神スペックのツンJK

@XI-01

神スペックのツンJK

*****


 立春が過ぎて数日――。


 放課後の生徒会室。


 折りたたみ式の長机はくちの字型に配置されていて、俺は上座にあたる会長席で腕を組んでいる。対面の席にいるのは鈴木だ。副会長なのだが、彼女は普段から下座のポジションを頑として譲らない。なんらかのポリシーがあるのだろう。


 次の文化祭における生徒会の出し物について、相談するところだ。二案あり、あとは会長と副会長で決めてほしいと他のメンバーから頼まれた。多数決ではケリがつかなかったということだ。面倒事を押しつけられてしまったように感じられ、俺は正直、気分がよくない――なんてことはない。立場と役割は無比の正確さをもって認識している。


「鈴木、執事喫茶とメイド喫茶、おまえはどちらがいいんだ?」


 文庫本を読んでいる鈴木はページをさらりとめくると顔を上げ、「どっちでもいいです。どちらでもかまいません」と回答した。


「俺が執事をやるのはかまわない。おまえはメイドをやれるのか?」

「やれます」

「資料を見た限りだと、なかなかきわどい衣装であるように映る」

「それがなにか?」


 俺はより具体的に、「肌を晒すのは平気なのか?」と念を押す。


 「問題ありません」


 そう答えると鈴木は「とはいえ」と前置きした上で、「我が校は女子の比率が高いわけです。よって、超絶イケメンで超絶クールでいろいろと卓越している超人的な会長が執事に扮したほうが売り上げが伸びると考えます」と駆け足で言った。


「意外だ。おまえに褒められるとはな」

「客観的な評価です。他意はありません。会長、時間なので、私、もう帰ります。ダメだと言われても帰ります」


 鈴木の家は老舗のうどん屋だ。夕方から夜にかけての時間帯は、彼女が接客を務めているらしい。買って出ているのであれば、感心すべきことだ。じつに親孝行だと言える。


「じきに日の入りだ。送ってやろう」

「いえ、結構です、遠慮します。誰かに見られて誤解されると面倒でありうっとうしくもあり、またなにより気持ち悪いので、吐き気を覚えてしまうので」


 鈴木はいつもずいぶんと早口でしゃべる。頭の回転が速いことの証左ではあるものの、相手への思いやり、配慮に著しく欠けている。しかし、それでこそ彼女だ。つっけんどんで個人主義者で愛想も悪ければ口も悪い。概念的にはある種の唯一神に近い存在だと言って差し支えないと、俺は考えている。


 合掌するようにしてぱたんと本をたたんだ、鈴木。立ち上がって椅子を引くと、頭を下げることなく「失礼します」とだけ言った。回れ右をして出入り口へと向かってすたすた歩いていく。しなやかさを感じさせる背だなといつも思う。


「ああ、待て」と、俺は呼び止めた。急に思いついたことを訊こうと考え、実際に「鈴木、おまえが読んでいる本はなんだ?」と口にした。


 鈴木は引き戸を開けたところで、身体ごと振り返った。


「『黒猫の三角』です。読んではダメですか? いけませんか?」

「誰もそんなことは言っていない。いわゆる『森ミステリィ』が好きなのか?」

「好きとか嫌いとかはありません。好きになる予感はあります。好きになってはいけませんか?」

「だから、そんなことは言っていない」


 俺が「行っていい」と顎をしゃくると、鈴木は「偉そうですね。尊大な態度ですね。気に入りませんね。だけど、急いでいるので失礼してさしあげます、失礼します」と独特の言い回しで話を断ち、戸を閉めて去っていった。


 必ず目を合わせて接してくれるのはうれしい限りだが、その黒い瞳は不変的かつ絶対的に冷ややかで、物を言うにしてもいちいちとげがある。会話が弾むことなどあろうはずがないし、むしろけんか腰に映ることのほうが多い。ただ、好きな作家が合致する余地だけは残されたのかもしれない。


