第20話 冒険心

 間合いを詰めるのは歩み。

 しかしそれは徐々に速く、速度を増していく。早歩きになり、そしてそれは走駆へと。

 片や拳銃とナイフ。対するベイオフは大剣ツヴァイヘンダ―ただ一振り。

 ナイフはいいとして、拳銃の有効射程は15サージェン30m弱。ただそれも精度が落ちるというだけで、殺傷力が削がれるには更に距離が必要になる。

 対する大剣は0.5サージェン1m強が関の山。分があるのは薔薇だ。だからこそ、薔薇は確実に最初の発砲で間合いを詰めてくる。

 そうベイオフが思う事も、彼女は分かっていた。


穿つ戦杖バクルスッ!」


 まるで長い一つの音のように、六つの銃声が連続的に鳴り響く。

 喉だけを局所的に狙う六連発。防御の体勢だったベイオフの腕が上がる。僅かに剣が軋む音を聞き、歪んだ表情で剣身を更に斜めに構えた。

 排莢を終え、シリンダーのロックを外し、銃口から煙が噴き上がる銃を回転させながら頭上に投げ捨て、薔薇は三本目の銃を抜く。同時に、銃弾を目眩ましのように頭上にばら撒きながら。

 真鍮が月光を乱反射する。二人は既に交刃の間合い。


「……――――!」


 片手で大きく振るわれた大剣に、むざむざ斬られてあげる程薔薇はお人好しではない。

 再び彼女は銃弾を今度は地面にばら撒くと、膝を突き、上体を逸らし、走駆の勢いを利用して銃弾の上を滑る。

 剣身が、彼女の鼻に僅かに触れた。


「ハハッ! 冷たっ!」

「クソ……ッ」


 剣を振り抜いたベイオフが一歩退く。

 後ろに回った薔薇に向け反転し、返す刃でもう一度剣を振るう気だ。薔薇はそれを許さない。

 投擲用の刃を抜き、軸足を楔を打ち込んだ。ベイオフの表情が苦悶に歪むも、痛みに耐え抜き刃を返す。


「ケヒッ!」

「化け物め……」


 快音が鳴った。

 足を刺した腕を軸に、蠍のように身体を沿って剣身を思い切り蹴り上げたのだ。

 既にナイフを突き上げようとしている薔薇を前に、上段に弾かれた剣を戻している時間は無い。空中でツヴァイヘンダーがプロペラのように回転した。

 突き出されるナイフを持つ腕を肘で打ち落とし、ベイオフは刺された足を押し返し彼女を蹴り上げる。

 薔薇はもう片方の手に握られた拳銃のグリップで足を押し返すと、そのまま岩壁に向かって発砲、銃から手を離す。壁に弾かれた弾丸が、空中で回る大剣を弾き飛ばした。

 それは、まるで盤上遊戯チェスのような攻防だった。

 薔薇がナイフを突き付ければ、ベイオフはそれを逸らす。ベイオフの拳が彼女の顔に寄れば、薔薇はそれを絡み付くように受け流す。

 どちらかがチェックを掛ければ、どちらかが逃げる。一進一退。どちらが先に命を奪っても、なんら可笑しくはない。力量、技量、謀略。どれをとっても、二人の間に大きな差は無かった。

 ただ、一つを除いて。


「……」


 眼を狙った突きを、ベイオフは頭を傾けて躱す。

 またと無い好機だ。

 彼女の腕は長い方だが、それは彼女の4フィート122mという身長で考えるとの話。ベイオフの眼を狙うにしては、かなり無理をしないといけない長さである。

 腕を伸ばせば引かねばならない、剣を振れば手と刃を返さねばならない、銃を撃てば排莢し弾を込めねばならない。無限に攻撃し続けられる存在はいない。そして、それは攻撃のエネルギーに比例する。

 彼女の腕では、腕を引き再び攻撃の体勢を取るには時間が掛かる。彼の頭に、薔薇と言うキングを弾き飛ばす算段が見えた時だった。その盤面が反転したのは。


「貴方は強いわ」


 腕を圧し折ろうとするベイオフを前に、彼女は腕を戻す事無く告げる。

 唐突な賞賛。しかし、彼女は敗北を認めた訳ではない。薔薇の眼を見ればこそ分かる。今も尚、勝利の確信を抱き続けているということが。


「国を裏切り、故郷が燃える様を眺め、こうして今は有象無象のボス。大したものだわ。そこだけは認めてあげる」


 彼女の手には無い筈の銃の作動音が、ベイオフの耳元で囁いた。

 彼女の腕を折ろうとしていた肘が止まる。耳の後ろに冷たい感触が触れたのだ。それはさながら死神の接吻のように、鼻腔まで死の香りを運ぶ。


「でもね、貴方律儀すぎるのよ」


 困惑がベイオフの中で渦巻く。

 それは、彼女が最初に六発をほぼ同時に撃った銃だ。彼女はそれを棄てたようで、緻密な計算を元に空中で装填し、そして再びその手で握ったのだ。上に投げた筈の銃弾が落ちてきていないのがその何よりの証拠。

