第5話 業務報告

 大木田さんとの契約は結局延長なしで終わった。

 わたしが連絡を入れた翌日、改めて大木田さんから連絡があり、上記の旨と合わせて問題は解決に向かっていることを話してくれた。

 大木田さん達が取った方法。

 それは既存のレガシーシステムを現在のコンピュータでも動作できる様にするためのエミュレーションアプリを開発だった。

 エミュレーションを使うことでサーバーマシン上に仮想のレガシーシステムを構築。

 レガシーシステムと現行システムとの橋渡しをするためのツールも充実させることで、システムをコアとして機能拡張ができるようにしたのだ。

 結果的に国内には同じ様なレガシーシステムを運用している会社が多数あることが分かり、それらの会社に今回のエミュレーターを元としたシステムを販売することで、大木田さん達は莫大な収益が見込まれる。

 そこで会社の株式を公開し、さらなる発展を目指すことにしたそうだ。

 これにより、大木田さんの会社は当に危機一髪からの大逆転を果たすことができた。


 そして最後にわたしのにも触れておかなければならない。

 むしろそれについて語らせて欲しい。

 いや本当に。


 大木田さんから正式に契約終了の旨を伝えられた時である。

 わたしは古物商のオフィスに出向き今回の案件の報告をまとめて提出した。

 課長はいつもの様に忙しそうにしていたが、わたしが印刷した報告を持っていくと、待っていましたとばかりにわたしの方を向いた。

「大木田さんの件、契約は終了。後は請求書を先方に送って報酬を振り込んで貰えば完了よ。」

「お疲れ様。大木田さんも喜んでいるなら、途中からあなたに任せて良かったわ。」

 労をねぎらう様な言い方だがわたしは気になることがあり、確認することにした。

「そこよ。気になっていたのは、なんで急にわたしに代役を頼んだの? 忙しいとは言え完全にわたしに任せるほどじゃなかったでしょ。」

 実際にそうだった。

 何度かわたしが見ている前で課長は早退したり、仕事の合間に新しい仕事の取っ掛かりを用意したりしており、今回の件も1人で解決できたのではと思える。

「ああ、その事?」

 あくまで柔和な表情を崩さないまま話を続ける課長。

 この返し方はあれだ。

 聞かれなければ黙っていようとしたんだなと。

 催促するようにわたしは右手人差し指で、コツコツとデスクを叩く。

「『特殊情報取り扱い法』って知っている?」

 逆質問してくる課長。

 古物を扱う仕事をしている以上、舐めては困る。

 この法律は確認済みだ。

 それを伝えると課長はちょっと驚いた表情を見せる。

「あら!? それは意外ね。てっきり知らないものだと思ったわ。」

「そんな訳、有るかい!」

 思わずツッコミを入れるわたし。

「だったら今回のあなたの動きは本当驚きよ。だってあなた今回扱ったのって何だったかしら?」

 再びの質問に意気揚々と答える。

「決まっているじゃない。大木田さんのお父様が残された資料の回収と提出。」

「……本当にそれだけ?」

「え、だってお父様が集めたレガシーシステムに関する資料だよ……??」

 自分でそこまで言って違和感を持つ。

『特殊情報取り扱い法』とは災厄以前に用意された資料などを無加工で取り扱うことを制限する法律。

 あくまで努力目標なので、違反しても大体は罰せられることはない。

 でも情報の内容を知らないでわたした場合でもない限り、同業者からは白眼視されることもある。

 災厄の始まりは実態のない『ボンヤリとした不安』だとされている。

 災厄が終わってからそれなりに時間が立っているが、この『ボンヤリとした不安』の原因は未だ不明。

 何がトリガーとなって発動するか不明なため、災厄以前の情報を扱う場合は注意が必要なのだ。

 でも今回はお父様が用意した資料のはず。

 わたしは状況を整理するために独り言を言いながら考えていた。

「本当にそれだけかしら?」

 課長が改めて聞いてきた時、何かが閃いた。

 

 あの中にあったのは当時のままのプログラム情報。

 つまり災厄以前に書かれた情報の集合体。

「モ、モシカシテ……。」

 わたしはまるで油を差していない錆びた歯車のようなぎこちない動きで課長を見る。

「そういうこと。わたしはあの内容を知っていたので迂闊にそれをクライアントに開示できなかった。」

「で、わたしに連絡して取引を引き継がせたと。」

 わたしがそれを言うと、課長は最近ではもっとも朗らかと言えるほどの笑顔を見せながら立ち上がった。

「そのとおり! あなたならやってくれると思っていたけど、問題はどう説明するかだったの!」

 そこまで言うと課長が軽く一回転。

 わたしの怒りも一回転。

「で実際に連絡したら、内容を深く確認もしないで二つ返事でOKだったし、改めて確認のタイミングを模索するでもなく、速攻でクライアントに情報をわたしてくれるんだもの。」

 いけしゃあしゃあと言う課長。

 もしマンガならわたしは頭部がゆでダコみたいになっててっぺんから湯気が出ているかも知れない。

「これで、情報提供者も内容を知らずに提供したので『特殊情報取り扱い法』には引っかかりませーん。」

 そこまで言われてようやく、封筒をわたした後に大木田さんがわたしを心配していた理由が分かった。

 内容を完全に把握してわたしていたら法律違反だし、確認していなかったら業務怠慢じゃん。

 そしてわたしは後者だけど、結果的に上手く切り抜けたと。


「うわーーーーー!! 本当に知らない間に危機一髪の状況だったじゃん!!」

 天井を仰ぎ見ながらわたしは思わず絶叫していた。

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父の思い サイノメ @DICE-ROLL

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