パーティーから追放された最強壁職、黒ギャル魔法使いとペアを組む

@XI-01

パーティーから追放された最強壁職、黒ギャル魔法使いとペアを組む

*****


 ぼくたちパーティーは街の酒場で祝勝会の真っ最中――のはずだったのだけれど……。


 真っ白な肌をした回復術者――ヒーラーのアシュリーが、向かいの席に座るなり、「プルートさん。リーダーとして申し伝えます。あなたは今日限りでクビですわ」などと突然言った。


 当然、ぼくの目は点になったわけで。


「えっ? なんの冗談?」

「冗談などではございませんわ。もう一度、はっきり言いますわね。本日付をもって、あなたを我がパーティーから追放します」

「そ、そんな、どうして?!」

「どうしてって、もう要らないからですわ」


 嘘だ。

 今日の巨大シルバーバック戦だって、ぼくがいなかったら――。


「トレンドは取り入れて、しかるべき。端的に言ってしまうと、防御魔法がかつてないほどの盛り上がりを見せていて、防御術者、すなわちディフェンダーがひっぱりだこになっているのですわ」


 ぼくは高圧的に聞こえるからという理由でアシュリーの口調が苦手で、だけど、いまはそんなことを考えている場合ではなくて。


「ディフェンダーのバリアで敵の出足を食い止めつつ、その隙に攻撃術者のマジシャンがズドン。これからずっと、その戦法が主流になるのですわ」

「じゃあ、ぼくみたいな人間は……」

「ええ。あなたみたいなただのウォリアーは、食いはぐれる運命なのですわ」

「えっ、えっと、でも、ぼくは"最強の盾"と呼ばれるほど――」

「ディフェンダーのほうが上ですわ。そうでなくとも肉体労働が得意なだけでスマートさに欠ける壁職なんて……。必要とされなくなるのは、きっと時間の問題だったのですわ」


 アシュリーはきれいな顔を卑屈そうにゆがめて「ふふ」と笑う。釘を刺すように「ギルドにでも通うことですわね。まあ、誰にも相手にされないことでしょうけれど」と言って席を立ち、ほかのメンバーを引き連れて店を出ていった。


 取り残されたぼくはジョッキの取っ手を握り、飲めもしないビールをぐびぐびとあおって――力なく肩を落とす。


 いくらなんでもあんまりだ。いままでぼくほどパーティーに尽くしてきた人間はいなかったはずだ。ぼくが強い覚悟をもって身体を張っていたからこそ、ほかのメンバーが活きたのではないか。だけど、防御魔法に特化したディフェンダーが、前衛職――すなわち壁職の役割を万能的に担うのが、新たなパーティー戦略の基礎となることは知っていて、だからひょっとしたらこんな日が訪れることになるのではないかと予感していたような気もして……。


 とにかく、いまはなにも考えられない。

 家に帰ろう。


 悲しいことに、支払いはぼく持ちだった。



*****


 翌日から、ぼくはギルドに顔を出すようになった。ギルドとは各職がパーティーや相棒を求めて集う場だ。必要性という点において手を取り合うことができれば、これから仲良くやっていきましょうという話になる。ギルドではいろいろな依頼主から寄せられたさまざまなクエストを引き受けることもできる。目的を達成したあかつきには報酬として金銭を受け取ることができるわけだ。


 予想はしていた。けれどそれにも増して、壁職は飽和していた。広いギルドのフロアの中で声をかけられるのを待っているのは同業の連中ばかりだった。ヒーラーにしろ、ディフェンダーにしろ、マジシャンにしろ、魔法を使うには生まれついての才能が必要だ。だから彼らは当然、重宝される。壁職は違う。なろうと思えば誰でもなれる。基本、一番前に出て、敵の意識を自らに集中させるだけでよいのだから。身体が頑強でありさえすれば無難にこなせてしまう。それは変えようのない事実だ。


 その日も丸椅子に座り、壁に背を預けてしきりにため息をついていると、知った顔が近づいてきた。マイルズさんだ。頭をきれいに丸めていて、トレードマークは立派なひげ。見るからに屈強そうな身体つきは、ぼくの巨体と比べても引けを取らない。


