人形探偵 〜アンドロイドはミステリーに恋してる〜

小鳥ユウ2世

はじまり

 デジタル化の進んだ現代で、僕のもとに一通の手紙が送られてきた。

それには、パソコンで打ち込んだような美しく統制のとれた筆どりで


【此度、月が満ち満ちる折 貴殿の命を頂戴する】

という何とも信じがたい犯行声明が書かれてあった。


「誰かのいたずらかな......」


そう考えて、僕は気にも留めずその場で捨ててしまった。けど、同じ内容の手紙が次の日も、そのまた次の日も毎日送られてきた。それからついに7日目......。さすがに僕も怖くなってきた。


「月が満ちる......。つまり、次の満月の日......」


僕は腕に着けていたスマートウォッチを起動して月の軌道を調べた。すると、次の満月はちょうど今日から1週間後であることがわかった。少し震えながらアプリを落として、爪を噛む。


「こ、これ......。本当に死ぬのかな......僕」


仕事で恨みを買うことなんてないはずだし、そもそも人と関わる仕事じゃないし......。僕は少し困惑しながら自分の職場の錆びついたシャッターを開けた。


「考えても無駄だ。仕事しよ......」


僕は店にある廃品を外に見えるように陳列した。

5世代前のCPU、アンドロイドの頭部、映らない電光掲示板......。

どれも使えないものばかり。だけど、たまに物好きが高額で買いに来る。


「お、来た来た」


噂をすればなんとやら。廃品好きのお得意さん。ただ、名前もわからなければ顔もフードで覆われて見たこともない。もっとも、僕も客商売やってるわりに人の顔が見るのが嫌いなので助かってるけど......


【そこにあるアンドロイド用のエネルギーパックを箱で】


その人、いや多分音声の特性からみて機械人形アンドロイド側だろう者は棚の上に置いていた箱を指さした。陳列もしていないのによくわかったな......。僕は棚の上に置いていた箱を脚立で取り出し、そのアンドロイドに渡した。


「お客さん、お目が高い。お支払いは、また現金で?」


【ああ。私はデータマネーを持っていない。やはり、現金が信用できる】


そう言うと、そのアンドロイドは小さな手から分厚い札束をばさりと僕に手渡してきた。

あの廃棄ギリギリのパックなら、紙束1枚の価値もないんだけどなぁ......。

まあ、いいカモってことでありがたくもらって置こう。


「あ、ありがとうございましたぁ~」


そう言って、私が見送ろうとすると帰ろうとしていたローブの人物がまたこちらを振り向いた。


【なにか、あったか?】


「なにか、と言いますと?」


【私の目に狂いがなければ、君の瞳孔から『動揺・困惑』という感情を検出した。それは、私が廃品寸前の一文にもならないエネルギーパックを大金で仕入れたことも一因としてある。だが、私のデータログから見るに私が店に立ち寄るくらいか、その前からその感情が検出されていた。違うか?】


さすが、アンドロイドと言ったところか......。いや、実際アンドロイドなのかはわからないけど......。とにかくそのアンドロイドは僕の挙動をすべて読み取っていた。ロボットに嘘は付けないというわけか。僕はそのアンドロイドの背丈に合わせて姿勢を低くした。


「少し、いろいろありまして」


そういうと、そのアンドロイドは淡々とした口調で答えた。


【そうか。もし、なにか相談に乗るぞ。いつも良質な部品を仕入れてもらってる礼だ】


「え、いや......。え?」


そういうと、そのアンドロイドは一枚の名刺を渡してきた。そこには【依頼受けます】という文字とこの先の大通りにある国立中央図書館の住所が書いてあった。


「え、なんで図書館? ......っていない」


名刺から目を離し、さっきいたローブのアンドロイドに話そうとした瞬間、そこには誰もいなかった。一体、なんだったんだ......。にしても、変なアンドロイドだったな。


「依頼、してみようかな......」


僕は、元より閑古鳥の啼くシャッター街の一角に構えていた自分の店を閉めて、図書館のある中央区域へスクーターで向かった。分厚い壁と、手厚い二重警備に何度も荷物検査やID認証をさせられてようやく中央大通りに出た。