 文化祭は来年度の話だ。

 結論を急ぐ必要はないだろう。

 そう考え、俺も椅子から腰を上げ、出入り口へと向かう。


 戸がガラッと開いた。


 鈴木が、戻ってきた。


 例によってすたすた歩いて、目のまえまでやってきた。

 少々、見上げられる格好になる。


「会長、やっぱり送ってください。忘れていました。私、ストーカー被害に遭っているんです」


 俺は眉間にしわを寄せ、「ストーカー?」と確認した。すると、鈴木はいまにも泣きだしそうな顔をして――なんてことはありえない。彼女に限ってそれはない。


「相手は男か?」

「はい、そうです。いけませんか?」

「気味が悪い以外の実害は?」

「現状、ありません。ダメですか?」


 なんとなく、らしくないなと感じ、つい「"神スペックのツンJK"と名高いおまえが、単なる尾行者に怯えるのか?」と要らないことを訊いてしまった。


 鈴木はムッとしたようなところも見せず、平然一色の表情で「美少女であることも攻撃的であることも女子高生であることも承知しています」と一息に言い、「でもそれらのファクターがいま、なにか関係ありますか?」と、つづけた。気を悪くした様子はやはりない。まばたきもせずに見つめてくるのは少し怖いが。


「いいだろう。送らせてもらおう」

「そうしてください、お願いします、ありがとうございます」


 二人で廊下に出て、俺は引き戸に鍵をかけた。


 先を行き始めると、鈴木がうしろからついてくる。


「……会長、やさしい、かっこいい」


 不意にそんな小さな声を聞いた――気がした。


 立ち止まり、振り返る。


 鈴木は「どうかしましたか?」とは言わないし、不思議そうに首をかしげたりもしない。ただひたすら、冷たい目を寄越してくるだけだった。



*****


 日が落ちつつある道中。


 鈴木と並んで歩き始めてしばらく経つが、けられている気配はない。


 長くなだらかな坂道を下る。


 冷えた風がひゅうと吹き渡った。


 視線を先にやったまま、「鈴木」と呼んだ。

 彼女もまえを向いたまま、「はい」と返事をした。


「制服だけで寒くないのか?」

「寒くないとダメですか?」

「そうは言ってない」

「問題ありません」

「ほんとうか?」

「嘘をつく理由がありますか?」

「ないな。だが待て。じっとしていろ」


 足を止め、マフラーを取る。

 真っ赤なそれを、鈴木の白く細い首にぐるぐると巻いてやった。


「なんのつもりですか?」

「おまえが多用する言葉で返そう。他意はない」


 歩きだす。

 しかし鈴木はついてこず、だから俺は「どうした?」と振り返った。

 彼女はマフラーに口元を沈め、やはり睨みつけるような目をする。


「不潔です。不本意です。迷惑です。取ってください、いますぐに」

「自分で取ればいい」

「じゃあいいです。取りません」

「意味がわからない」

「わからなくて結構です。問題ありません。課題もありません」


 俺たちのコミュニケーションは、はたから見れば一風変わったおかしなものでしかないだろう。結論は明確になっても、そこに至るまでの過程はメチャクチャなのだから。


「まえを向いてください。歩いてください」

「道案内をしてもらわないと、着きようがない」

「わかっています。すぐに並びます。追いつきます」

「了解した」


 あらためて、足を踏みだす。


「……えへへ、会長のぬくもり」


 そんな声がした――ように思えた。


 振り返る。


「またなにか言ったか?」


 鈴木は「いえ、なにも」と平たい声で返事をし、「というか、またってなんですか?」と不満げに言い、さらには「耳の奥に毒キノコでも生えているんじゃありませんか?」と妙なたとえを持ちだした。


 まさか、鈴木に限って「えへへ」など……。


 空耳だと判断したほうが賢明だろうと決め、俺は前へと進んだ。



*****


 下町情緒あふれる商店街の一角にある鈴木の家――うどん屋『すずき』のまえにおいて。


「会長、マフラーのお礼をします。させてください。うどんを一杯、ごちそうします。タダでいいと言っています。ダメですか? いけませんか? 迷惑ですか? 不吉ですか?」


