第15話 招かれざる客

「まだ暖かい……死後そこまで経ってないわ」


 薔薇がウェルの屍を検めている。

 まず首に触れ、違和感のある感触に首を傾げる。凝視して観察すれば頸動脈を周るような、縄のにも似た痕跡が残っていた。

 次に傷口。カットラスが刺さっていた箇所からは、ダラダラと血液が流れ出た道筋がある。触ってみると、ぬらりとした感触と共に彼女の白くて細い指に血液が付着した。彼女はそれをウェルの服で執拗に拭い取り、周囲を観察していた二人に視線を送った。


「何かあった?」

「……何も」

「こちらもですっ」


 彼の死体以外、この場所に異変は無い。おどけた様子のフォニーと二人は集まり、周囲を警戒しながらも敵の意図を推察する。


「こぉれってつまりぃ」

「察するに」

「……裏切りがバレた」


 ウェルはこの島の人間に属さず、賞金稼ぎの三人に密かに協力していた。それが島民の面々に知られれば、見せしめに殺される程度何もおかしい事ではない。


「見せしめ、じゃないわね」

「でぇえしたら分かりやすい場所に吊るす筈ですねぇえ。そぉおれこそ、あの道とかっ」


 だとするならば、敵の意図などただ一つ。

 死体は刺殺ではない、絞殺だ。手の指には抵抗の痕跡があったが、それは首を絞めた縄を苦し紛れに取ろうとしたからであり、争いの形跡ではない。

 となると殺害の状況は不意打ちでの絞殺。何者かと話している間に、後ろから縄によって絞め殺したのだろう。

 それをわざわざ、二人が野営する付近に磔にしたのだ。その意図はそう、ただ一つ。


「わざわざ警告して頂いたってことよ。まぁなんて優しい方々でしょう、そのご厚意に感謝しないといけないわね」


 おどけた様子の薔薇の行動は、言葉と一致していない。

 無論、他の二人もである。


「ふふふっ、面白くなってきましたねぇえ?? どうします??」

「こうなってしまえば正面衝突ね。迂回して船を壊されれば居残りよ? 考えたくもないわ」

「……敵は我々を迎撃するようだな。そこだけが好都合だ」


 巨像の言葉に薔薇とフォニーが頷いた。警告とはつまり、「これ以上進むのならば武力行使も止む無し」。

 考えてみれば当たり前だ。いくら悪名高い犯罪者たちを狩り殺して来た賞金稼ぎとは言え、数はたったの三人。恐らくベイオフの下にはかなりの数の戦闘員がいる筈だ。その上、島民も彼に味方する。

 ただ逃がすことは無いと知ればこそ、この三人は躍る。


「……早速お客様ね」


 現れる人影は一つ、二つと増えていき、最終的な数は二十にも昇る。

 カットラス、サーベルに銛に散弾銃。それぞれがそれぞれの得物を手に、薔薇は見定めるような視線が送られているのを感じ取る。その不快感に、彼女は舌打ちを漏らしながら銃を抜いた。


小児性愛者ロリコンがいるみたいだけど、私が殺していいわよね」

「えぇえもぉちろん! 私は六人ほど相手をしますのでぇえ、後はお任せしても??」

「……問題無い」


 戦いの幕を切ったのは薔薇の発砲だった。

 吸い込まれるようにして散弾銃を持っていた男の眉間に命中すると、風穴を開けた死体の完成だ。

 続けて駆け出すと、あっと言う間に懐に潜り込み心臓と銃弾をキスさせる。振り下ろされるサーベルを男の死体を盾にすることで受け止め、肉の盾の後ろから発砲し鎮圧。

 まとめて襲い掛かる相手を同時に切り伏せるのは巨像だ。銃弾すらも防ぎきる防護服だ。素人に毛が生えたような者たちの刀剣など、刃が通る筈もない。攻撃を受けてから斬馬剣を振るう。その繰り返しで、気付けば巨像に襲い掛かる人間はいなくなっていた。


「おぉ! 危ないですよぉ!!」


 フォニーは演技っぽく叫びながら、振り下ろされるカットラスを抜いたファルシオンを交差させて構えることで受け止める。

 続けて交差した剣を捻るようにし敵から武器を落とさせると、そのまま流水のような流麗な動作で首元を突き殺した。

 意識は既に別の敵へ。

 中距離から間合いを詰めようとする敵に対し、フォニーは視界の端に捉えながら緩慢とした動作で左足に巻き付けていた鎖を解いている。

 そして半分ほど解くと、左手に持ったファルシオンを投げた。


「は?」


 困惑と同じくして生命活動を停止した男を傍目に、フォニーは左の足で大きく虚空を蹴る。

 敵と彼との距離は大幅に歩いても五歩はある。普通に考えれば、彼の蹴りは空振りだ。しかし、彼の蹴りは当たる。正確には、巻き付いた鎖の先にあるファルシオンの刃が。


「おぉっと失礼!!」


 二刀流の剣技と、変則的に襲い掛かる刃。波打つ鎖、6.29フィート192cmの長い脚から放たれる蹴撃自体も強力で、次々に敵を沈めていく。

 そうしてフォニーが大した時間もかけず六人目を斃した時、既に薔薇と巨像の二人も戦闘を終えていた。

 三人が集結する。薔薇はおもちゃに飽きた子供のように、死体を蹴り転がした。


「有象無象ね。相手にならないわ」

「おぉなじく」

「……問題は数だな」


 先鋒だけで二十。この規模を見るに、本隊は百を優に超えるだろう。さしもの三人とは言え、同時に百人以上の相手は手に余る。

 薔薇は懐中時計をフォニーから奪い取り確認する。時刻は真夜中、まだ太陽が昇り切るには時間が掛かる。

 三人は互いにアイコンタクトを交わした。

 敵は数の暴力で敵を潰したい。対してこちらは数的優位では敵わない、詰まる所各個撃破が望ましい。幸いなことに、天は身を隠したい三人に味方している。取るべき戦術は一つしか無かった。


「ここはひとぉつ……ゲリラ戦と行きましょぉうかっ」

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