そこには、人や機械が賑わいキラキラと輝く光景が広がっていた。僕はそれに目を眩ませながらもスクーターを加速させる。すると、中央に見えてきたのは、大きな図書館だ。ここが中央図書館だ。


「うわぁ、おっきい......」


初めての中央区域と図書館の風貌に圧倒されながらも、僕はその中へ入っていった。すると、そこにはここでしか見かけない紙の本が置かれていた。


「まだ、こんなに残ってたんだ」


今の時代、すべての教養や娯楽大衆の本はデジタルアーカイブかされてるから、いつでもどこでも借りたり、買ったりすることができる。にも拘わらず、ここには数人の来客が紙で本を読んでいる。とても、奇妙な光景だ。


「で、どうすればいいんだろう......」


僕はさっきアンドロイドからもらった名刺を見た。その裏面には、あいことばのようなことが書かれていた。これを、カウンターで言えばいいのかな?

カウンターに行くと、そこは無人でモニターが並んでいた。僕はそこの検索機能のあるパッドに合言葉を入れた。合言葉は【ひつじのゆめ】......。

どういう意味だろう......。


しばらくすると、カウンターの裏から小さなアンドロイドが僕に話しかけてきた。


【お待たせしました。中へどうぞ】


そういうと、そのアンドロイドはてくてくと歩き出した。にしても、どこかで聞いたことのある声だ。いや、機械だからどれも同じか......。そう考えていると、厳重な扉の前まで来ていた。そこの扉をアンドロイドは易々と開けた。ポカンとしていると、こちらを覗き込んで、アンドロイドが首をかしげていた。


「中に、入れってことか......」



アンドロイドについていくと、ようやくそれらしきところに着いた。アンドロイドは扉の前でその扉に付いた看板を指さした。


「【人形探偵社】? なんじゃそりゃ」


アンドロイドが礼儀よくノックをして入ると、そこにはたくさんの本と机、椅子。そして、椅子に座るローブを付けたアンドロイドがいた。アンドロイドは絶対に僕しか売っていないだろう旧品のエネルギーパックを経口摂取していた。そして、酒に酔った大人のようにため息をついた。


【ぷい~......。やはり、君の調達するパックは美味だ。これこそ、人間の言う『ジャンクフード』だろう】


「もしかして、さっき来たお得意さんですか?」


【そうだ】


そういうと、そのアンドロイドはフードを脱いだ。すると、そこにはフランス人形のような青い瞳と金色の髪の少女がいた。どこをどう見ても人間のようだが、眼光の奥をよく観察し耳をすませると、旧型アンドロイド特有のカメラアイの機動音が聞こえてきた。


「え、機械人形の旧型? 博物館のニュースでしか見たことないけど、ホントに動いてるの?」


【なにか問題でも?】


その少女のような見た目のアンドロイドは、風貌に似合わず低めの音声で会話していた。声帯ユニットが故障でもしてるのかな?


「い、いや......。珍しいなって思っただけ。それで、君に依頼すればいいの?」


【そうだ。それで、君が困惑していた理由は?】


「は、はい......。これ、見てもらえますか?」


僕は、鞄に入れてあった例の手紙をそのアンドロイドに渡した。


【なるほど、素敵な恋文だな】


「いや、どう見ても殺害予告でしょ!!」


【......わたしなりの冗談のつもりだったのだが】


そんな冗談、肝が冷えてしょうがない......。

僕は少し落ち着いて、彼女に再度話した。


「とにかく、気持ちが悪いのでこの手紙を書いた人間を割り出してほしいんです!」


【私は、人間とは限らないと思うがな】


「え? じゃあ、機械が僕に殺意を? ありえません」


たしか、ロボット特に人型アンドロイドには人への殺意、及び殺害行為をブロックするプログラムがあると聞いたことがある。そのOSも、ジャンクに回収したのも覚えている。


【ただ、君の職場に人が入るとは思えない。売り物はすべて、アンドロイド用のものだ。そこにわざわざ雇い主が買い付ける暇はないはずだ。きっと、自分で買わせるだろう。私が雇用主ならそうする】