 もうほとんど日は落ちている。


「家で夕飯が待っている。またの機会にさせてもらおう」


 すると、鈴木はただでさえ鋭い目をさらに鋭くして。


「ダメです。今日がいいです」

「理由でもあるのか?」

「あります」

「言ってみろ」

「言いません」


 また不可解なことを言う。


「マフラーを返せ。それだけでいい」

「お断りします。洗濯して月曜日にお返しします。汚してしまったので」


 首に巻いただけだ。

 汚れようはずがない。


「おまえは汚くないだろう?」


 鈴木のまなざしは、なおも挑戦的だ。


「汚いように見えますか?」

「いや、見えないと言った」

「汚い。薄汚れているって言うんですね?」

「誰もそんなことは言ってない」


 鈴木は「いえ、言いました」と断言する。


「会長はひどいひとです。謝ってください。土下座してください。それが嫌ならうどんを食べていってください。もちろんかけうどんしか出しません。いけませんか? ダメですか? 不満ですか? 不服ですか?」


 俺は嘆息した。


「わかった。ごちそうになろう」

「速やかに入店してください」

「案内してくれないのか?」

「いいからさっさと入ってください」


 取り付く島もないとはこのことだ。

 今一度吐息をつき、暖簾をくぐろうとする。


「……会長はいつだって素敵」


 三度みたびになる。

 うっとりとしたような色を持つ声が、また聞こえた。


 空耳を疑うより早く、鈴木のほうを振り向く。


「絶対、なにか言っただろう?」


 鈴木は露骨に眉をひそめてみせた。


「言いませんよ。突発的に発生した未知の体内物質によって聴覚が機能しなくなってしまったというインシデントではありませんか? 私はきっと、いえ、絶対にそうだと思います。センパイ、今日はなんだかおかしいですね」


 おかしいのは、俺?

 ……まあ、そうか。

 うん。たぶん、そうだろう。

 そういうことにしておいたほうが、余計な思考をめぐらせずに済む、か……。


 ――いいや、ちょっと待て。


「鈴木」

「いちいちこっちを見ないでください。早々に入店してください。何度も言わせないでください」

「店には入る、入るが、おまえいま、センパイって言ったな?」


 鈴木はついに憎たらしい顔をして、「はあ?」と首をかしげてみせた。


「言ってませんよ。どうして会長のことをセンパイなんて呼ばなくちゃいけないんですか。そんな決まりでもあるんですか? 私が知らないうちにできたんですか? もしそうならやめてください。自分のルールを押しつけないでください。私の価値観を攻撃しないでください。私のなかに入ってこないでください」

「いいかげん、早口はよせ。内容のインプットに多少の時間を要してしまう」

「うるさいです、ウザいです。いいから入ってください」


 もはや承諾する一手しか残されていないようだと、俺はいよいよ観念した。

 今度こそ暖簾をくぐった。


「……会長、結婚してください」


 きっとやっぱり幻聴だろう。



*****


 自らのベッドで眠っていたところを、断続的なバイブレーションで起こされた。

 枕元のスマホを探り当て、目を閉じたまま、通話の要求に応じる。


「俺の睡眠を妨げるのは、いったい誰だ?」

「鈴木です」


 たしかに本人の声だ、間違いない。


 なにかの折を想定して、一応、電話番号だけ交換していた。そう、あくまでも一応だ。こちらから連絡したことはなく、逆もまたしかり。初めての電話越しだということだ。


「どうした? なんの話だ? 察しているとは思うが、俺は眠いんだ」

「明日、マフラーをお返しします。会長の家に伺います。ダメだと言われても伺います。ダメですか? いけませんか? 迷惑ですか? 嫌ですか?」


 いつもの早口が鋭角的な刺激を帯びて頭に突き刺さってくるが、そんな事象にも俺の眠気は負けたりしない。眠い。眠いのだ。


「明日は何曜日だ?」

「日曜日ですが、それがなにか?」

「月曜日でいい。学校で返してくれればいい。おまえ自身がそうすると言ったように記憶している」

「明日じゃないとダメになりました」

「なぜだ?」

「鮮度が落ちるからです」

「鮮度とはなんだ?」

「わかりませんか?」

「わからないな」

「とにかく伺います。朝早くに伺います。ちゃんと家にいてください。待っていてください」


 どうして「朝早く」なのか。

 理由を問いただそうとは思わない。


 眠たくて死ぬ。

 一刻も早く寝たい。


「わかった。いいだろう」

「用件は以上です、さようなら」

「――いや、待て、鈴木」寝落ちしかけている脳がにわかに活性化した。「おまえ、俺の家を知っているのか?」


 「知ってますよ。あたりまえじゃないですか」と即答された。


「教えた覚えはないぞ」

「いいえ。教えてくださいました。会長が私の手帳に書いてくださいました。頼んでもいないのにしたためてくれました。情けないですね。若年性健忘症ですか? 病院にかかることをオススメします。親戚に脳神経外科の権威がいるので紹介します、してさしあげます」

