第29話 爽やかな後味

「まぁさか間者とは思いませんでしたよぉお」


 ムカデの死体は吹き上げる血も収まってきており、虚ろな目を剥く彼女の目元にフォニーは手を沿え、優しく瞼を下ろした。

 革が曲がる音を立てながら彼は直立すると、ベストに付着した血を拭い取りながらようやく入口から歩み寄って来たヴェームに声を投げ掛ける。

 当の本人は蜘蛛を引き連れながらヴェールの下で、さも何も知らないとでも言いたげな表情を浮かべていた。


「あら、心外ですわね。わたくしがいつ、貴方に間者を忍ばせたと?」

「かぁれですよ、彼」


 フォニーは頭の上の蜘蛛を指差す。

 蜘蛛はまるで踊るように、フォニーの言葉に応え上下に揺れ動いている。そして、フォニーの隣にまでヴェームが近寄ったのを機に、蜘蛛は準備運動のように何度も足を伸び縮みさせた後ヴェームの肩に飛び移った。

 蜘蛛が彼女の黒い服に乗り移ったことで、フォニーはようやくヴェームがここに訪れた理由を理解する。

 その蜘蛛の尻から、白く細い糸が伸びているのだ。雪の上を歩いている時には気付けなかった。よく見ればその糸の先は、ヴェームの左手の小指に繋がっている。


「凄いですねぇえ、仲がよろしいぃ……っとぉいう訳ではぁないんでしょう?」

「仲がいい? ふふっ、随分可愛いらしい言い方をしますのね。まぁ、貴方の言う通りですわ。……あと、この子たちは女の子ですのよ。彼と呼ぶのはやめてくださいまし」

「おぉ、それは失礼」


 そうしてムカデの死体を解体する頃には、外の猛吹雪は少しだけ収まりを見せていた。

 この程度の風ならば、歩いて帰ることも出来るだろう。


「首は、是非持って帰ると良いわ」

「いいんですかぁあ? お金だぁい好きな貴女様が?」


 解体したムカデ遺体を前に、ヴェームは呟く。

 賞金首の殺害の証明として、最も一般的なのはその者の頭だ。それ以外の部分では、地域によるが正式に受理されず懸賞金が受け取れない場合もある。

 ヴェームとフォニーは、同じ賞金首を狙った賞金稼ぎだ。

 こういった場合、本来は話し合いにより懸賞金を分割するものだが、その引換券を彼女は全てフォニーに差し出すというのだ。疑問を感じるのも当然の事。


「当然よ、わたくしは狩ってもらった立場ですもの」

「……モットーは金銭に見合うサービスぅ、ですか?」

「うふ、その通り。ほら行きなさいな」


 フォニーは彼女のかつての発言を思い出す。

 彼女の雇い主は、ムカデに騙された貴族の末裔だ。勿論報酬金は彼の懐から出される物であって、懸賞金ではないのだろう。となると、首を差し出す必要は無いのだ。


「ふっ、なぁにが金銭に見合うサービスですかぁ」


 同じ賞金首を狙った。は、正確には違った。

 彼女は元より、ムカデの首など狙っていなかったのだ。彼女が確実に死んだという証拠さえ入手することが出来たのなら。そしてその証拠とは、今フォニーが小脇に抱えている物。