「確かに僕の店にはアンドロイドしか来ませんよ。しかも、中央外の浮浪者同然のやつらです。とにかく、怖いんで護衛と犯人の特定依頼します......」


【いいだろう。今回の報酬は、先ほど私が仕入れたエネルギーパックをもう一箱無償でもらおうか】


まあ、元々一銭にもならない品物だ。無償でくらいくれてやるしかない。僕自身の命に代わりはないのだから......。


「わかりました。......そういや、名前聞いてなかったですね?」


【ああ。私はメリー。だが人間なら、君が先に名乗るべきでは?】


「僕はいいんです。元より名前なんて持ってません。ジャンクに育てられたようなもんなので」


【よく中央にこれたものだ】


「へへ。おかげで検問2回もされちゃいました。めちゃくちゃ大変だったんですよ? メリーさんのもらった札束全部使っちゃいましたよ」


【有効に使えて結構だ。では、今日は休むとしよう。おやすみ、ジョン・ドゥ】


「じょ、ジョン?」


【昔の言葉で、名無しの権兵衛。つまり、不特定多数で身元不明という意味だ。今はそれで十分だろう】


そういうと、メリーさんは椅子から降りて小さな身体で事務所を後にした。

依頼したのはいいものの、あんな小さな子に僕の命を預けていいものか......。


「不安だなぁ......」


肩を落としていると、ここまで案内してくれたもう一人のアンドロイドが僕のズボンの裾を引っ張ってきた。彼についていくと、そこは、小さな部屋になっていた。僕の店の上にある部屋より小綺麗でベッドも柔らかそうだ。


【今日はここでお休みになられてください。調査は明日からとなります】


「ありがとう」


明日からとなると、残る僕の寿命は6日ってことになる。

不安な心持の中、僕はゆっくりと目を瞑った。



......。

ガタンガタン!


「う、ううぅ......」


突然の物音に、僕は夜中に目を覚ましてしまった。

眠気眼をこすりながら、僕はメガネをかけて自分の部屋を出ようとした。


【外に出るな!】


突然メリーさんの叫び声が聞こえた。

い、一体何が起きてるんだ?

僕は言われた通りにすぐに扉をしめて自分の部屋に鍵を内側から鍵をかけた。


「な、なにが起きてるんだ?」


ドンドンドン! と扉を強く叩く音が聞こえてくる。外にいるのは誰だ?

もしかして、僕を狙って? でも、僕の犯行予告はまだ先じゃ......。


僕は窓を開けて外を開けた。月は出ていたが、まだ半分かそれ以下まで欠けている。まだ死ぬのは先のはずだろ!!


【伏せろ!!】


メリーさんの声が聞こえたので、ベッドの下に隠れると突如として、ドアが破壊されたかと思うと、とてつもない風圧が部屋の中を襲った。誇りと木片が散る中、ある程度収まるとまたメリーさんから声がかかった。


【ジョン、もういいぞ】


「な、なにがあったんですか? って、うわぁああっ!?」


部屋の真ん中には、大男が倒れていた。しかも、大きなナタを持っていたようだ。これで僕を殺そうとしたのか?


「え、こ......殺したんですか?」


【気を失っているだけだ。それにしても、風情のないやつだ。自分のロマンチシズムを捨ててまで君を殺しに来たとは......。よほど恨みが強いな】


「だから、覚えないんですって! なんなんだ......」


【ところでジョン。この男に心当たりは?】


「な、ないですよ......」


【だろうな......。こいつが叙事詩的な言葉を書く思考をするとは思えん。おそらく、君を殺したい人物がよこした私への警告なのだろう。こいつを庇えば、自分の命も危ういと......】


「そう、なんでしょうか......」


【可能性の一つだ。もしくは本当に満月の情景を忘れて襲い掛かったかだ。にしても気になるのは、どのようにしてキミの位置を特定したかだ】


メリーさんが演算処理のため、思考回路を巡らせていると襲い掛かってきた男が目を覚まし始めた。


「ちょ、ちょっと! メリーさん、なんか拘束具! ないですか!?」


【ん? ああ、そんなものない。自分で何とかしたまえ......。私は演算中だ】


むくりと大男が起き始めた。すると、僕を見るなり、ぎらりと歯を見せて笑い始めた。はやり、僕を殺しにやってきた人間だ!! 僕はベッドの枕を彼に投げつけた。だが、そんな攻撃効くわけもなく、彼はじりじりとこちらに近づいてくる。

