46 エピローグ

 携帯のメールに、メッセージが届いた。


『早く来い!』


 やれやれという思いで、そのメッセージを確認する。

 僕は仕方なく、駆け足のスピードをほんの少しだけ上げた。


 駆け足に合わせて、携帯ストラップのイルカが、元気に飛び跳ねる。


 繁華街の雑居ビルの二階、大衆居酒屋の暖簾のれんをくぐって店の扉をあけた。


「いらっしゃいませー!」


 威勢のいい店員さんの声が、響き渡る。

 先客と待ち合わせと伝えると、奥のボックス席へと案内してくれた。


 不意に店員さんが、去り際に親指をグイッと上げたような気がした。

 あれ? あの店員さん、どこかで見覚えがあるような……気のせいかな?


「遅っそ~いぞぅ、祐樹ゆうきぃ!」

「なーにやってたんだ、早く来いて言っただろ?」


 完全に出来上がった、酔っ払い二人組にからまれた。


「もうそんなに飲んでるの?」

 そう二人に尋ねると、


「メグが悪いんらよ! 寂しいよ~、死んじゃうよ~って言うから付き合ってやってるろにー。ヒック」

「は? みよっちでしょ、私、本当は寂しいの。一人にしないで~ってベソかいてたくせに!」


「はぁ~? 言ってらいし」

「は? こっちこそ言ってないし」


 そう言って、美代子みよこめぐみさんはにらみ合っている。


「二人とも寂しいんでしょ? どうせ」

 そう言うと、


「「アンタよりはマシだけどね!」」


 息ピッタリだ。



 高校二年の夏休み、彼女の幼馴染みだった恵さんがこの町に遊びに来た時、美代子も交えて遊んだ事から、意気投合したようだ。今、二人は同じ大学に通っている。


 大学の夏休みを利用して、美代子は帰省、恵さんはこの町に滞在していた。というか、恵さんは美代子の家にずっと入り浸っている。


 車が運転できる僕を、全くもって都合よく利用してくれているのだ。


潤瞳ひとみぃ、も~すぐ帰ってぇくるね~ぃ」

 美代子がそう言うと、

「留学して、一年だっけ? 長かったなー」

 恵さんも、彼女の帰国を待ちわびているようだ。


「祐樹も~ぉ、迎えに行くんれしょ~ぉ? 空港まれ~ぇ」


「ん? うん。まあ、一応」


「なんだよ、一応って! つうかさぁ、あんたら一体どうなってんの? 付き合ってんの?」

 恵さんが、しびれを切らして聞いてきた。


「そ~らそ~らぁ、あ~しもねぇ、気に入らねぃんだよねぇ、そ~ゆ~ぅはっきりしらいのぉ」

 美代子も加勢してくる。


「……」


 答えに困っていると、


「アンタも飲みな! メグお姉さんがぜーんぶ聞いてあげるから」

「そ~らそ~らぁ、飲んじゃうぇ飲んじゃうぇ~ぃ! 洗ぃざれい、じぇ~んぶ白状しちゃうぃなって~ぃ。美代みよねえが聞いて、あ・げ・る~! あは~」


「いや、運転あるし……」


「いーよ、そんなの! 歩いて帰るし。ねえ、みよっち?」

「ど~んとこいってのぅ! 美代姉をにゃめんじゃにゃいわYoh! て~か、聞かせなさいYoh!」


「車置きっぱなしで?」


「小さい男ねぇ~、こんなんじゃ、潤瞳にあいそつかされても、言い訳できないね」

「小さい男は嫌いれす!! そうれす。美代子は小さいのは嫌いなのれす!」

 美代子はバンっとテーブルを叩くと、立ち上がってそう叫んだ。

 他のお客さんが、一斉に美代子に注目した。


「みよっち? 今のはちょっと声が大きいかな……」

「へ!? らにメグ? らって、コイツ小さいもん。あ~し、見らことあるもん!」


「……」


「美代ちゃーん? ちょーと飲み過ぎちゃったかなー?」

「らって、コイツが白状しらいから。聞かせらさいよ~。何もかも聞かせらさいよ~」


 随分飲んでるみたいだな……。


「は~い、練習開始ーうぃ!」

 美代子が突然そう言うと、

「いいね、賛成ー!」

 と、恵さんも同調する。


 美代子がおしぼりを握って、げふんげふんと喉の調子を整える。


「あ~ぁ、あ~ぁ、んぅ~ん。……ずっぅと~ぉ、前から~ぁ、好きれした~ぁ。潤瞳さぁ~ん、付き合ってくらさ~うぃ! げふっ」

「みよっちサイコー! ヒューヒューだよ! ヒューヒュー」


 居酒屋のテーブルをバシバシと叩く恵さん。


「私にも貸して」

 そう言って、恵さんはおしぼりを奪い取る。


「ん、ん……き、君の味噌汁が、飲みたいんだ。潤瞳さん、結婚してください!」

「メグぅ、それぇ、プロポ~~ズでしょ~ぉ!」


 居酒屋のテーブルをバシバシと叩く美代子。


「「それでは、祐樹君。お願いします!」」


 そう言って、おしぼりを渡される。


「「どうぞ!!」」



「……」



「「言わないんかーーーーーい!!」」


 二人がズッコケている間に、店を抜け出してきた。


 もうすぐ留学から帰ってくる。

 その時、どんな言葉を掛けたらいいのか。

 正解はわからないけど、ちょっとだけ練習しておこう。











「……おかえりなさい」







 後ろの女子に指ホッペされたら、好きになってしまいました。


 完




 次回、あとがきへと続きます。

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