れ日の道の2曲を合わせて歌声を工夫してみた。

歌の間もとても静かで、歌い終わってもしばらくはシーンとしていた。これは失敗したかなと思っていたら、そのあとで絶賛の大拍手。

「仮想世界はリアルな現実とは違い、嘘っぱちやよくてコピーばかりだと思っていたが、この歌声は違う。理由はわからないが、説得力があり、本当にいそうな気さえする」

「歌詞はわからないけど、情景が浮かぶような、意味が伝わってくるような気さえする」

そしてこのグループから評判が伝わったのか、最後の野外劇場では、予想外の観客が集まってくるのだ。

そのほかにも木工クラフトづくりのグループの部屋や、野外料理教室の部屋、毛バリから作ろうフライフィッシングの部屋、木管楽器のアンサンブルの部屋などもあったが、モリーの歌声はどこでも大評判だった。そしてこちらのお城でも不思議な部屋があった。美術大生やその卒業生で作っている森の精霊研究会の部屋だ。なんとここでは、アバターを実際に作るグラフィックツールで、動いたり、飛んだりする妖精や森の精霊を作っていて、透き通った羽の小さな妖精や不気味な精霊などが、森に見立てた広い部屋の中に実際に動いているのだ。

最初は森のような木が何本も茂っている部屋でかわいい妖精や美しい植物の精霊たちの姿を見て感動していたモリーだったが、部屋の隅で座っていたバブリオバビオンという老木の精霊をみて驚いた。

太った幹と短い根だけの体、頭から伸びた枝が5本の不気味な角のよう、体のあちこちに、黄色と赤の目玉模様のついた緑の葉が生え、ヘビのようにくねくねと絡んだツルが恐ろしい手のように突き出し、2つの大きなコブと深いしわと洞が不気味な顔を作る怪物であった。

「精霊というより大妖怪だわ」

怖さを押し殺して歌うモリー、そこで妖精のささやきと木漏れ日の道をうまく合わせてさえずった。小さな妖精たちは飛び回り、舞い踊り、体中で喜んでくれた。バビリオバビオンも体中の目玉模様の葉をざわざわさせて、ツルをくねらせて不気味な声を上げて笑った。

モリーは森の小劇場に行くまでに、飾り羽が増えて立派に伸び、実にあでやかに進化していた。

「モリー、すごいわ、数百人集まってる、劇場の周りに人が列を作ってるのよ」

森の小劇場は、清らかな小川のほとりの大木に囲まれた広場にあった。木で作られた小さな舞台と、大木の枝にいくつか取り付けられた照明セット、そして木目の美しいスピーカーが程よく森に溶け込んでいた。ファンタリアはモリーの鳥かごを持つと、舞台に駆け上がり観客にアピールした。

「皆様お待たせいたしました、鳥人間のモリー嬢の歌のさえずりショーでございます」

巻き起こる喊声。1度聞いたはずのお客も、噂を聞きつけてはじめて来た客もいた。気を良くしたモリーは、木漏れ日の道と妖精の羽ばたきに春風風の曲を組み合わせて、自由に思い通りにさえずりきった。

拍手喝さいを受けたモリーはそのままパレードの舞台となる大通りに直行テレポート、3人のパレードプロデューサーの前で自信たっぷりに歌声を披露、オーディションに満点で合格したのだった。

「ではモリーさんはパレードの第3舞台『珍獣村の仲間たち』の4人の賢者たちと一緒にパレードに出てもらいます。できれば珍獣村のテーマ曲を覚えて一緒に歌ってください」

「はい」

モリーはスマホからテーマ曲を流して、さっそく曲を覚えながらさえずりの練習を始めた。でも、会場に吊り下げられた鳥かごの中で、練習しながらも、パレードの出演者の様子をいろいろうかがっていた。もしかすると2人目の行方不明者の手がかりがどこかにあるかもしれないのだ。

だがきょろきょろしていると、1人の目つきの鋭い若い男がやってきて声をかけてきた。

「さすがだね、モリーラプラス君、自分も鳥人間という珍獣にアバターチェンジしてパレードの内側から、様子を探るなんてね」

「え、あなたは誰ですか」

すると若い男は少々悔しそうな表情でこう答えた。

「君の前に事件解決のためにやとわれていたネット探偵だよ」

そしてデジタル名刺を差し出しながら続けた。

「ネット世界とデジタル世界の複雑に絡み合った事件を両面から捜査して解決するネット探偵者のマリオネットコウジこと、冬樹コウジさ」

マリオネット?どういう意味?モリーは人間に操り糸をしかけて操縦する怪しいイメージが浮かんだ。

「7日間成果が上がらなかったから、スターシード氏は次の手として君を呼んだわけだね。まあ、ぼくもお払い箱になったわけではない。第3の手がかりの不思議博物館があまりに広すぎて手間取っているだけさ。心配はいらない、もう事件の捜査は7割ほど終わって、真相は近々ぼくが解明することになるだろう。事件はぼくにまかせて君はしっかりとパレードを楽しむといいさ」

そういうとマリオネットコウジは振り向きもせず雑踏の中に姿を消した

やがて時間が近づいてくると、大通りに葉大勢の観光客が押し寄せてきた。

ここは仮想世界なので、パレードのチケットを手に入れれば、何百人いても観客の最前列の視点でパレードが見れるし、アップや上空からなど視点も自由自在だ。だからどの位置に並んでもパレードをばっちり見ることができるし、もちろん隣の観客と話をして仲良くなることだって自由だ。

「あれ、モリーさん、パレード用のアバターで鳥人間になってますけどモリーさんですよね」

見たような顔がトゥルーレンズ越しにモリーを見つめながら近づいてくる。

「ああ、マヤちゃん、パレードを見に来たのね」

あの日本に働きに来たいと言っていたマヤちゃんだった。今夜はコンビニの仲間とパレードを身に出かけて来たというのだ。

マヤちゃんと楽しくおしゃべりしていると、あやしい3人が近づいてきた。美しい2人の女の子は、ギリシアの女神のような清楚なドレス、凛々しい男の子はRPGそのままに、勇者の戦闘服を着て、見事な剣を下げていた。

まずは幸運の小人を追いかけるペルセポネホリーという女の子が話しかけてきた。

「すいません、スターシードランドには、幸運の小人がいるって聞いたんですけど、どこにいるかしっていますか」

続けてチェルシーメイランドという環境問題を研究している女の子が休む間もなく話しかける。

「私も環境学の他、不思議動物マニアで、偉大なブタっていうのがいると聞いてどうしても会ってみたいとやって来たんですが」

最後にケンタロスという勇者を目指す男の子が入ってくる。

「すいません、スターシードランドにはドラゴンやいろんな怪物と戦えて、勇者の認定ま

でしてくれる場所があると聞いたんですが、どこか知ってますか」

なぜか3人に話しかけられてモリーもたじたじだ、だが、モリーは今見ていたパレードの様子から的確に話をした。

「勇者のことだったら、パレードの第1部隊が、正義の勇者アースアーサーだから、そのあたりの人に聞くときっとわかるわ。それから今私のいるこの第3部隊が珍獣や不思議生物の列だから、遠くに探しに行かなくても、この第3部隊で捜してみるか、詳しそうなお年寄りなんかに聞いてみるといいわ」

「ありがとうございます」

3人は感謝しながら去っていった。

やがて日は傾き、パレードの夜がやって来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る