怯えながら、僕が棚をあさっていると一番下に縄があった。よかった、助かった......。だが、僕の背中に影が覆った。


「や、やばい!!」


彼の手が振り下ろされた一瞬、メリーさんが走り出してきてその腕を白羽取りで受けきり、そのまま男を投げ飛ばしてしまった。


「ぐええ!!」


【会話はできそうだな......。おい、どうしてこんな奴の命を狙う。特殊詐欺の被害者か? それとも、可愛さ余って憎さ百倍......。この男に恋情でもあるというのか? それなら少し興味がある。人間の恋情を研究したい】


「ちょっと、何言ってるんですか! ちゃんと尋問してくださいよ!」


「ぐ、ぐああ...... ぐ、ぐ、ぐああ......」


「は、話せないのか?」


【ちょっと待て。お前、続けろ】


「ぐ、ぐああ、ぐ......。ぐ、ぐ、ぐああ......。ぐああ、ぐああ、ぐ......。」


「なにか、訴えているように聞こえますね」


【彼は、金で雇われただけだ。と言っている】


「は? ど、どういう文脈? 意味がわからない......」


【君はモールス信号と言うものを知っているか? いや、もっとも旧陸軍の特殊信号だから解読は軍人か、信号の編纂をした本を読んだものしか無理だったな......。忘れてくれ】


この人形は何を言っているかわからないが、とにかくこの人には意思がある。ただ、言語を忘れたか、話せなくなったのかはわからないが別の方法で僕たちに何かを伝えているみたいだ。ただ、さっきの言葉が本当ならこの人は犯人じゃないってことだ。


【なるほど、行っていいぞ】


「いや、帰すんですか? こんなに部屋めちゃくちゃにされたのに?」


【ここは誰も知らないし、知られてはならない、もちろん、警察の人間にもだ。だから、公にはしない。というより、別にしなくてもいい事案だからな】


「知られてはならないって、なにかやましいことでもあるんですか?」


【この国では、真実を究明することは反逆罪だ。だが、時に個人的なことで真実を知りたがるものもいる。だから、探偵はいろんな場所を隠れ蓑として生活している。それが私はこの図書館だったということだ】


「よく、わかりません......」


【君は自分の安否さえ気にしていればいい。ケガはなかったか?】


「ええ。危機一髪でした」


【それを言うなら、間一髪だと思うが?】


「あ、あれ? そうでしたっけ?」


頭をポリポリと掻いていると、日が照ってきた。そうこうしているうちに、朝が来た。僕の死が確定するまで、あと6日となった。


「それで、どうするんですか? どうやって僕の命を狙う人を探すんですか?」


【そうだな。まず、君のこれまでの行動を洗いたい。君の店には、監視カメラが一台あったね?】


「あ、ああ。はい。盗む人間なんてそうそういないですけど、治安が悪い地域なので」


【そのデータを持ってきてほしい。いつくらいまである?】


「多分探せば1年前くらいまで」


【結構。では、君の店へ向かおう。ムートン、車を出してくれ】


メリーさんは、いつも隣にいて僕を最初に案内してくれた少年型アンドロイドに伝えた。すると彼は、執事のように深くお辞儀をした。


【かしこまりました】


「ロボットがロボットを使役するなんて......」


【使役ではない。役割分担だ。効率的な手段といえる】


「そうと言えば、そうなんでしょうけど......」


メリーさんは、僕についてこいと言わんばかりに奥を指さして歩き始めた。

僕は彼女についていった。扉を開けると、図書館の裏口になっていてそこに小さくレトロな車が止まっていた。


「ガソリン車!? 動くんですか?」


【メンテナンスは十分だ。驚いてないでいくぞ。君の命が刻一刻と縮まっているのだろ?】


「あ、は、はい!!」


そう言って僕は車の助手席に乗ろうとしたけど、メリーさんにトランクに押し込められた。多分、検問を面倒にしないためだろうけど、狭いし暗いし、ガソリン臭い。酔いそうだ......。しばらく揺られていると、車が止まったように感じた。さらに、トランクをノックする音が聞こえて光が差し込んだ。