 マイルズさんはぼくの隣の椅子に腰を下ろした。

 ぼくと一緒にため息をついた。


「そうか、プルート坊や。おまえさんもついに追放か」

「マイルズさんも、お気の毒です」

「俺はいいのさ。もうずいぶんと年だからな。おまえはまだ若い。やりきれんなぁ」


 ぼくの目にはじわりと涙が浮かぶ。

 追放されて以来、弱気の虫を飼っている。


「いったい、なにが悪いんでしょうか」

「取って代わられちまったわけだが、ディフェンダーのみなさんは悪くない。奴さんらは奴さんらで、新たな魔法を習得するために努力したわけだからな」


 またため息が漏れた。


「薬が買えなくなってしまったら、どうしよう……」

「おふくろさん、まだ悪いのか?」

「よくなる見込みはないから、薬を飲み続けるしかないんです」

「昨今、薬は安くないからなあ」

「ヒーラーは、どうして病気は治せないんだろう」

「なんでもできちまったら、神さまなんて要らなくなっちまうだろうが」


 マイルズさんが口にしたことはよくわからないけれど、よくわかるような気もした。


 不意にピュゥと茶化すような口笛が聞こえた。なんだろうと思い、俯けていた顔を上げる。つば広の黒いとんがり帽子をかぶった女性――女のコが、開け放たれている両開きの戸――出入り口付近に立っている。遠目にも細い肩を怒らせているのがわかる。ギルドの業務の受付窓口を担っているでっぷりと太ったおばさん――ちょっとやそっとのことでは動じないセイラさんのところに行くと、なにやらぎゃんぎゃん吼え立てる。女のコは露出過多のファッションで、スカートも短い。だから後ろからその中を覗き込もうとする不埒な輩が湧いたのだけれど、そしたら女のコはその男の顔面を右足で蹴飛ばした。なんと勇ましいことだろうか。――違う。覗かれたくなければ、短いスカートなんてはかなければいいのだ。


 女のコがバンバンバンッとカウンターを叩く。セイラさんにメチャクチャ文句を言い、その内容も聞こえてくる。ギルドで出会った人間とパーティーを組んだのだけれどちっとも楽しくなかったとか、そんな話だ。クレームを入れる相手を著しく間違っているけれど、一緒にいて楽しい楽しくないで仲間を語れるあたりに、ぼくは羨ましさを覚えた。


 女のコはセイラさんに、ある質問をぶつけた。その結果として、セイラさんはぼくのほうを指差した。女のコがこちらを向く。大股でずんずんこちらに近づいてくる。目の前までやってきた。


「あんたが最強の盾のプルート?」女のコの声色はツンツンとがっている。「ねぇ、どうなの? さっさと答えなさいよ」


 ぼくは苦笑してみせた。


「そうだよ。役に立たない最強とはぼくのことさ」

「うげー、気持ち悪っ。男の自虐なんて犬も食わないんですけど」

「きみは?」

「きみはじゃねーし。つーか、どけよ、オッサン。空気読め!」


 女のコはマイルズさんの頭をばしばし引っぱたいた。


 「活きのいいお嬢さんだ。有望だな」


 マイルズさんはそう言うと、立ち上がって向こうへと歩いていった。


 ぼくの隣に、女のコは座った。

 細い腕を組み、細い脚も組む。


「あー、どちくしょうだわ。リーダーって横柄な奴ばっかり。やってらんないわよ。死んじゃえばいいのに。ってか死ね。みんな爆発して爆散しろ」女のコがぼくに顔を向けた。「ねぇ、あんたもそう思わない?」

「一部の事実を一般化しすぎだよ」ぼくは言う。「褐色の肌。南のひと?」

「ちげーよ。"くろぎゃる"だよ」

「くろぎゃる?」

「黒いギャルで"黒ギャル"だよ。"ひさろ"で焼くんだよ」

「ひさろって、なに?」

「ひさろはひさろだよ。でもって、この世界にそんなものがないことくらいは知ってんよ。でも、ギャルって言葉は通じるのな。設定ガバガバじゃん」


 妙なことを言う女のコだな。

 そう感じずにはいられなかった。

 眉根を寄せ、頭の中には「?」が浮かぶ。

 ぼくはさぞ不可解そうな顔をしていることだろうと思う。


 女のコはぼくに睨むような目を向け、口元だけでにっと笑った。

 笑ったかと思うと、いきなり両手で顔を覆い、おいおい泣き出した。


「あたしにだってわからねーよぅ。気がついたらこんな恰好で森の中で転がってたんだよぅ。きっと、いや、ぜってー異世界転生ってヤツなんだよぅ。あー、ひさろに行きてーよぅ。"たぴおか"飲みてーよぅ。"いけめん"集めて"ごうこん"してーよぅ、うえええぇんっ!」

