第2話 お金とテロリスト

 コンビニで働くことで、優奈はお金を稼ぐことの苦労を理解した。同時に、お金はいくらあっても困らない、とも。


 だから、避妊具を大量に買って目的を達成した後もバイトを辞めなかった。洋服もほしいし、祐樹と贅沢なデートもしたい。そのためには、お金は多いに越したことがない。政治家の言うような、トリクルダウンなんてありえないのだ。


「品出しを頼むよ。僕もやるから」


 店長はにやけていた。その瞬間、背中に電気が走った。操が狙われている、と感じた。


 荷物コンテナから商品を取り、手渡す店長の手が触れる。


「毎日、寒いね」


 店長が作り笑いを浮かべる。


 あなたのおかげで私は凍えています。そう思いながら、「年末ですから」と応じた。


「どうしてバイトするの?」


 訊かれたことは、すでに面接で話したことだ。店長は言葉数を増やしたいだけで、内容なんてどうでもいいと思っているのだ。馬鹿な管理職は、それがコミュニケーションだと信じている。


 面接では、旅行のため、と応えた。避妊具を買いたいなんて言えないから。でも今は、本当に旅行に行きたいと思っている。


「卒業旅行に行きたいからです」


「それじゃ、沢山必要だね。行先にもよるけど、10万とか20万。ヨーロッパなら50万とか」


「そ、そうですね。まだ、行先は決めていないので」


 ストレートにお金が欲しいとは言えない。言えば、個人的に助けようかと、援助を申し出てくるに決まっている。お金は欲しいけれど、そのために加齢臭のする男に身体を売るつもりはない。


「お金は沢山欲しいですね」


 言わないと決めていながら、欲望に負けた。〝加齢臭お断り主義〟を放棄、悪魔に魂を売ったのだ。


 ところが店長は「そうだ、松飾を用意しないと」と、肩をポンとたたいて事務所に戻ってしまった。


 エェ、ウソでしょ。私は腹をくくったのに!……言葉にならない抗議が頭を駆け巡った。




 避妊具の箱を補充しながら、日本の少子化問題は来年も続くだろうと想像していた時だった。


「ここでは何でも売っているんだろう?」


 毎日やって来る客に声を掛けられた。どこか陰のある男だ。


「俺、君が欲しいんだ」


 アホか!


「従業員は、非売品です」


「君らは時間を売っている。それは、人生を売っているということだ」


「え、ええ……」


 言いくるめられたようで悔しい。でも、納得したわけではない。


「人生を売るということは、肉体を売っているのと同じなんだよ」


 男はむちゃくちゃな理屈を並べると、いきなり優奈の右手に手錠をかけた。手錠の一方は黒いカバンに繋がっている。……これが変質者というものかもしれない。


「お客様、お止め下さい」


「見ろ」


 男がカバンを開けた。時計のようなものが入っていた。


「俺が作った爆弾だ」


「店長!」


 反射的に声が出た。こんな時は、中年でもデブでも、加齢臭でも、誰かに頼りたい。


「どうしたの?」


 店長が奥から顔を出す。


「テロリスト!」


「お前が店長か。この女を100万で買う。売らないというのなら、店ごと爆破する」


 男はポケットから札束を取り出すと、店長の足もとに放った。


 店長は札束を拾い、笑みを浮かべた。


「ど、どうぞ。お持ち帰りください。それとも、こちらでお召し上がりになりますか?」


 ここはハンバーガ店か!……優奈の心は怒り、そして泣いた。


 テロリストは駐車場の車に優奈を押し込めると、タイヤを鳴らして発進した。


 何処へ行くのだろう?……車は人気のない山道を右に左に後輪を滑らせながら走った。山頂には雪が見える。


「危ない!」


 優奈の叫びも虚しく、ハンドルを切りそこなった車は谷底に向かって落ちた。


 絶体絶命!

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