第2話

 兼勿は声に不快感を滲ませた。


「何、つまり俺が株で儲けてるのは、おたく等が幸運を融資したお陰って言いたいの?」

「はい」


 真顔で頷く鳥田に、兼勿は気味が悪くなる。


(この鳥田って男、少し頭がおかしいのか? 強盗って訳じゃなさそうだけど、あんまり刺激しない様に話を合わせておいた方がいいか)


 兼勿は恐る恐る切り出した。


「さっき『お申込み頂いた』って言ってましたけど、俺、おたくの会社と取引したことなんて無いと思うんだけど。初めて聞く会社名ですよ」

「いやいや、そんな筈は無いでしょう……兼勿様、もちろん『合保利がっぽり神社』はご存じでしょう?」

「ああはい、知ってます」


 実家の近くにそんな名の神社があった事を兼勿は思い出した。確か、大きくは無いが、矢鱈と金ぴかで派手な神社だ。


「以前、その神社に初詣に行った際に絵馬を書かれたでしょう? 『おおきくなったら、かぶでおおもうけしたい』って。幼稚園の年長さんになって、字が書けるようになったばっかりだったんでしょうか、可愛らしい文字の微笑ましい絵馬で……あの神社は当社の支社の一つでして、兼勿様も御存じの通り、厳正なる抽選の上で、絵馬に書かれた願いをご祭神の『望狩利真貨もうかりまっか』様に叶えて頂くシステム、言わば絵馬による契約となっており……」

「全く『ご存じの通り』じゃないです」


 兼勿が鳥田を遮る。放っておいたら、鳥田の話は兼勿の知っている現実からどんどん遠ざかっていきそうだった。


「仮にですよ、その話が本当だとすると、もしかして鳥田さんは人間じゃないってことですか?」


 鳥田は何故かもじもじと、「わたくしの本性を知りたいなんて、そんな……そういうのは、もっと親しくなってから……」と、はにかんでいる。兼勿はそれを冷めた目で眺め、口を開いた。


「家は昔っから、初詣は隣町の『帆奈弥津樽ほなやったる神社』に行くんです。合保利神社に詣でたことは無いよ」


 「……え?」っと、鳥田がゆっくりと首を傾げた。


「それと、幼稚園の頃の俺の夢はJリーガー。『かぶ』なんて単語も、まだ知らなかったと思う」

「……暫し、暫しお待ち下さい」


 鳥田が慌てた様子で、足元のブリーフケースから小型タブレットを取り出す。頭を掻きながら、「何で」だの「いや、これは」だの呟きながらタブレットを操作していたが、やがて恐る恐る顔を上げた。


「あの、確認なんですが、兼勿様のご実家の近所に、『金森かなもり』様と言うお宅がありませんでしょうか」

「ああ、同級生の金森君の家ね、かぶ農家の……ん? もしかして……?」


 鳥田が物凄い勢いで腰を90度に折る。


「申し訳ございません! 当時の担当者が、兼勿様と金森様を勘違いして登録をしてしまったようで……」


 鳥田は平謝りしながら、続けてとんでもないことを言い出した。


「そう判明した以上、社に帰り次第契約解除の手続きを進めますので、ご安心下さい。勿論、利息分は免除とさせて頂きますので、取り敢えず、これまでご利用頂いた幸運を速やかに回収させて頂ければと、はい」

「ちょっと待て。黙って聞いてりゃ、酷い話じゃないか。俺はおたくのシステムも知らなきゃ、契約する心算もなかったってことは分かったんだろ? 完全にそっちのミスなのに、何で俺が幸運とやらを払う必要があるんだよ」


 鳥田は申し訳なさそうな態度を崩すことなく、しかし、はっきりと言った。


「ですが、わたくし共が兼勿様に投資したのは事実ですので、それが回収されるのはおかしい事ではありませんよね。ほら、間違って支払われた給付金だって、返還義務はあるじゃありませんか」

「そりゃそうかもしれないけど、そもそも利用した覚えが無いんだってば。て言うか幸運って何なんだよ。具体的な話をしてくれないと納得いかないよ」


 待ってましたとばかりに、鳥田がすらすらと具体例を挙げ始めた。兼勿が初めて買ったミニ株の銘柄から始まり、どこの株をどんな順で買ったか、その日付から売ったタイミング。

 既に忘れていた事まで事細かに語られる言葉に、兼勿の顔が青ざめた。


(まさか、本当のことなのか? これまで自分の力でやって来たと思ってたけど、俺には本当はそんな才能は無かったのか? 契約解除になったらどうなるんだ?)