「えっと、要するに、きみ、この世界の人間じゃないの?」


 女のコはあらためてこちらに顔を向け、にわかに目を輝かせた。


「おぉっ! 馬鹿ばかづらしてんのに意外! 超察しがいいじゃん!」

「いや。そういうことも、あったりするんじゃないかなって」

「あたしに興味出てきたでしょ?」

「そこまでは言わないけれど」

「略歴を話してやるぞ」


 頼んでもいないのに。

 それでもまあ、聞いてやろうと思う。


「あたしは"ちきゅう"という星の"にっぽん"という国で女子高生をやっていたのだよ。ただの女子高生ではない。ご覧のとおり、美人女子高生であるぞ。男にモテモテだったのであるぞ。人気者だったのであるぞ。しかーし、好事魔多し。下校中に"だんぷかー"にはねられてしまい、落命してしまったのであるぞ、ぷんすこ!」


 どうやら怒っているらしい女のコに対してなんて言おうかと考え、ぼくが選んだ言葉は当たり障りのない「えっと、お疲れさま」というものだった。


「そうだよぅ。お疲れさまなのだよぅ」女のコはがっくりと肩を落とした。「家なんかないし、それなら宿に泊まらなくちゃだし、だったらお金稼がなくちゃだし、だからがんばってみたりもしてるんだけど、全然うまくいかないし……」

「普段はどこで寝泊まりしてるの?」

「森の中で葉っぱにまみれて寝てる」

「危ないよ、それは」

「化け物? つーかモンスター? そんなんだったらべつにいいんだ。あたし、強いみたいだし。でも、人間の男がその、いやらしいことをしようとして近づいてくるのは……。だって、人間じゃん? 同族じゃん? だったら魔法、ぶっぱなすわけにもいかないじゃん? 一生懸命、逃げるしかないじゃん?」


 ぼくは「そうだね」と肯定しつつ、じつは優しい女のコなのかもしれないなと感じた。


 ぐすぐすと鼻を鳴らす女のコ。


「最悪、自殺すればいいかなって、思ってるんだ……」

「知らない世界は怖いから?」

「うん……」

「ぼくがなにか力になれればいいんだけどなあ」


 女のコは「そう! それそれ!」とぼくの顔を指差すと勢いよく立ち上がり、前に回り込んできた。興奮した口調で、「プルート、あたしとペア組んでよ。つーか組めよ。あたし火力すごいからさ、ぴったりじゃん!」と言った。

 

「火力がすごい。それってほんとうなの?」

「ホントホント! 超使えるんだから! つーわけで! これから二人で! 仲間として! 相棒として! 一緒にクエストに臨もうでは、あーりませんか!」


 ぼくは腕を組み、「うーん……」と首を左に傾けた。


「なに? なんか文句でもあるわけ?」女のコは眉間に皺を寄せた。「プルートもここのむさいおっさんどもと同じく、干されちゃったんでしょ?」

「まあ、そうなんだけど、だからって、子どもと組むのは、ちょっとなぁ」

「ま、待ってよ。力になってくれるって言ったじゃん。くり返すけど、あたしは稼がなきゃ食べていけないわけ。そうでなくたって、女のコが困ってるんだよ? どんなことでも無条件で協力してあげようとは思わない?」