「親戚に? ほんとうか?」

「嘘に決まっているじゃありませんか」


 なんだかもうどうでもよくなってきた。


「くり返す。家にいる。以上」

「ほんとうにお願いしますね、センパイ」

「ああ……って、ちょ、おまえ、いま、絶対にセンパイって――」

「言いませんよ。眠いのでもう寝ます。今度こそ、さようなら」


 電話は向こうから気持ちよく切られた。



*****


 日曜日。


 鈴木の「朝早く」の定義がわからないので、六時に起床して十五分ほどで来客の準備を整えた。


 鈴木は六時半にやってきた。

 真っ赤な――俺のマフラーを首に巻いて。


 玄関で出迎えたわけだが、自然と眉間にしわが寄る。


「どうしたんですか? なにか不思議ですか? それとも不審ですか? あるいは不愉快なんですか?」


 今日も朝っぱらから一気に言ってのける。


「あえて訊こう。どうして使用中なんだ?」

「寒かったんです。仕方ないじゃないですか。それでも怒りますか? 私は怒られてしまうんですか?」

「その白いダッフルコートは、じつに暖かそうに見える」

「そんなことは知りません。黙ってください。早く部屋に通してください」


 ため息が漏れた。


 二階の自室に導いてやって、座布団に腰を下ろしてもらった。

 コートは脱いだくせにマフラーを取らないのは、なぜだろう。


「待っていろ。紅茶を淹れてくる」

「コーヒーがいいです。コーヒーじゃなきゃ嫌です。ダメですか? 怒りますか? いけませんか?」

「……待っていろ」


 コーヒーカップをのせたトレイを手に階段を上がり、戻ると、鈴木は俺が普段から愛用している枕を抱いた状態で座布団の上にいた。


「鈴木、おまえはいったい、なにをしている?」

「この部屋、なんかくさいくさいと思ったら、これのにおいでした」

「くさいんだったら抱えるな。とっとと元の位置に戻せ」

「嫌です。ふざけないでください。最悪です。もういいです。早くコーヒーを寄越してください」


 述べていることがまったくもって支離滅裂だ。が、それはもはや想定内だし、想定していなければならないことでもあるのだから、素直に平常運転だと評価するしかない。


「マフラーを取らないのはどうしてだ?」

「寒いからです。このままでは凍えて死んでしまうかもしれません。会長は私を殺したいんですか?」

「暖房は十八度に設定してある」

「二十度に上げろとは言いません。電気代のことを心配してあげています」

「……もういい」


 俺も座布団に座った。


 おたがい、カップに口をつけた。


「ああ、ブラックでよかったか?」

「ダメです。いけません。よくないです。このコーヒーはまずいです。インスタント感がありありと窺えます」

「豆から挽いたものなんだが?」

「うるさいです。しゃべらないでください。可及的速やかに角砂糖を取ってきてください」

「……待っていろ」


 指示どおり、鈴木の目当ての品が入った小さな瓶を持って戻ると、彼女はベッドの端に腰掛けていた。


「なぜそこに移動した?」

「そんなの私の勝手です。いいです。もう帰ります。早起きしたから眠いんです」


 なにも響かないだろうと考え、「俺も眠いんだが?」と切り返すのはやめておいた。


 玄関にて。


「では会長、明日、またお会いしましょう。さようなら。無駄かつ無意味な時間を盛大に過ごしてしまいました。もう二度と来ません。ありがとうございました」


 結局、マフラーは返ってこなかった。



*****


 月曜日の朝。


 黒い学ランに袖を通したところで、スマホに着信、通話の要求。

 ベッドから拾って画面を確認すると、「鈴木」とあった。


「用件だけお伝えします」

「おはようが先だろう?」

「おはようございました」

「正しくない日本語だ。おまえらしくもない」

「今日の放課後、十七時ぴったりに、生徒会室にいてください。相談したいことがあります」

「文化祭の件か?」

「それ以外になにかありますか?」

「ないな。わかった。請け合おう」



*****


 放課後、十七時。

 生徒会室のまえ。