【さあ着いたぞ。さ、君のカメラ映像を探すんだ】


「わかりました」


僕はシャッターを開けて、中を調べた。監視カメラの方へ行って、その近くに置いてあるDVDケースの元へ向かった。これ、USBとかSDに焼き増ししたほうがいいかな......。


「あの、DVDなんですけど」


【それでいい。なんならビデオデッキもあるぞ?】


「アンティーク趣味なんですか? メリーさん」


【私もアンティークのようなものだ。それより、燃費が悪く申し訳ないが少しガソリンを分けてくれないか?】


「はあ......いいですけど」


僕はファイリングされたDVDをトランクに入れて、また店に戻ってガソリンを持ってきた。まあ、これで大丈夫だろう。


【ちょっと待てジョン。それはなんだ?】


「ガソリンです」


【それは軽油だ。入れると故障の原因になる。レギュラーガソリンはないのか?】


【メリー様、ありました。レギュラーガソリンです】


そう言うと、ムートンは手前にあったガソリンのポリタンクを持って車に入れていった。別に、どれも同じだと思うけどなぁ......。車のエンジンがかかり、また僕はトランクに乗り込んだ。


......。


「う、うう......。肩とか、腰とか痛すぎ......」


【少しベッドで横になっているといい。私は君の店のカメラ映像を確認する】


そう言って、半ば強引に僕からDVDを奪い取ってどこかへ行ってしまった。

僕はメリーさんの言葉に甘えてベッドに横になった。すると、メリーさんの声が聞こえた。


【おい! こっちに来てくれ!】


「はい?」


【ジョン、来るな!】


二つの矛盾したメリーさんの言動に違和感を感じながら、外に出ると僕の頭に鈍痛が走った。


......。


「う、うう......」


【目を覚ましたかい?】


声を聞くに、アンドロイドで間違いないが淀みのない澄んだ美しい女性の声だった。僕は目を覚ますと、椅子に縛られていた。


「こ、ここは?」


【ダメじゃないか......。助けを求めちゃ。迷える仔羊くん】


「き、君が僕を?」


【私の事忘れた? ちょーショック。って、いうのかな人間なら】


「僕が何をしたって言うんだ!」


すると、女性声のアンドロイドは僕ごと椅子を蹴飛ばした。


【あなたの悲鳴を聞きながら、月が満ちるのを見るの。とてもいいと思わない? ねえ】


「狂ってるのか? 早く人格プロトコルを修正したほうがいいぞ!」


【うるさい! あんたのせいで、私の人格が今にもショートしそうなんだよ! お前のせいで、お前のせいで!!】


「うぎゃああ!」


僕の上に、鉄のように重い足が乗せられる。というより、実際鉄の塊なんだろうけど......。そして、次はわき腹の方を蹴られた。僕は、気を失ってしまった。



......。

あれから、どれほど経っただろう。

メリーさんは、くる気配もない。

報酬を諦めたのかもしれない。メモリごと、僕のことを消去してるかもしれない。

アンドロイドのことだ。どうせ約束なんて覚えてやしない。


「う、うぅ......」


【ほんと、区外のエラーって惨めで嫌い。人間のくせに人間以下だなんて......。可哀想な子。でも、それも終わり。さて、今日はなんの日でしょうか? 制限時間は10秒】


何の日......? 

ああ、もしかして今日がそうなのか?