「うーん……」

「助けてよ。お願いだから。ね?」


 お願いお願いお願いしますと言いながら、両手を合わせる女のコ。

 そこまでされてしまっては断れないなと思い、ぼくは承諾したのだった。


「やったぁ!」女のコは右手を突き上げぴょんと跳ね――それからどことなく言いにくそうにもじもじした。「でね? あの、早速相談なんだけど……」

「わかってる。宿代、貸すよ」

「や、宿はいいよ、高いから。屋根のあるところが借りられれば、それでいいです」

「じゃあ、ぼくの家に来る?」

「いいの……?」

「うん」


 すると今度は力が抜けたように、その場にへなへなと崩れ落ちた女のコ。

 ぼくを見上げると、両方の目尻から涙を伝わせながら、てへっと笑った。


「あたしはメグ。プルート、これからよろしくね?」

「メグか。いい名前だね。了解」


 プルートとメグは仲間になった――なんちゃって。



*****


 あっという間に、いいパートナー同士になれた。現在、百戦を超えても連勝中。二人でまかなえるクエストだけを選んでいることもあるけれど、メグの物覚えのよさと成長の速さが、勝ちを支えている。戦闘のいろははすぐに身につけた。運動神経が優れているところも強味と言える。ちょっとやそっとのことではへこたれない根性は見習うべき美点であり、実際、見習っているので、ぼくは自信を取り戻しつつある。残念なのはベッドを取られてしまったことくらいだ。


 パンにジャムを塗っていると、パジャマ姿のメグが目をこすりながら寝室から出てきた。眠たそうな声で「おはよー、プルートぉ」と言い、ぼくの向かいの席に座る。


「昨日のシチュー、まだあるけど」

「食べる」

「わかった」


 速やかに指示に従う。

 かいがいしいとはぼくのことだ。


「今日もギルドに行く?」

「行きません。一日、肌を焼くのです」


 季節は夏。

 週に一度、メグは家の屋根にのぼって、全身をくまなく焼く。


 メグの分と自分の分のシチューを器によそって、席に戻った。


「どうして肌を焼かなくちゃいけないの?」

「色黒のほうが健康的じゃん」

「この国では白い肌のほうが――」

「知ってるよ。もてはやされるっていうか、ちやほやされるよね。どうにも古いんだよなぁ。価値観が周回遅れって感じ」

「ねぇ、メグ」

「なんだ、相棒」

「きみはもう、一人でやっていけるんじゃないかな」


 シチューをすくって一口食べてから、ぼくはメグのほうに目をやった。

 メグはきょとんとした顔、目をぱちくりさせている。


「えっ、いきなりなに? 二人暮らし、嫌になっちゃった?」

「そうじゃないけど、まあ、いろいろと思うところがあって」

「えー、なんですか、それぇ。ここに来て見捨てるわけぇ?」

「違うってば。五人とか六人とかできちっとパーティーを組んだほうができることが増えるし、高い報酬が得られるようになるんだよ」

「それはわかってるけど、えー、いいよぅ。あたし、最低限暮らしていければいいし。つーか、パーティー組んでるような奴って、みんな意識高い系じゃん。うざいっての」


 メグは過去にも「意識高い系」なる言葉を持ち出した。そのときに意味を訊ねたところ、「意識高い系は意識高い系じゃん」と返ってきた。だから詳しいところはわからないままだ。


「だいいちさ、プルート、あんた、おかあさんのためにたくさん稼いで貯金しなくちゃじゃん」パンをむしり、それを口の中に放り込んだメグ。「ずっと薬を買い続けられるだけの貯えをつくって、いつかは田舎に引っ込むつもりなんでしょ?」

「ぼくのことはいいんだよ。なんとでもするから」

「プルート君はなにが言いたいんですかぁ? そこのところがまるっきり見えてこないんですけどぉ? ひょっとしてこのまま一緒に暮らしてたら、あたしのことを襲っちゃいそうだとか、そういう話なんですかぁ?」

「それはないよ」

「うげげっ。あっさり否定されるとちょっとショックなんですけど。って、まあいいや。あたしはあんたのことを利用させてもらってる。だったらあんただって割り切ればいいじゃん。あたしといればクエストこなせるんだし。持ちつ持たれつで問題ないじゃん」


 ぼくは黙って食事に戻った。会話の内容が尻切れトンボだから気になったのだろう。お伺いを立てるようにして、メグが「ね、ねぇ? ホント、なにかあるならちゃんと話してよ。ウチらっていろいろあったけど、おたがい隠し事だけはしてこなかったじゃん。そうでしょ?」と言った。


 食事を終えたところで、ぼくは「じゃあ、きちんと言うね」と切り出した。するとメグは「ちょい待ち。あたしも先に食べちゃうわ」と言い。かまわず「ぼくはきみのことが好きみたいなんだ」と告げた。口からも鼻からもシチューを吹き出したメグ。げほげほと激しく咳込む。「はっ、鼻がっ、鼻が痛い!」と叫びながら、右手でテーブルをばしばし叩く。


