第3話 いっぱい目の勇者召喚

 そして現在、


「オ!マ!エ!は!そういう事はちゃんと言えと!いつもいつもお前と言う奴は!あぁそうだ!出会った時からお前はそういう奴だったな!」


 いつもの事ながら、オズはしばしの目眩を覚える。


「まぁまぁ、そんなに怒んないでさぁ。私とオズくんの仲じゃん?ちゃちゃっと世界救っちゃいなよっ」


 潰されていたはずの椅子からしれっと抜け出し、ベルフェは軽口と共にウインクをしてくる。


「はぁ、俺はお前を甘やかし過ぎているのだろうな。飲み代の為に世界を救ってやってからというもの、これで何回目だ?」


 反省していないであろうベルフェの様子に、頭を抱えながらもオズはそう尋ねる。


「え〜と……いっぱい?」


 指折り数え始めるベルフェにイライラが募る。指が1本折られる度に、オズの貧乏ゆすりが加速する。そして両手の指が全て折りたたまれグーになると、ベルフェがそう答える。


「そうだな、いっぱいだな。ちなみに今回で11回目だ。遂に両手で数えられなくなったな。よくもそう毎度毎度厄介事を持ち込めるものだ。」


 両手で数えられなくなるだけで、”いっぱい”になってしまう残念な神に慣れきってしまったオズは、可哀想な子を見るような目でベルフェを見つめる。


「いやぁ、それほどでもあるかなぁ、と言うか、あり過ぎるかなぁ。」


 ピキっとオズの頭の中で音がする。


「褒めとらんわ!大体お前と言うやつわ、やれ『家賃が無いから代わりに魔王を倒してきなさい!』だの、『酒場のツケが払わないともうお酒飲ませないって!なんだしマスターのケチ!という訳で世界救ってきてね?』だの、『オズくんオズくん、知り合いが大事にしてた神器を壊しちゃってさ、ちょっと勇者召喚されてくれないかなぁ、なんて』だの。……はぁ、で?今回は、煽って責任問題になるから世界救っちゃいなよ。……帰る。」


 開けたままにしていたゲートに足を踏み入れる。


「ま!ちょ待っ!オズくん、待って待って!オズくんが帰ったら私懲罰室行きじゃん!いや〜、あそこだけはいやぁぁぁ。」


 オズには今ベルフェがどんな表情をしているのか見ずとも分かる。

 懲罰室とはその名の通り、悪戯が過ぎる神に罰を与える部屋らしく、その厳しさは毎月の様に何かしらやらかすベルフェが一年もの間大人しくなるほどである。

 懲罰室から出てきた最初の1ヶ月など、ずっとオズに引っ付いて離れなかったのだ。


「全く、反省しているんだろうな。」


 我ながら甘いと思いながらも、オズはゆっくりと振り向く。


「待て!貴様は我の為、延いては我が国の為にに力を使うのだ!勇者としての責務も果たさぬか!」


 いつの間にやら復活していたアセム王が、立ち上がり訴えかける。彼を支えるのは王としての矜恃だろうか。


 オズのすぐ後ろにいた少女の1人が前に出る。

 腰からは悪魔の羽、頭には捻れた2つの黒い角、布面積の少ないエロい衣装に見合わない貧相な身体、短い髪と肌は真っ白で、赤い瞳が印象的な正に悪魔かサキュバスと言った出立ちをしている。


「あ、あの……、マスターに失礼な物言いはやめてもらっていいですか?うっかり、こ、殺してしまうかも知れませんので。」


 おどおどとした態度で申し訳なさそうにしながらも、少女はアセム王を真っ直ぐ見据える。


「ぐっ……フィオナよ!どうなっておる!なぜ奴らは言う事を聞かぬ!何故我があの様な亜人風情に窘められねばならんのだ!貴様ら兵士も何をしておる!我が国最強の兵が!いつまであのような輩を我より高い位置に置いておくつもりだ!」


 激怒するアセム王、その怒りは最もではあるのだが、何故?と言いたいのはフィオナも同じであった。

 兵士たちも、自分たちが強いという自負はある、だがしかし、あまりの魔力に晒され動こうにも動けず、悔しさに表情を歪ませる。


「マスターを輩呼ばわり、許せません。」


 発言を聞き少女は魔力を高め、掌をアセム王へを向ける。


「止めよ、アンリ。あれもまた王としてあの場に立っているのだ、力の差が分からず囀っている訳でもあるまい。それに、虫の囁きにすら腹を立てている様では、俺の度量が問われるというものだ。」