 引き戸が解錠されているであろうことは、来る以前からわかっていた。職員室で鍵を借りようとしたら、すでになかったからだ。


 戸を開ける。


 黒のセーラー服に真っ赤なマフラー。

 窓から差し込む西日を背にして、鈴木は立っていた。


 俺は後ろ手で戸を閉めた。


「待っていろ。そう聞かされたつもりだが?」


 鈴木は答えない。

 彼女が口を開くまで待つと決めた。


「王様みたいに偉そうで貴族みたいに高圧的なくせにやさしさだけは青天井。そんな歴代最低最底辺の会長に質問です。今日はなんの日か、知っていますか?」

「バレンタインだろう?」

「うれしいですね。最高ですね。会長のことだから、チョコレート、たくさんもらったんでしょうね。わんさかもらったんでしょうね」

「大きなエコバックを用意してきた。経験則を活かした対応だ」

「私からももらえると思っていますか? 義理もなければ友だちでもないですけれど。会長、できることならいますぐ消滅してください、ぜひお願いします。いけませんか? ダメですか?」


 俺は鼻から息を漏らした。

 

 我が校きっての有名人であり、その圧倒的な美少女ぶりと強固なまでの攻撃的な性格から"神スペックのツンJK"と呼ばれている生徒会副会長――すず知佳ちか


 世の男女を浮ついた気持ちにさせる「バレンタイン」という魔法に晒されても、それを物ともせず、鈴木は今日も一日、きちんと「鈴木」をやってきたのだろう。俺が知る限り、彼女のキャラクターがブレたことは一度たりともない。


「一つ、質問がある。どうして俺の家を知っていた?」

「答えたくありません。答える必要もないと考えます」

「答えろ。怒ったりしない」

「いいです。わかりました。会長のあとを尾けたことがあるからです。ストーカーの被害に遭っているなんて嘘です。むしろ、私がストーカーなんです」


 予想していたとおりの回答を受け、俺の口元にはやわらかな笑みが浮かぶ。徹底的にやるところがいい。それでこそ鈴木だ。異常性すら美しい。


「怖いですか? 不気味ですか? 気色悪いですか? 軽蔑しますか?」

「あきれはするが、それだけだ。大したものだ。気配には敏感だと自負しているからな。鈴木、おまえはなかなかできるようだ」

「侮らないでください、馬鹿なんですか?」

「侮ってもいなければ、馬鹿でもないつもりだが?」


 そっちに行ってもいいですか?

 いいですよね?

 行きますよ。

 動かないでください。


 やっぱり、一息にそう言って。


「死んでもチョコレートなんかあげません。そのかわり――」

「そのかわり?」

「私をさしあげます」


 鈴木が首から取ったマフラーを、俺の首に回した。

 それを両手で引っぱって、こちらに若干の前傾を強いる。


 それから、いよいよ、首に、強い力で、両腕を、巻きつけてきて――。


 キス、キス、キス――からのディープキス。


 唇が離れると額と額とを密着させ、はあはあと吐息を交差させる。


「会長、馬鹿なんですか? どうして舌を出すんですか? 出したんですか? 頼んでないんだから、やめてもらえませんか? 嫌です。気持ち悪いです。というわけなので、死んでください。お願いします」


 舌を贈ったのは「気持ち」であり、「想い」だ。

 ちゃんとしっかり伝わったことだろう。


 力いっぱい抱きすくめ、今度はこちらからしてやる、深く、深く。

 非常に尊い時間であることは言うまでもない。


「会長は大馬鹿ですね。死ぬほど馬鹿ですね。そんなに私が好きなんですか? そんなに私が欲しかったんですか?」

「その認識で相違はない」

「付き合ってください。責任をとってください。いけませんか? ダメですか? 私のことは要りませんか?」

「要ると言った」


 そっと抱き合う。

 抱き締め合う。


 そのまま数分――。


 ――そして。


「……あの」

「なんだ?」

「二人きりのときは、好きなように呼んでもいいですか……?」

「ああ、かまわない」

「……大好きです、りょうセンパイ」


 "神スペックのツンJK"が、ついにデレた。

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