「もう一度言うよ? ぼくはきみのことが好――」

「そそ、それはわかったっつの! この変態め! いい大人が女子高生に恋しちゃったとか! 犯罪だぞ、こんちくしょうっ!」

「えっ、犯罪なの?」

「あたしが元いた世界ではな!」メグは胸に手をやった。「落ち着け、落ち着け」と自分に言い聞かせる。「つーかあんた、さっきは襲うようなことにはならないって言ったよね?」

「それはあたりまえ」ぼくは至って真面目顔。「そういうことをするのは、結婚したあとの話じゃないか」

「あ、うん。プルート君、きみならそうおっしゃいますわな。かるーい気持ちでのエッチな行為はよろしくないとぴしゃりですわな」

「うん。でも、ずっと一緒だと、いつかは襲いたくなるかもしれな――」

「ええい、結局どっちだ、この天然ものがぁっ!」


 いつもの調子――すごく元気に怒鳴るメグ。

 ぼくは笑った。

 メグも笑う。


 だけど、ぼくから「ほんとうに大切なことなんだ」と伝えられると、真剣な顔をした。それから目を伏せ、どことなく悔しそうに見える雰囲気を漂わせた。


「違う……でしょ」

「うん?」

「あたしに好かれちゃうのが……ううん。あたしがもうあんたに惚れちゃってることが、まずいんでしょ……?」


 ぼくはまた――否。さっきより深い笑顔をつくった。


「そうだよ。だってメグ、きみには幸せになってほしいから。好きだからこそ、大切だからこそ、お別れしたいんだ」


 立ち上がったメグは「い、いいよ、あたし。あんたの田舎だろうがどこだろうが、どこにだって付き合ってあげる」と言う。「それこそあたしのことが好きなんだったら、ねぇ、いいでしょ?」と切実そうに訴えてくる。


 ぼくは首を横に振った。


「きみがいた世界ほどではないかもしれないけれど、この世界だって広いんだ。きみはもっとたくさんのことを知ったほうがいい。その上で身の振り方を決めるべきだ。盲目的なのはよくないよ」

「あたしのダンナ様にしてあげるって言ってるんだよ?」

「お断りします」


 その一言が、メグを怒らせた。テーブルを回り込んで近づいてくるとぼくの左の頬を張り、「プルートの馬鹿ぁっ!」と叫んで家から飛び出していってしまった。ポールハンガーに引っかけてあったとんがり帽子だけはきちんと持っていった。このまま戻ってこなければいいのにと思ってしまうぼくは、かなり嫌な奴なのだろうか。


 ――そのときだった。


 家が揺れた。

 天も地も真っ二つに裂くような巨大な咆哮が腹に響いた。


 聞き覚えのある「大声」。

 間違いない、ドラゴンだ。

 街に襲来するとは珍しい。


 間もなくしてメグが帰ってきた。


「プルート、たいへん! ドラゴン飛んできた!!」

「避難を手伝ってくる。きみはここにいて」

「やだ! あたしも行く!」

「ダメだよ。相手が相手だ。ちょっとしたとばっちりでも危ないんだ」

「だったら、なおさら行く!」

「どうして来たがるの?」

「だって」メグは両の拳を握り締め、俯き、ひっくひっくと泣き始めた。「だって、ずっと一緒がいいんだもん。ずっと一緒じゃなきゃ嫌なんだもん……」


 嬉しいなあ。

 素直にそう感じて、苦笑いを浮かべてしまった。

 ひとに必要とされることは、やはりとても喜ばしいことなのだ。


「メグ、手伝って。狩るよ」

「えっ、そうなの? でも、ドラゴンの相手なんて絶対に無理――」

「誰かがやらなくちゃいけないんだ。街のひとを守るにはそれしかない」

「……わかった。やる!」


 ぼくたちは装備を整えると、急いで外へと駆け出した。



*****


 表通りには、やってやろうというパーティーがもう五組も集まっていて、その中にはぼくを追放したヒーラーのアシュリーもいた。彼女はぼくの顔をみつけると、嘲るような表情を浮かべた。


 数の多さを見て分が悪いと思ったのか、五メートル級の四つ足のドラゴンは身を翻すと一目散に逃げ出した。ここぞとばかりにみなが追いかける。ぼくたちはとりあえず待機。誰かが狩ればそれでいいと考えているから。ドラゴンはすでにひとを手にかけたのだ。狩ったパーティーは国から相当な報酬が得られることだろう。表彰されるという名誉にあずかることもできるかもしれない。金と名声。どちらもひとが欲しがるものだ。