 その時、突如として兼勿の脳に天啓が舞い降りた。


(これ、もしかして夢なんじゃね?)


 幸運を取り扱うなんてあり得ないし、人間、あまりにも順調過ぎる人生に不安を覚えたりするものだ。鳥田という男の言ってることも、夢ならば全部納得がいく。記憶整理という生理現象の一環で、脳の奥の情報が引きずり出されたのだ。

 黙り込んだ兼勿をどう思ったのか、鳥田はうんうんと頷きながら話を進める。


「それで返済方法なのですが、如何なさいますか? 一括返済頂ければ助かりますが、それじゃあ流石に兼勿様のご負担が大きいかと。資産と等価交換という方法もありますが、これも経済負担がかなり大きい……レート次第で無一文になる可能性もある。エクストリーム返済は高難度ですし、やはり分割払いがベストと考えます」


 すっかり気が楽になった兼勿は、鳥田が真面目な顔で放った「エクストリーム返済」と言う言葉に興味をひかれた。


「エクストリームって、どんな感じなの?」

「これまで利用した幸運は返済完了時まで据え置き、というのが、他の返済方法との大きな違いです。出来る限り今迄と変わらず生活して頂き、その代わりに他の方の不運を、これまでご利用頂いた幸運と等価になるよう担って頂くと、そういう方法ですね。こちらですと、完済後も幸運の一部がお手元に残ります。ですがこの方法だと」

「それで返します」

「え?」

「エクストリーム返済でお願いします」


 鳥田の顔に緊張が走る。


「ほ、本気で仰って……?」

「うん。それなら、返済が終わるまで? は、今までと変わらない生活が送れるんだろ?」


 鳥田は躊躇しているようだった。腕を組み、時折空に視線を彷徨わせ、ぶつぶつと何事かを呟き考え込む。やがて組んでいた腕を解くと、兼勿に頷いた。


「……分かりました、返済はエクストリームで行っていきましょう。通常ならばご負担頂く不運の配分はこちらで決めるのですが、今回は特別に、一括か分割かをお選び頂いて結構です。分割ですと、3~5回払い、6~10回払い、11~30回払いが選べます。回数は不運の質により多少前後いたしますので、幅を設けております。一回の不運が大きい程返済が早く終わる、とご理解下さい」


 今度は兼勿が腕を組み、唸った。


「うーん、一括ってのがどれ位の不運か分かんないからなあ」

「高確率で死亡なさる程度です」

「……分割でお願いします。そうだな、6~10回ので」

「かしこまりました。では、こちらにご署名をお願い致します」


 差し出されたタブレットにタッチペンでサインを済ませた兼勿に、鳥田がブリーフケースから取り出したA4サイズの紙を手渡した。紙の一番上には、大きく「注意事項」と書かれている。


「こちらは約款という事では無く、あくまでご注意頂いた方が良いということですので、無視してもペナルティはありません。ただ、幾つもあるものでもありませんし、身の安全の為にも守って頂くのが無難でしょう」


 鳥田の言葉に頷き、兼勿は紙に目を落とした。


 1 返済期間中はこれまで通りに生活を送る

 2 返済完了を諦めない


「これだけ?」


 大見出しに書かれているのは、この二行。その下には細かく「参考用例」が書かれているようだが、眠気でしょぼつく目では、とても読む気にはなれない。鳥田は頷き、暑苦しい口調で語り始めた。


「この鳥田照三、担当として不運を厳選してご用立てさせて頂きます。兼勿様の勇姿を影に日向に見届け、完済の暁には……」

「あ、ハイ。じゃ、今後ともよろしく。俺、もう寝て良いかな?」


 枕元に紙を放り大あくびをする兼勿に、鳥田が頭を下げた。


「失礼いたしました。出来る限り早く返済してしまいましょう。それでは、明日からよろしくお願い致します!」

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