 理屈では理解出来る。絶対に不可能とは言えない。理論の上では可能だ。だが、それを頭で理解しろと言うのは話が違う。

 彼女の銃はシリンダーをスライドする物でも、中折れ式の物でもない。一発一発を、丁寧に込める必要がある。

 それを、見ずに。空中で。有り得ない。しかし彼女はやってのけた。


「格闘術は軍隊式。昔は海軍、今は海賊?」

「そりゃどうも」

「折角の新しい人生。使ったことの無い武器は触った? 行ったことの無い場所には行った?」

「……何が言いたい?」

「飲んだことの無い酒は飲んだ? 食べたことの無い料理を食べた? 知らない神を信じてみた? 新しい技に挑戦は? 曲芸みたいな戦い方を試したことは? ……世の中、未知の方が多いのよ。私たちはそれを摂取し、常に新たな自分になる必要がある。貴方に足りなかったのはそんな……、冒険心よ」


 ゆっくりと降りるベイオフの腕を見ながら、薔薇は腕を引き戻し銃口を胸元に移動させた。確実に、引き金を引けば殺せる位置へ。

 ベイオフは彼女の言葉に何かを考えるように遠くを見つめていたが、やがて何かを決めたように決然とした瞳で下を向きながら口を開く。


「……チェックメイトか」

「そういうこと。……遺言なら聞くわよ」

「何も無いさ、そんなもの。……いや」


 ベイオフは大きく手を広げた。まるで、神を崇める敬虔な信徒の如く。天を仰ぎ、恍惚とした表情で。


「……――――我らが月に栄光あれ!」


 銃声。棄てた空薬莢が、冷たい音を立てながら岩の床を転がった。

 薔薇の賞賛は本物だ。

 ベイオフは確かに強い。当事者である薔薇本人も、最後まで勝敗は分からなかった。だからこそ勝敗を決したのは、あの賭けのような空中装填。

 もし薔薇が、そのような隙は無いと堅実に立ち回ろうとしていたら。咄嗟の発想ではなく、事前に練った構想で勝負していたら。負けていたのは薔薇だった。

 銃への装填を終えせめてもの弔いに、ベイオフの手を神の前で祈るように組んでやる。


「終わった?」

「見ての通ぉりですぅ」

「……終わった」


 他の銃の排莢、装填の後ガンプレイをしながらホルスターに銃を収め、薔薇は訊ねながら振り返る。

 首を一刀の下切断され、頸を鎖で強打された遺体たちが転がる中、フォニーと巨像の二人はベイオフの遺体の下に集まった。


「おぉー彼がベイオフ・ローザント? 悪ぅうい顔ですねぇえ!」

「アンタも大概よ。木偶?」

「……あぁ」


 無機質な返事と共に斬馬剣が振り下ろされた。

 首級を抱え、城を去ろうとする薔薇と巨像の二人に一瞥もくれることなく、フォニーはベイオフの船に乗り込み始める。

 三人が乗って来たものよりも大きな帆船だ。船室も、行きの船よりは幾分か広いだろう。

 確かに帰りの船としては行きの物よりいいとは思われるが、我々は浅い知識で航海してきている。あの岩壁を抜ける程の高度な操縦技術を持っている人間はいない。

 よって、三人はその船では帰れない。だと言うのに、そのような船に入って何の用があるのか。


「……何してんの?」

「おぉやおや! 戦利品の回収は勝者の特権ですよぉお! 残念ながら私の財産は棄ててしまいましたからぁ、その補填をするんですっ」


 薔薇の表情は呆れた様子だ。溜息を吐きながら、二人は再び歩みを進める。


「ハッ、勝手にしたら。待たないわよ」

「追ぉい付きますのでご心配なくっ!」


 そうして船室に潜っていくフォニーを傍目に、薔薇と巨像の二人は城を去っていく。こうして三人の仕事は、終わりを告げたのだ。

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