 オズはアンリと呼ばれた少女の手を取ると、そっと後ろから抱き寄せる。

 すると見る見る内にアンリの顔は赤くなり、それを隠すように俯くと、糸が切れたかのように大人しくなる。


「虫、我を虫と言ったか!貴sっ……」


 アセム王が『貴様』と口にしようとした瞬間、そこにあった筈のアセム王の頭が綺麗に消し飛び、その代わりにゆらゆらと煙が立ち上る。

 綺麗に焼け飛んだのか一切の血も出る事無く、アセム王の身体がゆっくりと後ろに倒れる。


 その後ろには先程までオズの後ろにいた女が佇む。

 腰まで伸びた紅の髪を揺らし、どこか眠たげな瞳は金色に輝く、四肢は赤い鱗で覆われ鋭い爪が生え、腰からは同じく鱗に覆われた太い尻尾、所謂ビキニアーマーを身につけた女の足元では、焼け焦げた絨毯からアセム王の首と同じように、ゆらゆらと煙が立ち上っている。


「キャティ、俺は止めよと言ったはずだが?」


 オズは目の前の惨状に溜息をつく、少し遅れ、目の前で王を殺された事を理解したフィオナ達が絶叫し慌てふためく。


「……ん……言われてたアンリ……私じゃない。」


 キャティはそう言うと、興味を無くしたかのように自分の髪を指で弄り始める。


「キャティ」


 オズがゆっくりとした口調で呼ぶと、キャティはピクリと一瞬だけ肩を震わせ、ばつの悪そうな顔をしながらオズの顔色を伺う。


 オズはよく知っていた、キャティが髪を弄るのは嘘をついている証拠である。やっては行けないことだと分かっていたのだろう。

 だからこそ、オズは何も言わずじっと見つめ、彼女の言葉を待った。


「……ごめんなさい。」


 ほんの少しの間を開けてキャティは自らの過ちを認める。


「分かっているならそれで良い、お前が俺の為を思い行動した事に嬉しく思う。」


 オズの言葉に尻尾を揺らしながら、キャティはオズの後ろへと戻る。

 この件については一件落着。

 とは言えない状況だ、キャティが起こしてしまったことへの始末は付けなければならない。


「「我望ム

 理ヲ超エ

 彼者ニ願ウハ

 現世ノ時ノ破壊

 漆黒ヲ糧ニ

 盟約ノ使徒ハ此処ニ来ル

 我オズマジオズオズノ名ニ於イテ希ウ

 其ノ才ヲ示セ

 ”イース”!!」」


 黒く黎く、何もかもを飲み込む程のオズの魔力が、後ろに控える配下の一体に流れ込む。


「オーダー受託、命令を実行します。」


 女性型のオートマタ、イース。

 人間味の無い透き通る黄緑の髪にゆっくりと光が流れ、腰に着いた大きなゼンマイが回ると、カランコロンと音を立てながら動き出す。

 イースが胸に埋め込まれた時計の長針を指で数分ほど戻すと、アセム王の身体が重力に逆らうようにして起き上がり、空気中の粒子が集まり、消し飛んだはずの顔が再生される。


「虫、我を虫と言ったか!貴様!何をほうけているフィオナ!あの無礼な輩をどうにかせぬか!おい!フィオナ!!」


 怒り狂うアセム王、しかしその様子を見たフィオナはあまりの出来事に頭の整理が追いつかない。

 それは兵士たちも同じで、その場は奇妙な静寂に包まれる。


「む?……何が起きたのだ、フィオナよ。」


 周りの状況から異変を察したアセム王が怒りを沈め、ゆっくりとした口調で尋ねる。

 フィオナは今、目の前で起きた出来事を頭の中で整理する。ただ起きた事を言葉にすれば、アセム王が死に、生き返った。しかし、この世界には死者を生き返らせる術は存在しないとされている。故に今起きた事が上手く呑み込めず、なんと説明しようか考えあぐねる。


「アセム様、冷静にお聞きください……。今アセム様はし」

「ぬ、ぬぉおおあああああああ!!!!」


 フィオナの言葉を聞く前に、急にアセム王叫び出す。そしてその場に蹲りガグガクと震え始める。


 イースのスキルは時間を巻き戻す、という訳では無い。元々ゲームではただの復活スキルに過ぎないものだった。しかしオズが転生した時、各スキルに見た目に合わせ人格と能力が割り振られた。その結果、時間を巻き戻し復活させるが、巻き戻した時間が経過すると自身が死んだ事を理解すると言う、中々なキツいスキルに昇華したらしい。


「帰るぞ」


 義理は果たしたとばかりにオズがそう言うと、配下たちは一斉に陣に包まれ消えていく。


「ちょっ!いやいやいや!待ちよりの待ちだし!オズくんに帰られたらマジでヤバいって、助けてくれる流れだったじゃん!」


 行く末を見守っていたベルフェが慌ててオズを引き止める。


「勘違いをするなベルフェ、救わないとは言っていない。準備をする、着いてこい。」


 そう言ってオズはゲートへと姿を消す。


「流石オズくん!マジ神なんですけど!って神は私だし!」


 嬉しそうに後を追いかけるベルフェ。


 残されたのは蹲るアセム王と、化け物が消えた事で座り込むフィオナ、そしてどうすることも出来無かった悔しさに崩れ落ちる兵士たち。

 唯一救いがあるとすれば、化け物が、救わないとは言っていない、そう言って消えた事くらいだろうか。

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