 フォニーがこれを差し出せば、ムカデの手配書は取り下げられる。

 賞金首の手配書が取り下げられる理由は、例外を除いてただ二つ。賞金首が逮捕されるか、死んだと確定した時だ。


「うふふっ、今更気付いても遅いですわよ、ムッシュ?」


 ヴェールの下で妖しい微笑みを湛える。

 敵の位置を把握しフォニーに流し、間者を忍ばせ敵へと導く。いざという時にはムカデを妨害し、リスクが生じる部分は全てフォニーに。

 詰まる所、一番の勝者は彼女だった訳だ。




 ◆~~~~~◆




「ということがあったんですよぉお!」


 白ワインを片手に、大きな一切れのローストビーフを頬張りながら喋るフォニーを、薔薇は冷ややかな視線で見つめる。傍らの巨像は、やはり静かに佇んでいるばかりだった。


「だから何よ……わざわざ報告しに来たって訳?」

「えぇえ勿論。友人に近況を報告するのぉはっ、普通の事では無いですかぁあ?」

「ハァ!? 私とアンタがいつ友人になったのよ……!」


 薔薇は鬱陶しそうにしながらも、小皿に取った料理を丁寧に切り分け口に運ぶ。そして、口腔を洗い流すように果実水を呷った。

 結局、胸騒ぎの原因はあの銃取引の連中のせいだったらしい。

 ヴェーム曰く彼らが街に現れるようになり、街の住人が怯えていた。というのが違和感の正体。


「……熊除けが効いたようで良かった」

「えぇえ助かりましたぁ」

「やっぱりアンタが渡してたのね、このクソ木偶ッ。はぁ、だから友人なんて勘違いされるのよ……」

「……北方に行くと聞いてな」


 手に余る大群に対し、フォニーが取った作戦はこうだった。

 まず、工場の外側に放置されていた縄を全て回収し、二本の長い縄に繋げる。そうして出来た縄を入口の大きな扉に括り付けフェンスの支柱に掛けることで、フォニーは工場の天井に居ながらも扉を開くことに成功したのだ。

 因みに最初彼らが感じた何を打ち付けるような音とは、フォニーが壁に突き刺したファルシオンを足場に天井を上っていた音である。

 そうして扉を開き、吹雪を遮るものを消し去った後は簡単だ。

 二階部分から侵入し、敵の頭上を取るだけ。


「で、当然ここは奢りでいいのよね?」

「まぁさか。面白い話を聞かせてあげたんですよぉお? んそちらが払うのが筋ではぁ?」

「ハッ、冗談。面白いなんていつ私が言ったかしら? むしろ退屈な話を聞いてあげたお金を取りたいくらいだわ。私の美貌と優しさに感謝して欲しいわね」


 懸賞金は滞りなくフォニーの手に渡った。その後フォニーは極寒の街を後にし、いつもの王国内に戻って来たのだ。

 こうして今、薔薇と巨像と共にいつもの店で宴会を愉しんでいる。


「まぁあまぁお金の話は後でいいじゃあないですかぁ」

「えぇそうね。問題はあの女……」


 フォークを思い切り皿に突き立てる。

 食材を貫通し、食器と打ち鳴らされたフォークが甲高い音を立てた。


「変人二人ですって!? 喧嘩売ってるわねあの女!」


 賞金稼ぎの中で、薔薇と巨像はまさしく変人の類だとは、この状況ではさしものフォニーでも口にすることは出来なかった。

 二人組でいるところといい、最新式の拳銃を使っているところといい、巨像の格好といい。その出自といい。


「木偶! 仕返しに今すぐアイツのある事無い事吹聴しに行くわよ!」


 とは言え、当のヴェーム本人も凡庸であるかと問われたらそうでもない。

 毒使いのヴェームは、毒を用いて対象を暗殺する。

 賞金首と戦い、首を刈り飛ばすことが生業である賞金稼ぎの中でも、彼女の技術は特殊なものだ。

 彼女は、体内で毒蟲を飼っている。

 それらと意思疎通できるのか、はたまた訓練の末に命令が出来るようになったのかはフォニーが知るところではないが、彼女は体内に飼っている虫を自在に操ることで対象を暗殺する。

 それが平凡かと問われると、そうでないと答えるのが一般的だろう。

 実力を持つ賞金稼ぎというものは、どこかしら異様な部分を持っているのかもしれない。自分自身も変人の類であることを棚上げしつつ、フォニーはそう密かに思った。


「でぇは私もお供いたしましょう!」

「ハァ? 何よアンタ私のこと好きなの? いちいち付いてこないで頂戴」

「おぉやおや! 友人の悪巧みに付き合うのも、ごく普通のことですよぉ?」

「ちょっ、肩を触らないでよこのクソ木偶!!」

「うふふっ、さぁあさぁ! 早速行きましょうば、ら、さ、ま!」

「何勝手に話進めてるのよ……! 変質者としてアンタを詰所に突き出すのが先だわッ! あっちょっ、腰触んないでよ!」


 ワインを飲み干し、店を出ようと立ち上がった薔薇に追行する。

 後味が妙に爽やかだ。曰く、食事は何を食べたか。それより、誰と食べたかを重視すべきと聞く。この秋風が撫でるような味も、友情とやらの効果なのだろうか。






「……」


 フォニーの爽やかな表情を見て、間違えて薔薇が口を付けた果実水を飲んだ。とは、迂闊には言い出せない巨像であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

薔薇と巨像の首稼ぎ 朽木真文 @ramuramu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