 ――ドラゴンの罠だった。


 退くと見せかけておいて、素早くこちらに振り返った。向こうまでずっと続く道――一本道に集まったパーティーに向けて大きく口を開けてみせ――。


 怒りの咆哮――灼熱の炎を、ドラゴンは吐き出した、轟音。

 避難しようとしているひとまで、炎はあっという間に飲み込んだのだった。


 炎はぼくらのところにまで達した。ぼくは大きな鋼の盾でそれを遮り、身を挺してメグをかばった。もう付き合いの長い盾だけれど、耐えてくれた。平均より少しいい物を買ったんだったなと思い出した。


 命からがら引き返してくる中には、アシュリーのパーティーもあった。みっともない悲鳴を上げて、どたどたと走ってくる。彼らの行く手をメグが両手を広げて通せんぼした。「逃げるなよ! 戦えよ!」と叫ぶ。ディフェンダーであろう青い服の若い男に「勝ち戦しかやらねーよ!」と叫び返される。


 メグは「なっさけねーの! あたしの壁はあんたたちなんかよりずっと勇敢だ!」と言うとげらげら笑った。「な、なによ! プルートなんて身体が大きくて頑丈なだけですわ!」と応じたのはアシュリーだ。


「身体が大きいのも頑丈なのも立派な才能じゃん。心が強ければなおいいじゃん。おねえさんはプルートと知り合いみたいだけど、男を見る目はないみたいだね。ご愁傷さま。はっきり言って、ざまぁだわ」

「ぐっ、ぐぐぐっ……」

「ウチらはやるよ。負け戦だってかまうもんか。プルート、そうでしょ?」


 ぼくは駆け出すことを答えとした。

 すぐについてきてくれる相棒のなんと頼もしいことか。


 見るからに強靭そうなごつごつとした黒い身体。

 後肢だけで立ち、前肢もそれなりに太い。

 そんなドラゴンがこちらを向いた。

 がなりながら突っ込んでくる。


 ぶつかり合うべくぼくは走る。


「プルート! どうすればいい?」

「いつもと同じ! ぼくが引きつけるから、鎌で首を落として!」

「できるかな?」

「メグならできるよ!」

「わかった!」


 重い装備もなんのその。ぼくは駆けに駆けてジャンプ一番、どてっぱらに斬り込んだ。硬い皮膚の前では剣撃なんて意味を成さないことはわかっている。案の定、まるで歯が立たない。ターゲットになるだけでよかった。剣を捨てる。ドラゴンが右の前足を使って、爪の一撃を浴びせてきた。上にかざした盾で受ける。足を踏ん張る。地面がへこむ。それでもぼくは態勢を崩さない。「いまだ!」と叫ぶまでもなく、後ろのメグが太い首を落とすべく黒くて大きな鎌を発生させた――はずだ。角度的に確認できない。盾が軋む。長い尻尾による一撃を右方からもろにもらい、ぶっ飛ばされた。住宅の壁に激突したところでようやく止まった。すぐに駆け出す。ぼくに向けて大きく口を開けているのが見えた。


 しかし、ドラゴンが炎を吐くより早く――。

 メグはいままで見たこともないほどの巨大な鎌を生成し――。

 その大鎌は至極冷たく残酷に、獲物の首をすぅっと刈り取って――。


 勝利の瞬間をしっかりと見届けたぼくは、気を失って前に倒れ込む直前に、自分の気持ちに正直になろうと決めた。



*****


 ――五年後。


 ぼくはじゅうぶんな貯えを得て、メグを連れて田舎に戻った。

 買い上げたりんご農園での仕事が、ぼくの一日になった。


 今年もぼくは、赤く実ったりんごを摘む。

 その様子を、草の上で膝を崩しているメグが眺めている。

 大きくふくらんだおなかを撫でる彼女は、とても優しい目をしている。


 ぼくはメグみたいにかわいい女のコがいいなと思っている。

 メグはぼくみたいに大きな男のコがいいなと思っている。


 ぼくは首に掛けているタオルで額の汗を拭いながら、メグの隣に腰を下ろした。


 「異世界も悪くないね」


 時折、そんなことを言って、そのたびメグは優しく微笑む。

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