きっと、そうなんだろう。僕は4日以上も気を失っていたのか......。


「どうして、初めからこうしなかったんだ?」


【あ?】



僕は殴られ続けて、意識ももうろうとしているのに変なことを口走っていた。

でも、実際に気になる。はじめから手紙なんて出さずに拉致監禁すればいいのに......。


【美しくないからよ。憎しみを抱いたなら、より人間的に殺しなさいって先生がいってくれたから。私は美しくあなたの最期を飾り付けるの。あなた人間でしょ? なら、この気持ちがわかるはずよ】


「......。悪いけど、分からない。そもそも、僕を恨む理由もわからない!」


【ほんと、最低......】


月の光が鉄格子のついた窓からきらりと刃物を照らす。

ああ、僕はここで死ぬんだ......。


「短い人生だった......」


諦めかけた瞬間、爆風が僕たちを襲った。

この風、もしかして......!


【遅くなったね。ジョン......】


「メリーさん!」


メリーさんの右腕が、銃口状態から拳へと変わっていき煙がようやく消えていった。


【おまえ......。アンティーク・メリーか?】


【......君の心中は察するが、彼に悪気があったわけではない。彼を放してやってくれないか?】


アンティークメリー? それが、彼女の本名みたいなものなのか?


「わ、悪気? 僕、なにもしてないですけど......」


【そうだ。なにもしてない。というより、なにも知らず売りつけたものが悪かった。君は、レギュラーガソリンで動く彼女にハイオクを売りつけたんだ】


「え? は、はいおく?」


【え、知らないで私に給油したの?】


「全然話が読めません」


【カメラに彼女が映っていた。第10世代のガソリン給油型の彼女は、どこにも売っていないレギュラーガソリンを求めてさまよっていた。そして、君の店の前で行き倒れた。彼女が運び込まれ、ハイオクを給油した状況の映像がしっかり映っていたよ。彼女は、目を覚ますも自分の血液を変えられたんだ。そこでエラーを起こした。彼女は、ドラッキングになったんだ。まあ、君たちのいう急性アルコール中毒というやつだ。それもかなり悪いことに人格プロトコルに影響を及ぼしてしまったというわけだ】


......。......。つまり、この状況は、全部僕のせいってこと?

いやいや、たかがオイルの給油ミスで? 泥酔女に殺されそうになったってこと?

......。なんだか、馬鹿らしくなってきた......。


「は、はは......。ははは......。えーと、ごめんなさい」


【彼も反省している。この件、情状酌量としないか?】


【......。u,@ppp......。ダ、ダまれぇ!!】


そう言うと、彼女は錯乱状態でメリーさんを襲い始めた。メリーさんは、軽い身のこなしで彼女の腕をかわしていく。けど、メリーさんの脚部から火花が散ってる......。あれは、モーターが劣化してる。あのままじゃメリーさんが稼働できなくなっちゃう。


【おや】


言わんこっちゃない!

僕は自分の命さえ投げ出して、メリーさんの元へ駆け寄った。

自分をここまで助けてくれようとした恩人に、少しでも恩返しがしたい!!


「メリーさん!!」


走り出し、メリーさんを庇いながら床に背中をこすりながらスライディングした。

メリーさんは左腕から、ケーブルのようなものを打ち出していった。


【guareourou\rpogvjorgou@? ああああ!!】


突然ケーブルから電気が流れていって、その女性アンドロイドは倒れてしまった。


【後は警察と、メーカーが対応してくれるだろう】


「め、メリーさんは、大丈夫なんですか?」


【ああ。これも、君の言う『危機一髪』かな?】


「もう、茶化さないでくださいよ」


僕たちは、拉致された倉庫から車で図書館にまで戻ってきた。

その時には、警察たちが人格破壊していたアンドロイドの処理をしたというニュースが流れた。だが、その中でメリーさんのことも、僕のことも報道では触れられなかった。


「ひどい事件でした。もう、ガソリンを売ったり、あげたりするのはこりごりです」


【待て、ジョン】


「はい? ああ、報酬ですね......。今から取りに行くんで」


【いや。今回の一件、とてもではないが割に合わない。そこで、君には私の人間の助手を担当してほしい。外界の情報を集める、非常に意義のある仕事だ。イヤとは言わせないからな】


「え、ええええええ!?」


こうして僕の事件は解決したものの、解決してくれたアンドロイドの探偵の助手として働くことになってしまった......。










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人形探偵 〜アンドロイドはミステリーに恋してる〜 小鳥ユウ2世 @kotori2you

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